クーの迷宮(地下40階 以下省略)傍若無人
楽しいときはあっという間に過ぎて、眠気だけが残る。
こっそり帰宅して、自室に戻ると、ヘモジが僕のベッドの真ん中に転がっている。
「どうして、いつも寝場所をコロコロと」
「スー、スー……」
鼻の頭に汗を掻きながら寝苦しそうだ。
オリエッタも棚の上で暑苦しそうにだらーっと伸びている。
まるでなめし革だ。あんな格好でよく寝られるものだ。
「しょうがないな」
窓を開けると明け方冷えるので、壁に風の魔石を嵌めて空気の流れを作ってやる。
「風邪引くなよ」
ヘモジを転がして隅に追いやると、僕もベッドに滑り込んだ。
子供たちがせわしなく朝食を貪る。
大人たちはそれを横目に、のんびり料理を口に運ぶ。
「師匠。蜂の巣、運んでおいて」
「お店の方でいいって」
「はいよ」
「行ってきまーす」
昨日のうちに運んでおけばよかったと後悔する。即席で作った保存箱に入れてあるから品質には問題ないが。
あの量…… 荷車じゃ駄目だな。
「モナさん『ルカーノ』借りていい?」
「空いてますから、いつでもどうぞ」
加工を任せる養蜂家が気の毒に思える程、量がある。自制したつもりだったんだが……
僕は蜂の巣の入った箱を倉庫から上階に転送して、ガーディアンの荷台に積み込んでいった。
人出の少ない早朝のうちに済ませたかったので『身体強化』全開で当たった。
「ハ、ハッチに引っ掛かる…… 高く積み過ぎた」
『浮遊魔法陣』の出力をギリギリまで下げてなんとか通り抜けた。
ソルダーノさんの店の裏手に麦わら帽子を被った養蜂家の親子が既に待ち受けていた。
親子は荷台の積み荷を見上げて、どん引きした。
「店に必要な分だけ優先して下されば、いいので……」
通常の納期を期待するのは、さすがに酷である。
養蜂家の親父が箱を一つ一つ改める。
そして破損して漏れている巣から蜜を一掬いして舐めて頷いた。
「これが『殺人蜂』の……」
値段交渉は既に店の方と折り合いが付いていて、僕が何かする必要はなかった。ソルダーノさんが一筆書いて終わりである。
ただ、養蜂家の一頭立ての馬車にも積み込める量ではなかったので、そのまま『ルカーノ』で養蜂園に持ち込むことになった。
養蜂園は果樹園に近い場所にあった。果樹園のオーナーのアレッシオの姿が垣間見えた。元気そうで何よりである。
帰路の途中、ヘモジの畑でオリエッタとヘモジを回収して、倉庫に向かう。
荷台が泥だらけになるのでヘモジの足元を洗ってやる。
「ナーナ!」
乾いた荷台に濡れた足跡を付けて回って、はしゃいだ。
「お芋、おっきくなってた」
「収穫の手は足りてるのか?」
「ナナーナ」
オリヴィアや姉さんが畑単位で買い上げているので、その辺は抜かりないらしい。
「今日は『闇の魔石』を回収してから、昨日の続きな」
「ナーナ」
工房に『ルカーノ』を戻して、僕たちは迷宮に向かった。
地下フロアで『クラウンゴーレム』を根絶やしにして、ホクホクしてから四フロア目に。
「どの辺りまでやったっけ?」
地図と照合しながら山道のうねりを確認する。
「よし、行くぞ」
ふたりを肩に乗せ、転移する。
本日も谷間を通り抜けるルートである。前日進んだルートの一本隣の狭い通りである。
石畳の両側は急な勾配に囲まれていて、視線は通らない。退屈、窮屈。さっさと済ませたい。
「穴、穴!」
オリエッタが尻尾を僕の首に絡めて身を乗り出した。
「洞窟だな。深いのかな?」
僕たちは明かりを灯して、ミノタウロスでは潜り込めない人間サイズの横穴を覗き込む。
魔力探知でなかを探るも魔物の反応はない。
すぐ行き止まりだった。
「宝箱だ……」
なんとも怪しい感じの箱が鎮座していた。ミミックか…… 戦うには、この場は手狭だ。
「ヘモジ先生、お願いします」
「ナナーナ」
ぶっ叩いたら、箱が壊れて、金貨が飛び散った。
「ミミックじゃなかった――」
この感じ!
「トラップッ!」
オリエッタが叫んだ!
僕たちは結界を最大にしながら洞窟の外まで即行で退いた。途端に爆風が洞窟から吹き出した。
地面に身を投げた僕たちは恐る恐る振り返る。
洞穴は塞がってしまった。
襲撃したときの間合いが遠過ぎて、解錠できていなかったみたいだ。
「金貨いっぱい溢れてた」
オリエッタが残念がった。
「諦めることないだろう」
僕は塞がった穴を土魔法で押し広げていった。僕も見た。昨今稀に見る大量の金貨を。
「お宝ザクザクだ」
我が家の現金不足問題が一気に解消した。
道の真ん中まで、壊れた箱を引き摺り出して、即席で造った壺に入れ替えていく。
「なんで壺?」
「そんな感じするだろう?」
「病気だと思う」
「ナーナ」
「悪かったな」
この枚数が固定の箱から毎回出るようだと問題だ。
「明日も確認するようだな」
罠の効果も毎回同じとは限らないし。
「最高難度の宝箱だったかもしれないな」
見た目ボロボロで今にも壊れそうだったのに。
「五百四十二枚」
最後の一枚を壺に落とした。チャリン。
「ナーナ」
パチパチ、ふたりは手を叩いた。
僕は壺に蓋をして転送した。
「よし、次行こう」
巡回中のミノタウロス一行がいた。一体だけ身なりがいいところを見るとあれが隊長格だろう。
遠距離から仕留める。一体、また一体。
敵はこちらをまだ捉え切れていない。
僕とヘモジは銃とボウガンで草むらから次々仕留めていく。
「鈍いね」
オリエッタが欠伸する。最後まで気付かれなかった。
「ナナーナ」
精進が足りないと骸を足蹴にする。
魔石に変わるのを待つ間、僕は情報を記録する。
ヘモジは先行偵察、蝶々と戯れる。
魔石を六個回収する。遠いミノタウロスは無視しながらタラタラと前進する。
「いい天気だねぇ」
「穴あった」
「……」
ゴクリと唾を飲み込む。
今度は慎重に進む。
「なんもなーい」
穴のなかには何もなかった。
「無駄足だった」
その後も道端の斜面に洞穴が度々現れた。その度に確認するも、洞窟の長さはまちまち。回収品もそれぞれだった。なかには人骨が着ていた装備品もあった。
「アンデッドと間違うよな」
「ああいう演出、いらないし」
「ナナーナ」
死人から引き剥がすようで気も引けるしな。ギミックだとわかっていても。
「装備もギミックだと思う」
「でも『認識』スキルには反応したんだろう? それにあの質感……」
「ナナーナ」
「そうだな。戻りゃ、わかるか」
倉庫に収まってれば、ギミックではなし。
そして、いくつ目かもうわからない横穴を進むと、また宝箱が現れた。
結界を重ねたヘモジが前進。『迷宮の鍵』が機能する距離まで接近する。
カチッと、解錠する音がした。
ほっと胸を撫で下ろす。
宝箱を開けると畳まれた大きな紙が出てきた。それはこのフロアの全体マップだった。
両手をいっぱいに広げてようやく開き切れる大きさだった。地下空間もいくつか書き込まれていたが、朝から見てきた洞穴は一つも記録になかった。
「洞穴自体、ランダムなのか?」
一際、目を引いたのは大きな地下空間である。まるで大叔母が掘るような広い空間だ。四角四面の境界線を見る限り、人工物であることはまず間違いない。ルート的には今進んでいる道と正規ルートとの間にある一本道に隣接している。
地図を見る限り今進んでいる山道はもうすぐ突き当たる。午後には地下空間に繋がるルートに向かえるだろう。
これも人数過多で侵入した恩恵か。
行き止まりに行き着いた僕たちは早々に入口まで戻った。そして隣のルートに。
こちらは少し進むと、道が広がり一見正解ルートのように見えた。周囲には石造りの堅牢な建物が建ち並び、徘徊するミノタウロスも桁違いに多かった。
「ナァー」
ヘモジはもうとろけそうだった。
「まさに狩り放題」
「ヘモジの天国」
「ナーナンナ!」
「はい、頑張って」
ヘモジは歩幅の広ーいスキップをしながら、ミノタウロスの群れに突っ込んでいった。
「小さな悪魔だな」
「容赦ない」
小気味いいほどコンスタントにボコボコにしていく。ミノタウロスも逃げればいいのに、真面目に対応するから返り討ちにあう。
バーサーカークラスがいたら僕も参戦しようと思ったのだけれど、ワンランク上の装備を着込んだ精鋭が精々だった。ただ使用する武器は様々。ヘモジは楽しそうだった。
「魔石いっぱい」
オリエッタも楽しそうだ。
「宝箱」
道沿いに建つ遺跡のような建物に壺や魔石が置かれている。壺に丸められたスクロールが何本も突き刺さっている。どれも取るに足らない物だが、売れ筋ならいい値が付く。壺の底には小銭も入っていた。小さな物ならひっくり返してみるのもいいが、今日は充分利益を得ているので、小銭に興味はない。
ヘモジがどこまでも進んでいく。
もはや視界に動くミノタウロスはいない。




