レイス殲滅大作戦?
子供たちは見る見る内に吹き抜けの階段前のフロアに、天井まで届く分厚い壁を拵えた。そして銀粉を壁の裏から手分けして吹き付けた。
玄関先で行なった同じシチュエーションを再現しようというわけだ。まさに大作戦。
どうせなら二階の廊下を塞いだ方が楽だろうにと思うのだが、子供たちには別の意図もあるようだった。
子供たちは築いた張りぼての壁の内側に階段を造り始めた。
そして二階床高に合わせて踊り場を造り、全員が駆け上がった。
まるで攻城戦だな。
壁に小さな穴をそれぞれ開けて、廊下にいる敵を見定める。
「後ろにもう一体いるね」
「残りが見えないよ」
「部屋のなかにいるのかも」
オリエッタが欠伸する。
「どうする?」
「一網打尽にしてやるつもりだったのに」
「まあいい。見える敵を優先して消滅させよう」
「なんで気付かないかな。こんなにでっかい壁を目の前に拵えてるのに」
「造ってる最中に気付かれたらこっちが困るわよ」
子供たちは余裕だ。既に勝利を確信している。
「みんないい? 部屋のなかにいる奴が追撃してくるかもだから、気を抜かないでね」
全員が舌舐めずりしながら、頷いた。
二階の踊り場に身長順に並んだ姿はどこか微笑ましい。
が、可愛らしい様相から放たれたのは極悪非道の『爆炎』魔法!
二階廊下にいた二体はおろか、個室から慌ててでてきた二体も合わせてあっという間に昇天させてしまった。
「うわっ、数の暴力」
オリエッタもヘモジも唖然と見詰める。
魔力効率を考えると褒められたものではないが。こいつらだから許される飽和攻撃。
「一体残ってるッ!」
殲滅したと思ったのに、あの紅蓮の炎から異空に退避して生き延びた一体がいた。
透明化したまま逃げ場を探して、こちらの壁に突っ込んでくる。
が、逃げ場はない。
ガラス窓でもぶち破って外に逃げればいいのにと思うのだが。
「本物のレイスは自分の死体からあんまり離れられないから、距離を取れば逃げられるんだよ」
「そうなのか?」
「大師匠が言ってた」
マリーがトーニオに雑学を披露する。
しっかり勉強してるな。
けど、追い掛けてくる速度が半端ないから、結局は追い付かれちゃうんだけどな。
「光にも弱いから夜しか行動しないんだよね」
中には強い個体がいてセオリーを無視してくる奴もいるけどな。カテリーナも参加する。
「わざとダメージを受けて、そこから『生命吸収』とか仕掛けてくる頭のいい奴もいるらしいぞ。甘く見てると痛い目見るからな。現実のレイスは元人間なんだから」
リーダーとしての責務か、トーニオはやんわりと、でも辛辣に手綱を締めた。
年少組はリーダーに羨望のまなざしを向ける。
「迷宮のレイスは壁を越えられないんだよね。じゃないと迷宮から出て行っちゃうから」
引き締め過ぎた雰囲気をヴィートが軽口を叩いて緩める。
後半の冗談は兎も角、前半で言ってることは正しい。迷宮に関しては作りものである以上、作者の事情が絡んでくる。
思考が劣化して壁抜けするという発想に思い至らないのだと、まことしやかにささやかれることがあるが、それは現実のレイスを知らない者の台詞である。教会の管轄なので、知っている方がおかしいといえばおかしいのだが……
要はフロア構成を無視して、いつでも、どこからでも襲ってこられては冒険者がたまったものではないということだ。
そんな敵が壁の向こうで子供たちの拵えた壁を壊しに掛かっている。
当然、物理破壊を講ずるために実体化を余儀なくされているわけだが。
「こっち、こっち!」
二階の踊り場にいる子供たちを一階に呼び寄せるオリエッタ。
そのオリエッタの前の壁にひびが入る。
子供たちは迎え撃つべく、階段を飛び降りて態勢を整える。
「来るぞ!」
レイスが壁を撃ち抜いた瞬間だった。
透明化を試み、子供たちの眼前に!
が、しかし透明化はすぐに無効化され、レイスは穴に嵌まったまま動けなくなった。
というより胸の辺りが穴に閊えて押し潰される格好になっていた。残り少なくなっていた生命力も風前の灯火。
断末魔の叫び声を上げるレイス。
子供たちの手を煩わせることなく、天を仰いで絶命した。
壁の内側に振り撒いた銀粉がレイスの透明化を阻止したのだ。
「人呼んで、レイスホイホイ」
それからわざと物音を立てて残党がいないか確かめ、二階の探索を始めた。
二班に分れて、小部屋を一部屋ずつ確認する。
「壁焼け焦げてるし」
普通の物件なら全焼してる。
「壁や天井が焼け落ちたらどうする。そこから瀕死のレイスが外に逃げ出すことだって」
「でも大丈夫だったでしょう」
そりゃ、この辺りの物件の外壁は破壊不可能オブジェクトになってるから。
「敵影なーし」
「こっちもいないよ」
鍵の掛かった部屋はヘモジがぶち破っていく。
「ナナーナ」
ようやく一軒目、オールクリアだ。
ちょっと時間が掛かり過ぎた。警戒が過ぎたか。
「それじゃあ、みんな。アイテム漁りの時間よ!」
「おーっ!」
フィオリーナの号令で子供たちはばらけた。子供たちの狙いは当然、缶詰である。
人数がいるとあっという間に終るな。
目の前に集められた回収品のなかに、彼らが望む品はなかった。
「つ、次こそは……」
出られなくなるトラップは今回なかった。
が、それは次の棟で再現された。
そして二度目の探索でもスカを引いた子供たちはみるみるやる気を失っていく。
僕は慌てて休憩タイムを挟んだ。
攻略を終えたコテージの湖に面した庭を借りて一休みすることにした。
日の光に輝く湖面を見下ろしながら子供たちはジュースを堪能する。
「なんか疲れたね」
そう言いつつも気分はリセットされていく。
そして好奇心が充填されたところで、重い腰を上げる。
さあ、改めて探索再開だ。
戦いに慣れてきた子供たちは効率重視にシフトしていった。結界を割られる速度、動きに対応しながら、順応していく。
冷気攻撃を物ともせず、力押し。わずかに残った起死回生の一撃も容赦なく粉砕する。
いけいけの子供たちのなかにあって、冷静な頭脳が二つ。トーニオとフィオリーナだ。全体の穴をしっかりカバーしている。
僕はふたりの肩に手を置き、労をねぎらう。
「さあ、今度こそ見付けるぞーッ」
探索が始まった。
地下室があるタイプの物件だから、もしかしてと僕も期待する。
「あったーっ!」
ミケーレの声が建物中に響き渡った。
屋根裏に駆け付ける子供たち。そこで見た物は……
「缶詰三つ……」
それも小缶である。
「却って落ち込むわ……」
肩を落とす子供たち。
「こっちにもあったよー」
「どうしたの?」
駆け付けたマリーとカテリーナが怪訝そうに仲間の顔を見上げる。
「どうせ大したこと……」
子供たちは地下室の入口で絶句する。
宝箱を開ける手伝いをしていたヘモジとオリエッタは既に吟味に入っていた。
「まさかな」
そこには大きめの宝箱が二つ置かれていた。
それぞれのなかにダース箱が二箱ずつ収められている。
開封され、既に手が付けられている一箱から缶詰が覗いていた。
「ナナーナ」
「フルーツ、フルーツ」
中身の確認が行なわれた。
「惨敗……」
フルーツ缶は出なかった。
「こりゃ、当分缶詰料理だな」
夫人は大いに喜ぶことだろう。
何も出ないより質が悪い。
子供たちのやる気が心配された。が、缶詰が出たという事象が子供たちを勇気付けた。
「今度こそ」
そして次の棟を攻略後……
「出たーっ!」
「桃缶、モモンガ!」
「モモンガ?」
「舌噛んだ……」
念願のフルーツ缶が出た。中缶六個セットが二つ。合計で十二缶だ。
子供たちは肩の荷が下りたとばかり、安堵する。
太陽も高くなってきたので、そろそろお開きの時間だ。さすがに幼い子に徹夜は強要させられない。夜更かしが限度だ。
最後に攻略できずに残った物件を一通り確認して戻ることに。
「領主館がなくなってる!」
「ナナーナ!」
最も警戒すべき物件がただの大きなコテージに置き換わっていた。杭で囲われた馬車小屋もない。
「領主の館はクエスト専用の物件だったようだな」
これならもう少し来る頻度を上げても……
「さて、どうしたものか」
取り敢えず、本来のノルマだけはこなしておかないとな。
子供たちを出口まで導かねば。
「帰るぞー」
「転移するの?」
「いや、岸辺に戻るだけだ」
取り敢えず岸辺に転移して、舟に乗り込んだ。
「ナ、ナ。ナ、ナ」
「『桃缶』、『桃缶』」
早速『桃缶』を開け始めた。
そして全員二切れずつ行き渡るとフォークを突き立てた。
「うめーッ」
「あまーい」
子供たちは満面の笑みをたたえた。




