クーの迷宮(地下42階 ウィンディゴ戦)晴れ渡る雪原
「洞窟だ」
黒光りする巨壁がブリザードから洞窟を守っていた。
僕たちはソリから降りて、巨人サイズの大きな洞穴を見上げた。
「ここは積もらなそうだな」
隅には動物の骨が積み上げられ、そばには巨大な丸鍋が置かれている。
「煤けてる……」
壁一面が黒く染まっていた。
「あの巨人の住処か」
風がなくなっただけで、暖かく感じるが。
「獣臭いな」
「ナーナ」
明かりを灯しながら奥に進むと巨人では進めなさそうな細い亀裂に行き当たる。
「こういう所に宝箱があるんだよな」
が、進んだ所にあった物は……
「魔法陣……」
それもとんでもなく大きな物だった。まるで城壁結界用のコアシステムだ。
「作動させるための魔力源がどこかにあるはず……」
魔力の流れを遡っていくとそこにあった物は超巨大な精霊石の結晶、のようなギミック。
「ちッ、本物じゃないのか」
「ナナーナ」
「こんなのあったら却って困る」
本物だったら市場が崩壊する。
「要は――」
僕の言葉が終る前にヘモジが叩き割った。すると魔法陣から放たれていた光が消えた。
「終わり?」
「たぶん」
「宝箱を期待したんだが」
僕たちはトボトボと深部を後にした。
「…… なんか静かだな」
開口部から外を見遣ると光が差し込んできていた。
「ブリザードやんだ?」
僕たちは出口に駆け寄る。
「おー、やんでる。やんでる」
ブリザードが消え、天高くに青空が広がっていた。
「なる程そういうことか」
「ナナーナ」
「嵐発生装置」
「驚いたな」
「ナーナ」
「ウィンディゴ番人説」
「オリエッタのお手柄だな」
「ナナナ」
「そうだな。サンドゴーレムのパワーアップ版みたいなもんだな」
「普通の冒険者、苦労するね」
「『認識』じゃ見えないと思うか?」
「多分見えない」
この生臭い匂いもブリザードのなかでは嗅ぎわけられないしな。
「奴の足跡をたどるしかないか」
僕たちは箱に乗り込み壁の上を目指した。
なんだ、なんだ?
急に反応が増えてきた!
現金な奴らだな。
「新種発見。『髭狼』だって」
顎髭が賢者のように長く伸びている。
白銀の狼。
「結構でかいな」
「目が真っ赤」
「ナナナ」
「狼は数が多いから面倒臭いんだよな」
でもウィンディゴ程動きは速くなさそうだった。飛び道具があれば問題なさそうだ。
「一応、狩っておくか。資料提供ってことで」
接近してくるのを待つ間、僕たちはひなたぼっこしながら地図作りに勤しんだ。
「入口から北東に…… 大きな崖があって、風下に回り込んで……」
「あっちは山しかないね」
指標になる物はすべて雪の下だろう。あの山を基準にする以外あるまい。
狼たちは接近してこなかった。
向こうも余計な体力を使いたくないのだろう。お互い接近待ちでは埒が明かない。
僕たちは取り敢えず遠くに見える山を目指すことにした。
「未だかつてこんなに何もないマップがあっただろうか」
でも当初の予定と違って視界が晴れたため、速度は上げ放題!
「うおおおおッ」
ひたすら続く下り坂をかっ飛んだ。
狼の群れがこちらを追い掛けてくる。
が、包囲網を軽々突破した。
「あら?」
また目の前に暗雲が。周囲が暗くなり始めた。
狼たちの反応が消え、またもややってきましたブリザードタイム。そして痩せ巨人!
今回は検証のため、結界を破らせてみることにした。
が、一向に破壊してこない。
「そんなに固く張ったつもりはないんだが」
彼らが内包する魔力は雪山での生存のために使われていると考えるべきなのだろうか。高速移動もその一つなのだろうが。でなければあんなもやし巨人が雪原を駆け回れるはずがない。
「ヘモジ、もういいぞ」
「ナナーナ」
以下省略。
「魔石はでかいんだよなぁ」
奇襲がなければただの木偶だ。
予定の進路からはズレるが、あいつの来た方角に向かって進むことにした。多分、また巣があるはずだ。
奴が雪原に付けてきた深い足跡でさえ、この天候ではすぐに消えてしまう。
僕たちは大急ぎで足跡を追い掛けた。
足跡が途切れるか途切れないかのギリギリの辺りで、これまた巨大な渓谷を見付けた。
「雪の下、川が流れてるんじゃないか?」
降り積もった雪に大きなクレバスが。微かにでも動いてる証拠だ。
「参ったな」
落ちたらあの世行きだ。
しかし、巨人だってこの断崖絶壁を飛び降りたりしているわけではあるまい。どこかにルートがあるはずだ。
「ん?」
あれは……
人為的に詰み上げられた石積みを見付けた。
巨人たちも似たような景色ばかりで降りる場所がわからなかったのだろう。
覗き込んだ先に下り坂を見付けた。
「あった」
巨人が自分で拵えたのか、巨人サイズの欄干まで敷設されていた。
「ここからは徒歩だな」
オリエッタは僕のリュックに。ヘモジは僕の肩に乗った。
坂がきつかったので靴底にスパイクを、手には長めのピッケルを用意した。
坂を下りると案の定、大きな横穴があった。試しに足元に火球を撃ち込んでみたら、思った以上に深いことがわかった。寒過ぎて、靄出てるし。
僕たちは横穴に入った。
「おー、暖かい」
中は似た様なものだった。
奥に行くとせせらぎが聞こえる。地下水か?
丸太の橋が架かっていた。
それを渡ってさらに進むと、またあった。
岩盤の隙間に今度は煉瓦造りのアーケードまである。
「ナ、ナーナ」
前回と同様の物が置かれていた。
同じようにヘモジが結晶をぶっ壊して、装置を停止させた。
「あ、宝箱だ」
来る時には気付かなかった岩陰に見付けた。
「でか過ぎて見逃すわ」
久しぶりに見る巨大サイズの宝箱。いつ以来だ?
階段を造ってヘモジを上らせる。
鍵は掛かっていたが、簡単に開いた。
ヘモジが蓋を開けて覗き込む。
「ナー…… ナーナッ!」
ヘモジは考え込む仕草をしながら僕たちを手招いた。
僕とオリエッタも中を覗き込んだ。
「これ、ギミックじゃないよな?」
「多分……」
オリエッタも自信なさげだ。
それもそのはず、宝物庫のなかにあった物は大量の物資。主に毛皮や革だが、他にも綺麗な石や冒険者から集めたのか、武具の類いも出てきた。
「武具ははずれだな」
着れなくはないが、ここクーの迷宮ではよくて中層までだ。一応、付与付きなので転送するが。目を見張るものはない。毛皮や大量のなめし革は革細工の職人が喜びそうだ。何せ、この街で手に入る革といったらドラゴンタイプの革ぐらいだ。
そしてなんでこんな物がという物が…… 仮設テントであった。
僕たちが驚いた最大の理由だ。まさかこんな物が宝箱から出てくるとは。
しかも寒さ対策が施された魔道具ときた。
砂漠の野営にも使えそうだ。
「このフロア、一朝一夕には行かなさそうだもんな」
敵に塩を送られた格好である。
金額ベースで考えると、決して高いものではなかったが、いい物が回収できた。
「そうか。今回はこのサイズの宝箱もあるのか…… 見逃さないようにしないとな」
オリエッタが頷いた。
外に出るとやはりブリザードはやんでいた。
が、渓谷の縁から狼の大群がこちらを見下ろしていた。
高度差があり過ぎて、一斉に飛び掛かって来る心配はなさそうだが。
「頭数で分け合える程、食い出はないと思うぞ。大体そんな所にいたら危ないだろう」
スパッと崖っぷちを切り落としてやった。
狼たちの反射神経は見事なものだった。が、最初の一歩で出遅れた者は爪を掛けられずに、綺麗に切り裂かれた岩盤の傾斜に足を掬われ、瓦礫と一緒に眼下の谷間に落ちていった。
生き残った奴らが回り込んで、坂道を猛烈な勢いで降りてくる。
「馬鹿め」
足元を凍らせてやったら、そのまま勢いよく坂を滑り落ちてきて、折り返しの踊り場を飛び越え、先に落ちた仲間の元に。
後続が次々押し寄せ、必死にこらえようと足掻く先行集団を押し出していく。おかげで止まれた後続はいたが。
「そうだ。サンプル。魔石も回収しないと」
生き残りを凍らせた。
サンプルは心臓を切り離して確保。残りは魔石に換えた。
個体丸ごと一体と、水の魔石(小)六個を手に入れた。
「やっぱり相手にするだけ無駄だったか」
でも数の多さは要注意だな。
僕たちは坂を上がり、箱まで戻るとそこでも待ち構える狼が。
久しぶりに身体を動かした気分だ。
箱の天井に積もった雪も溶け、扉のステップも滑り易くなっていた。
靴底をまっさらに、ピッケルは即席で造った壁のフックに架けて固定した。
そのまま屋根に上り、雪を払う。
「マップに記入っと」
情報を書き込んだ。いいね。いい感じだ。この渓谷がマップ上の北端なのだろう。他の冒険者の情報と照らし合わせてもほぼ間違いない。この先に進むルートはない。
徒歩で丸一日掛かる距離を僕たちは一気に滑ってきたことになる。
ここから西進するか、東進するかだが……
山が見えるのは東だ。渓谷に沿って東に行こう。




