クーの迷宮(地下43階 イフリート戦)蒸し暑くてもまだまだ続く
三つ目の分岐は波打つ溶岩の川を越えた先にあった。
「蒸されるー」
「ナーナー」
「なんでこの吊り橋は落ちないんだ」
お腹が空いてきた。
山岳地帯を越えると、中央に溶岩の川が流れる平野に辿り着く。川の上には長い吊り橋が架けられ、僕たちはその上を蒸されながら歩いていた。
橋の先にある村落跡に煤けた廃人が徘徊している。
「包帯が」
「真っ黒」
「ナナーナ」
全身に巻いた包帯が煤だらけで、焼け出された骸のようであった。
うな垂れていた首は次々持ち上がり、橋を渡ってくる僕たちと視線を交わす。
立ち上がり武器を取る黒い人影。
「もしかしてあいつらのまとう炎でこの橋落ちるんじゃないか?」
「え、そういう仕様?」
「ナナーナ」
こればかりはやってみないとわからないが、付き合う理由はない。
煤が敷き詰められたような真っ黒な平地を燃えることなく駆けてくるファイアーマンの群れ。
足の裏も真っ黒だ。
「種火がないなら楽勝だ」
火種になりそうな物は僕たちの足元にある溶岩流ぐらいであった。
遠距離から仕留めていく。
汚れたくないのでなるべくルートから外れない。
しかし次から次へと湧いてくる。
「ちょっと。どうなってんの?」
湧き方がおかしい。
既に三十体は屠っている。にもかかわらず敵は途切れる様子がない。
奥に何かあると感じた僕たちは前進を余儀なくされた。
そこで見付けたのは地下へと続く洞窟だった。入っておいでと言わんばかりの間口。
「ここから湧いて出たのか」
でも僕たちの今度の選択は、上、下ときて、上なのだ。
洞窟には降りずに脇道を探す。
単発的な小競り合いをしながら、灰を被った樹木群を抜ける。
「道がわからなくなった」
燃えたぎる大地は進める場所とそうでない場所の区別が付きにくい。
「ナナナ」
オリエッタの視線が後方を回り込んで左手に……
「あそこまで戻る」
「はいよ」
転移して、そこから左に折れる。
「あった」
歩けそうなルートが眼下に見えた。
垂直に切り立った壁。僕たちは断層の上にいた。
「骨折間違いなし」
「ナナーナ」
下には降りずに、そのまま断層に沿って進んだ。
やがて段差に差異はなくなり一本に合流する。
振り返ると道がもう一本あって、山の中腹に空いた洞窟まで続いていた。
「一旦ここで切るか」
見晴らしのいい合流ポイント。ここなら戻ってきてもすぐわかる。
念のため、小石を積んで目印にするヘモジ。
僕たちは転移して外に出た。
「涼しい……」
砂漠の昼下がりがこんなに涼しく感じるとは…… 寒くさえ感じた。
煤けた身体を広場の隅で浄化した。
子供たちは昼休み。校庭に出て腹ごなしの真っ最中。賑やかな声が聞こえる。
「何かあった?」
食堂で料理の皿をつつきながらラーラとイザベルが深刻そうな顔をしていた。
「ちょっとね」
それは南部戦線のタロスの抵抗が忽然とやんだという噂を聞き付けたからだった。
どこをどう巡って流れてきた情報なのか。
明らかにこちらが把握している情報とは異なっていた。戦線は今だ一進一退を続けているはず。
「情報の出どこは?」
「今調べてる」
情報を信じるならば、南部戦線は再び前線を押し上げることになるだろう。となれば勝ち馬に乗ろうという奴らが出てきてもおかしくない。
「ナナーナ」
我関せずとシャクシャクと野菜スティックを頬張るヘモジ。
情報に流されるのは冒険者たちだけではない。むしろ商人の方が敏感だ。特需があるとなれば機会は逃すまい。
「オリヴィアもがせじゃないかって言ってるけど。問題はなぜそれが流されたか、なのよね」
「南部が後退したのだって、まだそんなにたってないわ。どこか誰かがしびれを切らす段階でもないでしょう?」
「南部じゃなくて、こっちに催促してるんじゃないのか?」
「こっちは粛々と作戦通りやってるわ」
「実際、タロスが退いたとしたら? 原因は?」
「兵站の問題しかないだろう」
「いよいよこちらの湧きつぶしが利いてきたって感じ?」
「じゃなければ……」
「大掛かりな包囲殲滅戦でもやる気かしら?」
「そんな戦力ありそうにないけどな」
「肉固い」
オリエッタがニチャニチャと口を動かす。
「戻ってくるのが遅いから冷めちゃったのよ」
ラーラが同じ肉を口に運ぶ。
「…… 固いわね」
ほれ見ろといわんばかりの視線を向けるオリエッタ。
かわいい子はそんな顔しない。
午後の部は転移を繰り返して、脱出した場所から始める。
「噴火したのかな?」
丘を越えた所で進入禁止エリアに当たった。
僕たちは回り道を余儀なくされた。そしてそれらしい山々が見えてきた。
「今度は下だな」
そろそろ大仕掛けの罠があるはずだ。
洞窟に入った途端、もの凄い熱気に襲われた。誰もが思うだろう。外を行った方が楽だと。
この辺りからはそういう心理を考慮した仕掛けが増えてくる。静かな罠。
いきなり溶岩が目の前に横たわる。向こう岸に行くには細い道を進まねばならない。
が。魔物の反応多数。
「来たか」
今回の敵は『レッドスライム』ではない。
『火蟻』である。
それもレベル五十台の団体様だ。他の魔物よりレベルが低く設定されているのはそれだけ厄介な敵だからである。
攻撃手段は火蜥蜴と同じ粘液攻撃。だが、こっちは爆発系だ。
強力過ぎる序盤の相手。質も量も遙かに超えての再登場である。が、通り抜けるだけなら無理に戦う必要のない相手。
そう。奴らの登場こそが、聖堂への道しるべなのだ。
「『雷爆』!」
先制攻撃は雷攻撃。自爆を誘うべく雷を放り込んだが、敵はまだ戦闘モードに入っていなかったので、自爆を誘発できなかった。却って闘争心を煽るだけになった。
蟻とはいえ、この段差を乗り越えてくることはできない。蟻たちは横穴が幾つもある一段下がった階層に溜まっていた。
直接攻撃がかなわないとなればいよいよだ。
粘液を吐き出してきた。
「『雷爆』再来ッ!」
今度こそ自爆モードだ。喉に溜めた粘液を吐き出そうとしたところで麻痺効果発動。
群れのなかの何体かの頭から吹き飛び、周囲を巻き込んでいく。
「相変わらずえげつない」
ヘモジも結界のなかから無理に出ようとはしない。
麻痺しなかった敵に再び雷を落とす。
「面倒臭いな」
いくら倒しても、受動的な対応では切りがない。
一気に『衝撃波』で残りを処分した。
「最初からそうすればいいのに」
「ナナーナ」
「いや、『火蟻』と言えば、雷でしょう」
「マニュアル馬鹿を見付けた」
「ナナーナ……」
「『認識』スキルで発見したみたいに言うなよ」
「まだ残ってる」
「降りるか」
転移や魔法による造形が使えない者にとってはこの一方通行の段差を降りることは大きな選択になるだろうが、僕たちは気楽なものだ。
何より聖堂への道はこういうパターンの先にあるのである。
「全部はずれ」
落ちた先にある穴はどれも入り組んでいて、目的の通路ではなさそうだった。
「まだ時期尚早か」
僕たちは一方通行の段差を戻り、続く先を行く。
細い道、足を踏み外せば先程の穴に真っ逆さま。蟻が生きていれば集中砲火を浴びるところだ。
細い道を渡り切るとしばらく穏やかな景色が続く。
暑さは相変わらずだが、敵の反応はない。と侮っているところに微振動が伝わってくる。
「噴火した?」
「いや、その兆候だろう」
進む以外の選択肢はないと、僕たちは出口に向かって駆け出した。
出口から差し込む光が見えたと思ったそのとき、目の前に真っ赤な火柱が。
「嘘……」
僕たちは踵を返すべきか、身構えた。
「……」
「?」
「ナーナ?」
一向に流れ込んで来る様子がない。
恐る恐る出口へと歩を伸ばす。
「びっくりさせるの禁止」
噴火は洞窟を出たすぐ先で起きていた。目の前の渓谷のなかで暴れ回る溶岩流。噴火した影響で波が豪快に打ち寄せる。
「ナナナ!」
これにより、まっすぐ進めていただろうルートはこれ見よがしに塞がれた。
渡れたであろう吊り橋の姿は既になく、両岸に残っているのは橋を支えるための杭のみであった。
元々通れないルートだったのだと気持ちを切り替えられるならば、どうでもいいことであるが、渡れたはずだと思い込まされた途端、暑さが身に染みてくるのである。
ここはそういうフロアである。そしてその試練の先にいる者こそが、イフリート。
「渡れそうか?」
上空は進入禁止エリアになっていなさそうだ。
文明の利器、フライングボードがあれば、些末な問題ともおさらばである。が、今回の目的は聖堂巡りであるから、次の洞窟を外すわけにはいかない。
したがって僕たちは回り道を選んだ。
尖った大地に歩行可能な平らなルートがくねりながらどこまでも続いていた。
そしてそのルートには新たなる敵が。
巨人『カークス』
ゴーレムのように厳つい。ごつい金属の鎧を着込んだ巨人である。ヘモジの素に比べれば、小さなものだが、丸太の柄に岩を突き刺した巨大なハンマーを携えていた。
「登場早くないか?」
「早いかも」
「ナーナ」
もう一区画分、洞窟を過ぎた辺りだと思ったのに。
「来訪者もいない、こんな場所で見張りとは」
こちらに気付いたカークスは叫んだ。そして口元が……
「あ」
「ナナーナ」
「忘れてた」
この巨人、火を吐くのであった。
吐き出す瞬間、巨人の頭は凍り付いた。
「すっかり忘れてたな」
氷はミョルニルに粉砕され、巨人は大地に沈んだ。
雄叫びを聞いた仲間たちが周囲から続々と接近してくる。
「あちゃー。蟻じゃないんだから」
心なしか、エルーダより数が多い気がする。
分岐が多過ぎて、進む先がわからない。
「闇雲に動くのは得策じゃないな」
「隠れる?」
「上から見てみるか」
僕たちは転移した。ハンマーが届かない程の高さまで。
僕たちの行く手にはカークスの村落があった。
村落を越えた先にあるルートは最終的に一つに収束する。
「あそこまで行くぞ」
僕たちは一気に転移した。




