合流ポイントで
これ見よがしに昼にはドラゴンステーキとユニコーンが育てたポポラの実が食卓に並んだ。 次の城壁は地平線の遙か先。遺跡群を抜けた船はしばらく何もない砂漠を行く。日差しはいよいよ殺人的に強くなってくる。
「ヘモジー、生きてるかー」
「ナァー……」
マストを見上げると、弱々しい声が返ってくる。
さすがに見かねた皆から「もういいでしょう」と同情の声が上がり、ヘモジは太陽が天頂に差し掛かったところで解放されることになった。
水を張ったたらいに放り込んだらジューと音を立てた。
「全然日焼けしてないな」
「ナーナ」
何が無敵だ。今にも死にそうな声出してたくせに。
「代わりに反省文だ。『もう勝手なことはしません』を千回書いて、今日中にラーラに提出だ」
僕は紙をどさりと目の前に置いた。
「ナッ!」
マストをまた登り始めたので、警告しておいた。
「マストの上で書いてもいいけど、終わらなかったらどうなるか知らないぞ。せめて涼しい所で書いた方がいいんじゃないか?」
「ナーナーッ!」
「何が裏切り者だ。お前のせいでこっちも昼抜きだったんだぞ」
「ナーナ」
「馬鹿言うな! 千回がどうしたら十回になるんだ。魂魄に刻みつけるんだから一万回でも足りないわ! 終わらなかったら夕飯も抜きだからな!」
「ナナナナナッ!」
「何が幼児虐待だ。お前はミントか」
「ヘモジロウ……」
ラーラが一声掛けたら、ヘモジはスルスルとマストを下りてきて紙束抱えて階段を下りていった。
「お前なぁ……」
「甘えてんのよ」
「兄貴はしっかりしてるのに」
「召喚獣にも個性があるのよ。ヘモジロウは好奇心が旺盛なのよ。それに召喚獣は飼い主に似るって言うでしょう」
トロルの英雄その二だぞ。
確かにあのまま実験をやっていても行き着くところは同じだったかも知れないけど……
「返す言葉がないな」
「野菜ジュースでも持っていってあげたら」
諭されているのはヘモジなのか、僕なのか。
既にできあがっていた野菜ジュースを持って部屋に行くと『勝手しない』と姑息に文章を縮めて、二十回書いたところでふて寝しているヘモジがいた。
「しょうがない奴だな。休憩したらやるぞ。夕飯までに頑張って終わらせよう」
「ナー?」
「手伝ってやるよ」
冷えた野菜ジュースを手渡して、僕は投げ出された椅子に腰掛けた。
ヘモジはベットの上でコップを傾けた。
「『もう勝手なことはしません』……」
テーブルに向き合っていざ自身で書いてみると…… 実感する。
「百回ぐらいになんないかな?」
ヘモジが吹き出した。
「あー、こら! シーツが」
ヘモジは咳き込みながら、クスクス、それからゲラゲラ笑った。
退屈な日々はそれぞれにスキルアップという効能をもたらした。
一番の問題だったイザベルの操縦技術は飛躍的に進歩した。
模擬戦の相手をしていたそれぞれのガーディアンの調整も完璧。もはや隙はない。
マリー親子の魔法の腕も飛躍的に伸びた。
家事の傍ら、婦人は結界まで張れるようになっていた。ほんの一瞬ではあったが娘と砂掛け遊びをしていたとき、こっそり使っているのを見た。
娘に伝播する日も近いか? 持続系の魔法を覚えるのはもう少し先でもいいと思うのだけれど。
当の娘は土魔法を使って砂遊びをしている。
親父さんもとうとう魔法を覚えた。最初に覚えたのは風の魔法だった。
「風向きが見えるぞ!」と言って一日中騒いでいた。
「自動航行より確かな操舵術」とか言って、僕たちを船酔い状態に陥れた。
それからミントが幼児形態から進化した。婦人に立派な服をこしらえて貰って目のやり場に困ることはなかったが、まさに妖精であった。
オリエッタはミントに付き切りで疲れていた。黒々としていた毛並みが色褪せて見えた。
こんな砂漠にそうそう話題が転がっているとも思えないのだけれど。
僕の所で愚痴をこぼすオリエッタの口数が心なしか増えた気がする。
昼下がり、ヘモジとマリーにミントたちを加えた五人で地平線を眺めることが多くなった。
こちらの世界に来て作った最初の薬が完成した日もそうだった。
「タロス出てこーい。実験させろー」
「ナーナ」
「させろー」
『させなさーい』
「させろー」
操縦室の上の展望デッキで僕たち五人は砂漠に向かって叫んでいた。
見えるのは冒険者の船ばかり。タロスが出てきても他の冒険者の餌食になるだけだ。
そう思っていたら「このままだとコースを外れますよ」と、ソルダーノさんに声を掛けられた。
僕たちは操縦室を覗き込んだ。
ソルダーノさんは地図上の現在地と目的地を交互に指し示した。
僕は飛び降りた。
「合流ポイントはこっちの方角なんですが……」
今進んでいる本流からさらに北寄りだった。想定してこちらもかなり北を進んでいたつもりだったのだが、さらに北に寄れと地図は示していた。このままだとメインストリームを完全に外れてしまう。
が、進む以外に選択肢はない。
「行きましょう」
ソルダーノさんは頷いた。
「全員、警戒を厳にしろ! これからルートを外れるから警戒を怠るな!」
「ナーナ」
「監視、任せるッ!」
『同士独立のため、わたしも頑張りますよぉ』
「マリーも頑張る!」
しかし、彼らのやる気は持続しなかった。
何もない砂丘が延々と続く。前も後ろも砂だらけだ。
オリエッタがくしゃみする。
ソルダーノさんがいなかったら完全に迷子になっていたな。
オリエッタ以外、ラーラたちと早々に見張りを交替して、砂遊びを始めた。ヘモジがバケツを甲板から垂らして追加の砂を汲み上げる。普通あのサイズの身体で持ち上がる重さではないのだけれど、ヘモジはアレなので軽々だ。
今日は異世界で言うところのボウリングという遊びに使うピンと玉を作る気のようだ。
昔、爺ちゃん家の廊下でよく遊んだものである。
後で遊ぶ気なのだろう。せっせとひょうたん型の瓶をこしらえている……
「ヘモジ、ピンは五十本もいらないぞ!」
「ナー?」
「十本でいいんだ」
「そうなの?」
「ピンもでか過ぎる! それじゃ玉の方が弾かれるだろ! 形も揃えろ! なんだ、そのふて寝して最初から倒れてますみたいなピンは」
「ナナナ!」
「何がアンラッキーピンだ!」
『ラッキーピンもちゃんとあるから大丈夫よ』
奇天烈な物ができそうであった。
「目標発見! たぶんあれです」
コースを外れること二時間、望遠鏡で覗くと円錐状に積み上げられた石積みが見えてきた。
既に先客が何隻も停泊していた。
「間違いない。ギルドの旗だ」
石積みの先端に『銀花の紋章団・天使の剣』の旗がはためいていた。
ほとんどが商船で護衛船は三隻しかいなかった。がその護衛船はでかかった。
地上十階建てはあろうかという船体に攻城戦用のバリスタが片側に五門ずつ並んでいた。分厚い鉄板に囲われた船舷には地上迎撃用の窓が無数に並んでいる。船尾のでかいクレーンが二基、船の後部で動いていた。
護衛任務戦用の船か?
「予定より一日早く着きましたね」
ソルダーノさんが安堵して言った。
彼らに比べて小船の僕たちは船団のより中央に誘導された。
「どこから来た?」
「メインガーデンです!」
「姐さんは?」
「寄るところがあって。明日、こちらで合流する予定です」
メインガーデンから来たと言う度に彼らは姉さんのことを聞いて来る。
「明日かぁ」
皆ほっとしたような、残念そうな顔をする。
「何もありませんね」
婦人が周囲を見渡して言った。
「合流ポイントはギルドの拠点だって聞いてたんだけどな……」
見渡す限り何もなかった。
前線は初めてかと聞かれたので、そうだと答えた。
すると周りの船員たちはニヤニヤしながら「もうすぐ凄い物が見られるぞ」と言った。
そしてその言葉通り、夕刻、地平線の彼方からそれは現われた。




