クーの迷宮(地下40階 以下省略)ラストエリア2
午後の部を再開した。二つ目のトンネルを越えるところからだ。
反響する足音を消すために消音結界を掛け、子供たちは何を思ったのか、先々で壁を拵え始めた。
「授業で教えて貰ったんだって」
オリエッタは目を瞬かせた。
壁はこちらの明かりを遮断すると共に、飛び道具で急襲されたとき、防壁として利用するためらしい。
『異業種が望む魔法使いの立ち回り方講座』という特別授業で、異業種の教師から教わったという。
恐らくその教師がいたパーティーでのこれが魔法使いの立ち回り方だったのだろう。
壁を拵える方が、パーティー全員に結界を張るより効率がいいのは確かであるが、魔法使いの能力差までは考慮されていなかったようだ。
男子は代わる代わる前進しては目の前に壁を拵え、女子はそれを面倒臭そうに横目で見ながら脇を通り過ぎた。
たぶん特別講師もそこまで壁の枚数を要求してはいなかったと思うぞ。ドミノ倒しじゃないんだから。
「お前ら、結界があるんだから、そんなことしなくていいだろう? そもそもミノタウロスは『魔力探知』に引っ掛かるんだから奇襲にはならないだろう?」
「魔法を使えない仲間がいると仮定して」
全員、使えるのにか?
「だったらもっと間隔を開けて二、三枚でいいんじゃないか? その教師は『魔力を無駄にするな』とは言わなかったのか?」
「言った。なんで知ってるの?」
「常識だからだ。普通の魔法使いは歩く度に壁なんて作っていたら、あっという間に魔力が枯渇するんだよ」
「普通がわかんないんだよな」
ヴィートが首を捻ると、女性陣はあからさまに溜め息をついた。
「ここにいる時点で、普通じゃないわよ」
オリエッタも小さな口で溜め息をつく。
「無駄授業だった?」
「なんでそういう結論になる!」
出口の明かりが見えた。
「眩しッ!」
明暗の境目で目がくらむ一瞬が一番危ない。足を止めた一瞬が格好の狙撃タイミングになるからだ。
「目が慣れるまで頭出さない!」
年少組がやんわりフィオリーナとニコレッタお姉さんに叱られる。
「入口の見張りを当てにし過ぎてるんじゃない?」
「不用心だな」
目が慣れた子供たちはトンネルを抜けると、巨大建造物群の廃墟を見て絶句する。
蟻塚のような建物が乱立する廃墟群が空から降ってきた大量の瓦礫に押し潰されていた。
「なんか強そうなのがいる」
道の先、幾つもの分岐が交差するポイントに一体のミノタウロスを発見した。
「ナナーナ」
ヘモジがあれは見た目程強くないと唱えた。
「一気に行こう」
トーニオの号令に皆、頷いた。
ミノタウロスのお株を奪う勢いで、子供たちは一体のミノタウロスに向かって駆け出した。
敵はすぐ様こちらに気付いたが、何もできずに凍った頭をトーニオに粉砕された。
そして僕たちは交差する幾つもの通路に目を配った。
「こっちはいないよ!」
「二体発見! まだ気付かれてない」
「こっちは一体。近付いてくる!」
「見付かっちゃうよ!」
「叫ばれる前に仕留めるわよ!」
「ちょっと遠いかも!」
マリーとカテリーナが道の左右に分れて鏃を投げた。
その後をフィオリーナとニコレッタが追い掛けた。
鏃は弧を描いて突進してくる敵に襲い掛かった。盾で一つが叩き落とされている間にもう一つがヒットした。
体勢を崩した次の瞬間、盾持ちのミノタウロスは地面に倒れ込んだ。
フィオリーナとニコレッタが敵の両足の腱を『無刃剣』で切断したのだ。敵に盾を構える余裕はもうない。
「後は任せろォ!」
とどめはジョバンニ。拳に込めた『衝撃波』をでかい顔面にぶち込んだ。
「なんで杖を使わないのよ」
「気分だ!」
「トレントの杖がひがんでも知らないわよ」
全員が周囲の状況を『魔力探知』で探る。
「大丈夫、見付かってない」
隣の通路にいる敵も反応していない。
このまま通路の突き当たりを目指すことにした。
両側を巨大な建物が軒を連ねる。ミノタウロスの住処とおぼしき集合住宅への入口が幾つも並んでいた。
中からいきなり出てこられると面倒だが、索敵が可能なので取り敢えず不問にした。
「師匠、建物一つ一つ潰してく?」
「さすがにその時間はないな」
「じゃあ、無視ということで」
子供たちは建物の入口を魔法で塞いでいった。
その手があったか。
建物の上層にたまに反応があった。探索すれば宝箱ぐらい見付かるだろうが、それはまた暇なときにでも。
突き当たりのゴミ溜めまで来ると、僕たちは分岐に戻り、二体のミノタウロスが待ち受ける通りに折れた。
すぐ発見されたが、先制攻撃で一体を黙らせ、二体目も余裕で処理した。
「立派なのは鎧だけか」
素材に戻すとただの鉄屑なんだよな。
こちらも行って来いして、魔石を回収して終了だ。
敵のいない通路も一応探索する。
途中に宝箱を発見。鍵はなく、中から出てきたのは回復薬が数点。我がパーティーには不要だ。転売だ転売。
同じ通路で宝箱が三つも出た。中身はすべて回復薬だった。
「偶然?」
「ポーションが一気に増えた」
「美味しかったら使うんだけどな」
子供たちは見向きもしなかった。
分岐のすべての通路を調べ終えたので大通りを出口方面とは逆方向に。昨日僕たちが使ったトンネルの出口方面に向かった。こちらにも枝分かれした通路がある。
建物をオリエッタがじっと見上げる。
「宝箱が二つある」と、誘惑の一言。
「ちょっと覗いてみようぜ」
「中どうなってるか気になるし」
誘惑に負けた子供たちが建物に踏み込んだ。
「おー、なんか宮殿が重なってるみたい」
ワンフロアがどれもミノタウロスの背丈程、天井高があるので、多層構造になると贅沢な造りに見える。
「敵はいないね」
「罠に注意だ」
ヘモジが先頭を行く。階段はなく、瓦礫とスロープが階段代わりだ。
踏み込んだ途端、床が抜けるトラップに遭遇した以外は何もなかった。
宝箱ゲッチュ。
「ほへー」
「なんだこりゃ?」
巨大なペンダント。どこをどう見ても磨いただけのただの水晶が、堅木の枠に収まっている。
「住人のお気に入りなの?」
「水晶なら売れなくはないけど」
透明度のない粗悪品だし、加工するのも面倒臭そうだから、そのまま捨て置いた。
後日、後の冒険者が同等のアイテムを回収したところ、どこからともなく現れた住人に追い掛け回され、崩落する床を踏んで落下、散々な目に遭ったという報告が上がった。この時の僕たちはそのことを知らなかったが、後に取らなくてよかったと安堵するのであった。
元の分岐に戻り、出口方面に向かう。
十字路に見張りが。
「んー」
子供たちは躊躇した。
「絶対リンクする」
それぞれの十字路の先には別のミノタウロスの反応が控えていた。
「ここで壁を使う!」
「落とし穴にしましょう」
「なんでだよ!」
「なんでもよ」
通路いっぱいに大きな穴を掘る。そして天井部分に薄い地層で蓋をする。
「ナーナーナ」
目の前の一体をヘモジが瞬殺。周囲にいたミノタウロスを引き連れて戻ってくると、落とし穴の上を軽々と駆け抜ける。
怒り狂って追い掛けてきた先頭のミノタウロスが子供たちの目の前で忽然と消える。後続の二体は突然できた大穴を除けて追撃を試みたが、別の穴に嵌まって次々落ちていった。
「痛そーッ」
落下したダメージで満足に動けない様子だった。下敷きになった一体は既に意識がない。
子供たちが一斉に魔法の雨を降らして、黙らせた。
ゲートを開いて魔石を回収し、先に進んだ。
いい時間になってきた。
「残りはスルーで。時間切れだ」
僕たちは残りの分岐を無視して、出口に向かった。
家に帰る前に、ゲートから倉庫に向かい、ガーディアンを船に積み込む作業を行なった。
「三番機、使いたきゃ持っていっていいぞ」
フィオリーナとニコレッタが顔を見合わせる。三番機は年長組の女性専用機だ。
「船の面倒も見ないといけないものね」
赤い外装に白の一本ラインが入った『グリフォーネ』を見上げる。
「たまには動かしてみる?」
フィオリーナとニコレッタは搭乗する者を決めた。
「オリエッタちゃんよろしくね」
「……」
まあ、オリエッタも女子ではあるが……
一方、年少組専用の二番機の人選は熾烈を極めた。ヴィート、ニコロ、ミケーレ、マリー、カテリーナ、全員が参戦した。我が家の入り江までなのに、そこまで本気にならずとも……
「じゃーんけーん、ポン!」
一発、ニコロに決定した。本人が一番驚いている。
ジョバンニが乗った青色に一本ラインの一番機が、先陣を切りエレベーターに乗って工房まで上がっていく。
ニコロも搭乗し、緊張しながら次のエレベーターが下りてくるのを待っている。
その間、選に漏れた連中は散らばっている本日の回収品をちゃちゃっと分別している。
エレベーターが下りてきて、ニコロが上がっていった。
子供たちも後に続いた。
オリエッタの三番機だけが残った。僕も操縦席に相乗りして工房に上がったら、僕の『ワルキューレ』が消えていた。
「…… ヘモジか?」
『ニース』が動いている!
「モナさん?」
台座のスライド収納から大盾を引っ張り出していた。
「ちょうど休日が取れたので」
満面の笑みを浮かべる。
わざわざ休日を取ったんですね。人間、たまにはストレス発散も必要だと思うけど…… 出さなきゃ恨まれそうだな。
振り返ると手付かずのコアユニットが……
「いじってる時間はないよな」
三番機も出ていった。
『ニース』も見送り、子供たちも帰すと、僕は工房の戸締まりを始めた。




