クーの迷宮(地下40階 殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス戦)再開
僕は四十階層に潜らず、ヘモジとオリエッタを連れて各階層を巡り、魔石や物資、資金の調達を行なった。今回の航海で消耗した諸々の補充を行うためである。
「リオネッロ。便利になった」
オリエッタが人を物のように評しながら、伸びをした。
「ナ、ナーナ」
ヘモジは今日の狩りが余程面白かったのか、肩の上でお尻をフリフリしている。
本日は例の遠見を使って『土蟹』を瞬殺する練習も平行して行なっていた。新種が起こしたあの環境下にいたことが経験になったのか、ゲートからの出現から実行までの精神的な連続性を獲得したのである。
これまで転移中は周りの景色が見えなかったが故に、現出したとき、まず周囲の確認から行なう必要があった。そのため行動を起こすタイミングがどうしても一拍遅れたのである。転移魔法はそれ自体が魔力消費の大きな魔法であり、敵に感づかれ易く、敵のテリトリーに目隠しで飛び込む行為は常に危険を伴うものだった。そのため敵の有無をあらかじめ確認する必要や、転移ポイントを敵から離した場所に設定するなどの対策が必要であった。
が、今回その転移中の断絶を、遠見している景色と連続した映像として捉えることに成功したのである。
つまり転移中に剣を抜き、転移終了と共に敵に斬り掛かるなんて芸当ができてしまうのであった。
これまで止むを得ずヘモジを斥候として出していたが、その必要がなくなるのである。
そしてその見えるという現象は、転移中一緒に連れだったヘモジとオリエッタにも可視化可能な現象であり、ヘモジが尻をフリフリしている原因ともなっているのである。
勿論、魔力消費が嵩むことは言わずもがなだが、転移後の不幸な遭遇戦が回避できることは僥倖であった。
「特大も結構、手に入ったしな」
「ナーナ」
僕とヘモジのアサシンプレイに拍車が掛かった。
目下、転移による放出魔力の軽減に努めている次第である。
「もうライフル、いらないね」
それは違う。やはり魔力消費というパラメーターは無視できないものであり、一撃で倒せなかったときのリスクは当然考えておかなければならないことである。まあ、ヘモジの一撃に抗えるものならばだが。
「ナーナンナー」
すっかり有頂天の召喚獣様であるが、お前ががんばる程、魔力消費が嵩むことも考慮して頂きたい。
夕刻、手伝おうと思って工房に立ち寄ったが、予定より早く作業が終了していた。
モナさんは自信満々。僕にコアの調整を託して、一足先に帰宅した。
今夜はいい夢が見られると珍しく豪語していた。
僕は予告通りコアを上書きして、各部の調整を行なった。
「問題なーし」
「ナーナ」
操縦席のオリエッタとヘモジが手を上げる。
「『各部、異常なし』と」
僕は作業工程のチェックシートにサインする。
「明日は点検飛行だな」
「ナナーナ」
実際に飛んでチェックするわけだが。
「明日も迷宮に潜るからな」
「ナ」
ヘモジが肩を落した。
「人様の機体なんだから、どの道、出番はないよ」
人柱には召喚獣が便利であるが、そのためだけにコクピット周りを改造したりはできない。徹底的に魔法付与でガードした装備を着込んで誰かが乗り込むことになる。モナさんか、非番ならイザベルが引き受けることになるだろう。
だが翌日、更なる問題が持ち上がった。
クライアントが朝早くから『スクルド』のジャンクパーツを掻き集めて、持ち込んできたのである。悪気があったわけじゃない。むしろ彼なりによく頑張ったのだ。
結果、僕たちの努力は無駄になり、すべては振り出しに戻ってしまった。
僕たちは欠伸の代わりに大きな溜め息をついた。
「ただ働きだったね」
子供たちは意気消沈。だが、モナさんは違った。
「これで、あの子も完璧に近付くわね」
パーツはまだ足りていなかったが、多少はマシになりそうだった。
僕たちは自然と顔をほころばせた。否、苦笑いで精一杯だった。
「コアのチェックもやり直しだね」
マリーとヴィートが僕を見上げて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ほら、帰って、朝食だ。今日も学校だろう」
「えーっ。迷宮がいい」
「だーめ!」
帰宅するとラーラが僕たちより深い溜め息をついて、塞ぎ込んでいた。
「朝食に毒でも入ってたか?」
「王宮から催促が来た」
「いつもの奴か?」
「状況はしっかり入れてるんだけど。南部の後退が気に入らなかったみたい」
「あれは一時的に撤退しただけだろう?」
「更なる出費は困るんだって。あっちに言って欲しいわよね。こっちは順調なんだからさ」
「でもこの世界と繋がっているメリットを考えると、一押し足りないのは相変わらずだしな」
「虹色鉱石がもっとたくさん取れればいいんだけどね。はい、これ。たぶん、リオネッロ宛」
通信文の用紙をなびかせた。
通信文には『近々朗報あり。ヤマダ・タロウ』とあった。
「何だ?」
「さあ」
予定を変更して、今日はモナさんを手伝うことにした。大伯母は例の件で部屋に閉じこもったままだし、姉さんも前線に戻るため、改修を終えた船団の取りまとめを始めた。またしばらく会えなくなる。
遠見で世界の果てまで見渡せるようになればいいのに。
子供たちはいつもと変わらず、よく食べ、よく騒ぎ、出ていった。
「ナーナーナ」
ヘモジは一日農作業。
オリエッタは着の身着のまま。
イザベルは無駄になった休日をダラダラ過ごすと言いながら、結局、僕と同じ坂を下りていく。
放課後、子供たちに懇願され、階層巡りをした。他の冒険者がまだ手を付けていなさそうな宝箱や特大魔石漁りをした。
子供たちは進化した転移魔法にヘモジ以上に驚き、踊り狂ったことは言うまでもない。
狩りの後は牧場で一服、ストレスを発散して帰路に就いた。
農作業を満喫したヘモジは、ひとり風呂場で茹だっていた。
一方、オリエッタは…… 塩の結晶をまぶして戻ってきた。
どうやら海まで行ってきたようである。恐らく、海釣りしている連中について行ったんだと思うが。
どういう行動範囲してるんだか。一度しっかり聞いておかなければなるまい。
翌日、子供たちを連れて四十層の攻略を再開した。
「身体がなまってる気がする」
白亜のゲートから四十層の入口に飛んだ。
糸玉に記録したところから始めなかったのは、当人たちが勘を取り戻したいと言ったからだった。
「いた!」
建物に入って早々、一体のミノタウロスが出迎えた。
「撃て」
いつになく丁寧に詠唱して魔法を放った。
「うはっ!」
「威力足りてねー」
何やってんだか。
「やっぱ向いてないよ」
「だから言ったのに!」
ヴィート以下第二陣がミノタウロスを片付けた。
「ちょっち、君たち?」
さすがに聞かずにおれなかった。
「いや、それがさ。授業で教わったとおりやってみようってことになって」
「杖を構えて、姿勢を正して、足の幅は肩幅」
「気が散るんだよ」
「背中ゾワゾワする」
「基本に戻り過ぎだろ」
「基本がなってないって言われたんだもん、学校で」
「知識と実践は分けて考えないと」
「じゃあ、なんで勉強するの?」
「基本の積み重ねが、応用の基礎になるからだ。根っこのない草は枯れる。お前たちがバカスカ撃ってる魔法もどこかの誰かがそうして生み出したものなんだから」
「基本ができなくても応用使っていいの?」
「何言ってんだ。今、できてたじゃないか。問題はここでは基本だけじゃ、通じないってことさ。な」
「基本…… いる?」
僕は頷いた。
「よくわかんないけど、わかった!」
年少組の明快過ぎる返答に、年長組は噴き出した。
当人たちは気付いてないだろうが、それでも時折学んだことの片鱗が覗くことがある。小さな確信の連続。
「ナーナ」
確かに子供は成長が早い。
子供たちの快進撃は続いた。
一度通ってきたルートでもあるし、勘が戻ってくれば用なしだ。そろそろ飽きてくる頃合いだ。
「転移希望は挙手を」
全員が挙手した。
「師匠、続きのポイントに移動したいけど、いいですか?」
「いいけど。地下に下りると結構ハードだぞ」
「師匠一人で下見したんだっけ?」
「罠だらけで笑うしかないって感じ」
「えー」
「なんか大変そう……」
「『クラウンゴーレム』ばかり出てくるからな」
子供たちが嫌そうな顔をした。
以前終了した階段前の踊り場に出た。
「周りにいるね」
敵の反応を捉えて、子供たちが警戒する。
「見付かる前に階段、下りよう」
緩やかな段差をキョロキョロしながら子供たちは下りて行く。
「天井高いね」
「それを言ったら幅も普通じゃないよ」
この先、何が起こるのか、師匠の言葉の裏付けにもなった。
「宝箱だ!」
以前、僕たちも見付けた宝箱を子供たちも見付けた。
階段幅のさらに倍程も広い直線通路。その中央に天井を支える立派な角柱。その最も手前の根元にあるこれ見よがしな宝箱。
「こういうときは大抵――」
子供たちも気付いてる。
「ミミックかも」
否。そうじゃなくて。
階段の死角に反応!
「『ジュエルゴーレム』!」
それも二体による左右からの挟撃だった。
子供たちは結界を張って、進行を抑えた。
「ヒントやろうか?」
「一体だけお願いします」
僕は魔法を放ち、右から来る一体の胸の下辺りを抉った。
「この奥だ!」
「分厚いけどッ!」
ジョバンニが『衝撃波』を撃ち込んだ。練習の成果だった。しっかり制御され、無駄のない力で指向性を保って放たれた。
だが破壊にまでは至らなかった。
「見えたッ!」
追撃をマリーとカテリーナが放った。こちらはただの風魔法だったが。見事コアを粉砕した。
一方ではまだコア探しが行なわれていた。
表面を傷付けながら、砕けた破片の行き先を探っていた。
そして範囲を狭めながら、魔力を増大させていく。
急所は向かって左の脇腹にあった。
既にコアが露出していた。
ニコレッタが『無刃剣』でコアを切り裂いた。
子供たちの魔力は初っぱなからエンプティーになった。




