クーの迷宮(地下40階 以下省略)チーズを取りに行こう
「では、昼前にお伺いします」
「ああ、それまでに準備しておくよ」
『陽気な羊牧場』でチーズの買い付けを済ませると、僕たちは少しの間、探索することにした。
子供たちのために少しでも下見しておかないといけないから。
「ナナーナ」
「時間がないから、今日は隠密行動な」
「わかった」
「ナーナ」
四十階層、第五層、プライベートエリア最後のフロア。
ボス(?)の討伐も済んでいるので何も変わっていなければ、最も楽なフロアだが、最後のイベントで追加要素があるとしたら……
序盤は代わり映えしない荒野の一本道を行く。
道に沿ってミノタウロスが徘徊しているが、倒したところで魔石の回収をしている時間がない。
ボスがいた辺りは陣を畳んだようで、空き地が残っているだけだった。
ミノタウロスの影もなく、労せず出口方面に。
「ナナ!」
「出口がない!」
最後に空から陸地が降ってくるイベントはあったが、この辺りに影響はなかったはずだ。
「また出口を探さないといけないのか?」
目星になるような物は見当たらない。ただ荒れ野が眼前に広がるのみだ。
廃れた獣道でもあればいいのだが、それすらもない。
空高くに転移した。
そして周囲を見回し、進路を探った。
「ミノ、いた!」
オリエッタが見付けたのは巡回兵の隊列だった。
「あそこまで行けばルートがありそうだ」
巡回兵が向かう先に小高い丘が見えた。
もっと高く飛べば、丘の向こうもこのとき望めたはずなのだが、丘の麓に出口があるのだろうと早合点して、僕は観察を怠った。
僕たちは取り敢えず巡回兵が利用している小径を目指すことにした。
しばらく丘陵を漫然と進むと、眼下に道らしき物が見えてきた。
ここまで不戦を貫いてきたが、見晴らしがよ過ぎて、隠れる場所が見当たらない。
なので、避けられない敵は遠距離から仕留めながら進むことにした。
「あった!」
「出口?」
「ナー?」
山肌を人工的にくり抜いた大穴を見付けた。間口がミノタウロスサイズで、いつもの人類サイズではなかった。
「益々隠れる場所がなくなるな」
念入りに探したが、出口らしき横穴は一切なかった。ひたすらまっすぐ穴は伸びていて、隠れる場所もなかった。
「出口か?」
光が見えた。
「ナーナ?」
ただのトンネルだったようだ。
敵と鉢合わせしたら、回避は不可能。魔力探知で光の先を探った。すると反応が……
「なんだこの数は……」
トンネルを抜けると尖った穂先のような大岩が地面から何本も生えていた。
まるでハリネズミの背中か、剣山のようだった。土台になる地面もミノタウロスがすっぽり収まるほど深い起伏に覆われていた。
隠れる場所には事欠かなくなったが、歩きづらくなった。
聞き慣れた声が頭上に響いた。
見上げるとそこには……
「ドラゴン!」
「ナーナ!」
「違うから」
オリエッタの言う通り、それはドラゴンではなくただのワイバーンであった。
「ギミック的な奴か?」
頭上に奴らの巣があった。魔力反応の半分はこいつらだった。
オリエッタが目を凝らす。
「レベル六十もある」
「くそッ、やっぱり参加人数が多過ぎたんだ。ギミックだと思いたかったのに」
問題は彼らが背景に過ぎないのか、それとも討伐対象かだったのだが、反応がある時点で望み薄だった。レベル設定まであるということは、つまり決定的ということだ。
まさか、野犬や羊の代わりにワイバーンが登場してくるとは……
「いかれてる」
「ナナーナ」
「ドラゴンの方がよかった? レベル六十台のワイバーンなんて、現実世界じゃ主レベルだろ。それがカラスみたいにゾロゾロと」
トンネルを出てしまうと上空から、こちらが丸見えになる。
「厄介だな」
やり過ごすには近過ぎた。
「すべて倒すのは無理だな」
「ナーナ?」
「僕たちじゃなくて子供たちがだよ」
「わざと見付かって、ここに誘い込みながら仕留めるのが安全かな?」
「ナナーナ」
「今は時間ないから」
「大伯母のためにあるようなシチュエーションだな。まるで」
『雷撃』の雨を降らせた。
ひなたぼっこをしていたワイバーンたちを一網打尽。雪崩を打って目の前の坂を転げ落ちていく。
物陰にいて難を逃れた連中は大騒ぎ、次々崖からダイブして大空に羽ばたいていった。滑空するだけだから一度飛び立ってしまうとすぐには戻って来られない。
「魔石……」
勿体ないけど回収には向かえない。
「後は個別に対処できるだろう」
「巣は覗かない?」
宝箱があるかもしれない。けど時間が……
進化した我が転移魔法で転移先を探索する……
「みんな逃げてもぬけの殻だな。今ならいけそうだけど……」
宝箱がなければ行くだけ無駄だ。
「あった!」
もはやワイバーンの巣イコール宝箱だな。
僕たちは巣のなかに転移した。
「宝箱は?」
オリエッタが首を伸ばした。
僕は目の前を指差す。
「ナナナーナナ」
ヘモジがミョルニル片手に宝箱に近付いていく。
「ミミックか……」
カチッ。
胸を撫で下ろした。
蓋を開けると「おーッ」と、思わず声が出た。
見るからに格好いい魔法の弓が三張と矢筒に入った魔法の矢がどっさり。ワイバーン戦で消耗したと仮定しての報酬だろうか?
「弓の性能はまずまずだな。鏃の付与もワンランク上だ。鏃が重くなった分、弓の性能で補う感じかな。『攻撃力プラス二百』付与はいいね」
残念ながらいくら弓を傾けてもヘモジには使えない。身長が足りないから。
ワイバーンが少しずつ戻ってきているので転送するだけ転送して、こちらも逃げた。
トンネルに戻って、進路の再確認。
地形のせいで道は入り組んだ迷路を形成しているが、基本は土手に沿って伸びる本道が一本。その道に沿ってある谷間に入ると逃げづらくなるが、視線を遮るには有効だ。
上と下、同時に注意を払わなければならないのはつらいところだけれど、基本方針はそのままだ。
土手の上の敵はスルーする。
ワイバーンは攻めてこない。ミノタウロスと共闘しているわけではないのか? 互いに牽制し合っているのなら、こちらとしてはありがたい。
「ナナナ!」
「また洞窟か?」
土手っ腹に空いた横穴を見付けた。覗き込むと向こう側が見えた。
「トンネルだ」
頭上をミノタウロスが二体通り過ぎた。
僕たちは警戒しながら、穴のなかを進んだ。
上からの脅威を遮断できるだけでも有り難い。
「な」
「……」
「ナーナ?」
出た先にあったのは陥没した大地に生えた廃墟群であった。それはイベントで見たタロスの要塞にも似た建造物群だった。無数の塔で連結された無数の蟻塚。その残骸である。
異様な雰囲気が伝わってくる。
やり過ごしてきたミノタウロスたちとは明らかに異なる姿が見えた。
装備品だけでもワンランク上がっている。身体も一回りでかいし、おまけに手に持っている武器も…… 付与装備だろう。
「素でバーサーカーレベルとか、なしにして欲しいよ」
子供たちのためにも。
「ナナナ」
やってみなければわからないので戦ってみることにした。本日の方針とは異なるが、さすがにあれを検証しないわけにはいくまい。
まずは周囲を確認する。リンクしてきそうな敵はいない。
攻撃対象を定める。
『一撃必殺』で急所攻めができるか? 確認だ。
「ナーナ?」
「大丈夫そうだ」
鎧以外の部分に当てる分には通常弾でもいけそうだった。
防御力はわかった。後は奴らの運動能力だな。
僕はヘモジに頷く。
「ナーナ」
ヘモジが石を投げて穴の出口付近まで誘導する。
そしてこちらの消音結界の範囲に入ったところで飛び出した。
谷間の壁を利用して三角飛び、巨人の頭の位置まで一気に飛び跳ねた。
そして。
「蹴り飛ばした!」
巨人は大きくのけぞって倒れ込んだ。
ヘモジは蹴り飛ばした勢いを利用してその場で宙返り。急降下しながら敵の顔面にミョルニルを叩き込んだ。
「……」
「死んだ?」
反撃させなかったら、わからないだろうに。
「ナーナ」
ヘモジは大したことないと判断した。
回収した魔石は今までのミノタウロスよりも大きかった。もうちょっとで魔石(大)だ。
「これはいい」
谷間から首を出して周囲を見回す。
「うーん」
どう進んでいいのかまるでわからない。
進路の分岐が無数に存在するが、今日のところは一番太い道を素直に進んだ方がいいだろうか。
「地図が欲しいところだね」
「リオネッロ」
「ん?」
「そろそろ時間」
「ナーナ」
「もうか?」
「チーズ運ばないと」
「じゃあ、ラストスパートだ。あの塔まで進んだら脱出しよう」
「ナーナ」
僕たちは谷間を脱して駆け抜けた。
こちらを捉える者はいなかった。
僕たちは塔の陰に滑り込むと、先の景色を見渡した。
「…… 駄目だ、こりゃ」
「ナーナ」
廃墟に終わりはなかった。まるで巨大迷路だった。
「糸玉ってまだ使える?」
オリエッタが言った。
「ん?」
「前にここから出る時、記録したやつ」
「あ!」
地形はすっかり変わってしまったが、出口のゲートはそのまま使えるかもしれない。
「駄目元で使ってみるか」
僕たちは前回脱出時に使用した糸玉を使って飛んだ。
「飛べた!」
僕たちは最後に記録された転移先、脱出部屋のゲート前に転送された。
大急ぎで階段を逆走して、現在位置を確認する。
目の前にさっきまでいた塔が見えた。周囲は廃墟に覆われ、脇道のどこかだと推察できた。
「ズルだ」
「ナーナ」
瓦礫を登り、見晴らしのいいポイントを確保する。
「あれがさっきまでいた塔だろう? てことは…… そう遠くなかったな」
「ひたすら直進だった」
「ナーナーナ」
塔からここまでのルートを俯瞰で確認。
「よし、問題解決。チーズ、取りに行こう」




