クーの迷宮(地下41階 レイス戦)缶詰はきっとある
夕飯を掻き込み、僕たちは夜明けの第四十一層に飛び込んだ。
まずクエストが再取得可能か、例の物件に立ち寄ったが、やはり無駄足だった。
子供たちはいつか僕やヘモジの引率でないときに、もう一度試してみるといいだろう。そのときのためにも対岸に渡れるか試してみることに。
今回は僕も手を出していく。
フロアは本日も満員で、戻ってくる頃には出口までのルートも一掃されているはずだ。滞在時間を長めに設定してもいいだろう。
「ナーナ、ナーナ、ナー」
ヘモジは舳先の上で鼻歌交じりであった。缶詰の大漁を疑っていない様子。
対岸に着けるかもわからないのに。
舟は大きくなったが、作り手も多かったので苦にはならなかった。問題は帆の材料となる布の調達だったが、ヘモジが先日と同じ場所からサイズの違うボロを見付けてきた。
子供たちは湖上で美しい景色に飲まれていた。
この景色を見られただけでも来た甲斐があったと、みんな笑顔だ。
が、そこにゴーストの襲来である。
子供たちは応戦した。
僕は『聖なる光』を手控え、聖結界で対応した。これも子供たちの修行の内だ。
揺れる船の上で奮戦する子供たち。
誰かが動けば、船が傾く。的が絞れず、苦心する。
頑張れ、頑張れ。
足元が安定しなければ命中精度も上がらない。
「足の早い攻撃を」
数が多いから適当に撃っても当たりそうだけどな。そこは相手も必死である。
無駄口は消え、真剣なまなざしが戻ってくる。
「火炎弾!」
遠くの敵を狙ったものが、手前に飛び込んできたゴーストに直撃した。
「アチ、アチ、アチッ」
ヴィートが踊り、舟が揺れる。
「馬鹿なの! 馬鹿なの!」
「今のはこっちのせいじゃないって!」
「氷槍ッ!」
マリーが湖面で暴れるゴースト数体を串刺しにする。
が、弱った敵が今度はその氷塊の陰に身を隠す。
「もう一度、氷槍ッ!」
今度はカテリーナが隠れた敵を一網打尽だ。
マリーとカテリーナはハイタッチをして喜ぶ。
「みんな、頭を下げて!」
フィオリーナが全方位に『衝撃破』を放って、一旦敵を遠ざける。
舟はその間も進み続け、距離の離れたゴーストは置き去りにされ、しつこい奴はとどめを刺されていく。
些細な経験。積み上がっていく。
対岸が見えてきた。
さてこの先はあるのか。
風は変わらず吹いている。
子供たちは前のめりになる。
水の流れも変わる様子はない。
ヘモジは舳先に立って上陸する気満々。落下に備えて足にくくり付けられている綱はマストに縛られている。
舳先が砂を捉えた。
反発が舟に伝わる。
「着いたーッ」
ヘモジを先頭に、足の輪っかを外した子供たちが岸に雪崩れ込む。
「ようし。まず、銀粉の使い方に慣れろ」
風魔法で巻き上げて自分の回りに纏わせるのだ、が。
「ぎゃぁ!」
「前見えない!」
「口に入った!」
「砂も一緒に舞い上がっちゃうよ!」
「サンドストームだな」
「すまん。場所が悪かった」
なるほど。砂浜は安全地帯じゃなく危険地帯だったか。
「師匠。どうすればいいの?」
「そうだな……」
全く以て想定外だった。
「銀装備でも…… あ!」
先日、クエストで手に入れたアイテムがあるではないか。白銀の腕輪と短剣。所有者の周りに聖結界を発動させる便利アイテム。短剣の方はそれに加えてアンデッドに有効な付与効果もあるが、杖を持つ魔法使いには今のところ不要な要素だ。装備するだけに留めておくのが吉だろう。
「これがクエストアイテムなんだ」
「すげー」
「問題は誰に持たせるかだが……」
「マリーとカテリーナでいいんじゃね?」
「敵に一番狙われ易いだろうからな」
「あんたも大して違いないわよ」
「どうせ団体行動だし」
「リーダーが持った方が」
「過信するなよ。こいつはダンジョンの発掘品である以上、魔力の補充は魔石で行なう必要があるし、使用回数にも制限があるからな」
「集団戦になったら注意が必要か」
「腕輪は満タンで二十回。短剣も攻撃付与と合算で、二十回使える」
オリエッタが言った。
「意外に多い?」
クエストアイテムだから一般の物よりは高性能だ。
オリエッタの説明を確認するために子供たちも各々『解析』スキルで当てる。
「このフロアでは神アイテムだな」
「でも魔石で補充するのは手間だよ。いざって時に困るから」
「普通の結界でも実体化したレイスは防げるからな」
「幽霊状態が問題なんでしょう?」
「ゴーストは突破してこないけどレイスはあるかもな。それも稀だろうけど」
「でも、それが致命傷になる」
「そう言うこと」
「多重結界で回避できるって大師匠が言ってたよ」
「突破するには相応の魔力消費がいるみたいだからな。二枚抜ける敵はまずいないな。でも敵が複数いればあっと言う間に」
「それ考えると聖結界は安上がりだよね。一枚で完璧な仕上がり」
「アンデッド以外にはガラス細工みたいなもんだけどな」
「取り敢えず、砂浜を抜けて、そこで改めて練習だ。レイスを逃がさないためには、必要な段取りだからな」
「はーい」
練習相手が森のなかからやってきた。
与し易しと襲った相手はマリーとカテリーナではなく、先頭を行くヘモジだった。
結界なんかなくたって、一撃だった。ミョルニルが青緑色の稲光を発す。
「もうちょっと待てばいいのに」
砂がない所まで来た所で、銀粉を巻き上げる練習を再開する。
が、これが意外に難しい。
攻撃、防御、銀粉撒きを分担作業でやりくりできる人数がいるから、難度は下がっているが、それでも風魔法を一定の強さで持続的に運用するという行為はベテラン魔法使いでも気を使うところである。
強過ぎれば銀粉は四散してしまうし、弱過ぎれば地面に落ちてしまう。
いきなりできるようになれとは言わないが、戦闘が終るまではなんとしてでも維持しなければならない。
次の戦闘では僕もヘモジも手を貸さないと明言した。三体以上になったときは勿論、ヘモジも僕も介入するが。
子供たちは一軒目のロッジに続く坂道を慎重に上る。
脇の森から反応が。
オリエッタが首を伸ばす。
「来るよ」
一番外側に設定した多重結界に反応があった。
先手を防がれたレイスが実体化した。
「銀粉!」
銀粉交じりのストームが子供たちの周囲を取り囲んだ。
レイスの身体にキラキラ光る銀粉が付着する。
「『炎の断罪』!」
なんだ? その格好いい名前は!
僕の驚いた顔を見たニコレッタがにやけて言った。
「『無刃剣』の応用。対レイス戦に備えて考えたの」
射程を短くすることで延焼を防ぎつつ、炎のバレットを切れ間なく高速で叩き込む。
まるで溶接用のバーナーで鉄板を切断するが如しだ。恐らくアイデアの出所はその辺だろうが、目に悪い。
「また面倒なこと」
いくら弱点属性だといっても『無刃剣』に向かない火属性でやらなくても。
「動きの速い相手には有効だから」
確かにピンポイントで当てるより、薙ぎ払った方が当たるだろうが……
「チャレンジャーだなぁ」
子供たちが照れる様に笑った。
「さて、ここからは混戦だ。戸に呼び鈴が付いてるかも知れないから気を付けろよ。外の明かりがなかに差し込んだだけでも発見されるからな」
「外に誘い出した方がいいよね」
手数を有効に使いたいなら、狭い室内で戦うのは愚策だ。
ヘモジが扉を開ける。
ギイィ……
扉がいきなり破壊された!
ヘモジがでんぐり返る。
敵はヘモジの頭上を通過し、待ち構える子供たちの前に姿を現した。
銀粉が既に宙に舞い、キラキラと輝く。
そこに一斉に魔法が放たれる。
続け様に出てきた増援も実体化した途端、黒焦げにされた。
ほんと、嵌まるとこいつら強いな。
邀撃は一旦終了である。
今回は魔石もしっかり回収していく。
その間にオリエッタとヘモジが中の様子を壊れた戸口から拝見。
「前回と同じかも」
一階部分にはもう敵はいないらしい。吹き抜けの階段の天井と奥の小部屋に繋がる廊下にチラホラ。
「吹き抜けの奴おびき出したら、他のも釣れる?」
「どうかな。念のため引き込んだ方がいいんじゃないか」
「魔石、回収したよ」
「じゃあ、やるか」
「明かりを放り込んで誘い出せばいいんじゃない?」
「携帯ライトで誘ってみるか」
カテリーナから短剣を託されたジョバンニがヘモジを連れて慎重に中に入る。
「来るぞ! 一匹釣れた!」
戸口からジョバンニとヘモジが飛び出してきた。
そしてほぼ間を置かずに透明な何かが!
結界にぶち当たって、透明な何かは顕現した。
鮫の様に鋭い歯、長く鋭い鉤爪。醜い顔が絶叫する。
多重結界が二枚も割られた。が、枚数はすぐ様補充された。
一体だけでは聖結界まで辿り着くことすらできない。
銀粉が直接、敵目掛けて投げ付けられた。
単体を相手にしていればこその荒技。
騒ぎを聞き付けたレイスが一体、森のなかからこちらを伺っていた。
隙あらばと狙っているのだろうが、オリエッタの視線が敵をその場に釘付けにしている。
そうこうしている間に目の前のレイスは昇天した。と、同時にこちらを覗いていたレイスは森の奥へと姿を消した。
僕たちはようやく建物に踏み込んだ。
念のため一階の部屋を探索して後顧の憂いを立つ。
「残る敵は二階のみ!」
「でも今度は数が多いからな」
最低でも四つの反応があった。
子供たちは円陣を組み作戦の再確認。
そして……
「行くよ。レイス殲滅大作戦!」
「おーッ!」
小声で叫びながら円陣を解き、せわしなく動き始めた。




