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ヘモジ、またお前か!

 不自然な地形や崩れたまま放置された防壁など、人がかつて戦っていた痕跡が遠くに見え始めた。幾重にも重なる防衛ライン。五十年にも及ぶ、長い戦いの歴史が垣間見える。

 風が遺跡の隙間を吹き抜け、石畳の上で踊った。押し寄せる砂塵はときに強引に、ときに優しくステップを踏む。

 確かに、かつてここに前線があったのだと実感する。陣地も何もないところから中海までタロスを追いやった実物大の記録だ。

 地元民のイザベルもモナさんもこんな景色は見たことがないと感慨にふけった。

「走りづらくならなければよいのですが」

 ホバーシップでなければ進むにも苦労したことだろう。

 早速、高い壁が視界を遮る。

 ソルダーノさんは普段はあり得ない遮蔽物に愚痴をこぼし、女性陣は珍しさのあまり黄色い声を上げる。

 僕はソルダーノさんに同情し、操縦室に上がると観測係のまねごとをする。

「船だ。左舷前方、停泊してる。事故?」

 望遠鏡でもよく見えない。

「恐らく村でしょう」

「村? こんな場所に?」

 廃墟を利用した中継所らしい。崩れた壁にどこかのギルドの旗が描かれている。

 ソルダーノさん曰く、ひたすら商船が往復するだけの村もあれば、軍港として機能している村もあるらしい。

 合流ポイントでもある姉さんたちの前線基地はどういう所だろう。位置情報しか聞いてないけど『銀団』の拠点ともなればさぞや……

 合流ポイントはまだ遙か先である。

「朝食準備できたよー」

 まさか、こんなときにテーブルセッティングをしていたとは。簡単に済ませる気でいたのに……

 にっこり笑顔の婦人と娘が眩しい。

「毒されてきてるな……」

 実家のノリに近付いてきている気がするのは気のせいか……

 ダイニングテーブルには見事な朝食が並んでいる。ゆで卵にサラダ、ベークドポテトに鳥の香草焼き。パンにイチゴジャム。ヨーグルトにカヌレ、絞りたてのオレンジジュース。

「ナーナーナ!」

 ヘモジがジュースを一気に飲み干した。

「プハー」

 マリーも飲み干した。

 オリエッタは婦人に鶏肉を催促する。

 ああ、ジャムが美味しい。


 団らんを楽しんでいると突然前方の船が発砲した。

「ちょっと! 食事中よ!」

 ラーラが理不尽な怒声を発する。

 こんな場所で、こんな時間にのんびり食べてるこっちが悪い。

 遠くに砂塵が舞い上がり、空を黄色く染めた。

 南側からタロス兵の襲来である。

「オリエッタ」

「まだ遠いから平気。モシャ、モシャ」

 ドラゴンタイプと行動を共にしていたのか?

 先の傷付いた船団に向かうところを目の前の船団がわざと引き付けたようだ。

 船団が減速したので、僕たちは舵をさらに北に切った。

「どれもこれもでかい船だな」

「でも朝食はこっちの勝ち」

 オリエッタが言った。

 タロス兵の数は僅かに三体。すぐに終わるだろうと誰もが楽観していた。

「地下にいる!」

 オリエッタが取り皿を跳ね上げた。

 何かと尋ねる前に砂塵が噴出する!

 タロス兵だ! 長物を既に天高く振り上げている!

 僕は氷の魔法を放つ!

 が、ラーラは一刀の元に切り捨てた。

「ナーナ……」

 ミョルニルを構えたヘモジが冷たい視線を送る。

「食事は静かに取るものよ!」

『万能薬』の小瓶をぐいっと一瓶飲み干した。

 些末なことで伝家の宝刀を抜くなよ。薬がいくらあっても足んないよ。

 結界を咄嗟に張ったから料理に被害はないが、一応、風魔法で砂塵を散らしておいた。

「待ち伏せか……」

 イザベルとモナさんに「最近のタロスはこんなこともするのか?」と尋ねた。

 すると年々戦い慣れしてきてはいるという答えが返ってきた。

 容易く前線を越えてくる理由は相変わらずわからず仕舞いだが。案外ドラゴンの背に乗ってという戯れ言が、真実なんじゃないかと思い始めた。

 折角倒したんだから、ポイント取得のための部位と安っぽい宝石の回収を行なった。ポイントはすべてイザベル行きだ。

 突然、ヘモジがサラダを頬張るのをやめて、船首に向かって駆け出した。

「なんだ?」

「なんかある!」

 オリエッタも油まみれの髭をひくつかせた。

「ちょっと……」

 ラーラが一瞬たじろいだ。

 船が進む先にいつになく大量の魔力残渣が宙を漂っていた。と言っても並の『魔力探知』能力で気付ける量ではない。隠密スキルをギリギリまで上げているからできる芸当だ。

 隠密スキルには隠れる効果と共に隠れている者を発見する効果がある。空間に漂う魔力の揺らぎを押さえ、ときに捕まえることが肝要なのだ。

 急速に薄まりつつある残滓を辿ると平地の真ん中で盛り土を見付けた。近付くとそれはタロスサイズの大穴だった。

 どうやらさっきのタロスたちはこの先から現われたようだ。

 回収作業をしていた僕とヘモジとオリエッタがそのまま下りて覗いてくる役目を仰せつかった。

 ヘモジとオリエッタが操縦するガーディアンが投光器で周囲を照らしながら、僕の後ろを付いてくる。

 僕は剣を片手に足場と周囲の壁を固めながら奥へと進んだ。

 所々、崩れて穴が塞がっていたが、こじ開けてさらに踏み込んだ。

 魔力が濃くなっていく。

「ここだ」

 一番魔素が色濃く残っている場所に出た。タロスにとってはそう深くない場所だったが……

「転移…… してきた?」

 オリエッタとヘモジが周囲をキョロキョロ見渡す。

 ゲートの類いはない。ということは一方通行……

「出られなかったら生き埋めになってたんじゃないか?」

 元々次元を越えて来るような連中だからこの程度の無茶は平気なのかも知れないが…… どう考えるべきだろう? こちら側が今日まで感知できなかっただけなのか。それとも別次元へ逃げ出すことを諦めて、能力を小出しにし始めたのか。あるいは新手の何か……

「リオネッロ、あれ。あれ!」

「ナーナ、ナーナ!」

『太陽石』が大量に転がっていた。含有する魔力はほぼ空。逆に周囲に漂う魔力の余剰分を吸収し直しているようだった。

「この量なら問題ないだろうけど」

 タロスが転移に『太陽石』を利用していることはこれで明白になった。

 それでもって…… 『太陽石』ゲットである!

「念のために……」

 砂で半メルテ四方の箱を作り『太陽石』をなかに収めて封印を施した。

 他に何もなさそうなのでガーディアンに箱を持たせて脱出することにした。


「想像はしていたけど……」

 ラーラの眉間に皺が寄った。

「転移に使う魔力を補っていたとは考えにくいんだけどな」

 到底足りる量ではない。

 もしそうならシグナルは頻繁に外の世界に発信されていたはずだ。とすれば補助的に使われたか、別の要素として利用された可能性が高い。

『太陽石』に魔力を発する以外に何かあるとも思えないが。

 取り敢えず処分するためにこのまま箱に入れて保管することにした。姉さんと合流したら渡せばいいだろう。

 と言いつつこっそり一片取り出して、薬を作るための大瓶に詰め込んで持ち出した。



 その夜、全員が寝静まったところで、甲板の空いた場所にコンテナサイズの封印箱を作って、研究スペースをこしらえた。椅子とテーブルも用意した。

 なんとも殺風景な部屋だ。

 光の魔石を即席で作った床置き燭台に置く。

 何が起こるかわからないので壁と床は強化し、天井は酸欠防止のために穴を開けて、強度も弱めにしておいた。万が一、爆発が起きても圧力が上に逃げるように。いざとなったら『プライマー』で内部から破壊することになるだろうから。

 椅子に座って懐から大瓶を取り出す。

「さぁて、始めるか!」

「楽しみ!」

「ナーナ」

「……」

 テーブルの下からしたり顔が二つ現われた。

「いつの間に……」

「一心同体」

「ナーナンナー」

 タロスより神出鬼没か!

 椅子の背もたれにふたりは陣取った。

「手元が見えん」

 ヘモジに燭台の位置を移動させた。

 瓶の封印を解いて石をテーブルに転がす。

 まずは魔素の流れに注視した。僕たちの身体には魔力が内在している。それらが吸われたりしないか注意深く観察した。

「大丈夫なようだな」

 駄目だったら即刻中止だ。僕の魔力を吸われたら大変なことになる。

 緩やかに魔力を当てていく。

 漂う魔素が吸収され始めた。

「う……」

 肩にのし掛かるオリエッタとヘモジ。にらんではいるが、見えているのかいないのか。

「頭、邪魔だよ」

「あう」

「ナー」

 テーブルの上は特に変化なし。

「もうちょっと与えてみるか」

『うま、うま』

 ん?

「なんか言ったか?」

 僕たちは全員顔を見合わせた。

「言ってない」

「ナーナ」

 気のせいか?

 漂う魔素がもうなくなった。

「思ったより早いな」

「そうみたい」

「ナーナ」

『もっと』

「ん?」

『もっと!』

「……」

 僕は咄嗟に振り返った。まだ誰かが隠れているんじゃないかと一瞬思った。が何もなかった。ヘモジが移動した光の魔石も今のところ変化はない。

『もっとほしい』

「ナーナ」

「ヘモジ、やり過ぎ! 危険!」

「え?」

 振り返るとヘモジがよりにもよって『万能薬』を一滴、垂らそうとしていた。

「ああああッ!」

 一滴の滴がスローモーションのようにゆっくりと石の平らな面に落ちた。滴は弾けて飛び散った!



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