クーの迷宮(地下40階 以下省略)ヤマダタロウの贈り物4
「なんでそう毎日、新しい厄介ごとを持ち帰ってくるのよ」
「しょうがないじゃん。できちゃったんだから」
「何一つ解決してないのに、次から次へと」
ラーラも姉さんもぐだぐだだ。
そこへ大伯母がやってきた。
「ほう……」
ニコロが成形した塊を持ち上げ、覗き込むと、感想もなくそのままテーブルに戻した。
そして席に着くと「入れ込み過ぎだ」と、言った。
「どういうこと!」
子供たちは魔物を包囲するかのように、ぞわっと大師匠を取り囲んだ。
「魔力を無駄に注ぎ込むとそうなる。わざとやることもあるが、自然の理の限度を無視する行為だからな。あまり勧めはせんぞ」
「魔力込め過ぎた?」
「いつも通りやっただけだよ」
「『魔鉄鉱』の銅鉱石バージョンだと言えば、わかるだろう?」
僕やモナさんはわかるが、廃れつつある過去の技術だ。今時の子供たちが知る由もない。
「ミスリルが市場に出回るようになる以前、付与魔法もまだ未熟な時代に、装備素材の主流だった頃がある。魔法で造るだけあって、魔力と馴染み易い素材でな。付与装備を造るには重宝したらしい。だが、なにぶん耐久が通常の鉱石より目減りしてしまってな。盾役の連中には不評だったらしい」
「普通の鉱石に魔力を注入して造るとは聞いていたけど」
「わたしも実物を見るのは初めてだ」
ラーラと姉さんが言った。
「使い捨てる分にはまだまだ現役だよ」
僕も解説を加えた。
「そうなの?」
「弓矢の鏃とか、魔石をケチる人のなかには使ってる人もいるからな」
「弓を扱うレベルも高くないと無理だがな」と、姉さんが言った。
「なんで?」
「魔石程、多くの情報を付与できないからよ。だから弓使いとしての腕がいる」
「でも、そういう猛者は何かしらスキルを習得してますから、あまり付与にもこだわらなくなるんですけどね」と、モナさん。
「バリスタの鏃なんかもそうだな。アールヴヘイムの都市部なんかは滅多に襲撃されないから、まだ古い物を使い回している所もあるって聞くぞ」
「ナーナ」
新しい変革だと思っていた子供たちは、それが廃れつつあるものだと聞いて、元気をなくした。
「『万能薬』飲み過ぎてないだろうな?」
大伯母が子供たちの目を見据えた。
「今日、初めてだったから……」
「少しだけだよ」
さすが。見抜かれてるな。
「力が安定するまで、過剰摂取させるなよ」
視線が僕に飛んできた。
「そうね。特に何かを切っ掛けにして、急に跳ね上がったときは。身体が追い付いていかないから」と、姉さんも僕に釘を刺した。
料理が運ばれてきて、重い話はお流れになった。
と、思ったら、ラーラが愚痴る番に。主に姉さん相手にだが。船の数だけ毎回、厄介ごとが舞い込むと言う。
「悪いわね。でもこういうことは今、習慣付けておかないと無法が蔓延ることになるから」
あらゆる記録が未来のために残される。
「ナナーナ」
ヘモジがラーラの肩を叩いて、本日回収したばかりの『虹色鉱石』を目の前に置いた。
「余計哀れに見えるな」
「レジーナ様、ひどい!」
「そう案ずるな。大抵のことは、放っておいてもなるようになるものだ」
姉さんが食後に手伝うことになって、大伯母の言葉は立証された。
「書類を色分けするといい。重要案件以外、届けさせないようにすれば」
「そうやって部下をこき使ったから、筆頭から下ろされたんじゃないですか」
大伯母はなんだかんだ言って面倒見がいい。上のラウンジに陣取って、グラス片手に姉さんとラーラと一緒に書類整理をし始めた。
「そうやって部下を育てたから、優秀な後釜が育ったんだ。おかげで『魔法の塔』は千年安泰。わたしは気楽な年金暮らしだ」
実際、任期自体は歴代に比べ短かったが、大伯母は人材育成に優れ、その部下たちにこよなく愛された名君だった。
任期半ばで離れたのは、純粋に仕事に飽きたからだろう。
「ラーラちゃん、見習っちゃ駄目よ」
「わたしにそんな度量、ありませんよ」
「人を顎で使うぐらいでなくてどうする。ヴァレンティーナがお前の年頃には騎士団を丸ごと動かしていたぞ」
「希代の才女と一緒にしないで下さい。わたしは庶民派なんですから」
本妻の子と脇腹の子ではそもそも影響力が違う。比べるべくはむしろリオナ婆ちゃんだ。
「書類整理の才能がないことはよくわかった」
根が真面目なラーラは上手に手を抜くことができない。サイン一つするために書類の隅々まで見ないと気が済まない質なのだ。
大伯母は「なんとかしてやれ」と姉さんに言った。
「船団の編成作業が終ったら、事務方も皆、手が空きますから」
組織のトップ、それも代理の仕事が飽和状態というのは組織として問題がある。
「お前もたまには手伝ったらどうだ?」
茶菓子を届けに行ったら呼び止められた。
「ヘモジが判を押すのでよければ」
「はぁ…… 誰に似たんだか」
そりゃ、たぶん…… あの人だ。
あの人が書類と向き合っているところなんて見たことがない。切羽詰まったら、ぜーんぶ、丸ごと爺ちゃんに丸投げだった。
「ほんと、最強だよ。婆ちゃんは」
僕は独り言を言いながら階段を下りた。
そして、子供たちのために一計を案じた。
食後、倉庫整理を予定していた子供たちは、予定を取りやめ、のんびり神樹の方の居間で宿題をこなしていた。
諦めきれないのか、まだ『魔鉄鉱』のことを話題にしていた。
僕は食堂で、夜食になりそうな物を物色して、自室に籠った。
そして大伯母の言葉とは裏腹に『万能薬』の増産に踏み切るのだった。それからある魔法陣を手ずから子供たちのために人数分拵えるのであった。
翌日。子供たちは学校に。僕は『クラウンゴーレム』を狩りに向かった。
「ナナナ」
「三度目だもんな」
もはや死角に隠れているのは承知。
階段脇に隠れている一体を狙撃して、二体目も続け様、コアをぶち抜いた。
コアの回収と宝箱は任せて、僕は奥にいる『クラウンゴーレム』を射程外から倒していった。
複数が次々起動したところで、こちらを捉えきれず、うろうろするばかり。
僕はコアを探し出しては、機械的に処理していく。
「七…… 八…… 九……」
ふたりと離れ過ぎたので、一旦休憩。ふたりの元に戻ると、ふたりは先に倒したゴーレムの骸の前にいた。
「金貨十枚だった」
ふたりは普段通りを装っていたが、どこか、よそよそしかった。何を隠しているのか、見当はすぐ付いたから、付き合うことにした。
「どうした、ヘモジ?」
「ナ、ナーナ!」
ヘモジが両手をめいっぱい広げた。
すると、そこには例の石が三つも載っかっていた。
「大量だった!」
オリエッタも二本足でスキップするくらい上機嫌だった。
「作戦大成功!」
「ナナーナ!」
「で、残りは?」
「まだ置いてある」
「ちょっと行ってくる!」
「行ってらっしゃーい」
ふたりでは持ち運べない鉱石の塊が広い通路に点在していた。
僕は名札を付けずに、悉くをそのまま倉庫に転送していった。
そして、ふたりの元にとんぼ返り。またまた転がっているので、転送していったら、九体目の所でふたりは待っていた。
「ナナナ!」
ヘモジが鞄のなかを覗けと言うので、覗き込むと、倍の六個に増えていた。
これにはさすがに驚いた。
「出現率、高過ぎないか?」
「大フィーバー!」
ヘモジが僕のリュックにそれらを無言で流し込んだ。
そして空になった鞄を見て、すっきりした顔をした。
目の前の九体目が突然、消えたので、びっくりした。
僕たちは言葉を失った。
「あ、あれ!」
オリエッタが向かった先に、例の石が二つ転がっていた。
「……」
僕たちは沈黙を延長した。
作業再開。
通路にいる『クラウンゴーレム』は壊滅した。
「半分、内緒にしとく?」
オリエッタが気を使った。いくらなんでも出過ぎた。ドロップ率、七割。二十体の討伐に対して、十四個も出た。一体から複数、出たこともあったが。
「大伯母には半分だけ渡しておくか」
「ナーナ」
「それがいい」
僕は手元に残した七個を見下ろした。
「さて。どうしようかな」
「うーん」
「ナー」
我が『魔法物質精製』スキルでは四割欠損することがわかっている。
一割増のために…… 合成すべきか否か。
「しなきゃ、レベルは上がらないし……」
「うーん」
「ナー」
戦闘より悩んだ。
七個あるってことは……最低でも二倍の大きさにはできる……
スキルも多少は上がるはず。
「やるか!」
「ん!」
「ナ!」
『万能薬』を舐め、気を静める……
先日は魔力を充填した後だったせいもあり、ただ合わせただけだったが、今回はまず不純物を排除した。
「やばっ」
不純物を排除しただけで、余計に小さくなった。
「ありえない」
合成する前に既に大きさが……
「なくなっちゃいそう」
オリエッタの言葉に、背筋が凍る。
「ええい、ままよ!」
七個全部、精製した!
「目がチカチカする」
「ナーナ」
七個の石が…… ヘモジの拳大だった物が、オリエッタの肉球サイズに。
いつ以来だ。この絶望感。
子供たちはミスリルを精製する度にこの感覚を味わっているんだなと、回顧した。そりゃ、嫌がるわけだ。
だが、師匠がここで弱音を吐くわけにはいかない。覚悟を決めろ! 子供たちの模範であるべき師匠がこの程度で心折れてどうする! スキルが上がるなら、多少の犠牲は…… 多少じゃないけど! 得る物があるなら、飛び込まずに何が冒険者だ!
二つを一つに!
並々ならぬ意気込みと共に、魔力を注いだ!
「あら?」
すんなり合わさった。しかも減量が思った程ではなかった。
「?」
「?」
光にかざしたり、合成前の物と大きさを比べたり。
「これならなんとかなりそうか…… な?」
「作業しゅうりょーう」
「でっかくなった!」
「ナーナーナ!」
「では、オリエッタ様。鑑定をよろしくお願いします」
「見て進ぜよう」
尻尾をピンと立てて、ヘモジが持った石を覗き込んだ。
そして情けない顔を返した。
「魔力量、いっぱいなのはわかるけど」
「『認識計』に掛けるか?」
オリエッタは大きく頷いた。
「たぶん凄いことになってる」
一個で千以上ある魔力量が七つ。オリエッタの想像の域を超えたのだろう。元々数字に強くないしな。
探索はそこまでにして、僕たちは冒険者ギルドに向かった。




