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クーの迷宮(地下41階 レイス戦)缶詰がめたらボスが出た

 明るいところで見ると、やはり絶好のビューポイントだった。同じ湖畔の景色でも、周りに青々と茂った緑が連なっているだけで、そこはもう砂漠のそれとは違っていた。

 僕たちは一軒目を通り過ぎて、二軒目のコテージに向かった。一軒目と似た外観で、より大きな物件だった。

 攻略方法は変わらない。部屋の物色が最優先だ。


「チッ」

 ヘモジとオリエッタがやさぐれた顔をする。

 缶詰が出なかったからだ。

 宝箱からはそれなりの物を回収したわけだが、オールオアナッシング、ふたりには何も出なかったのと同義だった。

 二軒目は罠もなく、敵の数が若干多いだけだった。


 三軒目は半地下を備えた漆喰壁の物件。

「天国。ふふふ……」

「ナナナ!」

 半地下の倉庫で発見した大量の『缶詰』を抱きしめながら床にへたり込む。

 宝箱三つから小缶三十個。中缶二十四個。大缶三個を回収したのだからすっかり有頂天である。

「ナナーナ?」

「これ違う」

 フルーツ缶だけ選別し始めた。

 自分たちだけでがめる気満々である。その数十二個。

 自分たちの鞄に押し込むも、当然押し込められず、僕のリュックに詰め込んだ。

「缶詰背負った冒険者って……」

 残った缶詰は他の回収品と同様、倉庫に転送した。


 もうレイスのことなんか眼中になかった。僕に早く魔法を放てと、催促の嵐。

 頼むから、せめて目の前に転がってる魔石ぐらい回収してくれないかな。

 次のコテージも、その次のコテージも缶詰漁りに余念がなかった。

 そうこうしている内に、一際大きな物件が現れた。


 崖から半分迫り出したガラス張りの三階建て。なんかエルーダの同フロアにあった豪勢な屋敷を思い出す。

「ここも調度品持ち出しオッケーの特異物件だったりしてな」

 目には見えねど室内の気配が半端ない。

「心して掛からないとな」

「缶詰…… いっぱいありそう」

「ナナーナ」

「集中しろよ。数が多いぞ」

「わかってる」

「ナーナ」

 頼むから変なミスしないでくれよ。特にオリエッタ。お前は死んだらおしまいなんだからな。

 レイスの大群の意味するところはわかってるよな。


 建物の壁は破壊不可能オブジェクトだった。建物の壁を破壊して特別強力な『聖なる光』を放り込もうと思ったのだが、ミョルニルですら弾かれた。

 建物の周囲を回り、入れそうな場所を探す。


 半周した所で馬車小屋を発見した。

 目の前の側道が森と湖畔方面に伸びている。伐採した木材を湖畔から船で対岸に運んでいたのか?

「なんだ?」

 異様な景色が広がっていた。大量の土嚢。地面に直接に突き立てられた無数の杭。単純な物だが、侵入者には効果的だ。

 馬を守るためか? 小屋の周囲に張り巡らされていた。

 なのに大きな扉は無残に破壊され、朽ちて傾いた荷馬車の後ろ姿が垣間見えた。

 おかしいのは杭が一本として倒されていないことだ。

 扉が破壊されてから設置したのか?

 守るべき馬の姿はとうにない。

 何が暴れたのか?

 レイスが物理的な攻撃をするには実体化が不可欠。扉を破壊したのがレイスなら、手前の杭は踏み荒らされているはず。

 何かがおかしい。

 幸い小屋の中にはレイスのいる気配はない。

 小屋の扉の反対側に母屋の裏口を見付ける。

 どうやら本邸の進入路はあちららしい。

「なんでこっちには杭がないんだ?」

 案の定、鍵は掛かっていなかった。

 僕たちはこっそり侵入しようと扉を開けた途端、扉に付いた呼び鈴がチリンチリンと鳴った。

 血の気が引いた。

 レイスが強風のように狭い間口に一斉に押し寄せてきた。

「消えろッ!」

『聖なる光』を目の前に放った。

 悲鳴が大合唱を奏でる。

 ここは危険だ。一般の冒険者は最大限の注意を払う必要があるポイントだ。クエスト内容は余り公開したくはないが、ギルドには言っておいた方がいいだろう。エルーダの豪邸も注意喚起はされていたのだから、その方がいい。『聖なる光』が使える聖職者、またはそれに類するスキル保持者同伴必須と。

 光を浴びてレイスの影が次々昇天していく。たまに生き残った奴が起死回生の『生命吸収』を使おうと触れてこようとするが、ミョルニルの稲光に瞬殺されていった。

「やっと静かになったな」

 騒ぎが次々増援を呼んで、結果、室内の気配は激減した。

『聖なる光』を灯しながら台所を出る。

 オリエッタの視線が頻繁に向きを変える。

『看破』でレイスがはっきり見えるようになったらしく、引けていた腰がでっぷり、どっぷりと。シロップ飲み過ぎ。

「なんか変」

 確かに変だ。

 恐らくここが領主の別邸なのだろうが、窓は悉く釘で打ち付けられていた。おまけに多くの小部屋に不必要な鍵が設けられていた。

 床が軋む。

 陰に潜んでいたレイスが襲い掛かってきた。が、光を浴びて硬直、そのまま昇天していった。

 戸締まりが厳重なおかげで探索にもたついた。

 そうこうしていると、ある部屋に行き着いた。

「……」

「ナ……」

「穴ぼこだ」

 嫌な予感がした。

 二階最深部の書斎の床に大穴が空いていたのだ。

 一階部分を覗き込むとそこは完全に隔離された密室だった。

「隠し部屋か」

 でもなんで大穴が空いてる?

 僕たちは意を決して穴のなかに飛び込んだ。

「横穴があるな」

 朽ちかけの本棚の後ろに、人がやっと通れるサイズの横穴を見付けた。

 手掘りのままだ。

「あー、嫌だ」

 強力なアンデッドが放つ独特の霊気のようなものを感じた。

『万能薬』を舐め、銀の投げナイフをリュックのなかから取りだして、ベルトのホルスターに。使わないと思うけど念のために。

 ヘモジも投擲用の鏃をポケットに仕込んだ。

 オリエッタも『ぺったん魔法』が発動する手袋を嵌めた。手袋の手のひらに転写魔法が仕込んであるニューアイテムだ。どこで手に入れたのか知らないが、ぺったんすると対象に魔法陣が転写されて、数秒後にその魔法陣が作動するという優れ物である。ただオリエッタの魔力で発動できる魔法で、ということになると実戦で使う物ではないはず。

「なんの魔法陣?」

「氷が出てくる」

「……」

「散歩のときの必需品」

「砂漠の便利グッズかよ」

「火の魔法陣にすると付け火もできる」

 そこでにやっと笑わない。

「奥にいるのボスだぞ。そんなの役に立つのか?」

「奥にいるの『ビッグレイス』レベル四十五。『生命吸収』と『発狂』スキル使う。『発狂』は精神力が弱いと混乱する。これを――」

 ヘモジの額にぺったんした。

「あ」

 魔法が発動した。

「状態異常、解除できる」

 頭燃やす気かと思った。

 どうやら手袋には魔法増幅用の魔石スロットも組み込んであるらしく、オリエッタの精神力の高さで混乱状態を強制的に吹き飛ばすという代物だった。

「対価は?」

「何も。暇つぶしだって」

 こんな物を息抜きで造れてしまうのは大伯母ぐらいだ。才能を無駄に使ってるよな。

 まあ、オリエッタの依頼があってのことだろうが。

 聖結界は僕も張るし、装備付与にも状態異常耐性が付いている。混乱などまず起こりえないことだが、起こったら壊滅必至だ。

「何かあったら頼むよ」

「任せて」

 オリエッタは手から炎を出した。


 穴はすぐに天然の洞穴に繋がり、風の誘いに任せて進むと、出口の明かりを見付けることができた。

 周囲を岩で覆われた岸辺に出る。

 小舟を係留できる程度の小さな桟橋が朽ちていた。

「非常用の脱出路か?」

 周囲にはテント跡が並んでいた。

 何も出なかったなと、一瞬安堵し掛けたとき突然、雷鳴が。

「あらー」

「雲が回ってる」

「ナナーナ」

 青かった空が瞬く間に……

 快晴の空がおどろおどろしい闇に覆われた。

 いきなりの断末魔の叫び。

 僕は振り返り『聖なる光』を頭上に放つ。

 いきなり戦闘開始かよ。

 鉤爪が生えた手がすぐそこまで来ていた。

 ヘモジのミョルニルが腕を吹き飛ばすと、ちぎれたそれは闇に消えた。

 さすがにオリエッタじゃなくてもこれははっきり見えた。

『ビッグレイス』という安易なネーミング通り、現れたレイスは巨大だった。

 見るからに精神衛生上よろしくない外観だった。身体には何本も雑草のように腕が生えていて、動く度にポキリポキリとその腕が折れる音がした。

 子供たちには絶対見せられない。話だけにしておこう。

 身体が『聖なる光』によって浸食されていこうがお構いなし。ひたすら前進してくる。そして次から次へと生えてくる鉤爪のある手が襲い掛かる。

 そして対抗手段がないと感じると、奇声を上げた。

「『発狂』来た?」

 オリエッタが首を傾げる。

「ナナーナ!」

 状態異常に完全耐性のある装備をしている僕たちには効かなかったようだ。

 あとは『生命吸収』だが、こいつの体力の高さは生憎、僕たちの装備付与の上を行きそうだった。よってオリエッタは缶詰と一緒にリュックに退避だ。

 結界は作用しているので触れられることはないが、何事にも完璧ということはない。

 と言っても、叫びながら突進してくることしかできない相手に後れを取る気はない。

 ヘモジも同意見のようで面白いようにミョルニルを当てていく。

 吹き飛ぶ肉片。

「まったく」

 グロテスク過ぎて精神がやられそうだ。

 そして突然、霧散する。

「消えた?」

 隠れたか? 逃げたか? ボスは逃げない物だが? 起死回生の『生命吸収』を仕掛けてくるのか?

 僕たちは身構えた。

 が、何も起らなかった。

「反応なくなった」

 オリエッタが言った。

「倒したのか?」

 足元にも普通のレイスのような骸はない。たまに実体化していない状態で絶命するときがあるが、そのときはゴースト同様、何も手に入らない。

 草むらのなかに灰を見付けた。その中央には一冊の日誌が落ちていた。



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