迎撃、よーそろー
入り江に鎮座する我が船の格納庫には既にラーラとイザベルの『スクルド』と姉さんの『ワルキューレ』が収められていた。空いてる固定台に子供たちが機体を収めているところに、でかい『ニース』が遅れて到着。
船が一瞬、大きく傾いた気がした。
規格外の『ニース』だけは専用の固定台に。
「やっぱかっけーな」
子供たちの羨望のまなざしが『ニース』に集まる。
武器のラックには各々持ち込んだ武装が既に収められていて、替えの弾倉だけが木箱に収められたまま残されていた。
固定台の収納ラックに収まらず、別に保管されているのは『ニース』の長物近接武器と姉さんに譲ったロングレンジライフルだ。
『ニース』の長物は大盾を収めなければ収まるのだが、二つ一緒に収めようとすると干渉してしまうらしい。大盾がモナさんの物になった時点で、改修を済ませておくべきだった。ものぐさが過ぎた。ロングレンジライフルの方はあの壁のラックが定位置だ。すべての固定台収納にはノーマルのアサルトライフルが収まっている。
今回、僕の『ワルキューレ』の武装はその通常ライフルとブレードだけである。
「あれ? 姉さんの機体、こっちに載せて大丈夫なのか?」
確認したところ、決着が付き次第、本隊と合流する手筈になっているらしい。
そうだ。例の魔石を集めておくか。
食後『闇の魔石』を手に入れるために僕は『クラウンゴーレム』を倒しに行くことにした。初めての実戦投入。どこまでコストを下げられるか、試してみようと思う。
反応炉用の通常魔石の在庫が心もとないが、今回は前線まで行くわけではないので足りるだろう。理想を言えば、反応炉用にも『闇の魔石(特大)』が欲しいところであるが、充填を満たすためにどれだけ魔力を要するか。
翌朝、船の汽笛で目が覚めた。
小型の船舶が既に城門前に列を作っていた。
「壮観だな」
「みんな早く食べちゃいなさい。砦の障壁が解除されるまでもう一時間ないわよ」
「大型船はそのとき出ないといけないんだよね? 数が多いから」
「ドック船もいるしね」
「壁、越えるの?」
「昨日そう言ったじゃないの」
「まだ眠いよ……」
「早く食べちゃおうぜ」
オリヴィアが大量の荷物と共にやってきた。
なんの荷物だ? 船に積む物なら……
「ようやく来たか」
大伯母が野次馬を割って、オリヴィアの部下が運んできた木箱を覗き込んだ。
「何々ー?」
「大師匠の荷物なの?」
バールでこじ開けた木箱のなかを、足場を作って子供たちも覗き込む。
木箱のなかに収まっていた物は――
「ドラゴン装備だ!」
「こんな時に……」
レイスが蔓延る四十一層の攻略前に間に合ったのはよかったが、何もこの忙しい時に…… タイミングがいいのか、悪いのか。
「リオネッロ、調整は船のなかでしてやるといい」
「帰ってからでも……」
子供たちは期待に胸躍らせ、目をランランと輝かせていた。
「…… わかった。船に運んでおくよ」
子供たちは大はしゃぎ。
僕は木箱に蓋をし直して、船に転送した。
子供たちは普段通り、探索装備に着替えると荷物を追い掛けた。
「オリヴィアも一緒に行くのか?」
「勿論よ。今回は近場だから。うちのスタッフも連れて行くわよ」
親友との間で話は付いているようだ。
もしもの時の修理や船内システムの更なる効率化などをお題目に、クルーが五人程乗り込むそうだ。要はうちの船を使って、新造船に関与する者を育成する腹である。勿論、回収品の値踏みも忘れない。
水道橋を越えたところで船は待機している。
ラーラや姉さんたちも既に乗り込んで、出立の合図を待っている。
鐘が鳴った!
鐘楼の鐘が高らかに空に響き渡ると共に風が吹き込んできた。
湖に残っていた大型船が一斉に高度を上げ始める。
最も大きなドック船もどん尻で軋みを上げた。
「微速前進!」
湾内ではトーニオが舵を取る。子供たちは周囲を監視するため四方に散った。
船団の波に乗って東進し、高度を無駄に上げていく。
高度を上げると壁の向こうに隊列を組み始めている船団が見えた。
列の中央に大きな隙間があって、壁を越えた大型船が次々滑り込んでいく。
我が船も防壁の上を乗り越える。
外壁の守備隊兵士たちはひたすら通り過ぎる船に手を振る。
「経済高度まで降下。取り舵、ヨーソロー」
船は隊列をはずれ、南に進路を取ると、加速を始めた。
システム周りの監視動力に『闇の魔石』を使ってみる。
商会スタッフも興味津々。
いつでも魔力を継ぎ足せるので、交換するタイミングを気に掛ける必要はない。フィオリーナも気が楽だろう。
大人たちは地図を開いて、今後の展開を話し合う。
その間、子供たちはドームフロアの絨毯の上でドラゴン装備の調整だ。
成長を考慮して大きめに発注してはいるが、各々の体型も発注時とは異なる。
「おーッ、すげー軽い!」
見た目からすれば軽いだろうが、今まで着ていたローブに比べると重量は間違いなく増している。が、それを感じさせない付与効果が秀逸だ。
「ゆるゆる……」
「ベルトで調整だ。調整しきれないようなら言ってくれ」
数人掛かりで一人の装備を整えていく。担当部署を交替しながら、順番に着替えを済ませていく。
幸い、着られないという者はいなかった。若干大き過ぎた者はいたが、内着の生地の厚さと、ベルトに新規の穴を開けることで調整することができた。
慣れも必要ということで、子供たちは今日一日、そのままドラゴン装備を着たまま過ごしてもらうことになった。
「師匠とお揃いだ」
何が嬉しいんだか。
ヘモジとイザベルが操縦するガーディアンが甲板から飛び立った。
子供たちは甲板に出てふたりを見送る。
日数から逆算して、遭遇は早ければ明日の昼頃。今日のところはあくまで不測の事態に備えてというところだ。
航行は自動操縦に移行。トーニオの手を離れた。
そしてニコレッタをリーダーとして砲撃訓練が始まった。
「光弾発射準備完了。『認識照準器』一番準備」
『準備完了!』
光弾の砲塔が見張り台にいるミケーレの視線を追い掛ける。
『目標捕捉!』
「発砲を許可する!」
『発射!』
「どーん!」
「着弾確認」
魔石に余裕がないので、空砲だ。
「次、右舷の大岩」
観測担当が入れ替わり立ち替わり作業工程を繰り返す。
『戻ってきた!』
「こら、味方に砲身を向けるんじゃない!」
ヘモジとイザベルが綺麗に滑空降下してきて甲板に滑り込んだ。
機体は滑走路を空けて甲板にそのまま待機。昇降エレベーターを待つ。
上がってきたエレベーターには一番機と二番機が載っていた。
一番機と二番機が甲板に移動し、替わりにヘモジとイザベルの機体がエレベーターに乗った。
一番機と二番機を操縦していたジョバンニとヴィートも機体を所定の位置に配置すると転移ゲートを使って戻ってきた。
「リオネッロ」
姉さんが僕を呼んだ。
姉さんたちは朝から一体何をしているんだ? ソファーのテーブルには大量の書類が。
「これにサインして」
二枚の書類を渡された。
「委任状……」
「他の書類はこっちで済ませたから、それだけお願い」
二枚とも委任状である。それぞれ代理人の権利を姉さんとオリヴィアに与える旨の書類である。ふたりの作った書類内容に異議はないという最終確認だ。
「一隻やるのも二隻やるのも同じよ」
テーブルに置かれているのは、オリヴィアが扱ったギルドの船舶の登録、契約に関する書類の束だった。姉さんがいなくなるというので、強引にねじ込んできたのだ。この船に関することはその中の一部に過ぎない。
一通り確認すると僕はサインを……
「船名?」
書類に船名が記されていた。
この世界では船名をこねくり回す習慣はない。なぜならアールヴヘイムと違って、そもそも一元管理されているわけではないからだ。壊れた船のパーツを集めて、その場で再建などしている現状において、元の船の名前がどうだったかなどということは些末なことである。勿論、付けてはいけないということではない。女房の名前を付けた船を数え上げたら切りがないぐらいである。
故に書類上では便宜上、ギルド名に一番、二番と通し番号を振るか、船長名を代わりに記すものである。
『箱船』クラスになると、唯一無二の看板的存在になるので、正式名を登録することがあるが。
「『スパーダ・ディ・ルーチェ・ビアンカ』…… 白き光の剣ね……」
『天使の剣』にあやかった名前か? 我らが『銀団』の大型船には『剣』を関する船が多いというが。
「白い船体に光弾を放つ砲台。そのまんまよね」
「ひねりがないわ」
「呼びづらいからルーチェか、ビアンカでいいんじゃない?」
勝手なことを。
姉さんの『箱船』の名はギルド名と同じ『スパーダ・ディ・アンジェレ』。やっぱり呼びづらいから『白イルカ』とか『ベルーガ』とか『リリアーナの船』とか適当に呼ばれている。
「この船の名前は『白兎』がいいよ」
「帆を張ったとき、兎みたいだから」
「足も速いしね」
「でも弱そう……」
「砂漠に白兎…… 馬鹿目立つ」
「ドラゴンに一飲みにされそう」
子供たちが乱入してきたので、記入された内容のままサインした。
「どこが白兎だ。スリムなボディーラインしてるだろうに」
「でも他の船みたいにゴツゴツしてないし」
「丸っこくてかわいい」
「威圧感はないわね」
「格好の餌に見えるかも」
「言いたい放題かよ」
言われてみればそう見えなくもないが……
「まあ、好きに呼んでくれ。『雪だるま』でも『大福』でも」
「『白い狐』は? 鼻先シュンとしてるよ」
「ヴォルペ・ビアンカ?」
「狐より狼でしょう」
「『砂漠の狼』…… 同じ名前いっぱいいそう」
「狼って感じじゃないよな」
「あんたたち、仕事は?」
「これから休憩」
「それよりラーラ姉ちゃん。お昼当番じゃなかった? のんびりしてていいの?」
「え? あ! もうこんな時間!」
「ねー、師匠。『ダイフク』って何?」
「あんこが詰まった餅だ。白いスライムみたいなもんだ」
「うげ、何その例え」
「わかった! お昼の準備手伝ってくれたら、特別にデザートに出して上げる!」
なんで船に積み込んであるんだ?
「デザートなの?」
さては夜に大人たちだけで食べる気だったな。
「ほっぺた落ちるくらい甘いわよ」
暇な子供たちはまんまと操られて厨房に消えた。
「師匠ー、わたしたちの分は?」
任務を手離せない子供たちは未来に起こるだろう不利益に抗議の声を上げた。
「あいつらの働き次第だろうな」
「ナナナ」
「ちょっと見てくる」
ヘモジとオリエッタが心配して後を追い掛けた。
「がっつき過ぎじゃないの?」
オリヴィアが呆れた。
「今回の経費に『大福』は入れるなよ」
僕の返しに目を丸くしたのは姉さんだった。
犯人はあんたか。




