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リオネッロ、仰せつかる

「水だ!」

 家族は意外な程驚いていた。

「いや、水の魔法ぐらいみんな持ってるでしょ?」

「それがこちらの世界ではスクロールが売られていなくて、なかなか習得できないんです」

 なんで習得にスクロールがいるんだ?

「この世界は冒険者が優遇され過ぎているから、一般の住人までアールヴヘイムの物資が回ってこないのよ」

 イザベルが気に止める様子もなく兜を脱ぎながら言った。兜を逆さまにしてなかに溜まった砂を落とした。

 それがここでの常識なのかと理解できないでいる僕に母親が親切に言った。この世界は元々魔力も魔法もなかった世界だから、この地で生まれた地元民が魔力を使うのは難しいのだと。

 オリエッタもヘモジも首を傾げた。

 そうなのか?

 母親の説明は間違っている気がした。だって世界に魔力の源はなくともアールヴヘイム人の血筋なら自身のなかに多かれ少なかれ、体力やスタミナと同様、生きていれば日々再生する魔力を持っているはずなのだから。若い頃の爺ちゃんみたいに確かに使えない者もいるけれど、それが地元民だからという理由で十把一絡げに括られていいものなのか?

 使わなければ退化もするだろうが、それにしたって退化する進度は一世代や二世代ぐらいで消える程早くはないはずだ。

 僕は大きめの紙を取りだして、そこに水の魔法の術式を記入していった。初級の初級。入門編で使う術式だが、これで充分、井戸の代わりになるはずだ。

 スクロールは本来、複雑な上級魔法を間違えずに、咄嗟に発動させるための道具だ。こんなことに使うべきものではない。そもそも使う者に魔力がなければただの紙だ。だとすれば地元民に魔力がないからスクロールでという道理はそもそも矛盾する。

 イザベルの剣もそうだが、些か地元民に不都合過ぎやしないか?


 この世界ミズガルズは五十年程前の大規模な回合によって、魔法世界アールヴヘイムと繋がった。そしてタロスとの戦いに勝利したアールヴヘイム人は一度滅びた世界ミズガルズを再興するため移民を開始した。

 植民地を守るために冒険者が大量に投入されたまではよかったが、長い年月と様々な優遇処置が彼等に特権意識を芽生えさせてしまったようだ。

 僕はヘモジとオリエッタと視線を交わした。

 密告はどうやら本当のようだ。

「バカンスとはいかないか……」

「はー」

「ナー」

 二人揃って肩を落とした。そうそう、オリエッタを初め、自我ある猫又をうちでは「匹」とは呼ばないことにしている。ユニコーンが馬と間違われることを嫌うように、猫又もまたただの猫に間違われることを嫌がるのだ。自分でスーパーネコと叫んではいるが。



 一週間前、リバタニアにあるヴィオネッティー本家に僕は呼ばれた。ヴィオネッティーには現在東西二つの領地があり、本家のある辺境伯領と東の自由解放区に別れていた。

 僕の爺ちゃんが興した自由解放区には国や種族の別なく、大勢の観光客が訪れていた。世界最大の『魔物博物館』やハイエルフの総領事館、世界最初のゴーレム工房『ロメオ工房』があることでも有名だが、実態は未開の地への橋頭堡であり、世界中の猛者が押し寄せる最終ゴールみたいなところである。

 因みに僕のお気に入りは『魔物博物館』のなかにある『ドラゴン館』だ。そこにはなんと通常のドラゴンの何倍もあるエンシェントドラゴンの実物大レプリカが飾られている。しかもこれを倒したのは王国最強の魔導士と謳われた、爺ちゃんの爺ちゃんなのだ。

 僕はこれを眺めるのが大好きだった。

 そんな世界最大のリゾート地、(エスト)ヴィオネッティー自由解放区領『パフラ』こと『パラディーゾ・ディ・フォレスト・エ・ラーギ』が僕の生まれ故郷である。

 アールハイト王国とミコーレ公国が自治を認めた、未開の地に囲まれたとてもスリリングな場所なのである。

 なぜかここを作った爺ちゃんはアールハイト王国のスプレコーンに在住していて、この地を未だに『別荘』と呼んでいる。スプレコーンには自分たちが所属する冒険者ギルド『銀花の紋章団』の本部があるし、知り合いも多くいるから彼の地で骨を埋める気なのかもしれない。

 と言ってもゲートを潜ればすぐ行ける距離なので隣に住んでいるようなものなのだけれど。

 そしてスプレコーンよりさらに西、アールハイト王国の最南端にして、ミコーレ公国の最北端に位置する辺境伯領こそが爺ちゃんの生家であり、ヴィオネッティー家の総本山リバタニアである。住人のほとんどが遡ればすべてヴィオネッティー家の血筋だというから驚きだ。

「よく来たな。リオネッロ」

「お久しぶりです。アンドレア様」

 アンドレア様というのは爺ちゃんの兄さんだ。長兄でヴィオネッティー一族の現当主である。

 昔は『災害認定』を食らっていた逸話の持ち主だが、当時スプレコーンの領主で王女様だったヴァレンティーナ様と結婚なされた折、認定が解除されたらしい。

 現在スプレコーンは現国王のまだ幼い王女エレノアが後を継ぎ、爺ちゃんが後見人をしている。爺ちゃんの所属する冒険者ギルド『銀花の紋章団』のマスターを継承するのもいずれ彼女になるようだ。

 次男のエルマン様は王都に住んでいて、もういい歳なのにまだ第一師団の副団長をしている。知り合い全員が口々に『国王最大の火遊び』とおっしゃるくらい、放蕩な方だった。僕も何度かお会いした折り、打撃用に改造してあるガントレットで頭をゴリゴリ撫でられたものである。

「エルネストにますます似てきたな」

「そうですか?」

「リオナの血筋だ。耳が頭の上に生えていてくれても構わなかったんだがな」

 リオナ婆ちゃん自身、獣人と人族のハーフで、父さんはクオーターだ。母さんも人族なので僕の血には獣人の血は八分の一しかない。

 リオナ婆ちゃんは最後の獅子族の末裔だったらしく、絶滅寸前であることが嘆かれているわけだが、僕にその片鱗を求められてもね。こればかりは天の定めというものだ。ただ僕の髪の色は婆ちゃんの髪の色に近い。嗅覚も聴覚も残念ながら多少人族よりいいという程度で、オリエッタに遠く及ばない。でも夜目は人族より利くし、足腰もとんでもなく丈夫だ。

 おまけにエルフの覚醒術という、魔力をハイエルフ並に引き上げる秘術をエテルノ様やレジーナ大伯母様にいつの間にか施されていたようで、爺ちゃん張りの魔力持ちになっているらしいのだが、今のところ体力だけで間に合っているのが現状である。

 エテルノ様というのはハイエルフの総領事館の館長で、ハイエルフの里では長老の地位にある偉い人だ。見た目は今の僕と兄妹だと言っても通るくらい若く見える、爺ちゃんの取り巻きのなかで爺ちゃんの次に破天荒な人物である。妖精族とのハイブリッドだと言っていた気がする。僕の魔法の師匠のうちの一人である。

 レジーナ大伯母様は爺ちゃんの姉で、目の前にいるアンドレア様の妹だ。エルマン大伯父さんとはどっちが上だったかな? 力関係は間違いなく上だけど。

 大伯母様も僕の魔法の師匠の一人であるが、曾祖母のココ様と揃って妖怪おばばである。ハイエルフでもないのにいくつになっても若作りが板から剥がれないのである。

 我が一族には年齢不詳のこの手の女たちがハイエルフに混じって存在している。しかも「おばさん」呼ばわりしたら、ゴーレム並の鉄拳が飛んでくる荒くればかりだ。

 その妖怪の一人、ヴァレンティーナ様がいつもと変らぬ笑顔でお茶を出してくれた。

「ご用件はなんでしょうか?」

「これが先日、王家に届いた」

 それは一通の手紙だった。どこかの家紋の封蝋が剥がされていた。

「ミズガルズからだ」

 僕は目を通させて貰った。

「流通操作? 不穏分子の台頭?」

 垂れ込み情報か、何か?

「陛下がメインガーデンの様子を気にしておられる」

「メインガーデンというのは……」

「ミズガルズにおける冒険者の最大拠点よ。ビフレストから東に中型艇で七日行った所にあるわ」

 ヴァレンティーナ様が言った。

「特務の仕事では?」

「ああ、そっちは任せておけばいい。君に頼みたいのは世情が実際どうなっているか確かめることだ」

「僕がですか?」

「地元民と冒険者の間に確執が生じつつあるという話だが、現地からその手の報告は上がってきていない。ただ気付いておらぬのか、元々何も起きていないのか。ただこの手紙を出した人物は信じるに値する人物だ。他国の介入も想定すると、王国があからさまに動くことはまだ控えたい」

「そのような外圧、冒険者ギルドが手をこまねいているとは思えませんが」

「最近、町の側でタロスの目撃情報が増えてきている。防衛線が機能しているにも関わらずだ。内部に手引きしてる者がいるようにも思える。ギルド発表では敵の一時的な増加ということだが……」

「なんの得が?」

「有り難みを分からせ、地元民からキックバックを要求する」

「あるいは…… 首輪を外したがっている者がいるとか」

 ヴァレンティーナ様が口を挟んだ。

「アールヴヘイムからの独立!」

「馬鹿が考えそうなことだが、ないとも言い切れん」

「そんなことになったら世界が閉じられて」

「ミズガルズは零からやり直しになるわね」

「一番怖いのはこちら側が疑心暗鬼になることだ。ゲートキーパーの扉の鍵を握っているのはこちら側なのだからな」

「これを」

 もう一枚の手紙が渡された。封もなく、差出人の名もなかった。

 中からミズガルズ行きの年間パスが出てきた。

「リリアーナに会いに行くのでしょ? 事のついでにお願いね」

「どっちがついでかわからなくなってきた」

「情報だけでいいから逐一頼む。リリアーナにもよろしく言っておいてくれ。皆、いつでも帰りを待っているとな」

 リリアーナ姉さんは自分が長命であることを恐れている。家族の多くは人族で例外は母親のアイシャさんだけだ。すべてを見届けなければならない運命に耐えかねて、家を飛び出しミズガルズに移り住んだ。それが五年前だ。

 アイシャさんは言った。

「ハイエルフにはハイエルフの時の流れがあるからの。それを理解するには家族との距離が近過ぎたのかもしれん」と。孤高であることを運命付けられているハイエルフの意思の強靱さというものが、人族とのハーフである姉さんには欠けているらしい。

「ではわたしは逃げる」

「は?」

 アンドレア様が席を外した。すると入れ違いにココ様がやって来た。

「あら? アンドレアは?」

「仕事ができたとかで」

 ヴァレンティーナ様が苦笑いして開いた扉の隙間を閉めた。

「せっかく美味しそうにターキーが焼けたのに」

 しまった! もうそんな時間か?

 時計を見て、血の気が引いた。

「さあ、食事にしましょう。お腹減ったでしょう? 今日はオクタヴィアちゃんとヘモジちゃんは一緒じゃないの?」

「オリエッタです。ココ様」

「そうそう。オリエッタちゃんね。で、ふたりは?」

「さあ、畑の見回りでもしてるんじゃないですか?」

 逃げたな……

「しょうがないわね。先に始めましょうか」

 僕はヴァレンティーナ様を睨んだ。「ひ孫がひとりで遊びに来たぐらいでターキーが出るとは思ってなかったんですけど!」と非難の意味を目力に込めた。

 僕は食堂のテーブルに置かれた、いつもながら見事に飴色に輝いている巨大なターキーを見遣った。

「昨日、たまたまいい鳥が手に入っちゃったのよ」

 ヴァレンティーナ様が言った。

「そんな理由でひ孫を殺す気なの!」

「大丈夫よ。もうそこまで応援が来てるから」

 応援とはヴァレンティーナ様の息子たちである。息子のアントニーおじさんと孫のアンドリューとサブリナが畑仕事を終えて楽しそうに戻ってきた。

「お腹減ったー」

「ママ、ご飯!」

 全員、元気よく帰ってきたが、ターキーを見て石のように固まった。

「や、やあ、久しぶり」

 僕は手を振った。

「リオネッロ…… 来るなら食事時は避けろといつも言ってるだろ!」

 おじさんが声を抑えながら言った。

「話し込んでいたら、こんな時間に……」

「爺ちゃんは?」

「爺ちゃんは逃げたの?」

 孫たちがキョロキョロ周囲を見回す。

「そうみたいだね」

「ずるい!」

「ずるい!」

 僕より年下の孫たちが可愛らしい仕草で怒った。

 窓から音がして、振り返ると裏切り者の小人と猫又が覗き込んでいた。



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[一言] 覚醒って出力を上げるのと魔法を感覚的に使える様にする効果があるだけで魔力が上がるわけじゃなくね?
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