創作意欲というものは
「結局、狩りしてるし」
翌日、修理の終った愛機のテストフライトを終えると、僕とヘモジとオリエッタは迷宮に潜った。
子供たちは各々したいことをするそうで、朝から散り散りだ。
まずはいつもの地下道を攻略。その足で四層の地下空間に。
先日の失敗を糧に、隠密行動。反響する空間を討伐対象周辺だけ封鎖して音を消す。
今回はヘモジも淡々と協力してくれるようで、のんびりした物である。
「広いな」
今更ながら空間の広さに感じ入る。そこに居並ぶ『クラウンゴーレム』の列。
「なんかわかってきた」
突然オリエッタが呟いた。
「何が?」
「コアの位置」
「お前もか!」
「『認識』スキル、爆上がり」
「ええ? そうなの?」
「カンストしてなかったっけ?」
「新しいスキルになった」
「はあ?」
「その名も固有スキル『看破』!」
「固有スキル?」
「ナーナ?」
「それって……」
「ユニークスキル?」
「そうとも言う」
「ナナーナ!」
ヘモジが額を摺り合わせて、オリエッタの瞳を覗き込む。
「お前ね……」
当然、そんなことしてもオリエッタの成長が覗き込めるわけもなく。
「でもまだよく見えない」
ただ参加しているだけだったオリエッタにも目標ができたことは喜ばしいことだった。欠伸していた猫又が今は背筋を伸ばして動く石像を静かな視線でじっと見据えている。
僕とヘモジにアドバイスは不要であるから、わざわざ指示は出さないが、僕とヘモジの戦闘結果を以て、答え合わせを延々と繰り返していた。
そんなわけで地下空間に配置されたゴーレムを一掃したときには全員が肩で息をしていた。
「ここクリアするの一大事じゃないか?」
「ナーナ」
「まさか二人でもここまで掛かるとは……」
前回もカンストしてなかったし……
「その分目標の物は揃ったけどな」
「ナーナ」
「疲れた。昼だ昼。帰ろうか」
僕はゲートを開いた。そして白亜のゲート前広場に降り立った。
子供たちも大人たちもまばらだった。
「ここまでばらけるのも珍しいな」
昼は簡素にボンゴレだ。夫人も今日はお店に出突っ張り。保管箱に収められた料理を皿に盛るだけだ。
「オリエッタが一番豪華だな」
オリエッタはパスタプラス肉団子だ。ヘモジはいつものサラダ。夫人がいないから特盛りだけど。
「午後は倉庫に籠るけど、ふたりはどうする?」
「ナナ?」
「んー」
ヘモジは畑を、オリエッタは散歩を選択した。
倉庫にユニットを降ろした。
よくよく考えると工房の邪魔になるし、機密性も確保しないといけないし、子供たちの活動範囲に危険なパーツを転がしておくわけにもいかない。
そういうわけで一角に専用のスペースを作るため、難攻不落の防壁で覆った。そして自分がやり易い環境を整える。テーブルの高さも、光源の位置も、工具用の棚も、工房にいた頃のいつも通りだ。
倉庫から必要な素材を調達する。まずは骨格を組むところからだ。
図面から入るのがセオリーなのだが、先走る気持ちに追い付くには、実際に動く実物大模型を造ってしまうことだ。これはいつも通りの手筈。魔法で整形をどうにでもできる僕にとって、これは泥遊びと一緒だ。格好いい泥人形を作って目を輝かせる子供と同じだ。
さあ、何から始めるか。
デザイン画はあるけど立体化すると、思惑と違うことはよくあること。
推進ノズルを大口径にすると、その分何かが犠牲になる。
「あんまりでかくしたくないんだよなぁ」
となると推力そのものを上げるしかない。発動魔法の出力を調整すれば済むことだが…… そうなるとフレームに負荷が。結局でかくなるか…… あれも積まなきゃいけないからな…… でも、最低限の機動性は欲しいよな。否…… ヘモジが乗ることも想定すると…… やはり『ワルキューレ』並みの機動性……
「あー、駄目だ、駄目だ。何もかもってのは無理なんだよ」
うーん。
「盾を先に造ろうかな」
盾は『闇の魔石』を大量に使う。理由は外部魔力を吸収するための仕掛けを造るためだ。新作の相手は新種やタロスの船だ。となれば大出力の重力魔法や光弾の矢面に立つことになる。どちらも突き詰めれば魔法の塊。変換できることは先の実験で立証済み。効率の問題は残っているが、余りある力だ。
と、息巻いて造って気が付いた。
「やばっ。フライトシステム搭載型のガーディアンが盾を持たない理由を甘く見ていた」
空力障害、何より、重量過多。盾の位置で重心がコロコロ変わってしまうのは頂けない。空力だけなら結界でなんとでもなるが……
重さもわずかな差異なら修正可能だが、さすがに盾の重さとなると…… 前に構えれば、機体が下を向く。
「フライングボード程、出力に余裕があるわけじゃないからな」
『浮遊魔法陣』の出力は地面と対峙する面積に基本依存する。故にベクトルは常に斜め四方に展開される。
いきなり開発のジレンマか……
爺ちゃんが発明した『スプレコーンの盾』は要は装甲を結界が肩代わりしたものなので、通常の結界があるなら不要な物だ。
「でも盾に特定の仕事をさせようと思うと……」
待てよ…… 装甲を結界が肩代わり?
「やべ、自分、天才かも」
仕事は一点のみ、敵の大出力攻撃から機体を守りつつ、ちょこっと魔力を拝借、吸収してしまおうということだ。
「盾の形してなくてもいいんだよな」
以前、自分の船に採用しようと思っていた自在腕による四面シールド。今では非常用の帆を展開させるためのマストになってしまったが、あれに似た腕にフライングボードを分割した物を……
「ああああああああああああッ!」
ひらめきが…… 降りてきた。
重心がずれるなら、カウンターを機能させればいいのだ!
僕は夢中になって拵えた。新しい武器を!
「フフフフッ」
もはや背中の羽も不要だッ! いや、万が一のためにサブシステムとしてあった方がいいだろう。何せフライトシステムがイコール盾の役目をするのだ。いや、これはフライングボードなのか?
空を舞う花びらのよう……
一言で言うなら妖精がスキーの板をはいたような機体だ。但しスキーの板は足の裏に張り付けるのではない。何せ、盾なのだから手に持たないと。
と言うわけでナイトシールドを半分にして逆さまにしたような装甲を二本の副椀に持たせて前面に展開。背中の羽と前面二枚のボード、一枚を盾にしているときは残りの一枚が前傾になるのを防ぐ。
いや、防御と姿勢制御はやはり別がいいだろう。制御が難しくなり過ぎる。
盾は普通に持って、前面のシールド装甲はあくまで姿勢制御優先……
「これって推力アップもできて、一石二鳥じゃね?」
でも、ボードが前面にあるのは視界が……
やっぱり足元にあった方が……
下が見えないのもな……
できるだけ小さくして……
泥遊び一日目終了。
盾は副腕と同化して、リュウゼツランの葉のような鋭い盾になっていた。別に剣の代わりに武器として使う予定はないんだが、子供受けを狙ってみた。
『浮遊魔法陣』を機能させるためにある程度の幅と面積が必要だったが、尖った先端部にデザイン以上の意味はない。盾として構えたとき、脚部まで綺麗に隠れる構造になっているのは偶然である。
尖った先端はドラゴンの解体作業に重宝しそうではある…… これは冗談。
葉の裏側にはロングソードやライフルを収納できる縦長収納と、推進装置用の大型スラスターが付いている。
未だかつてない面白い構造の機体になりそうだ。フライングボードを使用する旧型とフライトシステム搭載型を足して二で割ったような機体だが、推力増強問題も一気に解決した。
腕を増やしたから、コアユニットのルーチンの処理が難航しそうだが、我ながら見た目スリムで格好いい機体になってしまった。
「飛行中はこれがベストな形状なんだけど」
腰から伸びた副腕は多関節とはいえ、元の両腕の邪魔にならないように取り回すとなると、機体の等身をもっと足長にした方がよさそうである。
これに通常の盾と長物を装備した時のバランスを……
大きな音で目が覚めた。
「しまった」
いつの間にか寝てしまった。
「師匠、生きてる?」
「なんで壁で囲ってんだ」
壁がドンドンと叩かれた。
この声はニコロとミケーレか。
「あー、ごめん、ごめん。今、開ける」
僕は壁にドアを付けなかったことに気が付いた。天井も抜けてるし、そこまで手の込んだ囲いを造ったつもりじゃなかったんだけど。
壁に人が通れる穴を開けると、ふたりが仁王立ちしていた。
「もう何時だと思ってんだよ!」
「みんな心配してるよ」
僕を睨み付けていた視線は僕の後ろに立っている泥人形に注がれた。
「な、何それーッ!」
「か、かっこいい……」
ふたりの瞳はいつぞやのように光り輝いた。
「やった」
『ニース』に勝ったかも。僕は心の中で拳を握り締めた。




