クーの迷宮(地下40階 以下省略)よく気が付いたな
「それにしてもいつまで続くんだ?」
動いているのに止まった世界。灰はシンシンと降り積もる。
暢気を気取った僕たちもさすがに今後の予定が気になり出した。
ポツポツと雨まで降り始めて、突然、大きな雷鳴が雲のなかに轟いた!
「あちゃー」
小粒な雨が、瞬く間に大粒に変わる。
雷鳴と雨音で、他の音が掻き消されていく。
「雷が近過ぎる」
完全に音を消すと状況の変化に乗り遅れるので、消音結界は軽めに掛けた。
「ナーナ」
ヘモジも空より地面が気になりだした。
「こうなると土石流が心配だな」
傾斜から突き出たなだらかなこの場所なら地盤ごと崩落しない限り問題ないだろうが、これから向かう山道はいかがなものか。
「夕飯に、間に合うかな」
おやつを食べながらオリエッタが心配する。
リアルだったらそう簡単にはやまないだろうが、ここはご都合主義の迷宮だ。しかもプライベートエリア。忖度があるかも含めて様子見だ。
予想通り、雨は通り雨のようにすぐに収まり、雲も一緒に晴れ渡った。山肌だけは惨憺たる状態だが、灰が流された地面は多少歩き易くなっていると思いたい。
ヘモジもオリエッタも警戒して僕の肩の上に乗る。
気絶していたミノタウロスはどうなったか。反応が消えているところを見ると退場したのだろうと察するが、確認することなく、僕たちは安全な足場を求めて転移した。
雲間から現れた空は動じることなく眩しいのに、足元は最悪、グダグダだった。
灰を踏みしめると中から水が湧いて出た。深みに足が嵌まると、魔法を使わなければ抜け出せなかった。
「もう一気に行くしかあるまい!」
さすがにもうね。
山頂に近付くにつれ荒涼たる景色が広がっていく。緑は減り、石と岩ばかりになっていく。足元は水無川の河原の如し。されど流れ落ちて研磨される丸石にあらず。尖った石群なり。
この辺りは雨が降った様子がない。乾いてしまったのか?
灰はわずかに石の隙間に残るのみであった。
「歩きにくいな」
踏みしめる度に敷き詰められた石がぐらぐら揺れる。濡れた火山灰とは別の意味で歩きづらかった。
「ナーナ」
確かに、こんな所で遭遇戦はお断りだ。
大岩がそこかしこで絶妙なバランスを取りながら通行人の往来を待ち受ける。
「落ちてきたら一溜まりもないな」
「ナーナ」
「尾根に沿って歩こう」
若干迂回するが、その方が安全だ。
「跳んでるし」
「こんな所歩いてたら、今日中に帰れないだろ!」
頂上は見えているが、前進している気がしない。
「敵、いないね」
「ナーナ」
「隠れる場所もないからな」
転移を短めに繋ぎながら、周囲の情報を押えていく。
硫黄の臭いが鼻につく。元凶が近いことを知る。
オリエッタはリュックのなかに既に退避済みである。
そして山を半周程したとき、足下に噴火口を見付けた。
「あらー……」
斜面が大きく抉られていた。足下はほぼ垂直の断崖。咳き込むように噴火口から溶岩を吐き出していた。
「くわばら、くわばら」
危険地帯から逃れるため、少し長めに跳躍する。
山頂の火口部は以前来たときと何一つ変わっていなかった。
元々灰が降り積もった荒涼たる場所だったが、こちらも新たに火山灰や雨が降った様子はない。
何があってもセーフティーゾーンということなのだろう。
「扉も健在だな」
僕たちは扉を潜った。潜って、次のフロアに。自分たちが以前、降り立った塔の残骸そばにいることを確認して、本日の探索を終了した。
「今日は内容、濃かったな」
「山登りがこたえただけ」
「ナーナ」
お前たちを担いでたからだよ。
やはり遅くなってしまったか。見上げると星が瞬いていた。
「姉さんの機体整備したくないな」
「早く試験飛行しないと間に合わない」
「明日の朝、早起きするか」
「えー。今から欠伸出そう」
そう言いながらオリエッタは欠伸する。
「風呂に入ってさっぱりしよう」
僕たちは平らな地面に安堵しながら帰路に就いた。
「風呂に入んなきゃよかった」
姉さんの『ワルキューレ』の改修はほぼ終ったが、だるさが半端ない。幸い似たような依頼を受けていたモナさんが一緒に作業してくれていたおかげで、投げ出さずに済んでいた。
「ちょっと魔力を通してみるか」
コアユニットと駆動部の整合性の最終確認をする。機体重量や出力など基本情報は既に入っている。後は手探りになるが、その辺は手慣れたものだ。
「ヘモジ、ゆっくり右肩を回して」
「ナーナ」
肩こりを和らげるようにヘモジは機体の肩関節を動かした。
「引っ掛かりはなさそうだな」
「ナーナ」
何度も繰り返しながら情報を精査、上書きしていく。
肩、肘、手首、指の一本一本…… 全身くまなく行なっていく。
個別の修正が終ったら、複数の可動部を同時に動かして、更なる調整を行なう。
「ナナーナ!」
「音が変わったな。どこに負荷が掛かった?」
「足元よ。踏ん張らないと腰に来るわよ」
モナさんが指摘する。
「助かります」
「こっちは済んだから、手伝うわ」
「ナナーナ」
荷重移動のタイミングのズレを調整して再チャレンジだ。
二度目の調整で軋みは消えた。
「直付けより、オプションの方がやっぱり楽そうね」
「まあ、そうなんですけどね」
各部に『補助推進装置』の吐出口を設けた新型において、バランス調整は複雑である。基本データが揃っているとはいえ、量産に向かないことは自明の理。
明日、飛びながらの調整が山場になる。それが済んだら、後は姉さん自身が鞭打つだけだ。利かん坊を如何にしつけるか、それも乗り手の醍醐味である。
翌朝、ヘモジではなく、ご本人様がテストパイロットに志願した。
そして、明け方の空を自在に飛び回った。試験行程を完璧にこなしていく。
「出力上げ過ぎじゃありません?」
モナさんが心配する。
「無茶するなって言ったのに」
ヘモジが乗ると思っていたので、暴走にもある程度対応させていたのだが、その辺も含めて、姉さんは限界を見ているようだ。
「そろそろ魔石が空になるな」
周囲に注意を喚起するため、警告灯を点灯させる。
姉さんが戻ってきた。
「ほれぼれするわね」
野次馬のラーラとイザベルも感心しきりだった。
「わたしも『ワルキューレ』欲しくなって来ちゃったな」
やめろ。僕は自分の機体が組みたいんだ。
姉さんがもうしばらく飛びたいと言う。僕は子供たちと迷宮探索があるのでここまでとし、後の調整はモナさんの手に委ねた。
さて、今日はどこまで行けることやら。『クラウンゴーレム』の巣に長居しなければ、大自然の驚異を目の当たりにできそうだが、はてさて。
四層の二本目のルート、地図に載らない洞穴が点在するルートからである。
「ミノタウロス発見!」
転移早々、子供たちは身を潜め、包囲殲滅。
鏃を使うまでもなく子供たちは快進撃を開始する。入れ替わり立ち替わり、攻守を様々に入れ替えながらミノタウロスを仕留めていく。
「慣れって怖いわ」
「そのための迷宮」
「変な穴あるよ!」
まさにその通り、それは変な穴だ。
子供たちが最初の洞穴を見付けた。
僕とオリエッタは先行して中を確かめる。
「このサイズじゃ、敵でないね」
「あれ? もう行き止まりだ」
「こら、外で待ってろって言っただろ!」
「宝箱ないじゃん」
「他の罠があるかも知れないんだから、ペタペタ触るなよ」
宝箱もなかったが、罠もなかった。
オリエッタと僕は子供たちに入場を認めた後も周囲を念入りに調査した。
「何かあるの?」
「ちょっとな……」
「ナーナ」
「どうかしたの?」
子供たちが訝しがる。
「この洞穴は地図に載ってないんだ。だからな……」
位置も昨日と若干ズレている。ランダムでポップすることはほぼ決定だ。が、何故に?
「師匠」
「ん?」
ミケーレが壁に手を当てて言った。
「この壁、変だよ」
「変?」
そう言いながらミケーレは魔法で掘り始めた。
「あ、ほんとだ」
見ていたニコロも掘り出した。
「何、何?」
「この壁の奥、所々固さが不自然なんだ」
「なんと」
僕は壁に手を当てた。
子供たちの言う不自然とは、確かに自然を演出するには不可解な程に、所々強度が異常に増していた。
「よく気が付いたな」
「散々やったもんね。穴掘り」
「からの地盤強化」
結果的に固い地層が無作為に点在していることがわかった。
「ドワーフのスキルがあったら、簡単に中の様子がわかるんだけどな」
「へー、そんなスキルがあるんだ?」
「どんな鉱石が眠っているか、一目でわかるらしいぞ」
…… 鉱石?
自分で言って、ハッとなった。
「『虹色鉱石』!」
「ナーナ!」
僕とヘモジとオリエッタが同時に叫んだ。
その可能性はある!
この不規則に点在する固い地層は目隠しだ。中に何があるのか探知スキルでわからないように入れ子を構成しているんだ。
「『虹色鉱石』がどうしたの?」
「埋まってるの?」
「『解析』しても見えないよ」
「オリエッタの『認識』でも見えないからな」
「ねー、見て見て」
マリーたちは別の壁を崩して、固い地層を剥き出しにした。すると大きな塊が浮き彫りになった。
「ちょっといいか」
『鉱石精製』スキルを使って、石塊をバラバラにしていく。すると中からオリエッタの肉球サイズの、氷のような透明な石が出てきた。
僕の『解析』スキルでは『虹色鉱石』と出たが……
僕は石をオリエッタに見せた。
子供たちも僕の手元を覗き込んだ。
「すげー」
「『虹色鉱石』だ」
皆、一斉にスキルを発動させた。
そして最後にオリエッタが間違いなしと太鼓判を押した。
「ここって『虹色鉱石』が採掘できる鉱脈なんだ」
「こっちも掘ろうぜ」
早速、探索そっちのけで採掘が始まった。




