クーの迷宮(地下43階 イフリート戦)灼熱の溶岩フロア
子供たちがわざわざ玄関先まで迎えに来た。
「迎えに行ったのに遅いよ」と、いきなり愚痴をこぼされた。
「倉庫に転がってたあれは、あれで完成か?」
「なわけないじゃん。あれは暇を潰してたの」
みんなが僕の手を引く。
「ちゃんと片付けとけよ」
「食べたら、また工房行くんでしょ」
全員、付いて行く気満々である。
「何も変わってないぞ」
「片付けに行くの」
子供たちに浄化魔法を重ね掛けされながら、僕たちは食堂に入った。
「お帰りなさい」
「なんか、やつれてない?」
「身体壊さないでよ」
女性陣は同情してくれたが、子供たちは容赦ない。
「ねぇ、ねぇ。四十二階層どうだった?」
「雪降ってた?」
「なんでレイスじゃないの?」
「魔物、強かった? どんくらい強かった?」
「マップ見せてよ」
擦れ違いばかりで、顔を合わせるのは一日ぶりだからな。
「それより、ガーディアンのこと聞きたい!」
「そんなのいいよ。どうせまだ完成しないんだから」
「また格好悪くなった?」
「聞かなくてもわかるじゃん」
「失礼な」
「それより四十二階層だって」
一日分の雑音が一気に押し寄せてきた。これぞ、我が家。
「じゃあ、迷宮の話から」
吟遊詩人風の語り口で僕は話し始めた。
「うわ、毛皮だ」
定型に加工され、束にされている毛皮を一生懸命持ち上げる。
「何、この量」
「なんでこんなに綺麗なの?」
「ナナナ!」
ヘモジが束の一辺が床に擦れるのを防いだ。
「宝箱から回収したんだ」
「宝箱から?」
「ほえー」
「毛皮なのに」
「貰っていい?」
「いいぞ」
「ずるい。わたしも」
子供たちは自分の粘土細工を処分して、僕と一緒に作業場に入ってきた。
ガーディアンを見上げる子供たち。
「形また変わってるし……」
変形ギミックの入った副腕と装甲部分を自分たちで足場を造りながら必死に覗き込む。
そこまでして見たいか?
「この腕、長過ぎない?」
「可動域がはっきりしたら最適化するよ」
「面白いね」
畳んだ装甲につま先と踵の代わりをさせ、今は直立を保っている。度重なる改修で本来足である部分が宙に浮いた状態になっているのだった。
限界を示す赤い文字列とグラフ線で真っ赤になった記録をテーブルに並べる。
現物と見比べながら、改修の当たりを付けていく。
「変だけど」
「なんか格好いいかも」
人はそれを機能美と呼ぶ。段々物になってきている証拠である。
「師匠、ライフル、本物使った方がいいんじゃない?」
「そうか?」
「リリアーナ様にあげちゃったんでしょう? またいつ必要になるかわからないよ」
「それもそうだな」
盾も造らないといけないしな。
「それより、明日学校だろ? 宿題はもうやったのか?」
「昨日のうちに終らせた」
「ならいいけど」
「何?」
「どんなこと勉強してるのかなと思っただけ」
「ふふ、俺たちに掛かれば、あの程度の宿題なんて」
「増やすように言っといてやろうか?」
「それはやめて!」
笑いが起こった。
無駄話の割に、作業は捗った。
子供たちがあーだこーだと口出ししてきたせいで、却って気が紛れたようだ。
各パーツの可動域もはっきりしてきたし、他の部位に施す『補助推進装置』の位置取りも当たりが付いた。まだまだ泥人形の域を出ないが。
「あと何回か飛んで、問題がなければ次の段階に移行できるな」
頼んでおいた内装部品が届いたら、また変わってくるだろうしな。
翌朝はうるさくて目が覚めた。
ヘモジももう朝の作業から帰ってきていて、コーンポタージュで口元を汚していた。
僕はお茶とパンとジャムで。
「これ持って行って」と、夫人が年長組に大きな缶詰を数個、預けた。かぶったものを給食に提供しようというのである。
子供たちは元気に飛び出していった。
「さてと」
僕たちも行く準備しないと。
前回は雪原の荒野、今日は溶岩地帯。
冗談抜きで、身体壊しそう。
「おーい。ヴィオネッティー殿」
白亜のゲートで順番待ちをしていたら、初老のむさい冒険者にいきなり手を握られた。
「よくぞ、見付けてくれたッ!」
見るからに脳筋親父。腕っ節が僕の何倍も太い。
「ちょっと、グレゴリオさん! 猪突猛進過ぎますよ」
装備は寒冷地仕様だ。
「うるさい。お前たちだって辟易としていただろうが」
仲間の冒険者の制止を太い腕が振り切った。
「ごめんなさいね。わたしたちずっと雪原を彷徨っていたものだから。あなたの情報提供のおかげで助かったのよ」
弓使いさんが代わりに謝ってきた。
「雪原…… なるほど」
昨日の今日でもう出口に到達したのか。さすが先行組。
「マップのスケールを見誤ってたよな」
アサシン系の小柄な男が言った。
「ボードがなかったら、延々彷徨ってたぜ、きっと」
ボードであの距離を移動したのか。寒かっただろうな。
「お前さんのおかげで、俺たちも明日からは四十三層だ。よろしく頼むぜ、ご同輩!」
背中をバンと叩かれ、一瞬、息ができなくなった。
他の貴族に同じことするなよ。
「お、順番来たみたいだぜ」
「邪魔したな。俺たちは『リコック二十三部隊』だ。何かあったら手を貸すぜ。じゃーな」
「ナナーナ」
「…… ブリザードも形無しの暑苦しさ」
言うだけ言って、去っていった。
面白そうなパーティーだったな。
順番が回ってきた僕たちはゲートに飛び込んだ。
階層は四十三階。エルーダ準拠なら灼熱の溶岩地帯。イフリートの根城である。
いきなり麓に広がる火山灰地。砂漠の砂のように灰が敷き詰められた斜面は、将来、火の魔石を収集する火の魔石専門の狩人たちがキャンプを建設するための空間になるだろう。
「パラソルでいっぱいになるんだろうな」
火山地帯にあって快適を保証する結界装置が、パラソルだ。
エルーダでは大小様々な宿営地が築かれ、直接魔石の売買などが行なわれていた。
が、今はまだ誰もいない。他のパーティーの足跡もない。
面倒臭いので、転移を繰り返す。
火属性のこのフロアでは火属性魔法の効果が三割増し、水や氷の魔法の効果は三割減である。が、ここの魔物の弱点は水や氷だったりする。
早速、廃墟群のなかにマミーによく似た魔物、ファイアーマンが現れた。
マミーのように全身を包帯で覆っているが、火が付いたときのあれは別格の強さを発揮する。
しかもこのフロアの効果と相俟って、近接泣かせの嫌な存在である。
ゆらゆらと徘徊するファイアーマンはこちらを見付けると、自ら進んで煙がくすぶっている大地に近付いていく。そして己が身に着火する。
包帯に蝋でも塗ってあるのか、一気に火だるまになったファイアーマンは、身を焼く痛みに叫び声を上げながら、猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。
「初めて見た時はビビったよね」
「ナーナ」
ふたりは傍観を決め込む。
僕は『水流』を放ち、ファイアーマンを鎮火する。
鎮火したファイアーマンはレベル六十のただのマミーである。見てくれ以上の怪力にだけ注意すればいい。
『衝撃波』で全身複雑骨折にしてやった。
それからしばらく廃墟を出るまでの間、徘徊するファイアーマンを凶暴化する前に遠距離から仕留めながら道を探す。
そしてようやく見付けた廃墟の先で突然、目の前に見えない壁が僕たちの行く手を阻んだ。
僕たちは一斉に空を見上げた。
雲間から陽光が降り注ぐ。
「まずいかも」
僕たちは急いで後退して、物陰に隠れた。
すると地面が揺れ始めて、ドーンと溶岩が間欠泉の如く噴き出した。
「やっぱりあるのか……」
噴火する度に変わる地形。
進入可能エリアが目まぐるしく変化するのが、このフロア最大の特色である。
エルーダでは空を見れば噴火トラップの兆候がわかるのだが、ここでも同様であった。
兆候前に進めなくなるから、親切ではある。殺傷目的のトラップではなく、あくまで冒険者の胆力を試すものだ。
「ナーナ」
「ルートを変えないといけないな」
折角、後退したのだからファイアーマンの魔石を取れるだけ回収して、回避ルートを目指すことにした。火の魔石(中)を落とすおいしい相手なので、エルーダではこの辺りのファイアーマンは狩り尽くされていることが多いのだが、この後の連戦を考えると、いなくて丁度よいと思えるのだった。




