クーの迷宮(地下40階 以下省略)投擲鏃の製作と使用法を学ぶ ステップ2
素の遠投限界距離内から鏃を投げて『避雷針』の破壊を敢行。
影響下に入れば追尾機能は消え、失速するが、物理的な勢いまで消えるわけではない。距離が充分なら、威力は維持されたまま目標を貫く。
「壊れねー」
作戦失敗。当たらない、伝わらない。L字型の奥まった立地のせいで、手前の角にぶつかるわ、衝突面に角度があって当たっても威力を削がれるわで、更なる接近を要した。
『近付くだけでだるい』と、ヘモジが愚痴をこぼしながら、ギリギリまで接近、ミョルニルを伸ばして破壊した。結構魔力を持って行かれた。
「今回は立地が悪かったな」
「『魔鉄鉱』が廃れた理由がなんとなくわかりました」
トーニオの言葉に他の子供たちも同意した。
鏃が魔石でできていたら、命中と同時に攻撃魔法による破壊が可能だったのだ。今日一日だけで何度「これが魔石の鏃だったら」と思ったことか。
回収を済ませると長い廊下に面する扉を一つずつ開けていく作業に移った。
扉の向こうは、ミノタウロスには明らかに不似合いな豪華居住スペース。
「泥棒になった気分」
いつもやってることだけどな。
「宝箱だ!」
部屋の数は通路の左右に二十室。一室はそれぞれが巨大なスイートルームで、二部屋に一つの割合で宝箱とミミックが出現した。ちょっとしたアイテム回収スポットであった。
「みーつけた。数、一」
「『氷結』!」
「からのッ」
鏃玉!
ゴーレム戦の応用である。近接距離からの投擲。鏃は鎧の隙間から急所を貫いた。
子供たちは二重詠唱に匹敵する連続性を以て、何十倍もでかい相手の息の根を止めていく。
腰が引けていたのは、まだ一週間前のこと。
足踏みしてもいいんだぞ。そう思いながらも、後退らない君たちを僕は誇りに思うよ。
でも、でかい斧や槌が結界を叩く度に、こっちは冷や汗ものだ。
「隣にもう一体いるよ!」
「今度は俺がやる!」
「うわっ」
「どうした!」
「ベッド叩いたら埃が出た」
「そんなところに寝転んだら、痒くなるわよ」
「地図出たーッ」
今回は後出しにならなかったようだ。二階フロアの四分の一ずつを記した地図が二枚出てきた。
本日のマッピング担当であるフィオリーナは書き掛けの地図をリュックに収め、公式の地図を手元に置いた。が、地図を見て今が引き時であると悟った。
「少し早いが今日の狩りは終了だ。余った時間を使って、鏃をもう少し使い易くしようと思うけど、どうする?」
「少しだけなら…… ね」
消極的な賛同ありがとう。では、更なる術式を追加することにしよう。
「遅延術式って?」
今日の倉庫はすっきりしている。転送したのは宝箱の中身だけだったから。
「発動タイミングをずらす術式だ。『何秒後に発動します』てやつ。魔力供給タイミングは前回同様、投擲前の一度だけ。そこから遅らせて発動させることで、条件付き発動術式に似た効果をもたらすことができる」
「知ってる! ループ術式だよね」
「なんで知ってる?」
「チーちゃんとチェーリオに教わった」
「ああ」
爺ちゃんの弟子の孫だっけ?
「然もありなん、か」
「じゃ使えるのか?」
「使ってるよ」
「駆けっこするとき、よーいどんに使うの」
「校庭にスタートラインを引いて、その先に魔法を仕込むんだよ」
「途中に輪っかを作って、ループさせるの」
「みんなでスタートラインに魔力を注ぐとバンッてなって、スタートするんだよ」
「チェーリオがループし過ぎて、なかなかスタートしなくて、頭に血が上っちゃったんだよね」
「あいつ馬鹿だよ。『百倍負荷』とか、平気でしやがるんだ」
「『三倍負荷』とか『五倍負荷』とかだよね、普通」
この件に関しては年長組の方が知らないようだった。
「『百倍負荷』にしたとき、全員、合図の魔法でふっ飛んだんだよね」
「俺、三回転ぐらい後ろに転がったよ」
「校庭にでっかい穴、空いたよね」
「すぐ埋めないから、先生に見付かっちゃってさ」
「あの後、全員、廊下に立たされたんだよな」
「でももう大丈夫。合図に使う魔法はうんと遠くにしたから」
おいおい。いくら校庭に魔力制限が設けられているからって無茶すんなよ。
因みに『○倍負荷』はエルフ語で『突破』を意味する単語である。
「入ってきた魔力が何回回路をループしたかを数える術式なんだよね」
正しい解説ではないが、子供同士の理解ではこれでいいのか?
なんで大爆発が起きたのか、考察はなしか?
「『五倍負荷』にすると、輪っかを五回、通るんだよ。そしたら次の線に行くの」
正しい解説をするならば、引き込んだ導線に流れる魔力をループさせる間に何倍にも濃縮し、設定した数値を超えたところで次の導線に解放するというのがループ術式の正しい解説だ。
大爆発は当然の成り行きである。
ただし、この術式の肝は、蓄積された魔力を一気に増幅して放出することではない。あくまで回数を重ねる間、時間稼ぎが可能なこと、輪っかのなかに一定時間、魔力をプールさせておけることである。
この術式は子供たちの解説のように単独で使うことはまずない。ループは最低二つ、この間をひたすら往復させることで一定時間、何倍もの魔力をプールさせておくことが可能になるのである。
世間一般でいうところの魔法の杖の魔力増幅原理の根幹をなす術式であるが、一般人がそこまで深求することはない。杖職人か、ガーディアンの狙撃武器を扱う工房職人ぐらいである。
「この仕組みによって魔力がねずみ算式に増幅すると考えたくなるところであるが、源資は一つ、術者の魔力に他ならない。だから、おかしな希望はいだかないように」
「だから爆発したんだ」
「千倍とかにしなくてよかったね」
「チェーリオに早く教えてやらないと、あいつ、いつか死ぬぞ」
「師匠、やったことある?」
あるわけないだろ!
「師匠だからやってるよね。だってヴィオネッティーだもん」
ヴィオネッティー家をなんだと思ってやがる。
「何度も言うけど、魔法使いが一度に放出できる魔力量には限りがある。どんな偉大な魔法使いもこの点に例外はない」
「魔法の杖ってそういうものだったんだね」
「それだけじゃないけどな」
子供たちは自分たちの杖を見る。
「トレントの杖には刻まれてないぞ」
「そうなの?」
「トレントの杖は術者と一緒に成長する杖だ。術式なんて刻まなくても必要ならそういう風に進化する」
「やっぱ凄いんだ」
「勝手に術式刻むなよ。使えなくなっても知らないからな」
「ふあーい」
「じゃあ本題に戻るぞ」
「時間を稼ぐと言っても、鏃玉の場合、それは標的に命中するまでのわずかな間だけだ」
子供たちがうんうんと頷く。
「その時間を稼ぐためにループを繰り返すわけだが、結局の所、過剰な魔力を無駄に垂れ流すことに他ならない。副産物として含有する魔力量が増加するが、したところで『魔鉄鉱』の鏃程度じゃ、初級魔法も放てないことはわかるな」
「なんとなくー」
「単語、難しいよね?」
「そういえば…… 校庭で合図に使った魔法はどうやった? 誰かが魔法陣を書いたのか?」
「チェーリオの奴だよ。あいつ覚えるのが苦手だからって、いつも魔法陣を護符にして持ってるんだ」
「チーちゃんは、簡単な魔法陣ならもう書けるよ。でも攻撃魔法とかは親がまだ使っちゃ駄目だって」
「あのふたりは凄腕になるよね」
どういう感想だよ。
「じゃあ、実践やるぞ」
全員、座学が終わりと聞いて、跳び上がった。
「では遅延魔法を組み込むとどういうことができるか。見本を見せるぞ」
僕は加工済みの鏃を取って、天井近くに放り投げた。
鏃は放物線を描いて手の届かないところまで舞い上がったかと思うと一直線に的を貫いた。
さらにめくら滅法に鏃を転がしてやると、それもまるで意志を持っているかのように的に向かって飛んでいった。
「ふやぁあ」
子供たちが口をぽかーんと開けたまま棒立ちする。
「こんなこともできるぞ」
的が大きな音を立ててバラバラに砕けた。
「!」
「今の何?」
「見えなかった」
「加速を継続的に行なったんだ」
手のひらを離れた後もコンマ数秒間加速し続けたのだ。
「もう人が投げられる速さじゃないだろう?」
「これならゴーレムも倒せる!」
「それはさすがに」
「うぎゃぁあ」
「でも面白いだろう?」
「『避雷針』…… 今度はやれる」
ニコロが拳を握り締め、不敵に笑う。
「師匠、早く教えて!」
紋章のただの輪っかだった部分に新たな輪っかを書き加える作業に入った。




