新種討伐。風が吹いたらモナさんが儲かる
まず敵に動いて貰わなければならなかった。
重力を操る新種を召喚して貰うには、そのための土壌作りをする必要があったのである。
そこでフィオリーナによる最初の一撃、最後の壁一枚をぶち抜くイベントが必要だったのである。
壁の倒壊と同時に、襲撃を行なう部隊も既に甲板に揃っている。
こちらは実験を邪魔されなければそれでいいので、手柄はくれてやる予定であった。
フィオリーナの護衛にヘモジを飛ばしたが、それはあくまで盾としてであり、重力魔法相手に近接戦闘を奨励したわけではない。今回は黙って見ているのが仕事である。
船は敵のキャンプと崩した台地を直線で結んだ延長にあり、背を別の断崖によって塞がれていた。重力魔法が発動しても届かない距離にあったが、これ以上の後退も望めなかった。
「全砲塔リフトアップ。ロック解除。全『認識照準器』起動、接続確認」
ジョバンニが早口で指示を出す。
「第一砲塔、誰が担当するの?」
「そりゃ、展望室だろ?」
「えー。いいの?」
「いいも、悪いも、そこが一番見晴らしいいんだよ」
操作盤をひとり担当するジョバンニは忙しかった。ニコレッタがフィオリーナに代わって、トーニオの後ろで出力機関の操作担当に就いているからだ。
「じゃあ、一番、接続よろしく」
ニコロが言った。
『二番、異常なし。ちゃんと動いてる』
右砲塔はマリーが担当する。
『三番も問題なーし』
左はカテリーナだ。
『四番…… 必要?』
岩壁しか見えない後方下方担当のヴィートが言った。
『ヴィート。いざって時に動かないじゃ済まないぞ』
『確認したら前、見ていい?』
『警戒は怠るな』
『りょうかーい』
話は付いたようだが、僕が口を挟んだ。
「重力魔法がどういうものか、魔法使いとしてしっかり見ておけ。ヴィート、動作確認が済んだら上がってこい。必要なときは転送してやる」
そう言うとマリーとカテリーナが「自分も」とごねた。が、そこから見えるだろうと、却下した。
第一砲塔、光弾の砲台が台地の割れ目に向けられた。
『視界良好。滑走、一番、二番。ガーディアン発進!』
甲板のガーディアンが空に舞い上がった。
狙撃要員であるフィオリーナと護衛のヘモジも、集結した彼らの後方に付いた。
「さて、うまく敵が釣れるかな」
敵の探知圏外からフィオリーナが撃った!
次の瞬間、首の皮一枚残しておいた岩壁が砕け散った。
『当たった!』
『まぐれ?』
お前ら……
『敵陣が見えた!』
タロスの陣地には慌てふためく十体程の反応があった。
内一体は第二形態。時期的に魔力回復が済んでいるので増援を呼べるはずだと、マーラ女史は言っていた。
タロス兵は盾を構えてこちらの牽制をガードする。その後方に太い指で弓を引くタロスが二体。
さすがにあれは黙らせないと。
バリスタ並みの巨大鏃がガーディアンの群れに撃ち込まれる。が、あっさり返り討ちにされた。
「順調、順調」
危険な弓兵は始末した。
第二形態が行動を起こすまで、手心を加えながら追い込んでいく。
逃げ帰られては元も子もない。
じれったいことだが、こちらが攻めあぐねているように見せなければならない。
それにしてもタロス兵は進歩しないな。空を飛ぶガーディアンに手持ちの武器を放り投げるしかないとは。
あっという間に空手になって、盾を構えるだけになる。ひどいのは盾まで投げる。
『味方の落とした弓でも取ればいいのに』
本来なら砲火を浴びて昇天している頃合いだろうが、今回は辛抱が肝要。編隊は距離を置く。すると……
「ようやくか」
第二形態の魔力異常を察知した。
「転移ゲートが開くぞ。注意しろ」
「反応炉。正常稼働中。いつでも撃てるわよ」
第二形態がゲートを開いた。
するとそれ以上に異常な魔力量の反応が湧き上がった。
「当たりだ! 来るぞ」
この感覚は…… いつぞやメインガーデンに紛れ込んだ亜種のあの感じに似ている。
空が突然、灰色に染まった。
ガーディアン部隊が全力で逃げてくる。フィオリーナもヘモジもあの色の抜けた空に捕まらないように全力で距離を取る。
見たこともない現象を目の当たりにして全員、黙り込む。
風が起こり、タロス陣地の方に砂塵が流れていく。流れは急を増し、小石まで巻き上げるようになると、船も揺れ始めた。
砂塵に紛れてタロスの雑兵たちは第二形態が開けた今にも消えそうなゲートに逃げ込んでいく。
これは…… 道連れにするとこれまで推察されていたが、どうして、人道的だ。第二形態の開けたゲートから新種が到来すると共に、雑兵は同じゲートで退避する。奴らは奴らで考えている。
「ニコロ、ミケーレ! 自分のタイミングで撃て」
軸線は空けてある。どの道、新種に命中しないことはわかっている。奴は狭間にいる。
姉さんが姿を消した。恐らく近場でこっそり重力魔法を解析しているはずだ。
僕も解析に参加したかったが、誰かが船に残らなきゃいけない。僕は進化した例の『転移』魔法で爆心地に転移ポイントを定め、探りを入れた。
僕は同時に遠近二つの景色を目の奥に捉えた。姉さんより相当近いはずだ。
『発射ッ!』
ニコロが叫んだ。
灰色に染まった大空に一筋の閃光が走った。
もう一つの意識が膨大な魔力の接近を感じた。
炙り出せ!
暴風が流れ込む常闇のなかに閃光が飛び込んだ。
常闇に魔法陣が浮かび上がる。心臓の鼓動に同期するようかのように明滅しながら、その影は幾重にも別れてブレ始める。膨大な魔力は嵐のなかを駆け巡り、魔法陣の鼓動を歪め、風穴を開けていく。
そして鼓動の停止とともに暗闇は剥がれて、中から元の明るさが戻ってきた。
魔力の残滓が金色に輝きながら大気に溶け込んでいくのが見えた。
長く思えたそれは一瞬の交錯に過ぎなかった。
爆音が遅れて空に響き渡った。
驚いた僕は意識を呼び戻された。
船の結界障壁が大きく震えた。
「反応炉出力低下! 最充填までカウント一五秒」
ニコレッタがカウントダウンを始める。その間も、暴風と共に塵芥が吹き荒れる。
振動が船を襲う。
「結界用の魔石は?」
「もの凄い勢いで減ってるけど、大丈夫」
トーニオは船の高度を下げた。
後ろに断崖がそびえているせいで風はその上を抜けてくるから、それを見越してパワーダウンした船を陰に隠したのだ。が、船底ではヴィートが青ざめていた。
『ぶつかっちゃうよ!』
その前に反応炉が復活した。
結界障壁と『浮遊魔法陣』の出力が上がっていくと船の揺れは何事もなかったように収まった。
ガーディアン部隊は空高くに退避していた。が、今、そこから一発、震源に銃弾が撃ち込まれた。
「フィオリーナか!」
この風で狙うか?
別の一機が突撃する。
「『ワルキューレ』!」
ヘモジだ!
『補助推進装置』を全開にして敵陣のど真ん中に襲い掛かる。
歪んだ空間にいたたまれなくなった新種が奇声を上げて、今度こそこちらの世界に顕現したのだ。
冥闇の裂け目から鋭い牙の生えた口が飛び出してくる。全身は血の海に浸かっていたかのように傷だらけになっていた。
ヘモジは渾身のブレードを動けずにいた新種の喉元に突き立てた。
「ナーナンナーッ!」
横に薙いで切り落としたのが、こちらからでも確認できた。
第二形態にも劣らない巨体が呆気なく崩れ去った。
だが、逃げた残りの兵隊は戻ってこなかった。
結果討伐できた敵の数は新種を含めてわずかに三体。想定していた数に遙かに満たなかった。
しかしながら、新種の身柄はほぼ完璧に、首と胴は離れてしまったが、回収できた。
これで具体的な査定もできるというものだ。冒険者ギルドに進呈だ。
「この船、解体施設ないんだよね」
「甲板に載せとけ」
「どうやって?」
「……」
ガーディアンを吊り上げるウィンチはあるが、さすがにあのサイズを引き上げることはできない。仕舞うとしたら前部格納庫だが……
「砦に任せよう」
フィオリーナとヘモジが戻ってきた。
そして、いつの間にか姉さんも下のソファーでくつろいでいる。
解析できたのかな? 生身で細かいところまで確認できる程、近づけたとは思えないが。
「落ち着いて。落ち着いて……」
トーニオが真剣に滑走路を見詰めている。正面からの侵入。船が停まっている分、アプローチは難しい。
フィオリーナが下りてきた!
火花が散った!
「ああッ!」
「何か、擦った!」
見張りから戻ってきた子供たちが騒いだ。
どうやら長いライフルの銃身が甲板に擦れたようだ。
「銃身はやめなさいよ。調整が大変なんだから」
僕は苦笑いをする。
続くヘモジは問題なく着地した。
「ちょっと、ヘモジさん?」
見間違いじゃなきゃ、右のブレード欠けてないか?
エレベーターに載せられ、ガーディアンが船倉に吸い込まれていく。
「新種の首はそれ程硬かったか」
ヘモジが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「力任せか!」
後続のアプローチが続いた。
全機無事と言いたいところだが、荒れ狂う暴風に飛ばされた岩石にぶつかって損傷した機体が二機あった。
「結界の強化が必須だわね」と、マーラ女史は戻ってきて早々、姉さんに愚痴をこぼした。
傷付いた一機が彼女の物だったからだ。味方をかばってのことだというが、普段、乗らないからと改修を怠ったのが原因であることは明らかだった。
結果、モナさんの小遣い稼ぎになったが。




