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壮行会という名の肉祭り2

「なんでじゃ?」

「ワタツミ様がカウンターに出たら、余計な客が寄って来ちゃうじゃないですか!」

「今、その余裕、ありませんから」

「それを言ったら皆も同じであろうに。のう」

 同意を求められたヴィートは答えとパンを喉に詰まらせた。

「追加お願いします。カルボナーラ二つ」

 次々、オーダーが入ってくる。

「師匠、交替して」

 ピザ焼き交替だ。ジョバンニが音を上げた。というより差し入れが食べたいらしい。トーニオとふたり、ウーバジュースで喉を潤すと『万能薬』を舐め、差し入れを頬張りながら、強制的に起こした風に身をさらした。

 師匠の分まで食わないように。


 怒濤の昼時が過ぎた。

 酒樽が幾つ投入されたのか、広場の脇に詰み上げられた樽で、涼を取るのにちょうどいい日陰ができあがっていた。腹を満たしたゾンビたちが高いびきを掻いている。

 夜会に備え一旦会場を離れる者、談笑に花を咲かせる者、ひたすら食い続ける者、時間をずらしてやってくる者…… 空席が目立つようになってきていたが、会場の熱気はまだまだ冷めやらない。

「お肉、貰ってくる!」

 子供たちは列の消えた屋台を巡った。

 おやつ兼、遅めの昼食本番である。

 全員にお好みのパスタとピザが振る舞われた。

 そして子供たちの戦利品が次々、即席のテーブルに投入されていく。

「お肉、うまッ!」

 ミケーレが感嘆の声を上げた。

「熟成肉だよ」

 ヴィートが自慢げだ。

「ドラゴンタイプの肉もこうするといけるわね」

 ラーラが太鼓判を押す。

「取れ過ぎたから苦肉の策だって」

「値崩れを起こさせないために、熟成にチャレンジしてるって言ってたけど、うまくいったみたいね」

「熟成の時代が来た?」

「アイスクリーム貰ってきたわよー」

 ニコレッタとフィオリーナがお盆に大量のカップを載せて戻ってきた。

「おー、デザートが来た!」

「えー、ケーキ、貰ってきたのに」

 マリーとカテリーナが不安そうな顔をする。

「両方、食べるから平気」

 ヴィートの言葉に子供たちは大人たちを見回すが、大人は誰一人反対しなかった。

「今日はお祭りだしね」

 子供たちは椅子を蹴ってアイスクリームを出迎えた。

「さっきチーちゃんたちいたわよ」

「えー、どこ?」

「一旦帰るって」

「なんだ、水くさいな」

「夜、また来るって」

「同級生の家族も遠征するのか?」

 僕はトーニオに尋ねた。

「何人かはね。でも戻ってくる方が多いかな」

「もう一回このどんちゃん騒ぎをしないといけないのね」

「でもお祭りみたいで楽しい」

「デザート二つ食べられるし」

 子供たちは笑った。


「それにしてもみんな今回は控え目ね」

「本番は夜からだってみんな言ってるよ」

「今回は展望台から飛び込む人もいないしね」

「当たり前だよ。ドックに船があんなにいるのに」

「落ちたら死ぬって」

「すいませーん」

 カウンターにお客様が、と思ったら。

「ヘモジちゃんとオリエッタちゃんが伸びちゃって」

「あら、まあ」

 鼻の頭に汗を掻いていた。ふたり揃って食い過ぎでダウンしたようだ。

「『万能薬』いるか?」

「ナーナ」

「休めば平気」

 ピューイとキュルルが胡瓜(チェトリオーロ)を丸かじりしながら裏口から顔を覗かせた。

「大丈夫、ただの食い過ぎだよ」

 二体の無翼竜は水浴びしながら食事する贅沢を堪能するため、裏手の大きなたらいに戻っていった。

 たらいには冷えた果物や野菜がプカプカと浮いていて、他の冒険者の召喚獣たちと一緒に祭りを堪能していたのだった。


 それにしても壮観な眺めだ。大型船六隻、中型、小型、多数。港のドックが完成したので、ドック船も一隻、前線復帰だ。

 欄干から見下ろすとそこには銀色に輝く大船団だ。

 こんな時でも物資輸送の船は次々渡来する。運河を通って船底を青く染めた船が水面に影を落としながら入港してくる。

「あれ『ビアンコ商会』の船だ」

 子供たちが旗を指して言う。

 前後に商会専属の護衛船が付いている。その護衛船は船団の出撃の邪魔にならないように北岸のドック脇の桟橋に進路を変えた。

 護衛船が剥がれた大型商船は『ビアンコ商会』に割り当てられた港区のドックにまっすぐ侵入してくる。

 暇を持て余した客たちが展望台から彼らの入港風景を見下ろした。

 湖にぽっかり空いた旋回スポットまでくると船は静止、ゆっくり向きを変えていく。

「頭から入んないの?」

「あのタイプは格納庫が船尾にあるんだ」

 側にいた大人が子供たちの疑問に答えた。

 操船は手慣れたもので、作業を見ていた野次馬たちからやんややんやの喝采を浴びていた。

「さすが『ビアンコ商会』 いい船乗り揃えてやがるぜ」

 船尾を向けた船が静かに着水する。

 港側から係留ロープを持ったガーディアンがやってくる。

 後は港と綱引きだ。

 子供たちは結末を見ることなく「遊んでくる」と言って、散っていった。

 同級生がやってきて、群れが大きくなっていく。

 それは保護者も同様で、夫人とジュディッタが他の子供たちの保護者たちと一緒にテーブルを囲んでいた。

 見るからに日差しは強かったが、砦を覆う結界は頑張っているようだ。

「いつの間にか、緑が増えたな……」

 日焼けした木々が砂漠の切れ目でまだ目立つが、湖畔の緑はもはや憩いの場所だ。誰が放ったのか、小鳥や水鳥の姿まであった。

 姉さんが戻ってきて大伯母とワタツミ様と一緒に茶を啜る。それを凄ーく遠巻きにした男たちがカウンター越しに窺う。

 災害級の怪物三人を前に暢気なものだ。

「タロスの集団攻めてこないかな。今なら効率的に処理できそうなのに」

 クスクスと笑う声が。

「はい」

 キンキンに冷えたジュースを差し出された。

「今ならどんな相手にも負ける気しないわね」

 ラーラは欄干にもたれてジョッキを煽る。

 お前も罪作りだけどな。

 遠巻きに見詰める若い男たちの視線がこちらにも絡み付いている。

「これだけの数があっても、前に出られないのよね」

「今は敵版図の状況掌握が最優先だ。それと転移ポイント潰し。地の利はまだ向こうにあるから」

「敵も転移に頼らない移動方法を模索してるみたいだしね」

「奴らの船が稼働し始めると厄介なことになる」

「今はただの神輿だけどね」

「背負っている物が物騒過ぎる」

「心しないとね。特に脆い壺は……」

「そうだ…… な」

 最後の二言は空々しかった。

 僕たちの注意は別のところに向いたからだった。

「光信号!」

 開門を要求している。

 高度を下げてきたのは三機編隊のガーディアン。だが、それは『銀団』の物ではない。

「南部の使者かしら?」

 開門する代わりに、大型船が使っている迂回路からの侵入を許した。

「行ってくるわ」

 ラーラが踵を返すのと同時に、カウンターの向こうでお茶を啜っていた姉さんも立ち上がった。

「面倒なことにならなきゃいいけど……」

 新種の登場で、南部の前線は対岸まで後退していたが、問題はないと報告を受けていた。

「まさか、差し込まれたとか言わないよな」

 現在最も冒険者が集まっているエリアでもある。それだけ襲ってくる獲物が多いということでもあるのだが。捌ききれなくなったなんて言うなよ。

 三機のガーディアンは砦に誘導されていった。

 酔っぱらいたちも飛行経路を無視した飛来物に、さすがに疑念を抱いて空を見上げた。

 が、それも一瞬。酒が並々と注がれたジョッキの魔力には抗いづらかったようだ。


 それから何事もなく時は過ぎ、営業再開となった。昼間と違ってどいつもこいつも酔い潰れることを想定しての入場である。

 姉さんもラーラも司令部から戻ってきたが、何も言わなかった。ただ、船団の見送りをして貰うことになったとだけ言われた、僕の船で。しかもラーラたちのガーディアンまで積み込んでだ。

 耳のいい連中の前で内緒話をするのは愚行だと判断して、僕も何も言わなかった。


 夜の部は酒を入れる場所を確保するため、皆、肉以外は控える傾向にあった。だからピザやパスタなど入る余地はないものと思っていたのだが、女性たちを中心に注文が殺到したのだった。特にカルボナーラの演出は効果があったようで、飛ぶように売れた。

 そうこうしていると段々、男客も増えてきて、ピザ生地も余すところあとわずかとなった。

 長年の勘が狂ったか? 生まれてこの方、客入りの予測をこうまで見誤ったことなどないのだが。

 周囲を見回すと、酒の肴を出す店が次々店を閉め始めていた。

「なるほどね」

 お鉢が回ってきただけのことだった。

「閉幕の挨拶とかいいの?」

 子供たちの疑問はもっともだった。

「だーれも聞きゃしないでしょう」と、ラーラが溜め息をつく。

「折角の酔いを覚ましちゃったらかわいそうだしね」と、モナさんが言った。

 当人も気持ちよく酔っているようで何よりだ。

 子供たちは夫人に連れられ、子供たちの時間軸に強制退去させられていった。

 眠っていたゾンビは繰り返し目を覚まし、新たな燃料を投下する。

「まだまだ序の口よ」と、馬鹿なことを言う。

 その結果、執行部主催の祭りは十二時を以て終了する旨のアナウンスが流された。

 飲みたきゃ、あとは自費で飲めということである。

 こちらもいよいよ完売だ。後片付けをしないといけないのだが、倉庫に転送してしまえるものは、移送することに。


 殺風景になった場所で飲むお茶も美味しい。

 ワタツミ様は倉庫に物資を移送するついでに、倉庫横の桟橋まで見送った。

 ラーラたちは洗い物を済ませると、欠伸を僕に移して、闇に消えた。

 この場に残るのは名残を惜しむ者たちと僕だけだ。

 会場の明かりは人がいる限り消えないので、心ゆくまで別れを惜しんで欲しい。

「よし、帰ろう」

 テントだけを残して、僕も帰ることにした。

 振り返れば、死屍累累。想定を超えた見事な飲みっぷりだった。

「皆の門出に幸あれかし」


 結局、ソルダーノさんは店から離れられなかったようだ。次回の歓迎会には出られると言っていたから、しょうがない。

 その店の明かりも既にない。

 静かな時が流れる。幸せな時間。ヘモジもオリエッタもいない。一人切り、ただ坂を上る。



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