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クーの迷宮(地下40階 以下省略)敵は魔物だけにあらず

 午後の予定をどうするか。食後のお茶を啜りながら、校庭を見下ろす。

 もう残ってるのは正解ルートだけだ。一度、通った道だから、改めて攻略する必要はないのだが。

 そこはオーソドックスな扇状地で蛇行する山道をひたすら進むルートだ。最大の敵は移動距離と言っていい程、たぶん何もない。そして山頂の火口にある五層への入口に至るのである。

 二度目のイベントはないので、五層は陸地から始まるが、どう変わっているだろう。最後の最後で崩壊した大地はどうなったであろう。五層出口、つまり四十階層出口でもある、の糸玉は既にあるから、面倒な山道を行かず、逆走も可能ではあるが……

「どうしようかな」

 普通に行くか。子供たちは隅々まで見て回りたいだろうしな。ならば、やはり予習は必須か。

 地上を行けば、また何か発見があるかも知れないし。

「ヘモジ、オリエッタ。四層の残りを片付けに行くぞ」

「ナーナ?」

「観光だ、観光。ちゃちゃっと済ませるぞ」

 水筒にジュースを補充して、僕たちは再び地下第四十階層、四層に向かうのだった。



「結局、転移してるし」

「ちょっとだけだろう」

「足が退化する」

「ナーナ」

 恩恵を受けておいて、言うか。僕よりコンパス短い癖に。

 隅々まで歩いて観察すると言ったはいいけれど、蛇行する道の先が見えているのに延々と遠回りする気にはなれなかった。故にショートカットを道が大きく蛇行する度に、重ねることとなった。

「転移の練習にはなるな」

「でも接敵しないし」

「どうせなら手数も減らしたいだろう?」

「ナーナ」

 ヘモジも午前中だけで腹一杯なようで、せっついてはこなかった。

「絶景を堪能しよう。砂漠にはない景色だ」

 見渡す限り茂る緑。所々に虫食いのように採石跡の岩盤が覗く。


 十分後……

「敵、出てこーい」

「ナーナー」

 まるっきりいなくなった。

「こんな場所、守っても意味ないしな」

 これだけ広いと守備は要所要所に配備した方がいいのはわかるが、それにしたって見る影もないとは。

「あ、薬草あった」

 暇だから引っこ抜く。

「ギミックか否か……」

 オリエッタが真剣に睨み付ける。

「偽物」

 僕も『解析』する。

「手触りが違う気が……」

「魔法関係ないし!」

 僕たちは前半と打って変わって、笑顔に満ち溢れていた。

「ナーナ!」

 カーブの先に要所あり。

「やっとか……」

 坂を何度、折り返したことか。

「敵は三体」

「見張りは一体か。あれをやったら潜入しようか」

 バリケードも背が高い。大木の幹をそのまま並べたようで、合わせ目は雑、侵入路はいくらでもあった。

 通常弾で眉間を射貫くと見張りはその場に沈んだ。

「よし、行こう」

 三人揃って潜入だ。

 中は寝床が敷かれた掘っ建て小屋と、鍋が置かれた焚き火だけだ。壁にでかい弓が掛けられていた。

「いつ見ても痛そうだ。ガーディアンを撃ち落とす弓を人に向けないで欲しいよな」

 一体は暢気に寝ていた。

「交替勤務か?」

 もう一体の反応は少し離れた傾斜地にあった。

「何やってるんだ?」

 覗き込むとピッケルを振りかぶって、穴掘りに勤しんでいた。

 ちょうど何か固い物に接触したのか、ピッケルが弾ける音がした。

「なんだか倒すの気の毒になってきたな」

「暢気過ぎるね」

「ナーナ」

 午前中、腹一杯になっていなければ温情など湧かなかったのだが。

 ミノタウロスが何やら掘り当てたようだ。

 オリエッタが草むらに隠れて接近、目を凝らした。

「あ」

 急いで戻ってきた。

「アンビリバボー」

「婆ちゃんのまねはいいから」

「凄いの掘ってた!」

「こんな所で?」

 ただの山道下の傾斜だぞ。

「『虹色鉱石』!」

「はぁああ?」

「ナーァア?」

 しまった!

 急いで身を隠した。

 幸い作業に没頭しているミノタウロスに僕たちの素っ頓狂な声は届かなかった。

「ほんとか?」

 オリエッタは口を押えながら何度も頷いた。お前が口を塞がなくても……

「ナナーナ」

 僕も『解析』を掛けた。

「……」

 こちらも『虹色鉱石』だという啓示が出た。それもあの籠のなかに幾つも……

 ドスンと何かが沈む音がした。

「ナナーナ」

「あーッ!」

 ピッケルを持ったミノタウロスが倒れた。

「ナナーナ」

 あ、そ。峰打ちか。ミョルニルのどこに峰があるか知らんが。

 僕は足元を盛り上げ、籠のなかを覗き込んだ。

 ミノタウロスサイズの籠にミノタウロスサイズの『虹色鉱石』がゴロゴロと……

「凄いな」

「それ違う」

 僕がまとめて転送しようとしたら、ヘモジが遮った。

「それ、ギミック。こっち」

 オリエッタの言う通り、確かにミノタウロスサイズの『虹色鉱石』など見付かったら市場崩壊もいいところだ。

 オリエッタが指差したのは籠の底、大きな塊からこぼれ落ちた土塊(つちくれ)。その中にキラリと光る小粒な輝きが『虹色鉱石』だと言う。

 改めて掛けた僕の『解析』魔法に反応したのも、小粒な方だった。

 籠のなかに入って、小石を拾い上げる。

 手に取ると思ったより大きかった。これはこれで充分な大きさだった。しかもそれが三粒も。

「こんな所で『虹色鉱石』が手に入るとは思わなかったな」

 素通りしなくてよかった。

 他の冒険者たちの四十階層はどんなだろう。間違いなくエルーダよりバリエーションに富んでいる。

 回収する物は回収して、先を行くことにした。

 僕たちは魔石一つに手を合わせて、その場を後にした。


「殺さずもたまにはいい気分だな」

「いや、死んでるし」

「ナナーナ」

「死んでるし!」

 オリエッタをからかいながら先を行く。今更、情もない。でも暢気過ぎる景色がそれを許した。

「野犬だ」

 こちらを見ると逃げていった。

「ナナーナ」

 ヘモジが眼下を指差す。

「飼い犬だったか……」

 僕たちが通り過ぎた屯所で吠えまくる。

 寝ていたミノタウロスが慌てて起き上がる、が、気絶している一体は反応がない。

「チッ」

 ヘモジが舌打ちした。

 ご注進した飼い犬が張り切って戻ってきた。

 坂を、斧を持ったミノタウロスが犬の後を追って駆けてくる。

「あの犬、でかかったんだな」

 近付いてくるにつれ、大きさが知れた。

「熊!」

 オリエッタがどん引きした。

「ナナーナ」

 ヘモジが一投。キャンと、かわいい声を発して坂を転げ落ちていった。

 続いて飼い主、登場。

「折角、見逃してやったのに」

 ご都合主義で悪いな。

 鉛玉を食らわせてやった。


「気分、台なし」

「こんなもんさ、世の中は」

「ナーナ」

 狩り場で情を掛ける方が悪い。子供たちには油断するなと言いながら、この様とは。

 坂道はまだまだ続く。


「こんなに長かったか?」

 誰だ、長距離転移を封印するといった奴は……

「もう跳んじゃうか?」

「駄目」

 お前の方が短足なのに、なんでそんなに元気なんだ。

『万能薬』を舐める。

「なんかこう…… 燃えるような催しは」

 突然、衝撃に見舞われた。突風が通り過ぎた。

 空が急に陰ったので見上げると、水蒸気の巨大雲が空を覆い尽くすように立ち昇っていた。

「そういう意味じゃないから!」

 でかい岩が降ってきた。

 逃げろ! といっても周囲にはのどかな景色しかない。

 屯所だ。ミノタウロスが造った小屋なら火山岩塊や礫もある程度は防げる。

 僕たちは転移した。


 土煙があちこちで立ち昇る。ゴンゴンと石同士がぶつかり合う音がする。木の枝がバキバキと折れる音、石がボタボタと雹のように降る…… ドスンと地面を揺らす程の衝撃。

 たまに大物が坂を転げ落ちてくる。

 僕は天井や壁を大急ぎで補強する。最大級の物が落ちてきても潰されないように、できるだけ強固に。気付いたら即席のトーチカができ上がっていた。窓には大きな庇と戸板も設けた。

 外の世界はあっという間に灰色に染まった。

「溶岩が来たらどうする?」

「この屯所は尾根にあるからたぶん大丈夫だ。まさかこんな時限トラップが潜んでいようとはな」

 前回は全然気付かなかった。迅速な行動が功を奏していたわけだ。

「上はどうなってるかな」

 オリエッタが火口の方を見上げる。

 五層への扉は火口のど真ん中にあるからな。

 煙の位置から察するに噴火は尾根の向こう、頂上より低い場所で起こっていそうであるが、被害がないわけがない。

 吸い込む空気が熱を帯び始めた。

 大きな岩が相変わらず容赦なく降ってくる。が、とんでもサイズはもう落ちてきそうにない。

 屯所はあっという間に壊滅した。補強していない天井にはでかい穴が幾つも空いていた。

「ナーナ」

 なぜか心が躍る。こんな悲惨な状態なのに、自然の猛威のなかにいることに喜びを感じてしまっている。

「ドラゴンのブレスと比べたら、なんてことないしな」

「ナナーナ」

 ヘモジがお腹をさする。

「そうだな。少し早いけど、おやつにするか」

 まだ外に出るのは危険だしな。

「暢気過ぎ!」

「オリエッタはいらないのか?」

「いる!」

 遠くで土砂が崩れた。

「ナーナ?」

 風上の戸板を外して、ふたりが外を覗き見る。僕は結界で風の侵入を防いだ。

 こちら側も目に飛び込んでくるのは灰色に染まった闇だけだ。

「何も見えない」

 卓を用意して、先に座り込む。

 リュックから食器とおやつを取り出して卓上に。本日はチーズケーキだ。

 戸板を戻して、ふたりが戻ってくる。

「ナーナ」

 ヘモジは付け合わせに野菜スティックも自分のリュックから取り出した。

 僕は水筒のウーバジュースをコップに注ぐ。

 ササミじゃないけどオリエッタもチーズケーキを美味しそうに頬張った。

 風下の広めの開口部から火山礫がボコボコ降って来る景色を眺める。

「夜みたい」

 空も灰色の雲に完全に覆われた。

 子供たちにも体験させてやろうか。たぶん同じ頃合いにまた起こるだろう。期待させて起こらなかったら失望するだろうから、言わずにサプライズにしておこうか。



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