クーの迷宮(地下40階 以下省略)闇の魔石
廊下の突き当たりまで来た。
「脇道はなし」
片面ずつ行って来いで攻略した方がよかったか?
広場までトボトボ帰る。
「ミノタウロス、強くなった」
「変なのが多かったな」
「ナーナ」
「次、どっちに行く? 地図はあるからどっちでも平気だぞ」
「出口に続く道がどっちにあるかだな」
「西?」
「ナーナ」
「対称だとすると、西から南に回り込んで出口かな」
「じゃあ、南が先」
「時間は?」
「ちょっと早い?」
「一旦帰るか」
「ナナ」
入ってきたポイントと同じ場所から退場するので糸玉はそのままに、僕たちはその場を後にした。
「どうなったかなぁ」
僕たちは『ワルキューレ』の前にいた。倉庫に戻って昨日の結果を覗きに来たのだ。
例の石の入った頭陀袋に触れさせていた魔石はどうなっただろうか?
ヘモジは収納スペースに乗り込み、物を摘まんだ。
「ナナーナ!」
魔石をこちらに突き出した。
「減ってないな」
「減ってない」
僕たちは覗き込む。
袋の中身も確認にした。
「こっちも変化なし」
満タンだ。
「よし、帰ろう」
良好な結果に満足して帰宅する。
ソルダーノさんの店の前には弁当待ちの客たちが今日も列を作っている。
美味しそうな匂いが店の周囲に満ちている。
「増えてないか?」
「デザート、凄い人気」
我が家の趣向がそのままダダ漏れになっている模様。
子供たちは帰って来ない。
食堂は静かだった。窓の隙間から子供たちの騒がしい声が聞こえてくる。
大伯母は穴蔵から出てこないか……
「レジーナ様でしたら、お出かけになりましたよ」
「どこに?」
「さあ、行き先はおっしゃられませんでしたが、夕方には帰ると」
「珍しいな。最近出歩かなかったのに」
料理が運ばれてきた。
本日はハンバーグ。オリエッタがソワソワしだした。
「今日は早かったわね」
ラーラとイザベルが戻ってきた。
「遅れた、遅れた」
僕より先に出たはずのモナさんが、遅れて帰ってきた。
「ゴーレム闇属性説?」
「なんですか、それ?」
大伯母が帰らない理由について談義していたところ、話題になった。
「ほら、ゴーレムって魔石落さないだろう? だからさ、ゴーレムは実はアンデッド属性だったんじゃないかって説」
「ゴーレムは魔石、落としますよ」
モナさんが言った。
「そうなの?」
僕も驚いたが、声を発したのはラーラだった。
「ええ、普通に落としますね。土の魔石」
イザベルはモナさんに同意した。
夫人も加わって、落とす落とさないの話になった。
「それって、つまり……」
「瞬殺してる段階で、コア破壊してるってことなんじゃないですか?」
「確かに長期戦で倒したことないわね」
コアのはっきりしない下級ゴーレムも一定ダメージを与えれば、すぐ消える。けど、どうだったかな。魔石は出たのだったか。下級だとそう大きくはないだろうが…… 幼い頃からゴーレムには『一撃必殺』が相場だったから。
ラーラも無双できるし、敵を刻むことは容易い。分断された部位の合流先を追い掛け、切り刻んでいけば当然行き着く先には核がある。そもそも急所が見える僕や爺ちゃん、なぜかわかっちゃう婆ちゃんがいつも一緒だった。
「普通は魔力を全消費させて、回復できないところまで持っていってから倒すものなんですけど」
「昔からゴーレムは割の合わないものと相場が決まっている」
「でも大師匠が……」
「担がれたんじゃないですか?」
「ゴーレム闇属性説なんて、端からなかったってこと?」
言われてみれば思い当たる節が……
「やけに楽しそうにしてたな……」
「決まりだわ」
ラーラが頭を抱えた。
「ふたりとも常識はずれにも程がありますよ」
夫人が呆れた。
「ゴーレムを瞬殺する方が異常なんですからね」
子供たちもその域に達してるんですけど……
「いつの間にか当たり前になってたわ」
「コアが残っていれば魔石になるし、破壊されたら装備品同様、別の形として残る……」
「じゃあ、なんで『クラウンゴーレム』から」
「『闇の魔石』の導入とたまたま被ったからじゃないですか?」
「でもコアは破壊してるわけだから、道理が通らない」
「じゃあ、もうコアとは関係がないとか?」
「でも闇属性の問題が」
「その『クラウンゴーレム』は闇属性なんですか? 本当にアンデッド属性だったり?」
「落とすのを確認したのは四十階層の地下部分にいるゴーレムだけだから。それに同じ場所にいた『ジュエルゴーレム』からは出なかったし」
「『クラウンゴーレム』ってなんなんですかね?」
「他の所にいる『クラウンゴーレム』からは出るのかしら?」
「魔石は出な…… わからないな」
瞬殺しかしてこなかったので、答えにならないと口をつぐんだ。
「じゃあ、検証、頑張って」
「午後は予定変更だな」
「ナーナ」
「しょうがない」
僕たちは解散し、それぞれの持ち場に帰った。
「いた、いた!」
探すとなかなか見付からない。
一階フロアをひたすら歩いてようやく一体の『クラウンゴーレム』を見付けた。
「避雷針はなさそうだな」
「じゃあ、長期戦で倒すぞ」
「ナーナ」
そこからは見るも無惨な光景が……
ヘモジが叩いて、僕が斬る。結界で動きを封じながら、結合力を喪失して砂に還えるのをひたすら待つ。コアを破壊しないように離れた部位から叩いていくが、すぐに叩く場所がなくなって手を止める。退屈しのぎに結界を解除して暴れるに任せるも、勢いは減るばかり。
そうこうしていると分離した破片から引き合う力が忽然と消え失せる。
破片はその場にとどまり、石ころのように動かなくなったと思った刹那、全身がザザザーと崩壊し始めた。
ヘモジに掴み掛かろうとする指が砂になってヘモジの上に降り注いだ。
「ナー、プッ、プッ……」
ヘモジが砂を噛んだ。
「あー、面倒臭い」
「大きいから大変だった」
お前は見てただけだろうに! 勝手にクッキー缶開けてるし。
そして数分後……
「オーッ!」
砂のなかから現れたるは『闇の魔石』ではなく『土の魔石』だった。大きさも普段、手にする物に比べて遙かに小さな物だった。
「正常な結果だ……」
これを以て、地下にいる『クラウンゴーレム』を狩る。
「ん?」
地下へと向かう階段を下りてすぐ、異常を察した。
いつも奇襲を仕掛けてくる奴らが見当たらない。
誰かがここで狩りをしたのか?
階段手前に転移するための糸玉は僕が持ってきている。残してきた糸玉のなかで最短の場所から来たとして、ここまで来る間、魔物が間引かれた様子はなかった。
いや『クラウンゴーレム』が見当たらなかった!
誰かは知らないが『クラウンゴーレム』を選んで狩っていったのだ。プライベートエリアに入れるのはうちの者たちだけだから、帰ればわかることだが……
気を取り直して、同じように時間を掛け、その先にいる『クラウンゴーレム』を狩る。
その結果。
「…… え?」
「ナナ?」
「どういうこと?」
「聞くな」
出たのは『土の魔石』…… ゲートキーパーの奴、軌道修正したのか?
と言うことで、別の一体を普段通りに一撃で仕留めてみる。すると……
「これ、どう報告すればいいのかな?」
「ナーナンナ」
「降参」
全員、お手上げである。
出てきたのは『闇の魔石』…… どこからどう見ても『闇の魔石』だった。
理屈で言うと、コアを破壊したのだから『土の魔石』であろうと『闇の魔石』であろうと出てくるはずがない。一歩譲歩したところで『闇の魔石』に変化するはずがない。
つまりこれは通常ドロップする鉱石の類いと同じ扱いということになる。しかも、この地下通路に出現する『クラウンゴーレム』に限って……
バーサーカー的な状態異常が影響しているのかとも考えたが、その様子もない。
プライベートエリアである四十層の情報はパーティーごとに異なるため、情報も集まりにくく、報告してもあまり意味のないものだが……
僕の『魔法物質精製』スキルがシチュエーションに影響を与えていたりしないだろうかと、ふと思う。
大きく息を吐く。
「僕がいないところで誰かに検証して貰うしかないな」
騙した罰に、大伯母にやらせるか……
「それならもう試した」
「はぁあ?」
「もしかして、留守だったのって」
「からかってばかりもいられないからな」
「やっぱりからかってたのか!」
「馬鹿な弟子を持つと苦労する」
怒ってはいないが、抗議の意味で憮然とする。
「出なかったぞ」
「え?」
「『闇の魔石』だ」
言葉が出なかった。
「どう倒しても出なかった」
「地下通路も?」
「出なかった」
「やっぱり『魔法物質精製』スキルのせい?」
「レイスの方は出たぞ」
「そっちも調べたんだ」
「当たり前だ」
こちらは属性に即した結果の延長線上に組み込まれたものに違いないだろうとのことだった。他の冒険者からも入手情報が出ているのだから疑問を挟む余地はない。
「地下の『クラウンゴーレム』に関しては検証不可だ。後でラーラとリリアーナにもやらせるが。どちらにしてもプライベートエリアで起きたことだからな。『魔法物質精製』は『大全』にも載っていないスキルだし。お前固有のスキルの可能性もある」
「ユニークスキル?」
「そもそも『鉱石精製』スキルをカンストしてる者自体、稀有だからな。エルネストには知らせておいたが、奴も暇ではないからな」
「子供たちが取得できない可能性もあるってことか」
「こればかりはな……」
その夜、疲れているラーラと姉さんを引き連れて、僕と大伯母は迷宮に潜り、検証作業を行なった。
結果、僕がその場にいないと『闇の魔石』がドロップしないことが判明した。
続いてレイス狩りも行なったが、こちらは僕がいようが、いまいがドロップしたのだった。
翌朝、僕たちは寝坊する。
子供たちに怪訝な目で見られながら、朝食を口に運ぶ。
大伯母から子供たちに説明が行なわれた。四十層地下の『クラウンゴーレム』からのドロップは特異な例であり『魔法物質精製』スキルが関与している可能性があるということを。
「えー、ゴーレムって魔石落とすの?」
「落としたことあったっけ?」
「んー。覚えてないよ」
振り出しに戻ったようで、僕たちはどっと疲れが増したのだった。
矛盾がすべて解決したわけではないですが(汗




