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壮行会という名の肉祭り

 牧場で大きなホールチーズを二つ受け取り、僕たちは帰還した。

 牧場ではまだ『闇の魔石』はお金として流通していない様子だった。



 白亜のゲート前広場は閑散としていた。一方、展望台に向かう坂道には既に長蛇の列ができ上がっていた。

 僕たちは倉庫でチーズを回収し、備え付けの荷車に載せ換えて会場まで運ぶことにした。会場まで転送しようかとも思ったが、これだけ人通りが多いと、大きな魔力反応に呼応して、トラブルが起きるかもしれない。荷車には『浮遊魔法陣』もついていることだし、坂道も苦労しないはず。

 僕たちは列を無視して、並行して走る裏手の搬入路から侵入した。

「おーい、リオ。ワタツミ様、来てるってほんとか!」

 坂の上から声が掛かった。

「帰ってなきゃ、いるはずだけど」

「うひょー」

 ざわめきが長蛇の列のなかを伝播していく。

 盛り上がる男性陣を尻目に女性陣の冷ややかな殺意も後を追い掛けるように広がっていった。

「ブルードラゴンの肉は出るのか?」

「ごめん、今日の仕切りは姉さんなんだ。よくわからない」

「ヘモジちゃん、ヘモジちゃん、こっち向いてー」

「オリエッタちゃん、今日もかわいいわね」

「ふたりとも頑張ってー」

 荷台に乗ってるだけのふたりに黄色い声援が注がれた。

 荷車引いてる僕は無視ですか? なんなんだ、この差は……


 頂上には屋台用のテントが軒を並べていた。

「ええと、僕たちのブースは……」

 ピザ釜が置いてある場所は移動しないので、前回と同じ場所になると思うのだが。

 隣はいつものパン屋さんだった。

 隣のオーブンからは既にパンの焼けるいい匂いがしていた。

「遅いよ、師匠!」

「もう試作品、焼いちゃったからね」

 それを子供たちが早飯で、ウーヴァジュースと一緒に胃袋に流し込んでいる真っ最中だった。

 釜で焼いているのはトーニオとジョバンニだ。火加減も上手にできていた。

「いつでもピザ屋になれるな」

「おかげさまで」

 ふたりの額には既に玉の汗が。

 生地よし、材料よし、ソースよし。魔石も充分。準備万端だな。

「リオさん、チーズをこちらに」

 夫人が客席から見える位置にチーズを持ってくるように促した。そこには子供たちが作った調理台が既に置かれていた。

 僕は浄化魔法を掛けるとチーズをその台の上に載せた。

 そして言われるまま、魔法で上の部分を平らにスライスし、中央部に凹みを拵えた。

 すると夫人が間髪入れずにスピリッツを注ぎ込んで着火。チーズが溶けたところに、イザベルが茹でたばかりのパスタを放り込んでいく。大きなスプーンを二つ使って、チーズを削ぎ落としながら、パスタと絡めていく。

 トロットロにチーズを絡めたパスタを皿に盛って、黒胡椒にカリカリベーコン。

 ピザを食べ終えた子供たちの口元から涎が……

 最初に味見するのは誰だ! 注目する視線を無視して夫人とイザベルが口のなかにそれを放り込んだ。

「塩加減はいいみたいね」

「黒胡椒もよく効いてる」

 子供たちが夫人の周りに纏わり付いた。

 鳥の雛かよ。

「ちょうだい」を連呼する。

「いい匂いじゃのー」

 想定外のライバル出現。

「試食なさいますか?」

「よいのか?」

「お熱いですよ」

 夫人が皿を差し出すとワタツミ様は器用にフォークに絡めてつるんと口に放り込んだ。

 もぐもぐもぐ…… 子供たちの視線が……

「うまい!」

「どれどれ」

 続いて姿を現したのは大伯母とラーラ、モナさんに姉さんだった。

 子供たちの顔が絶望に変わる。

 案の定、代わる代わる試食していたら、あっという間に皿は空になってしまった。

 子供たちの落胆は計り知れない。

 トーニオが皿に載せたマルガリータを持ってきても、誰も反応を示さぬ程に。

「トーニオ、それ、貰っていいか」

「あ、はい」

 僕が丸ごと頂くことにした。

「あーッ! なんで全部食べちゃうんだよ」と、子供たちが後になって不満をぶつけてきたが、知ったことではないわ!


 そうこうしている間に、いよいよ開会の挨拶が始まった。

 僕たちはカウンター越しに、目の前の壇上を見上げた。

 壇上に立つのは砦の指揮を任されているロマーノ・ジュゼッペ氏である。

「あー、これより前線に向かう一行を送り出す壮行会を執り行う」

「……」

 それだけ?

 観客は二の句を待ったが、彼は壇上をそそくさと降りていった。

「つ、続きまして、我らがギルドマスター、リリアーナ・ヴィオネッティー様からの訓示」

 進行役も焦っている。

 姉さんが壇上に上がると、沈黙の反動もあってか、盛大な歓声が沸き上がった。

「リリアーナ! リリアーナ!」

「『銀団』バンザーイ!」

 連呼する声援を右手で制すると、姉さんの透き通った声が静寂のなかに広がる。

「皆、今日も朝からご苦労であった。これより明後日、出立する一団の壮行会を執り行う――」

「風魔法だ」

 声が湖の対岸まで広がっていく。獣人族にはいらぬお世話だが。

「出陣する一団は前線の半分の戦力と交替することになり、再びこの地を訪れるのは半年後となる。今日は思い残すことなく大いに羽目を外し、大いに楽しんでいって欲しい。そして明後日からは気を引き締め、本懐に邁進して欲しい。そして、一人として欠けることなく、再びこの地で相見えよう」

「オオオオオッ」と、大歓声が湧き上がる。

 姉さんは片手を上げ、静かに見据え、場を鎮める。

「この場に残る者たちも、前線を支えるため、今後とも積極的に兵站作業に従事してくれることをせつに願う。今回この交代劇を可能にするには大量の魔石が必要であった。ここ『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』…… 『クーの迷宮』で日夜、命懸けで必要な物資の調達を行なってくれた者たち、並びに冒険者ギルドを初めとする関係各位に感謝申し上げたい」

 姉さんはここで言葉を切った。そしてわざとらしくコホンと一拍おいて言った。

「さて、既に耳にしている者もいるかと思うが…… ここ『クーの迷宮』において先日、歴史的大発見があった」

 姉さんは懐から小さな石の欠片を取り出した。

「『闇の魔石』である!」

 会場が大きくどよめいた。

「まだ検証段階であるが、この石には闇属性としての効果はなく、その一方で魔力保存が可能であるということがわかっている。但し、消費に於いて、対極の属性である光の属性への変換だけは不可能であるという結論に達している」

 え? そうなの?

 会場がざわめく。

 それって…… 光魔法の鏃は作れないってことか? 教会に睨まれるから、そもそも作らないんだが。アンデッド戦に使えると思っていたのに…… 

「つまり、一部アウトプット上の制限はあるにしても、我々は安全に誰でも魔力を蓄える手段を獲得したことになる。これはタロスと戦う意味に於いても、大いなる躍進である」

「おーっ」と、再び会場が歓声に包まれる。

「発見がもう少し早ければ…… この目で見極めたいという名残惜しさがあるが、後のことはこの地に残る者たちに委ねよう。より効率的な魔力運用が可能になることを願っている。では、涎が溜まって鼻で息をするのも苦しくなってきた者も多かろう。皆、グラスを持て」

 全員がコップやジョッキ、グラスを掲げた。

「タロス撲滅と『銀花の紋章団』の栄華を願って」

「かんぱーい」

 子供たちも屋台の裏で専用のマグカップを高らかに掲げた。


 群衆がうねるように屋台に押し寄せてきた。

「焼き肉担当は大変だな」

 焼いても焼いても追い付かない。何枚鉄板が用意されたのか、こちらからは見えない。が、十列では済まないだろう。

 ただただ凄い人の列だ。この地にこれ程人がいたのかと感心してしまう。

 これでもテーブルの代表者しか並んでいないのだから、参加者の人数は如何ほどか。

 肉の後のサブメニューだと思っていた僕たちのカウンターにも早くも人が押し寄せる。

「マルガリータ四枚とシーフード八枚」

「マルガリータ六枚追加。シーフードパスタ二つ入ります」

 いきなりの大量注文。

 ピザ六枚も誰が食べるんだーッ。

 僕は大急ぎでピザ焼きの助っ人に入った。あらかじめ具を載せ準備していた生地を釜に次々流し込んでいく。

「釜、もう一ついるんじゃないか?」

「今更言っても遅いよ」

「前回も同じこと言ってなかった?」

「番号札渡しまーす。貰った人は呼ばれたら取りに来て下さい」

 ピザは焼き上げるのに時間が掛かるから、事前に策を講じていたようだ。

「いつの間に……」

「シーフードパスタ五つ入ります」

 カルボナーラは客から見える場所で夫人とモナさんイザベルが担当する。

 裏方ではラーラに指揮された子供たちがパスタを茹でる作業とピザ生地に具を並べる作業に従事していた。

「ピザ、焼けたよ」

 ピールを使って焼き上がりを取り出し、新たな生地を投入していく。

「手慣れたもんだねー」

 焼き上がったピザは皿に載せられカウンターに。

「一番、二番でお待ちの方、マルガリータが焼けましたので取りに来て下さい」

「三番、シーフードの方」

「相変わらず、子供たちも器用じゃの」

 ワタツミ様と大伯母は何もせず、店の脇のテーブルで茶を啜っていた。

 今回、来客が多いので自分たち用のテーブル席は確保しなかった。なので屋台裏に我が家一同会していた。例外はヘモジとオリエッタで、各テーブル、特に女性陣のテーブルを回って愛想を振りまいていた。

 次から次へと人がやってくる。

 無料ではあるが、ギルドから代金を頂けることになっているので、しっかり勘定は付けなくてはいけない。

「差し入れ、入ります」

 恒例、お隣から焼きたてのパンが届いた。こちらも返礼としてピザとパスタをお返しする。

「砂糖パンだ」

 表面に砂糖をまぶしてあるパンに子供たちは驚喜する。

「代わってやろう」と大伯母が立ち上がり、年少組をどけた。

 年少組は貰ったパンで腹ごしらえだ。

「楽しいのう」

 ワタツミ様は満面の笑顔で、頬張る子供たちを見詰めた。

「食材追加します」

 調理された海産物を載せたタッパをカテリーナのお姉さんズが持ってきた。

 大掛かりな調理場が裏手に設置されていて、そこでお姉さんズは調理していたのである。

「お姉ちゃん」

 砂糖パンを頬張りながらカテリーナが呼びかける。

「何あんた、もう食べてるの?」

「順番なの」

「イルマとルチャーナ、カウンターお願いしていい」

 ラーラが声を掛ける。

「ならば妾も」

「ワタツミ様は駄目!」

 全員が一斉にハモった。



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