ミント登場
『あああああああッ!』
目の前の『太陽石』が光の魔石より明るく輝いた!
「眩しい! こら、ヘモジ! 勝手なことをするなとあれ程――」
最悪を想定して拳に魔力を込めた。
『なんなの、この甘美で濃厚な味わいは! ああッ、染み渡るこの感覚! 懐かしい。まるで聖母の泉の清水のよう。身体のこりが溶けていく…… ああ、駄目よ。これはきっと罠だわ。罠に決まってる! こらえなきゃ。こらえるのよ! 一世一代の踏ん張り所よ! でも…… でも、でも我慢できない。おかしくなっちゃうぅ! 久しぶりのこの充足感! もう耐えられない! 手足が出ちゃう! 羽も出ちゃうーッ! アアアアアアアアンッ!』
とんでもないことが起こっている気がする。
「ナーナンナッ!」
「捕まえた!」
え?
光のなかからヘモジが何か摘まんで出てきた。
「ナー?」
『し、しまった! やはり罠だったか!』
トンボの様な羽が生えた何かだった。光のせいでよく見えないが、ヘモジの手のなかでじたばたしていた。
『あああッ、一度充足を味わってしまったこの身体はもう元には戻らないのに! 大変だわ! 大変なのよーッ! 大変過ぎて何をすればいいのか思い出せない! そうだ、食事よ。違ーう、ここは逃げるのよ! 逃げの一手なのよーっ! こら、離せ! わたしの美しい羽に触れるな!』
「ナーナ」
『目を開けろ? そうだったわ。長く眠っていたせいで忘れていたわ』
「ナーナ」
『強い光は目に悪い? そ、そうね。久しぶりに使うんだから、目が驚いちゃうわね』
光が消えて、くるくるカール頭の幼児体型の子供が出てきた。ヘモジが指で摘まみ上げられる程度の大きさしかなかったが、目は大きく、肌はまさに雪花石膏の石のような質感。でも赤子の肌のように柔らかそうな…… 不思議な質感の肌。
『何、このちんちくりん?』
ヘモジを見て呟いた。
「ナナナナナナナ、ナーナンナーッ!」
たぶん「お前の方がちんちくりんだ!」と言っているのだろう。
オリエッタは爆笑していて通訳してくれない。
ヘモジが両手で幼女を鷲掴みにした。
『痛い! 痛い!』
「こら、潰すな! 落ち着け、ヘモジ!」
「潰しちゃ、駄目!」
オリエッタもテーブルの上で慌てた。
シェイクすること数回、テーブルの上に幼女を落っことした。
「ナーナーナ」
そりゃ、冗談だろうけど。
『痛ッ!』
尻をさすりながら羽の生えた小人は恐る恐る周囲を見回した。そして僕とオリエッタと視線を交わした。
『タロス…… じゃない? ここ、どこ?』
『太陽石』の変異体の名は『滝壺に生えた紅葉した一本の楓の根元で飛沫を浴びて生まれし、水と木に連なる妖精にして、太陽に照らされし(以下省略)』
便宜上ミントと名付けた。
長ったらしい名前を砕きに砕いて省略したらこうなった。
彼女(?)雌雄同体らしい彼らの種族名はこれまた長ったらしかったので『ペルトラ・デル・ソーレ』とこちらで名付けた。意味は『太陽石』そのまんまだ。
その夜の長ったらしい問答を圧縮すると以下のような内容になった。
次元を越えてタロスを呼び寄せてしまうシグナルは彼女の言うところの被嚢、シストと呼ばれる防御形態下でのみ発する救難信号であるらしい。彼女たちはそれを『寝言』と呼んだ。
寝言で世界が滅びたら洒落にならないだろうと僕たち三人は呆れた。
危機的状況にある仲間がある程度揃ったところで魔力を持ち寄り、一番声のでかい代表者に「俺はここにいるぞー」と叫ばせるのだそうだ。無意識下での防衛プログラムのようなもので当人たちにはどうすることもできないらしい。まさに寝言。
『道理でタロスの野郎から逃げ切れなかったわけね。あいつらこっちの『寝言』を聞いてたんだわ。失礼しちゃうわね!』だそうだ。
要するに『太陽石』形態から解放された今となっては居眠りしようと『寝言』は吐けなくなったということだ。単体で『寝言』が吐ける魔力があれば羽化してしまうのだから、道理と言えば道理である。
見た目は物語に出てくる羽の生えた妖精そっくり。今はまだ幼児体型であるから服を着ていなくても見ていられるが、これ以上魔力を与えると目のやり場に困ることになるようだ。
ハンカチに穴を開けてポンチョにして首から下げさせた。
意外に似合うな。
「てるてる坊主」
オリエッタがリアルてるてるにクスクス笑った。
羽を出すために背中を広めに開けたが、大人になったら色っぽいことになりそうだ。腰巻きがいるな。
なんにせよ『太陽石』を安全に処分する方法が見付かった。
なんのことはない。集団になって叫ばれる前に個別に魔力を与えて殻から出してやればよかったのだ。
でもなんでこの程度のことをお歴々の研究者たちは気付かなかったのか?
ヘモジのような無茶をした馬鹿がいなかったことは評価できるが、破壊しろと言われたらそれしかしない。お役所仕事が原因か?
その理由は翌朝になって判明した。
「声なんて聞えないじゃない」
それが全員の一致した回答だった。
なんとミントの早口の長台詞が誰の耳にも届いていなかったのだ。
「爺ちゃんが『憑依』系のスキルを持ってたよな。死にスキルだって言ってたけど…… まさか変異遺伝したかな?」
オリエッタに『認識』スキルを発動して貰った。
「なんもなーい」
特に手持ちのスキルが増えた様子はなかった。
「ヘモジとの日々の会話で念話が鍛えられたんじゃない?」
そういうものではないと思うが。
『なんでかしら?』
全員が首を捻った。
オリエッタとヘモジに聞えるのは考えてみればいつものこと。問題は僕が聞き取れたことで、その点以外は通常の念話と変らない。
昔、聖獣ユニコーンと会話できたのは獣人だけだったと聞いたことがある。
どう見ても聖獣の類いではなさそうだが…… 獣人の血のなせる技か……
僕のことは取り敢えずおいておいて、念話の通訳といえばオリエッタなので、彼女に通訳を任せることした。
果たして彼女の長台詞をオリエッタの舌足らずの通訳でどこまで再現できるか見物ではある。




