クーの迷宮(地下40階 以下省略)投擲鏃の製作と使用法を学ぶ
「じゃあ、次はわたしね」
ニコレッタの番だ。
石をしばらくじっと見詰め、軽く手前に放り投げた。
石は本来描くであろう放物線を無視して、こちらも一直線に飛んでいった。
カーン。
「……」
子供たちは黙考した。
そして結論付けた。
「腕の振り関係ないんじゃね?」
その通りである。が『必中』が絡んでいる以上、目標を見定めるという前提は変わっていない。要するに適当にも限度がある。
バーン。
二発目もほぼ同様の軌跡を描いて飛んでいった。
「やっぱり初速よね……」
さすがと言うべきか、彼女は既にパラメーターの改変に思いが行っていた。
その後、ヴィートとニコロ、ミケーレと順調に進んだ。おふざけが入るとその都度、年長者の一喝が入った。
「色々試しておかないとさ」
「まずは普通にしろ、普通に」
「誰が一度に二個、投げろと言った!」
複数同時使用が可能だと知れた。
「ええと……」
「四つ同時も駄目だぞ。ミケーレ」
そしてマリーとカテリーナの番が来た。
「魔力を込めて」
「飛んでけッ!」
ふたり揃って、鏃を天に掲げた。腕の振り、ゼロである。
だが、それでも鏃は飛んでいった。目標の的に向けて一直線。
カーン、カーンと音を立てた。
「おー……」
「なんか凄いね」
ふたり、顔を見合わせ、感覚を確かめるように手のひらをにぱにぱした。
「本番、行くよーっ!」
「とおりゃあ」
鏃の載った手のひらを今度は正面に向けた。
バーンと二発が同時に的を射た。
木の的は真っ二つに割れて、照明の魔石を吹き飛ばした。
「よーし。全員成功だな」
「凄かったね」
「でも玄人の狩人は『必中』使わないんだよね」
「急所に当たるとは限らないからね」
「でも、そうなるとコントロールが必要になるんだよな」
「無理、ぜった無理」
「だから弓使いがいるんだろう?」
「やっぱケーキはケーキ屋か……」
「なんか食べたくなってきた」
「お昼までまだ時間あるわよ」
「どうする、潜る?」
「半端だな」
「その前に、鏃の回収よ。ヘモジだけにやらせる気?」
全員、石の回収に駆け出した。
的は惨憺たる姿になっていた。
「当たったら痛そー」
子供たちは半端な時間を練習に費やすことにした。そして一部の年長組はこっそりパラメーターを上書きした物を用意し始めた。
「どうだった?」
影を薄くしていたオリエッタに尋ねた。
「全員取得できたみたい。年長組は高めだった」
子供たち全員『紋章学』取得に成功したらしい。
既に獲得していた者も数名いたが、今日めでたく発現して、蓄積分をまとめて精算した者もいた。勿論、スタート地点に立ったばかりの者もいた。
「お腹空いた……」
「もう時間?」
「もう一周は無理だな」
「師匠、帰ろう」
「回収完了」
「石の数、揃ってるか?」
「鉄と『魔鉄鉱』混ざっちゃった」
「何やってんだよ」
「ジョバンニが入れたんだろ」
「そ、そうだっけ?」
「数は揃ってるから……」
「あんたが分けなさいよ」
「間違っても魔力、通すなよー」
「なんで、俺が!」
「ずぼらしたからよ」
道すがら、最後尾で仕分けするジョバンニ君なのであった。
「あれ? 一個多い」
道半ばで爆笑する子供たちなのであった。
家に到着すると、納戸で再確認。
勝手にパラメーターを変えた物をさらにやった本人が責任を持って仕分けする。それを一番していたのもジョバンニだったので、再び苦労することに。
「後でちゃんと色分けしましょうね」
フィオリーナの優しい言葉に全員が頷いた。
「いい反面教師だったな」
「鉄はもう使わないんだから、師匠も処分してよね」
「はいはい」
仕分けをしっかりしておけば重さ半分で済んだのにな。仕分けの済んだ皿の上の鏃をまとめて、インゴットに戻した。
個別の整理が済んだところで、昼食の合図だ。子供たちはそそくさと二階に上がっていった。
食事中、子供たちは議論を重ねた。着色方法を決め、食事が終ると、終った者から順に納戸に向かった。
子供たちは彫った魔法陣の溝に色を落とし込む手法を採用した。クレヨンを溶かした物を擦り込んだ後、表面を拭き取り、模様がくっきり浮き上がったところで、色素を魔法で定着させる。
誰が教えたわけでもないのに……
九色の色鮮やかな鏃が完成した。
まだまだ昼時、いい匂いが風に乗ってやってくる。
坂を駆け下り、匂いの元を探っては笑う子供たち。
「凄い。丸焼きだった」
白亜のゲートに入る手前で糸玉を選択。前回の続きを選んだ。
一階、残り少々。
「なんかドキドキする」
遠くからこちらに近付いてくるミノタウロスを前に緊張するカテリーナ。
「大丈夫、外しても俺たちが付いてる」
ニコロとミケーレが次点として備えている。
「鎧部分は論外」
「当たるかなぁ」
こればかりは考えてもしょうがない。
「当たって砕けろ!」
「それ応援になってないから」
「いいから早く」
角に隠れてミノタウロスが背を向ける瞬間を待っていた。長い廊下をひたすら往復巡回する一体のミノタウロス。大きな片手斧を腰にぶら下げてのっしのっしと近付いてくる。
カテリーナが石に魔力を込めた。
ミノタウロスは定位置まで来ると身を翻す。
背を向けた瞬間、カテリーナは放った!
ミノタウロスが大きく前のめりに傾く。
鏃は鎧の隙間を縫って、首の根っこに命中していた。
「緊張したーッ」
全員、肩の力を抜いた。
「幸先いいね」
見事な一撃であったが、これも偶然の産物だ。どこをどうひっくり返しても『必中』スキルはただ相手に当たればいいというスキルである。やったと思ったときに限って、急所を綺麗に外してくれるのも『必中』スキルである。
そもそも一撃で倒せる程度の弱い相手を遠距離から仕留めるためのスキルであるから、急所をねらわなければ倒せないようなギリギリの相手に使うべきスキルではない。だから、通常、命中時に攻撃魔法が添加されるのである。
それでもこれを奇襲に使おうというのだから数撃つしかない。
が、幸いなことに距離だけは取れるのだ。そしてこちらには数のアドバンテージがある。同時に九発以上の鏃をお見舞いする用意があるのだ。ミノタウロスなら接近される前に仕留めることは充分可能なのである。
カテリーナは魔石と一緒に鏃を回収して貰って、それを革袋に戻した。
「色々試さないとね」
そう言ったのはニコレッタ。両手の指の間に合計八個の石を挟んで登場。
「連射モード展開! フルセット!」
確かにフルセットだ。
指に挟まれた鏃が一斉に飛んでいった。そしてミノタウロスの表面を穿った。
ミノタウロスは大きくのけぞったが、鎧のせいで絶命には至らなかった。
「数じゃないってことね」
それでも動きは封じた。片足の膝を撃ち抜き、利き腕も武器を握れぬ程のダメージ。
「雷撃」
轟きと共にミノタウロスは沈んだ。
「無駄だったね」
「うっさいわね」
子供たちの試行錯誤は続いた。
その結果、呆れた結論に至った。
急所を物理的に狙える距離からの狙い澄ました投擲が、最も有効であると。
そして子供たちは鏃を紛失することもなく、数を揃えたまま一階フロアの攻略を終了するのであった。
「上り階段見付けたよ」
「一旦外に出て、入り直すぞ」
階段の踊り場で新しい糸玉を用意した。
そして糸玉に脱出位置を記録すると、戻り、二階に上がった。
「宝箱、あったよー」
二階に上がって早々、宝箱を見付けた。
ヘモジが慎重に接近して蓋を開ける。
「ナナーナ」
中から先刻攻略したばかりの一階残り部分の地図と、睡眠薬が出てきた。
このフロアもミノタウロスが主体のようだ。
「『魔石モドキ』だ!」
それを言うならミノタウロススペリアだ。
魔法使いタイプのミノタウロスが、他のと擦れ違いながらこちらにやってくる。
ニコロが鏃を放り込んだら弾かれた!
「結界だ!」
ミケーレが咄嗟に投げた二本目はすんなり通った。
「一重だ」
撃たれる前に撃つ!
子供たちは飛び出し、挙って討伐した。
スペリア自身の魔石は杖の先の『モドキ』より価値がないので、弱いのに容赦なく倒される傾向にあった。我が家調べ。
「また結界だ」
このフロアのミノタウロスは皆一ランク上の装備を身に付けていた。
「鏃、便利だ」
既に予備的使用に用途が変わっていた。
まず鏃を投げて結界を消失させる。そこに魔法を叩き込む。
「ゴーレム出ないね」
出現がパタリと止んだ。いるのはミノタウロスばかり。但し戦闘力は跳ね上がっている。回収アイテムもそれなりになってきた。
「『避雷針』!」
長い廊下の先に投じた鏃が失速した。『必中』効果が消されたのだ。近辺に『避雷針』が隠れている。
こちらに気付いたミノタウロス数体が牙を剥いた。
「避雷針の効果範囲を越えたら撃つよ!」
ニコレッタが指示した。
「雷二発でいいよな」
トーニオも前に出る。
「数は三…… 四? 被ってよく見えない!」
「投げるよ」
ヴィートが鏃を投げた。
鏃は失速せず、斧によって阻まれるところまで飛んでいった。
効果範囲を越えた! ミノタウロスと『避雷針』の間に距離ができたのだ。
ニコレッタとトーニオが『雷撃』を一発ずつ放った。
数体のミノタウロスの頭上に雷が落ちた。
結界を強化して反撃に備える。
「反応なし」
トーニオが杖を下ろした。
動かなくなったミノタウロスに近付いてみると、骸は四体分あった。
回収を待つ間、ヘモジとニコロとミケーレは『避雷針』を探した。
ニコロが手を振った。
どうやら見付けたようだ。




