クーの迷宮(地下41階 レイス戦)缶詰見付けた
「ここは昼に来た方がいいかもな」
月明かりだけでは暗過ぎた。砂浜に鬱蒼とした森が影を落とし恐怖心を誘う。
充分夜目は利くが、敵がレイスとなれば、気を抜くわけにもいかぬ。
引き続き銀の粉を忘れたので『聖なる光』で周囲を覆う。
もう明日もこれでいいか? 不手際があると怖いしな……
余計なことはしないで、通り過ぎるだけにして……
でもそれでは過保護すぎるというもの……
ドラゴン装備も間に合ったことだし、付き合わせていいだろうか。
帰ったら相談しようか。
いきなり反応あり!
黒い闇が一瞬、光と影の交錯に驚き逃げ出した。
そして折を見て反転、小さなヘモジに覆い被さるように襲い掛かった。
が、あっという間に光に飲み込まれて消えた。
しばらくマップ情報を記載しながら待っていると、骸のなかから魔石が出てきた。
「『闇の魔石』入手完了」
それじゃあ、高台の別荘まで坂道を回り込んで。
「あ」
また勝手に昇天していった。
魔石に変わるまで、ヘモジは周囲をチョロチョロ。自分を囮にして森の中に潜む別の敵を誘った。
オリエッタと違ってヘモジはああ見えて、素は巨人だから『生命吸収』を食らってもビクともしない。
そんなことを知らないレイスはかわいい兎ちゃんを絞め殺そうと森から出てくるのだが、次の瞬間、光を浴びて硬直、そのまま昇天するのであった。
「石はもう無視しよう。これじゃ前に進みゃしない」
少し歩いたら変化待ち。一度になんとかならないものか。
『クラウンゴーレム』からの出土に比べて石も小さいし、襲撃もまばらで回収ポイントもばらけがち。監視するのも面倒臭い。
屋敷に入ってしまえばまだ一網打尽にできる機会がありそうなので、ここはもう駆け抜けるだけにしたい。
「ナーナ?」
「うん。あきらめよう。昼、戻ってきたら、また船に乗ることになるから、早めに攻略してしまおう」
向こう岸からこちらまで、さすがに転移するには遠過ぎた。次回は岸が見えればそこからショートカットできる気はするが。如何せん、闇が深い。
僕たちは倒した敵の後始末はせずに長い坂を上り、最初の高級物件に到着した。
「湖を見渡せる二階建てのコテージだな」
「ナーナ」
「鍵掛かってない」
ヘモジがドアの扉を開けると、僕はその中に『聖なる光』を放り込んだ。
不快極まる断末魔の叫びが部屋の壁を震わせ、やがて静寂が訪れる。
「ナナーナ……」
「お邪魔しまーす……」
「陰に隠れて生き残ってる奴もいるかも知れないからな」
体力が目減りしてる状態のレイスの『生命吸収』は要注意だ。
「わかってる」
「ナーナーナ」
一階部分をあらため、殲滅を確認。リビングとキッチン、シャワールームがあるだけだった。
安全のため、魔石の回収は後回しにして、二階を確認する。
階段を上がる途中、背中に気配を感じた。
吹き抜けの空中に何かが見えた気がした。
いるな。
光源に力を注ぎ、光の到達範囲を拡張する。
すると悲鳴と共に、人影がシャンデリアの上に落下し、シャンデリアごと床に落ちていった。
「ナナーナ!」
ヘモジが階段からダイブ。とどめの一撃を加えた。
時を同じくして廊下の奥から大量のレイスが噴き出した!
さすがに物音で気付いたか。
ダメージを負ったこいつらが一斉に『生命吸収』を使ってきたら、いくら防御を固めた僕たちでもたまらない。
が、『聖なる光』の威光は死に体のレイスの接近を許さなかった。
「こんな場所に子供たち連れてきて大丈夫かな?」
一部屋ずつ部屋を確認していく。
鍵の掛かった部屋は蹴破り『聖なる光』のミニチュア版を放り込んでいく。
部屋数は六つ。敵の姿はもうなかった。
さすがに『万能薬』を舐める。
ヘモジはミョルニルを抱えて、部屋を一つ一つ物色し始めた。
僕とオリエッタは一階に戻り、魔石の回収と、アイテム漁りだ。
どこにクエストのヒントが隠れているかわからないので、できるだけ慎重に探索を行なった。
最終的に家のなかから宝箱が五つ出てきた。鍵付きは一つだけだったが、難度は高くなさそうだった。
手に入れたのは金のインゴット。女性が身に付ける宝飾類。
それと食料、初出土の缶詰だ。
オリエッタのスキルでは『異常なし』と出たが、一応注意書きを添えて厳重に封をして送り出した。子供たちが間違って食べてあたったら一大事だ。
それから剣を含めたフルプレート装備が一式。レイス支配領域で、嫌みか。
骨董的な価値の方がありそうなので、いい値で売れることだろう。
最後はどこにでもありそうな真鍮の鍵だ。が、どこの鍵か、さっぱりわからない。
くまなく探している時間はない。他の棟の物かもしれないし。時間が惜しい今、かかずらってはいられない。
「どうしたものか……」
いちいち船で暗い湖を渡らないで済むなら問題ないのだが。
かと言って、こんな場所で昼飯を食べるなんて、ここで食べたら夜食になってしまう、絶対に嫌だ。
周りが暗いから時間感覚も狂う。
「もう一軒いけるか?」
「無理かも」
「ナーナ」
「撤収するか?」
「ナナナ」
さすがに半日ではどうにもならないか。
「夜に出直すか……」
レイス討伐は今となってはもう目的ではない。明るいときに探索する方が効率的だろう。室内にいるレイスに昼夜で影響があるとも思えないし。
が、しかし現実世界で徹夜もごめんなんだが。
僕たちは来たルートを戻り、玄関から外に。
ガチャガチャガチャ。
「あれ? なんで閉まってる?」
ドアノブが回らない。
「ナナーナ!」
「罠?」
ヘモジがそばのガラス窓をミョルニルで叩いた。
が、到底耐えられるはずがない薄いガラス窓がびくともしなかった。
「閉じ込められた!」
「リオネッロ。鍵、鍵」
オリエッタが肉球で僕の頬を殴る。
「あッ。なるほど」
見付けた鍵を鍵穴に差し込んでみた。
鍵は引っ掛かることなく、すんなり鍵穴に入った。
カチッ。
「あ、開いた」
僕たちは顔を見合わせる。
「もしかして…… そういうこと?」
鍵を見付けるまで出られませんてか?
「次の棟も同じ仕掛けじゃないだろうな?」
「あり得る」
「ナナーナ……」
時間が掛かりそうだな。
「帰って、お昼にしようか?」
午後の部をどうしたものかと思ったが、日が暮れてから出直すことになった。
子供たちとも協議したところ、了承を取り付けた。
明日の子供たちとの探索も日暮れスタートということになった。子供たちは探索の翌日の登校はまぬがれたが、残念ながら明日の昼の登校は免除されなかった。
時間が空いたので、粘土遊びをしようと倉庫に向かった。が、途中、缶詰のことを思い出した。
僕は冒険者ギルドに進路を変えた。
「迷宮産の缶詰とか聞いたことある?」
暇してる窓口嬢に聞いてみた。
「たまにありますね」
「食べて問題ないの?」
「他の迷宮産と変わりませんよ。毒にあたった話も聞きませんし。確か、依頼にもあったと思いますが。えーと…… C級の掲示板ですね」
「C級ですか?」
思ったより難度の高い依頼だった。さすが上級迷宮と言ったところか?
僕はC級の掲示板で依頼を探した。
『依頼レベル、C。依頼品、迷宮缶詰(種類は問わない)。数、五。期日、なし。場所、クー迷宮洞窟。報酬依頼料、小サイズ銀貨五枚、中サイズ銀貨十枚、大サイズ銀貨十五枚。全額後払い。依頼報告先、冒険者ギルド、クーストゥス・ラクーサ・アスファラ出張所』
「安ッ、いや高いのか?」
大中小ってなんだ? 僕たちが回収したサイズは?
僕は足早に併設するアイテムショップに向かった。
「あった」
数は少なかったが、本当に三種類あった。手のひらに載るサイズと、鷲掴みにできるサイズと、片手では持てないサイズ。
缶の蓋には中身の絵が貼り付けてあって、小サイズはお惣菜関係。中サイズは果物関係か? 大サイズは調理用のスープとかソース関係。絵柄は店側が付けたようだ。値札はどれも買取額の倍額だった。
「もしかして…… おいしいのかな?」
後で全部、売ろうと思ったけどやめた。本日の回収品は中缶が十二個だった。
「でもこれ、蓋はどうやって?」
「ナイフを角の穴のある出っ張りに当てて叩いてやれば、簡単に開くぜ」
「はあ」
通りすがりの冒険者が教えてくれた。
「食ったことあるのか?」
「いいえ。どんな味がするのかなと思って」
「そうか。まあ、騙されたと思って食ってみな。高いだけの価値はあるぜ。特に中缶のくだものな。シロップに浸かっててめちゃうめーんだ。なんか俺も食いたくなってきたな……」
冒険者は躊躇することなく『白桃』の中缶をカウンターに持っていった。
回収品のなかに桃缶あったかな?
用件は済んだので、あの冒険者には申し訳ないが、買わずにその場を後にした。
缶詰には刻印があって、僕たちが持ち帰った缶詰はすべてパスタソースだった。
「なんで、パスタ……」
うちは大所帯だからこのサイズは…… そもそも間に合ってる。
でも…… 普段と違った味付けがあるかもしれない…… のかな。
「……」
無性に桃缶が食べたくなった。
「買ってこよう!」
一缶のために僕は倉庫とギルド事務所の間を往復した。
「夕方のおやつ確保。子供たちに見付からないようにしないとな」
久しぶりに病院送りになった。日帰りで済んでよかった。




