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タンブルウィード

「で、どうなったの?」

「売買契約は済んでるみたいだから、先方は泣き寝入りかしらね」

 食事中、イザベルはモナさんに詰め寄った。

 その場に立ち合ったジョバンニとニコレッタが話を振ったせいで、皆が知るところとなった。

「その『スクルド』どうなっちゃうの?」

「返品できればいいけど、無理でしょうね」

「修理できるの?」

「それなりには、ね」

「マイスターの意見は?」

「ミスリルはあるから、先方に資金さえあれば、こっちは問題ないよ。コアは見ないとわからないけど、ビビってたら…… どうかな」

「ビビってって?」

「ガーディアンが怖がるの?」

「コアには学習機能があるだろう? 大きな事故に遭ったら、誰だって同じことは二度とごめんだって思うだろう? そういうことだ」

「どういうこと?」

 年少組がドリアの米粒をほっぺたに付けながら真剣に睨み付ける。

「コアが同じような状況に直面したとき、操縦士の意志とは関係なく、不意に出力ダウンしたり、回避行動を取ったりするようになるんだ。本来、操縦士の癖を抽出しながら、緩やかに折り合いを付けることを目的としたものなんだけどね。刺激が強過ぎると修正が効かなくなるんだ。そうなると、いつ予想外の反射行動を取るか…… それ自体、防衛行動としては進化ということにはなるんだけどね」

「直るの?」

「データーとしてはっきり残っていればね。情報を上書きするなりして消してしまえば問題ないけど、事故の後も動かしていたとなると…… 上書きしないと駄目かな。本来、所有者が替わったら情報もリセットするもんだけど。あまり実践されてはいないな」

「機体が学習したデーターはそれ自体が財産だからね。特に『スクルド』に乗るような操縦士のものは」

 ラーラが言った。

「あんたが、割食う必要ないんだからね」

 イザベルが幼なじみを気遣った。

「先方が手放す気なら、買い取ってしまうのも手だけど」

「はい、はい! 『スクルド』欲しい」

「却下」

「ぶー」

「イザベルはどう?」

「わたしは今のでいいわ。やっとあれに慣れてきた気がするし。『スクルド』はわたしの戦闘スタイルとは違うっていうか」

「ナナナ」

「ブレード壊す人には買ってあげません」

「ナ……」

 がっくしと、うな垂れる。

 お前はナイフで釘は打てないことを自覚すべきだ。

「でも、機体を置いて行かれちゃ、迷惑よね」

「旅に出るときに受けた仕事は終らせたから、場所は問題ないわ」

「でも帰って来ないってのはないよな」

「手に負えなくなるようなら、こっちで手を打つから」

 姉さんの言葉にラーラが頷く。

「それより、これだ」

 大伯母が一枚の用紙をちらつかせた。それは僕が記憶している重力魔法の紋様だ。

「これは完璧か?」

 大伯母が僕を見詰めた。

「僕の記憶の限りじゃね」

「あんた、ずっと船にいたじゃないの」

 姉さんがフォークで僕を指す。

 確かに姉さんの方が近くにいた事実に間違いはないが、荒れ狂う環境のなかで観察が可能だったかどうか……

「最近、転移先の情景が転移前に見えるようになってね。その応用でちょっと」

「何、それ!」

 僕の新しい能力に姉さんや大伯母が食い付いた。

 説明に時間は要しなかった。証拠は大伯母の手のなかにあったのだから。すぐ近くにいなければ目視できない詳細さだったのだ。

 一度対戦している大伯母はブツブツと呟きながら用紙に魔力を注ぎ始めた。

「ちょっと! ここで魔法発動しないでよね」

 姉さんが大伯母を制した。

「できれば本体を持ち帰って貰いたかったのだが」

 しばらく観察すると、ひとり納得して魔力を注ぎ込むのをやめた。

「本体は解体が済み次第、こちらに運ぶように言ってあるわ」と、姉さんが言った。

「ならいい」

「で、どんなだった? 重力魔法」

 ラーラが藪をつついた。

 子供たちは当時の状況を何倍にも大袈裟に膨らませて語り出した。

 当時の子供たちが、あれをどのように捉えているのか、知るいい機会になった。まず共通した意見としては風向きが想定していた向きと真逆だったこと。それと大量の瓦礫によって、自分たちの結界が無力化されるということ。そして収束までどれくらい掛かるかという検証を怠ったこと。

「勝てる気がしないよ」

 子供たちが悉く口にする。

「これが解析できれば、カウンターを当てられるようになるかもしれないが……」

 皆、大伯母の手元の紙に目を落す。

「そうだ。お姉ちゃん。あれはいつまで新種って言うの?」

 カテリーナが側にいたラーラに言った。

 それは大事のなかで小事過ぎて後回しにされてきたことだった。

「それを言ったら第二形態だって」

「それを言ったらドラゴンタイプだって個体名ないわよ」

「杜撰だよね」

 子供たちに言われてますよ。姉さん。

「いいのよ。それがもう個体名みたいなもんなんだから。突然、名前を変えたら、それはそれで混乱の元になるでしょう」

「でも新種はまだ間に合うよ」

「『真っ黒タロス』がいい」

「『暴風巨大亀タロス』!」

「『グレートスーパータロス』!」

「『重力怪獣タロス』!」

「『一発屋タロス』!」

「『マジカルタロスくん』!」

「……」

「それより、あいつの戦闘力って、どうなの?」

 誰も答えられない質問をした。

 皆、重力魔法が怖くて慌てて蓋をしてきたから、手合わせした例がなかった。

「検証課題ね」

「ねー。名前は?」

「お前たちのアイデアじゃないのを採用する」

 姉さんにきっぱり断られた。

「うー」

 ここで粘る程子供たちも真剣ではなかった。

「何『グレートスーパータロス』って? ダサッ」

「あーあーあー、何も聞こえなーい」

 ヴィートが耳を塞いだ。

「勢いで言うんじゃないわよ」

「『マジカルタロスくん』はいいのかよ!」

「いいのよ。あの子たちは年少なんだから」

「俺だって年少だよ!」


 後に送られてきた本体を見た大人たちは命名した。

『タイプ・グラヴィターレ』 『重力を操る者』と。

 ただ一般には浸透せず、結局『新種』と呼ばれ続けた。

「新しい新種が出てきたらどうするの? 新新種って言うの?」

「真・新種だろう」

「おー、なんかかっけー」

「角が生えてそうだな」

 もう突っ込みどころが多過ぎて何も言えん。



 翌日『スクルド』を置いていった男と、所有者であるその友人が頭を深々と下げて現れた。

「ほんとーに、すまねぇ。昨日あれから乱闘騒ぎになっちまってよ。頭を冷やせって一日留置されちまったんだ」

 大事になっていた。

「で、なんとか売り値に色を付けさせることには成功したんだが……」

 モナさんは値段表と共に細かい説明をした。だが、物はミスリル。多少の色では賄えない。

 結局、機体はそのまま、コアのチェックは外せないのでやるとして、後はモナさんの腕に任せるということになった。

 子供たちだってわかってる。

「売って『グリフォーネ』を買い直した方がいいんじゃないの?」

『スクルド』の所以がなくなってしまったら、本末転倒だ。

 が、これも商売。モナさんの腕の見せどころである。


「まずは現状把握から」

 コアの解析は『ロメオ工房』のマイスターが務めるとして、モナさんはまず、装甲のばらしに入った。

 そして骨組みのチェック。事故機であることを考えるとフレームの歪みのチェックは必須であった。

 その後は装甲のチェック。剥がされたミスリルは恐らく修理代に当てられたものと考えられる。それ程にわかり易く計画的に剥がされたことが見て取れた。請け負った前任者も苦肉の策だったのだろう。

 単機でなんとか動ける調整はしたものの、所有者が変わってオプションパーツを取り付ける段になって隠し通せなくなったわけだ。

「前任者の腕はしっかりしてますね。ちゃんと考えて剥がしてます」

 背中や腿の裏など敵の攻撃に晒されそうにない部分から剥がしている。

「攻撃は腹部に諸に食らってるわね」

 パーツが新しい。

「骨組みは大丈夫そうね」

 前任者の腕のよさが幸いした。

 次に装甲だが、ミスリルが前面に偏っているせいで重心が後方過多になっていた。それを補うために前面の表面装甲を厚くしてある。装甲を入れ替えた分だけでなく、バランスを取るためにさらにウェイトまで。

 これで飛べというのだからあんまりだ。

 さすがのモナさんも考え込んだ。

「『スクルド』がいくら高出力でもね……」

 オプションパーツを装着しても余剰分は相殺される。クライアントの不満はその辺りが原因だろう。吹けが悪いという奴だ。

「師匠、モナ姉ちゃん、どんな具合?」

 子供たちが学校を終えて、やってきた。

「今、考え中」

「ふあーい」

 返事か欠伸かどちらかにしなさい。

「骨組み、こうなってんだ」

「やっぱ『グリフォーネ』より細いね」

 ミケーレの言葉に僕とモナさんはハッとなった。

「その手があった!」

 外装のことばかり気にしていた。そうだ、重量配分は内装の変更でも可能なのだ。

 モナさんの職人気質なやる気が燃え上がった。

「後は任せて。徹夜するから夕飯はいらないわ」

「じゃあ、お弁当買ってくるわね。お夜食も」

 フィオリーナとニコレッタがソルダーノさんの店に飛んでいった。

 子供たちは珍しくモナさんの作業を食い入るように見詰めた。

 人のいいモナさんは、子供たちにそれぞれのパーツの役割やもしものときのハウツーを語り続けた。

 ニコロとミケーレは慣れていて、モナさんの助手として動いた。

「師匠、コアはビビってなかった?」

 マリーが聞いてきたので僕は答えた。

「わからなかったから、後で上書きするよ」

「ふーん」

 どう返答していいかわからなかったのだろう。二の句はなかった。

 手の空いた者で機体を宙吊りにする準備を始めた。工場の天井の梁にウィンチを下げただけだが。

 そして、僕たちは倉庫整理をして、帰宅することにした。


 子供たちは夜遅くまでモナさんに付き合ったらしい。

 遠出の後ということで迷宮探索はお休みにしていたので構わなかったが、翌朝、夫人に叩き起こされることとなる。そう、迷宮に行かないなら学校に行きなさいと。

 日中、工房では仮組みがなされ、機体の重心測定が行なわれるとのこと。一発オーケーなら作業継続。駄目なら個別の調整に入るらしい。



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