クーの迷宮(地下43階 イフリート戦)中盤も頑張った
午後一でカークスの村落を襲った。
「おりゃー」
地面を抉り、尖った岩や氷が飛び交い、突風が吹き荒れる。
「食後の運動にしたってひどくないかい?」
「ナーナ」
「元気が溢れてる」
子供たちは元気百倍。
泣く子も黙る巨人を物ともしなかった。が、肝心な物はなかなか手に入らない。
「出ないね」
「こんなに倒してるのに」
敵の数は限られている。この調子だと、一日で揃わないかもしれない。
「もしかしてレアアイテムだったか?」
「えーっ!」
「いっぱい倒しちゃったのに……」
倒せば落とすものだと思っていたが、この出なさ加減はそうとしか考えられない。
「ナナーナ!」
ヘモジが試しに数体、撲殺した。部位の欠損はゼロだ。
「出た!」
それでも出たのは三体目だった。が、確率は上昇した。
「レアだ」
「レアだね」
「凍らせよっか」
「そだね」
「このフロアで凍らせるの?」
「『衝撃波』でもいいけど」
「懐に入るのはちょっとな」
ゴーレム戦じゃないんだから、離れて撃てばいいだろうに。
『氷結』とどちらが魔力消費が大きいかは、それぞれの得手不得手に寄るところだろうが。
「『雷撃』でもいいんじゃない」
「なんでもいいわよ。でも一撃必殺だからね」
ニコレッタが先陣を切る気だ。
「俺は『衝撃波』で行こうかな」
ジョバンニが肩を回し、屈伸する。
魔法使うのにそんな準備動作は必要ないと思うんだが。
ふたりが飛び出した。
最寄りのカークスが気付いて身構えた。
が、そのままの形で奥にいたカークスが凍り付いた。
そして手前のカークスの懐にジョバンニが。
「魔法使いやめたのか?」
「『身体強化』も魔法だよ」
「ジョバンニ兄ちゃん、今『身体強化』の特訓中なんだ」
「授業中もこっそり練習してるって言ってた」
「それ内緒」
魔力が制限されてる場所でも『身体強化』はできるもんな。
ジョバンニが見事『衝撃波』を叩き込んで戻ってきた。
「魔法使いのメリットを捨ててまでやることか?」
「ちょっとね」
「勝てそう?」
「まっかせなさーい」
「短距離走のリベンジ」
オリエッタが耳元で囁いた。
「なんだ?」
「隣のクラスに人族をのろまだって言う嫌みな獣人の子がいるんだよ」
学内の揉め事かよ。
「あー、欠片出たよー」
「やっぱり、レアかも」
「師匠の調査が甘かったんだね」
笑顔で言わないでくれるかな。
「ナーナ」
「火蜥蜴から出るのを期待しよう」
集落の残党は残りわずか。
でも欠片はまだ四つも足りていなかった。
まさかこんなところに落とし穴があったとは。
取り敢えず、目に付いた敵を手当たり次第に倒していった。
が、残り一個を得られぬまま、僕たちは例の火山の手前の洞窟に差し掛かった。
「外回りだな」
最初の分岐で洞窟ルートを選んでいるので、最後のこの場は外周ルートになる。
欠片を落とす敵がこちらにもいるのか、定かではなかったが、僕たちは最後のピースを求めて、ひたすら進んだ。
そして僕とヘモジとオリエッタは見慣れた景色を目にするのであった。
「あれ?」
「ナナ?」
「ここは……」
洞窟の出口だ。この先はもう長い吊り橋と城砦があるだけだ。
最後のピースが集まらないままここまで来てしまったか。
「洞窟に入るぞ」
「戻るの?」
「そうだ」
「この中にいる火蜥蜴も欠片を落とすからな」
まさか外回りの魔物から一つもでないとは思っていなかった。
僕たちは昨日出てきた洞窟出口から入って逆走することに。
こういう場合、ちゃんとルート選択したことになるんだろうか?
そもそも論だが今回、聖堂での謎解きはないわけだから、これらの取捨選択は必須事項なのか?
僕たちは迷路のような内部を逆走しながら、火蜥蜴を求め、文字通りの熱戦を繰り広げてようやく最後のピースを手に入れたのだった。
そして……
「綺麗な音色」
道案内の涼やかな音が身に染みる。
「戻るぞ」
逆走した距離は幸いなことに大した距離ではなかった。
「あれ? こんな道あったっけ?」
子供たちは立ち止まり、首を捻った。
「えーと」
見たことがない分岐が増えているという。
「あれ、ここは」
二日目に僕たちが気にしていた分岐点だった。
子供たちも口を揃えてこんな分岐はなかったと言った。
ヘモジはおもむろに『ウェスタのランタン』の魔石を外した。
すると音色がやんだと同時にさっきまであった分かれ道が消えた。
「あ!」
「隠し通路だ!」
ヘモジがもう一度魔石を嵌め込むと、再び道が現れた。
「なるほど」
そういう仕掛けだったのか……
僕たちは地図に事象を記録し、先を急いだ。
「分岐ないね」
「こっちでいいの?」
その疑問はこの先の突き当たりでして欲しいところだね。
「後は一本道だ」
子供たちは溶岩が流れる川の横を並行して走る山道を進んだ。
そしていよいよ奈落のある例の洞窟に至ったのである。
「道がないよ!」
みんなが僕を振り返る。
「ここでしばらく待機だ」
「なんか起こるの?」
「内緒。それより、落ちないようにしっかり足場固めておけよ。すぐ大きな揺れがくるぞ」
「そうなの?」
全員一斉に足場を補強し、落下防止用の壁を設け、尚且つ掴める場所を確保して、姿勢を低くした。「下、真っ暗だね」
頭だけ出して覗き込むマリー。
後退るカテリーナ。
フィオリーナとニコレッタは万一に備えて、自分とふたりの腰にロープを巻く。
「怖くないの?」
「真下じゃなきゃ平気」
「下、どうなってる?」
僕は光の球を二つ浮かべて、一つを下に落としてやった。
が、前日同様、底を照らす前に消えてしまった。
「うわっ。深い」
あの底にこそ火蟻の巣窟と化した聖堂へと至る道があるのだが、今はまだばらすわけにはいかない。
「何も起きないね」
ごめん。多分、イフリートを拝めるんじゃないかと外に首を出していた僕のせいだ。
「師匠、まーだー?」
と、そのとき地響きが。
「!」
「来るぞ!」
山全体が揺れた。
「うわぁああッ!」
子供たちは予想を超える大きな揺れに身を固くした。
天井が剥げ落ちる。
大きな瓦礫が子供たちの眼前を過ぎて奈落へと落ちていった。
そして突然差し込んできた光に誘われ、全員、上を見上げた。
「!」
「何かいる!」
「見えたッ!」
「尻尾だ!」
「しっぽ!」
「外に何かいたよ!」
揺れが収まると子供たちは出て行った。
「……」
「消えた」
「どっか行っちゃった?」
「反応なかったぞ」
「おっきかったねー」
「師匠、あれ、イフリート?」
僕とヘモジとオリエッタは頷いた。
子供たちはイフリートとの邂逅に感動の声を上げた。
さてと…… これでルートができたわけだが。
子供たちはわくわくしながら積み上がった瓦礫でできた下り坂を行く。
が、徐々に動きがおかしなことに。
そして最深部の火蟻戦を前に立ち止まってしまった。
「師匠、もう無理……」
「この先、もう駄目」
「どうした?」
「熱いよ」
「装備付与が」
全員の装備がいかれた? そんなことが……
「あああっ!」
「ナーナンナ!」
「忘れてた!」
僕とヘモジとオリエッタは遠い日の記憶を思い出した。
僕は大急ぎで結界の範囲を広げて、内部に冷気を満たした。
子供たちは「ふー」と大きく息をした。
「もっと早く結界掛けてくれればいいのに」
そうだった。
聖堂への道は当初あの大伯母でさえ尻込みしたという。
僕やラーラも昔は今の子供たち同様、尻込みしたものだった。
熱耐性が十割あってもここでは通用しないのだ。
ここでは更なる上積みを要求される。嫌という程イフリート戦に付き合わされ、慣れきっていた僕たちはそのことをすっかり失念していたのである。
装備付与は十割が限度と言われているので、それ以上を望むなら結界で補うのがセオリーなのだが、では結界が使えない半分獣人族の婆ちゃんがなぜ嬉々としてここで孫を遊ばせられたのかというと、実は装備付与も上積みが可能で、大伯母の調べではさらに五割程強化すれば耐えられる程度にはできるとのこと。
誰が決めた基準だか知らないが、全然十割じゃないじゃんという話である。
「ごめん。すっかり忘れてたわ。ここから先は装備付与、十割耐性があっても進めなかったんだ」
「えー」
「ちょっと師匠!」
「もっと早く教えてよ」
「だから、ごめんって」
少し楽できる所まで戻って、弁明させて貰った。
長年一緒に付き合わされてきたヘモジもオリエッタも慣れ切っていたので同様に忘れていた。装備はしっかり調えてきているにもかかわらずだ。
子供たちもこのフロアに長居していれば、いずれ自然と熱耐性のある結界を取得できるだろうが、さすがに今すぐにとはいかない。
ただ魔法がイメージの産物である点を忘れてはいけない。この熱量を経験した者だけが、対抗する手段を獲得できる。らしい。
元々規格外の結界を持っていた爺ちゃんだけは例外だったらしいけど。
兎に角、今日のところは僕の結界のなかにいて貰うことにした。
火蟻の群れとの戦闘が控えているが、問題ないだろう。
その後はランタンの効果で敵は寄ってこないし、遠足気分でいて貰おう。
お詫びと言ってはなんだが、後でプラス五割分の付与装備を提供することにした。
「なんでそんな大事なこと忘れてるかな」
「揃いも揃って」
「師匠の結界のなかにいても覚えられる?」
「目の前に見本がいるから、へーき」
「ナーナ」
「僕も同じこと爺ちゃんたちに言った記憶があるわ…… 懐かしいな」
「懐かしいじゃないって!」
「肺が焼けるかと思った」
「慣れって怖いな」
「人ごとかよ!」
帳尻合いましたかね(汗
ご指摘、感想いつもありがとうございます。




