ヘモジは期待を裏切らない
初級迷宮のある島を通り過ぎて半日、太陽は天頂に差し掛かっていた。
「光信号!」
昼食後のだらけた空気が吹き飛んだ。
『目標発見!』
ヴィートがガーディアン担当になったため、下方警戒にミケーレが移動し、展望室にはニコロが残った。オリエッタも今はそこにいる。そのニコロの緊張した声が伝声管を伝わって聞こえてきた。
偵察に出ていたラーラとイザベルが船の上空で大きく旋回し、併走し始めた。
「戦闘配備!」
子供たちが散っていった。
「機関、問題なし」
フィオリーナの声がドームに響き渡る。
「全砲塔、リフトアップ」
ニコレッタが固定椅子に自分の身体をベルトで固定しながら、攻撃管制用の操作盤を操作する。
「ロック解除。全『認識照準器』作動……」
『展望室、『照準器』準備完了』
『下方展望、『照準器』四番…… 起動、確認しました』
『右砲台も準備よし。『照準器』二番、起動したよ』
『左砲台も準備完了。『照準器』は三番。がんばるのだ!』
マリーとカテリーナの元気は今日も健在だ。
「全『照準器』接続完了!」
「『ワルキューレ』リリアーナ機、発進!」
人手がないので、甲板のオペレータを商会スタッフの経験者にお願いした。
「『ワルキューレ』ヘモジ機、発進位置へ。『グリフォーネ一番機』『二番機』リフトアップ」
ドラゴンタイプの相手は姉さん、ラーラ、イザベル、ヘモジの精鋭四機で対応し、地上戦はモナさんの『ニース』と子供たちが務める。
タロス兵を乗せた状態でドラゴンタイプと交戦に入れれば、俊敏性も削げるし、一網打尽にできる。結果、地上戦の負担も軽減できる。
そして今回は船の砲台も参戦する。
「光弾発射準備!」
「魔力充填完了」
「『照準器』一番セット。ニコロ、いつでもいいわよ」
『了解!』
「見えたら、撃て」
『発射!』
「早っ!」
船首が瞬き、空気が震えた。
光弾が光の尾を引いて砂塵の彼方に飛んでいった。
「ちゃんと、狙って撃ったんでしょうね?」
『魔力反応でもいいんだよね?』
「問題ない」
『着弾確認…… でも、数はわかんない』
『ナナーナ』
「ヘモジ機、出ます」
『続けて、出る!』
ジョバンニが態勢に入った。
「地上担当は上空待機よ。『グリフォーネ一番機』ジョバンニ機、発進!」
「『ニース』リフトアップ完了。発進位置に」
『了解』
「『グリフォーネ二番機』モナさんもいるから、落ち着いてしっかりね。ヴィート機、発進!」
『ヴィート、行きまーす』
『敵、肉眼で確認!』
「光弾、第二射、装填完了」
ニコレッタが僕を振り返る。
「撃て」
「発射!」
『発射ッ!』
二発目の光弾が虚空に消えた。
『命中確認』
今度は誰の目にも結果が見えた。
「おー」
商会の大人たちが歓声を上げた。
『ドラゴンタイプ三体、撃墜を確認』
「光弾発射砲台、収納。通常戦闘に移行する。『照準器』一番は船首多連装砲台に移行」
「接続、切り替えます」
『了解』
「魔力残量は?」
「二割減少しました」
「うっ」
オリヴィアも商会スタッフも驚きを隠せない。
一発で反応炉用の備蓄を一割も消耗するとは。僕は知ってたけどね。
目の前を二機の『グリフォーネ』が併走する。
姉さんからヘモジまでの四機は既に空の彼方。こちらは稼働時間の短い『ニース』を送り出すため、最大船速でタロスの群れに向かって接近する。
「『ニース』モナ機、発進どうぞ!」
『全推進器、作動。発進ッ!』
モナさんの『ニース』が『補助推進装置』を全開にして飛び立った。
二機の『グリフォーネ』が轟音の後に続いて、あっという間に小さくなった。
「これより、こちらも戦闘に入る! 第一戦速、高度上げ!」
船からの砲撃が始まった。
『地上のタロス、残数十八』
「左から回り込みます。取りかーじ、ヨーソロー」
奇襲がうまくいったようだ。
予定では六十体近い兵がいるはずだったが、そのほとんどは上空から振り落とされ絶命したか、未だ上空にいた。
「ドラゴンタイプの残りは?」
『あと半分…… 十七体!』
『ドラゴンも撃っちゃうからね!』
地上付近で兵士を降ろそうとホバリングしていたドラゴンタイプとその搭乗員に向かって、右舷砲塔から弾頭が放たれた。
『命中確認!』
船首砲台からも飛び降りた兵隊に向かって一撃が加えられた。
『一体、逃がした!』
投げ出された一体は起き上がり様、首を刎ねられた。
「何?」
「魔法だ。ミケーレだろう?」
『だって、ここ見てるだけなんだよ』
「よくやった」
『そ、そう?』
「でも次からはやる前に声を掛けるように」
『了解しました』
『右舷、ドラゴンタイプ接近!』
「落としなさいよ」
『味方に当たるよ』
「最大戦速! 振り切れ!」
「舵そのまま! 最大戦速!」
『二番、発射ッ!』
『地上正面からタロス兵!』
「取り舵だ」
「取り舵いっぱい」
『一番……』
『投擲。来るよ!』
結界に何かがぶち当たった。
遠投して武器をなくしたタロス兵は『ニース』の銃撃を顔面で受けて吹き飛んだ。
「アプローチをやり直す。減速、舵そのまま」
「第一戦速、舵そのまま、ヨーソロー」
『ああッ。空から兵士が落ちてくる! ヴィート逃げろ!』
ミケーレが伝声管の向こうで叫んだ。
地上で戦っている二番機目掛けて、自爆攻撃だ。
金色に輝く閃光が落下する兵隊にぶつかった。
『ヘモジだ!』
「ナイス、ヘモジ!」
『なんか壊れたー』
「はあぁああ?」
『足だ。足。足もげたー』
「なんだってー?」
蹴り落とされたタロス兵は地面に激突。そのまま沈黙した。
「どっちが安上がりだったかしらね?」
隣で黙って戦況を見ていたオリヴィアが僕をからかった。
「落ちた残骸の位置見失うなよ」
『大丈夫。ヘモジが今、拾ってる』
「咄嗟のことなんだから、許して上げなさいよ」
「怒りゃしないよ。でも加減ってものがあるだろう? どうやったらミスリル製の足がもげるんだよ!」
「さすがはヘモジのスーパーモード。いろんな意味で最高よねぇ」
ニコレッタも僕をからかった。
『また降ってきたよ!』
今度はドラゴンタイプの背中からただ振り落とされたタロス兵だ。頭から真っ逆さま。もがきながら地上に激突。砂塵を巻き上げた。
『ドラゴンタイプ、後方より接近!』
『三番、撃ちます!』
左舷砲塔から放たれた弾頭が弧を描いてドラゴンタイプを追い掛ける。
そして弾頭に吸い込まれるようにドラゴンタイプが接触。爆発と共に巨大な肉片が大地に転がった。
『上空、ドラゴンタイプ残数三。あ、ゼロになった』
姉さんたちがほぼ同時に残りのドラゴンを排除した。残るは地上の兵士数体のみ。
だが、その中の二体にモナさんたちは苦戦していた。
『ニース』と互角に戦う一体と、ジョバンニとヴィートを手玉に取る一体だ。三人揃ってライフル弾を使い切り、白兵戦に移行していた。
「『ワルキューレ』帰還しました」
甲板に崩れる機体。ブーたれるヘモジ。
その視線の先では姉さんたちを交えた戦闘が繰り広げられようとしていた。
「残念だったな」
と言っても、空からタロス兵の足元に一発ずつ通常弾が放たれただけだった。
だがその一瞬、足の止まったタロス兵の首を『ニース』の長物が斬り飛ばした。
ジョバンニとヴィートの機体も左右の脇腹を擦れ違い様、それぞれ切り裂いて胴体を真っ二つに。
「精鋭って奴かしら?」
「最近、妙に突出した個体がいるんだよな」
『残敵ゼロ。周囲警戒、異常なし』
「作戦終了です」
「じゃあ、回収作業しましょうか?」
船を減速しながら最寄りのドラゴンの骸に接近。回収作業を始める。
勿論すべてを回収することはできないので、追い付いてくるであろう回収班のために残りを棺に収め、浄化を施し一時保管する。
タロス兵の装備も解体して、使える物は分別しておく。
魔力消費の多い『ニース』には、甲板に置き去りにされた僕の『ワルキューレ』と一緒に、さっさと格納庫に下りて貰った。
そうこうしている間に日は暮れ、気付いた時には散在する石棺が橙色と濃い影に染まっていた。
姉さんは機体から下りることなく、魔石だけ交換すると早々にこの場を去ってしまった。
「最後の別れぐらい……」
今夜はこの場で、一泊。翌朝、回収班を待たずに帰路に就く。
緊張から解放された子供たちは興奮冷めやらず、落ち着きなく動き回っていた。夕飯の準備や、商会スタッフと共に船内を巡り、砲台の弾頭の補充や点検作業を手伝った。
格納庫に向かった僕は、ヘモジの壊した機体とパーツを見詰め、がっくり頭を垂れた。




