クーの迷宮(地下41階 レイス戦)缶詰食べた
作業場の穴の開いた壁に扉を設けた。鍵は適当に、閂だ。すべて素材は砂だが、結界は厳重だ。
前回頑張って造ったけれど、日を改めて見ると、いまいちな部分も散見される。
何もない操縦席に上がって、視界を確認する。
「『ワルキューレ』より既に高いな」
ユニットの大きさは変わらないのだから、腰高ということだが、昨日の予定ではさらに高くなる算段だった。
「まずやることはその辺の調整からだな」
頭部周りの変更はいずれ変えるにしても、サイズ的にそうそう変わる物ではない。今は後回しだ。ボディーのサイズ変更もユニットが収まるのであまり変えようがない。となるとやはり下部。増えたスラスターや副腕の取り回しを考えると、やはり削れそうな無駄はなさそうに見える。
フライングボードの機能を持たせた盾装甲がでかいのだ。
昨日はこれでよしと思ったのだが……
通常の盾も干渉を考えて小振りになっている。ユニットは隠せるものの、本末転倒ではなかろうか。
気を使わなければ満足に動かせない代物なぞ、言語道断。マイスターの沽券に関わる。
タロス相手なら多少は許せるとしても、狡猾なドラゴン相手にはそうはいかない。一瞬の判断ミスが致命傷になる。
「内側に寄せようとするからいけないのか……」
三つの盾を三角形を作る感じで配置すれば、広い面積をカバーできると思っていたが…… そもそもフライト用に併用する物を、防御と違う動きをする物を、一つのパーツとして見立てるというコンセプト自体が相容れない。
ただ飛んでいるだけの状況ならいざ知らず。
でもそうなると副腕をもっと伸ばさないと。となると付け根の強化も。
腰回りが太くなるのは嫌だな。スキー板みたいに足に履いちゃうか? でもそうなると歩行が……
軽量化が必要になるな。スラスター内蔵案も破棄か。うまくまとまりそうだと思ったのに。
でも、そうなると推進力がなぁ。背面装備はもう限界だし。
やっぱり盾に付けるのがベストポジションなんだよな。
堂々巡りである。
「やっぱり基本は大事だよな」
副腕に付ける盾の機能から盾要素を排除した。機能はただの浮力発生装置だ。傾ければ多少推力の足しにはなるが、そもそも重武装を補完するためのものだ。
軽くしたことで副腕は満足のいく強度を満たす物になった。邪魔になる印象がなくなって随分すっきりした感じだ。
武器収納や魔力吸収の機能を排除し、飛行に特化させたことで浮力を形成する四枚は総じて昨日よりコンパクトになった。尖った部分はなくなってしまったが。
一方、手に持つ方の盾は干渉がなくなったことで大きく、縦長になった。
収納もこちらに。
まるで空飛ぶアメンボ騎士だ。畳めばスカートを履いた様にも見えるが。大きめの盾を持つと結構、バランスよく見えてしまう。
基本設計はこれでいいだろうか。この形で肉付けしていくことにした。
まずは重量の試算。そこからはじき出される『浮遊魔法陣』の出力とサイズ。スラスターの配置とウェイト調整。そして魔力吸収を可能にする盾。他の結界機能と干渉しないように展開するためのシステム構築。副腕用の稼働ルーチンも組まないといけないし。
「取り敢えず動くようにしないとな」
いつまでも泥人形のままにはしておけない。
まずは基本フレームの構築。これは旧来のパーツの寄せ集めで、比較的に簡単にできる。そういう形で売られているキットもあるぐらいだ。
『ワルキューレ』が市販されたことで、わざわざパーツを自作しなくて済むようになったのは幸いである。といっても今、手に入る純正パーツは貴重だ。愛機の予備パーツも完全ではない。
適当に組んだ泥人形は脇に寄せ、寄せ集めのパーツで改めて組み立てる。
やはりパーツが幾つも足りなかったが、工房にある他の機体の予備パーツを流用して取り敢えず立たせることに成功した。
ここにロングレンジライフルを想定した、ウェイトを積んだライフルと、重めに想定した盾を持たせて一旦、バランス調整に入った。
重さで前傾姿勢になるところをユニットが調整して、カウンターを当てる。
が、さすがに許容値を超えた。これ以上は関節が悲鳴を上げる。
背面装備をまだ背負っていないから当然の結果なのだが。
演算結果を以て、背面の可能積載重量を予測。
フライトシステムに『スクルド』のオプションをそのまま流用しても、まだだいぶ余裕がある。足元四枚の『浮遊魔法陣』を組み込んだ装甲。もう盾じゃないからなんて呼ぼう。スタビライザー? 安定板? ちょっと違う。重力緩衝板? 浮遊板? 浮遊装甲? 一つ一つはフライングボードなのだが。あーもう、わからん。浮力発生翼…… 翼じゃないし。
後日、みんなの意見を持ち寄ったところ『フライト装甲』という名称が採用された。
他に使ってる機体がないので、どうでもいいそうだが、一応。
そのダミーも魔法でちゃちゃっと造って、装備させてみる。
前後同じ重さなら同じ結果になってしまうので、そこは調整。重心より後ろを重くするために……
いやいや、前の浮力を大きくしなきゃいけないんだから装甲は大きく……
歩行時と飛行時で真逆のセッティング。歩行時は装甲を畳んでいるからトルクは小さくなるが……
要は副腕の調整次第。
飛行時、前装甲はより倒して遠目に、後装甲は余力分角度を付けて推力に当てる。歩行時は前装甲は畳んで、後装甲だけ後ろに倒す。
そんな感じで再演算。
「おーっ。昨日と違う。二号機?」
「わっ! オリエッタ! どこから入った?」
「天井開いてたけど?」
「いきなり現れるなよ」
「ごめん」
「二号機じゃないよ」
一緒にパネルを覗き込む。
「何してるの?」
「バランス調整」
「ふーん」
昔から一緒に何度も見てきた光景だ。驚きゃしない。
「よし、許容範囲だ」
「これから格好よくなる?」
暗に格好悪いと言っているのか?
「目標は『ニース』超えだ」
「おー」
「これ足にしたら、四本足になる」
オリエッタが副腕と装甲部を脚部と見なして、同族種扱いして目を輝かせる。
「ケンタウロスにはしないぞ」
走り回るなら兎も角、飛び回るのにこれ以上、脚はいらないからな。
いや、待てよ。これってよりスリムにできるのでは?
装甲一つに『浮遊魔法陣』を一つと考えるから、装甲が幅を取るのだ。サイズ半分の魔法陣を二個、縦に並べて使えばいいのでは?
装甲の形状をより細長くしてみた。
「どうよ?」
「かっこいい」
オリエッタも取り敢えず満足してくれたようだ。
元々足の前面を覆うような楔形の形状をしていたのだ。
「吊らなきゃ駄目だな」
これ以上の実験は床に設置したままでは作業できない。
今日のところはこれまでだ。
「これ何?」
「しまった!」
用意しておいたおやつの缶詰が! 食べるの忘れてた。
オリエッタがニヤリと笑う。
「ふ、舟の上で食べような」
「わかった」
「みんなには内緒だからな」
「わかってる」
本日、自分たちで回収した缶詰は持ち帰った。
今夜は無理なので、明日の昼食に試食してみることになった。当然一缶で全員分は賄えないので、あくまで何種類か開けての試食会となる。
夕餉の団らんも早々に切り上げ、僕たちは家を出た。
そして倉庫に。
作業場に隠しておいた缶詰をこっそり回収して、迷宮に戻った。
そして朝日の昇る岸辺で小舟を創造し、ヘモジがくすねてきた布でまた帆を組み上げた。
まるで違なる、美しい湖畔の景色が広がっていた。
狩り尽くされて敵の影もない。味方は若干、この景色の中でくつろいでいたりした。
舟を浮かべようとしている僕たちを見て、どう思っただろうか?
僕たちは再び、湖に乗り出した。
風向きが変わり、追い風から横風に変わっていた。
舟が軌道に乗ると、僕は缶詰をおもむろにリュックから取り出した。
ヘモジとオリエッタが身を乗り出す。
「これは回収した物じゃなくて、アイテムショップで購入したものだ」
「ナナ」
「早く、早く」
聞いちゃいない。
皿を出させている間に、僕は冒険者の進言通りにナイフでこじってみた。するとパカンと蓋が開いた。
どろっとしたシロップに白い桃がどっぷり浸かっていた。
「何個入ってるんだ?」
全員の皿に半身の桃が一つずつ。そして余りが一つ。僕の皿に余りを取ってナイフで三等分。ふたりに一つずつ選ばせた。
「この汁は飲んでいい物なのかな?」
全員で一舐め。
「掛けてッ!」
「ナ、ナーナッ!」
ふたりが血相を変えて僕の袖を取る。
「わかった。わかったから」
ふたりが目を輝かせるなか、僕は缶に残ったシロップを桃の上に垂らしていく。
「頂きます」
まずは切り分けた三分の一を口の中に。
「ナナーナーッ!」
「おいしいーッ。あまーい」
大声で叫んだ。
「ナナナナ」
「もう冒険なんてどうでもよくなった」
こらッ。
対岸が見えてきた。転移できそうだったが、のんびり行くことにした。
「確かに銀貨二十枚の価値があるな」
これ、お菓子作りに使えそうだが…… 単価がとんでもないことになりそうだ。
シロップも全部飲み干したところで、ちょうど上陸タイミングとなりました。




