クーの迷宮(地下40階 以下省略)祭りの準備をしよう
有意義な時はあっという間に過ぎて、移動する頃合いが来た。
子供の肩に載せるには大きくなり過ぎたピューイとキュルルであったが、降り積もった灰の上を移動するにはまだまだ小さく、追従は困難であった。戦闘でも役に立つとは思えなかったので、帰って貰うことにした。子供たちを乗せられるぐらいまで大きくなったら、役に立つんだろうけどな。
「う」
「嵌まったな」
「だから注意しろって言ったのに」
片足を泥のなかに突っ込んだまま動けなくなっているヴィートをみんなで引っこ抜く。
「転移するぞ」
僕たちは次の現場まで移動した。
灰の影響が少ない、傾斜がきつい石の原に降り立った。
これもまた見たことのない景色だったのだろう。子供たちは言葉少なくその場に立ち尽くした。
「誰か、おならした?」
「馬鹿。硫黄だよ。硫黄!」
「冗談で言ったの!」
「サラマンダーの洞窟で嗅いだ奴だ」
「ヒドラの巣でも臭った気がする」
「覚えてねぇー」
昨日とは風向きが違うようだ。
「師匠の転移魔法がなかったら、ここも歩かなきゃいけなかったのよね」
不安定で凹凸の激しい足元にニコレッタは早くも辟易としていた。
「プライベートエリアは入場者に合わせた造りになるんだって、ラーラ姉ちゃんが言ってた」
「リリアーナ姉ちゃんと大師匠がいただけで、難易度高くなってるよな」
子供たちは大きく頷いたが、僕やラーラが入っていないのは過小評価されているということだろうか?
しばらく歩いて、景色を堪能しては転移を繰り返す。
そして噴火口を見下ろせる位置に降り立った。
「うわー……」
燃え盛る火口を間近で見ることなど、普通経験できることではない。
子供たちは焼けるような熱気に触れながら、ただただ沈黙する。
「なんか怖いね」
「サラマンダー出そう」
「それを言うならドラゴンでしょう」
「長居したくないかも」
「じゃあ、行くぞ。いくら待ってても敵は出てこないからな」
「ナ、ナーナ!」
「あと少しだ。頑張ろーって」
オリエッタがヘモジの言葉を通訳する。
「ヘモジは師匠の肩に乗ってただけじゃん」
僕はゲートを出した。
元気なヘモジを先頭にダラダラゾロゾロと子供たちが続いた。
そしてやっと火口頂上に辿り着いた僕たちは最後のフロアへと繋がる扉を潜るのであった。
「あ、ここか」
「変わんないね」
「次は楽そうだね」
「どうかしらね」
「じゃあ、みんな。今日はここまでだ」
五層に降り立った僕たちは周囲を確認して、迷宮を出た。
「うおおおっ」
「負けるかー」
湯船の上を小さな尻が幾つも通り過ぎる。
「ナナナーナ」
ヘモジが追い掛ける。
「遊んでないで、さっさと上がれ。またのぼせ…… うぷッ」
首まで浸かっていたトーニオの顔に波が押し寄せた。
「冷気が…… 心地いい」
隣から程よい冷風が……
泳いでいた子供たちの尻が沈降していった。
「いーち。にーい。さーん……」
やばいと感じたヴィートとニコロ、ミケーレは大人しくカウントダウンを始めた。
「ナーナ」
ヘモジはさっさと脱衣所に出ていった。
「ばーかーめー」
ジョバンニが湯船に入ってくる。
三人はジョバンニの手を払いのけて、五十数えて出ていった。
「まったくもう」
沈むトーニオを見てジョバンニはケタケタ笑う。
「今日は面白かったな」
「そ、そうだな」
「師匠」
「ん?」
「リリアーナ様のガーディアンの面倒は?」
「あ、忘れてた」
「これだよ」
「肉祭りも明日ですよ。お昼からやるって」
「まじか?」
「まじです」
「ピザは? 焼く?」
「やらねばなるまい」
「なんでそこはやる気なんだよ」
「我が家の伝統なんだ」
脱衣所が静かになったので、僕たちも外に出た。
出会った頃から比べて、ふたりの背も随分伸びた。
夕食の間、僕は姉さんとモナさんから情報を得ていた。学習機能で修正できない不具合もモナさんが手を入れて既に改修を終えたという。僕はやることがなくなった。
「明日、船に積み込むわ」
「いよいよか……」
またしばらく会えなくなるな。
「明日は昼から肉祭りだからね」
「食材は足りてるのか?」
「オリヴィアが頑張ってくれたわ」
「あ、オリヴィアで思い出した」
僕は子供たちに言って、リュックから『虹色鉱石』を持ってこさせた。
「どうしたの、こんなに?」
「掘ったんだよ」
「半分は宝箱から出た」
「掘った?」
「鉱脈があったんだよ」
「わたしたちが見付けたんだよね」
我が家のお姉さんズが僕を見据えた。
「疑似鉱脈がある洞穴があったんだ」
「でも四十階層だから、僕たち以外、掘りに行けるわけじゃないんだよね」
そういう意味では世間に与えるインパクトは小さい。
食後、食堂では明日の準備が始まった。肉をスライスする傍らで、ピザの生地作り。空の保管箱が片隅に積み上がっていた。
「何食作る気だ?」
子供たちも総動員しての作業である。
僕は姉さんの機体が気になったので、工房に向かった。さすがに責任者が最終確認しないわけにはいかない。
既に搬送準備が整っていた。
姉さんの了解が出ているのだから、僕が今更何かする必要はなかった。
それでもどこまで漕ぎ着けたか確認しておきたい。
機体は固定されて動かせないので、コアの記憶を確認する。
「磨きを掛けるのはこれからだな……」
汎用機としては合格点だが、専用機としてはやはりこれからシェイプアップが必要だ。塗装もしないといけないしな。
「あー、動かしたかった」
ヘモジに任せきりで、自分では一度も飛んでない。
横に並んだ手付かずのコアユニットが目に入る。
「ぬぬぬぬ……」
明日の準備が先だ。僕は後ろ髪を引かれながらその場を後にした。
我が家はすっかり粉まみれになっていた。いくら魔法でどうにでもなるとはいえ……
「パン工房かよ」
「あ、帰ってきた」
「お帰り、師匠」
「遅いよ、師匠。できた生地、箱に詰め込んで」
「お肉もー」
「はいはい、ただいま」
保管箱の幾つかに実験的に『闇の魔石』を嵌め込んだ。減衰率の評価をしたかったからである。同等の保管庫に同様の物を保管したときに、各種魔石との差異を見るためである。属性不問の魔道具に必要なのは属性ではなく純粋な魔力なので、差異は出ないものと考える。
子供たちが突然、固まった。そして一点を見詰めた。
「ワタツミ様、来たッ!」
このタイミングで?
「僕が行こう」
いつもの桟橋から上陸したようだ。
「やっと来たわね」
「ん?」
「海産物を頼んでおいたのよ」
ラーラが言った。
「誰に頼んでるんだよ」
「適任者でしょ」
「出迎え、ご苦労」
「ご無沙汰してます」
「こんなもんでよかったかの? もっと大物でもよかったんじゃが」
「人の口には充分です」
僕はワタツミ様が引っ張ってきた網のなかを覗き込んだ。
注文通りということなのだろうか?
水のなかには気を失ったまま寝ている魚介類や、海藻類が一緒くたに詰め込まれていた。
「転移します」
「よろしく頼む」
僕は網とワタツミ様を玄関前までいざなった。
「腕を上げたの」
「そうですか?」
「名人の域じゃ」
「いらっしゃーい」
玄関から子供たちが溢れ出てきた。
ワタツミ様は嬉しそうに子供たちに誘われるまま食堂に向かった。
魚介類の調理がフル回転で始まった。シーフード用のネタが細切れにされ、保管箱に放り込まれていく。
「なんじゃ、これは?」
ワタツミ様が『闇の魔石』を手に取った。
「『闇の魔石』だよ。迷宮で取れるようになったんだ」
「ほーほー。面白いな」
ワタツミ様の魔力なら一瞬で満杯にできる。空の魔石に面白半分に魔力を注ぎ込んでいく。
「繰り返し使えるのか……」
感心しきりだった。
「ワタツミ様、お食事は?」
「食べたが、ここの食事ならいくらでも入るぞ」
「では酒の肴にワサビあえと貝のワイン蒸しでも」
「オー、それはよいな。ではそれを頼む」
夫人は台所に消えた。
当然、この後の飲み会参加者にも提供されるのだろう。
「明日はパスタも出すからね。でも他の店の出店もあるから、うちはシーフードとカルボナーラだけね」
「それでこの量か」
「なんかお腹空いてきた」
「食べたばかりでしょ」
台所は作業中なので、出来合いの菓子パンを食べるように促した。
「おー、これもうまいのー」
なんであんたまで食ってるんだ。
「リオさん」
夫人が僕を呼んだ。
明日の朝、牧場でチーズを買ってくるように頼まれた。カルボナーラをホールチーズの上で作るパフォーマンス用の物が欲しいらしい。我が家の使い掛けを使うわけにはいかないからな。
「学校休みなら、一緒に行けるのに」
「休みじゃないのか?」
「昼まで授業だって」
「ご愁傷様」
「ぶー」
部屋に戻り、姉さんに預ける『万能薬』の在庫を確認する。
大瓶で五本、完成している。
一瓶を残して提供することにした。我が家の分が心もとなくなるが、作り掛けと薬草の在庫はある。
ワタツミ様も今夜はここに泊まって、明日の祭りに参加するという。
明朝から祭りの準備があるからと、酒飲み女たちのサバトも遅くまでは続かなかった。




