クーの迷宮(地下40階 以下省略)日々精進
「どうかしら?」
ああ、獲物を狩る目だよ。
「初物を欲しがる御仁は大勢いるわ。コアユニット以上の値段を付けてくれる方もね」
僕も今すぐ高価なコアユニットが欲しい口だからな。オリヴィアにしたらいい鴨だ。
「手を打とう」
「やった」
「じゃあ」
「『ワルキューレ』は渡さないぞ」
便乗しようとする姉さんを押し留める。
「なんでよ!」
姉さんがむくれた。
「『スクルド』のままでいいって言ったのは、そっちだろう」
「あの頃は新型の『補助推進装置』なんて付いてなかったじゃないの」
別売りの『補助推進装置』も売りに出されるのは、出力調整された旧型だしな。開発者の特権って奴?
「次の機体はどういうコンセプトにしようかな」
商品化そっちのけで、モナさんみたいに趣味に走るのも一興かな。
更なる加速。更なる運動性。更なる耐久。武装は…… 間に合ってるけど、ブレードだけはなんとかしないとな。後は何か、目玉になりそうな…… 一瞬、子供たちが放つ、鏃玉を思い出した。
さすがにタロス相手には…… いや、待てよ。鏃もガーディアンサイズになるんだよな。しかも『闇の魔石』を使ってとなると……
目の前がぱぁっと明るくなった。
「いいかもしんない……」
「わかった! 『ワルキューレ』新調するから、改造して頂戴!」
鶴の一声。見事な即決。これが世に言う衝動買い。姉さんの『スクルド』は『リリアーナ仕様』というプレミアが付いて、新品の『ワルキューレ』以上の値段で買い取られることになった。
値段って一体、何だろう?
勿論、買い取るのは守銭奴オリヴィアである。
工房に発注しなくても在庫があると言うから、なおさら呆れる。現在、納期は半年待ち。それを…… 初期ロットを相当捌いたはずだが。いくつ取り寄せたんだ? 先見の明と言うべきか。恐るべき手腕。
おかげで姉さんが出立するまでに完成させなければならなくなった。
ただでさえ忙しいのに!
コアユニットも一緒に納入できるというから脱帽だ。全く以て抜かりがない。
即刻、物々交換することにした。
他の家人が聞き付けたら、同じ注文をしてきそうなので、話はそこまでとした。
機体とコアユニットの搬入は明日の朝。夜のうちに工房に置いてある機体を何機か地下に移して、スペースを空けておかないと。『ワルキューレ』は見本として必要になるので、子供たちの機体のどれかになるが、使用頻度の少ない順に二番、三番を選んだ。
棚からミスリル等、インゴットを運び出し、図面と現物を見比べながら『推進装置』のパーツを製造していく。
「誰だ、こんなに複雑にした奴は」
「お前だろう。図面を複製するから、よこせ」
さすがに申し訳ないと思ったのだろう、姉さんが付いてきた。
「姉さん『転写』できたっけ?」
「先方が酔っ払う前に頼みに行ってくる」
「もう手遅れでしょう」
誰に頼むのか知らないが。時計を振り返る。
一度、造った物だから型も残っているし、工作は思ったより掛からなそうだ。それでも数日徹夜は必至。今夜はできるだけ先手を打っておきたい。
「コアの転写は向こうに帰ってからやるかい?」
「『スクルド』の記憶情報じゃ、役に立たないでしょう? 折角、新しくするんだから、あんたの機体の情報を入れておいて頂戴。最終調整は向こうのスタッフにやらせるから」
「どうせ試乗しないといけないしな」
「わたし色に染めてやるわ」
「じゃあ、カラーリングも向こうでやるってことで」
「何よ、やってくれないの?」
「ここじゃ、塗料は品薄なんだよ。色だってあんまりないし。発注してたら間に合わないだろう? 向こうには専用カラーの在庫、あるんだろう?」
「しょうがないわね」
黙々と作業して、翌日に影響を残さないところで作業を終えた。
翌日は子供たちを連れての四十層攻略。三階フロアの残り部分を早々にクリアして、四階フロアに進んだ。
昨日の午後はあれから四階フロアを結構な速度で攻略。したつもりだったのだが、エリアが広過ぎた。
枝道をひたすら一本突き進んだだけでやめた。そのルートでは道に平行してかなりの水量の沢が流れていた。
本日は子供たちに選択の機会を与えた。
「何もなかったんだよね?」
子供たちは僕たちの前日の成果を踏まえて考えた。
自分の目で見ておきたいという欲求と、未開拓エリアを優先した方がいいという合理性とが、せめぎ合った。それ程までにこのフロアは広かった。
「景色がいい分、厄介よね」
青い空の下、正規ルートを行くだけで溜め息が出そうだ。
「急ぐ旅じゃないし」
「一度ゴールまで行ってるしね」
攻略済みか否かで言えば、正解ルートもまた攻略済みと言えるわけだが。
子供たちは非合理性を優先させた。
敵は散漫。目に付いたのは『殺人蜂』ぐらいだ。
「師匠」
「ん?」
「お母さんがね、もし手に入るようなら蜂蜜欲しいって」
マリーが言った。
「熊族のおじさん、がっかりしてたね」
カテリーナが巣を回収するための頭陀袋を取り出した。
やる気満々かよ。
「前に並んでたおばちゃんが二つも買っていっちゃったんだよね」
「他の冒険者からも買ってるけど全然足んないんだって」
「熊族が食べ過ぎなんだよ」
言ってやるな、ヴィート。図体だってでかいんだから。
「養蜂家のおじさんも言ってたよ。あいつらは胃袋を半分にすべきだって」
「このままだと砂糖でかさ増しするしかないってさ」
「おじさん、今なら一割増しで買い取ってくれるって言ってたし」
「しょうがないな。商店主夫婦の悩みの種の一つを解決してやるか」
子供たちは既に準備万端。リュックを一箇所に集めて、散開した。
「場所はわかっているな!」
「ちゃんと見えてる」
「凍らせるぞ!」
「おー」
子供たちは突撃した。やられる前にやる気である。
『氷結』魔法を斥候に叩き込んだ。増援を呼ばれることなく、巣を包囲。
あっという間に蜂の巣のシャーベットができ上がった。
無数の魔力反応が消えていく。
ブンブン逃げ惑う個体にも冷気を当てて散らしていった。
「様になって来たな」
感心していると、凍って重量が増した巣に耐えきれなくなった樺の枝が折れた。太い枝の股に築かれたでかい巣であったが、地面に落ちてぱっくり二つに割れた。
「あー、やっちゃった」
「誰か箱を」
氷が溶けたら蜜が流れだしてしまう。そこで魔法で作った棺に閉じ込めるのだ。
それが済んだら転送だ。
一つのコロニーの縄張りは広い。が、負けずにマップも広い。今日中にまだ二、三個手に入るだろう。加工は養蜂家に丸投げしてしまっていいだろうか?
今、僕は大変忙しい。子供たちが自分でやるというなら構わないが。
山道を中心に右にふらふら、左にふらふら。
「ミノタウロス発見!」
「やるぞ! 距離優先だ」
杖を片手に、空いている方の手に鏃が握られる。
射程外から撃ち込まれた高速弾にミノタウロスは為す術なく崩れ去った。
周囲を警戒しながら、数人が魔石の回収。残りは置き去りにしたリュックの元へ。
「お」
蜂の巣だ。
高い崖の上、一際大きな大木に不似合いにぶら下がる物体。
「…… でかいな」
「危ないかも」
「やるなら、運んでやるぞ」
さすがにあの高さまで歩いて行けとは言わない。回り込んでいたら移動だけで午前の部が終了してしまう。
「あれ、一個あれば当分、大丈夫だよね」
「そう思いたいね」
前線に向かう前に、好物をストックしておきたいと願う連中もいるのではないかと、ふと考えた。だとしたら、持たせてやりたいと思うのは自然な発露ではないだろうか?
「でも、あの大きさだと敵の数も相当だよ」
「捌けなかったら、囲まれちゃうかも」
「どうする? 外堀から埋めていく?」
「いや、今まで通りやろう。何人か囮になっている間に、巣を仕留めてしまおう」
「念のため、ツーマンセルでいきましょう」
斯くして、ソルダーノ夫妻の悩みの一つは無事解消された。
そして養蜂家は見たこともない大きさの巣に絶句するのである。
「人の苦労など、この際お構いなしだ。僕は忙しい」
夕刻まで散策を続けて、速やかに解散した。
子供たちは疲れた身体を癒やすどころか、酷使して遊びに行った。
僕はガーディアンをいじくり倒す。
持ち込まれた『ワルキューレ』は、我が試作機より洗練されたデザインを踏襲していた。
操縦席周りは特にスリムだ。
「お、このブレードは……」
複合素材が使われている。
これならヘモジも…… こっそり組成を確認する。有効そうなら、後でコピーさせて貰おうか。
完成品との形状のズレは『補助推進装置』の設置にも影響を与えた。
「バランス調整はゼロからだな」
僕の知らない仕組みもいくつか採用されていた。
他のマイスターの知識の集約が行われている。
勉強させて貰いますよ、先輩方。
「このコントロールパネル、いいね」
流線型の洒落た仕上がり。僕好みだ。
メーター類を保護するガラスは微かにカーブを描いていて、盤上の針や字面を大きく見せていた。蛍光塗料にバックライトも仕込まれている。さすが芸が細かい。
「よし、準備完了」
今夜、徹夜で組み上げる。
明朝、明るくなったらデータを移して、飛んでみるか。
「そうだ。魔石も準備しておかないと……」




