時は来た
「人増えてるんですけど!」
「何よ。ヴィート、文句あんの?」
「だって!」
僕たちの船には新たにガーディアンが五機とその操縦士が加わった。そのうち一人はマーラ女史であるが、他にも工房職人が数人乗り込んできていた。
非常時の交替要員として操船士も五人加えるという申し出もあったが、そちらは断った。この船の正規クルーは子供たち九人と若干名だけだが、入れ替わり立ち替わり手を出されては、子供たちも面白いはずがない。子供たちだけでは信用ならないと言っているようなものだ。
第一、子供たちだって新種とやり合える好機を他の誰かに譲る気なんてないのだ。
「船長としては落第ですね」
マーラ女史が姉さんに囁いた。
悪いがこちとら獣人の血を引いている。聞かせるために囁いたものじゃないことはわかっているが、それでも僕の耳には届いてしまう。
でも、判断はこれでいいと思っている。
この船はそのために、そのための仕掛けを何重にも施しているのだ。そういう無理を押し通すために造った船なのだ。帆走をやめたのだって人員削減の意味があってのことだ。
今は実戦を肌で感じるべきときだ。大人に寄り掛かって得られる経験と、ひとりで心臓をバクバクさせながら得られる経験は絶対に違うものだ。
僕がいる限り、この船の細工が機能する限り、あの子たちには自由でいて欲しい。例え手痛いミスをしようとも。でなきゃ、そもそも迷宮にだって潜れやしない。
これもまた過保護というものか……
でも姉さんには擁護して欲しかったな。個人的に。
「師匠」
「ん?」
トーニオが苦笑いする。
「船長失格だってさ」
「な!」
トーニオの背後からオリエッタが顔を覗かせた。
「おま……」
「なんで師匠が失格なの?」
フィオリーナが腰に手を当て睨みを利かせた。
「オリエッタ違う。マーラが言った」と、オリエッタはトーニオの影に隠れた。
「姉さんも同意してたけどな」
「なんでよ?」
「さぁな」
「操船の補充要員断ったから。自分が安心したいだけ。気にしたら負け」
オリエッタはべーっと舌を出した。
「何よ、それ。わたしたちだけじゃ不満ってわけ?」
「そりゃそうさ。子供たちだけで船動かしてるんだから。不安にならないはずないだろう」
「だったら乗らなきゃいいのに」
「そう言うなよ。みんなを心配してくれてるんじゃないか」
「子供だと思って」
「要するに馬鹿にされないように頑張れってことさ」
トーニオが深く椅子に沈み込んだ。
「聞こえたか、みんな」
『聞こえた』
『俺たちには俺たちのやり方があるってーの』
砲台の操作盤の前でカード遊びをしていたニコレッタとジョバンニが振り返りこちらを見上げた。
『僕たちの方が何倍も遠くを見渡せるさ』
『居眠りしなきゃな』
『茶化すなよ』
ハイエルフよりもというのはいささか言い過ぎのようだが、展望台で見張りをしているニコロとミケーレの気持ちは伝わってくる。
絨毯の上でお絵かきの宿題をしているマリーとカテリーナには僕たちの会話は届いていない。
ヴィートが本の束を抱えて階段を上ってきた。
「何かあったの?」
「それ返却?」
「みんな、読んだらちゃんと片付けてよ」
「後はやっておくわ。置いていっていいわよ」
フィオリーナはにっこり笑ってヴィートを追い返した。
「まずはこういう所からだね」
トーニオが言った。
『ちょっと、あれ』
ニコレッタの声に僕たちは反応した。視線の先を見るとヘモジがマーラ女史を今にも攻撃しそうな勢いで睨み付けていた。
「ナナナナ、ナナナ。ナーナンナ!」
ミョルニルを突き付け、ぷいと踵を返すと、マリーとカテリーナの元に戻って、お絵かきのモデル役に戻った。
「なんだって?」
「『自分がいる限り、リオネッロは無敵。ふざけたこと言ってると砦をぶっ壊す』だって」
さすがにヘモジも自重したようで、相手に言葉の内容までは伝えなかったらしい。あくまで怒ったぞというゼスチャーをして見せたに過ぎなかった。
「姉さん!」
僕はソファーに腰掛けるハーフエルフを見下ろした。
「何?」
「ヘモジに嫌われたね」
子供たちはくすりと笑った。
意味がわからないマリーとカテリーナはきょとんとする。
姉さんはすぐさまヘモジを懐柔に掛かり、マーラ女史はそんな姉さんを見て呆れた。
「さて、本番のために砲台の点検でもしてくるかな」
僕はその場をトーニオに任せて去った。
半日程、渓谷を北に進むとそれはあった。通ってきたルートと峠を数個隔てただけの場所に敵の湧きポイントがあったのだ。
隔てる壁がなければ、来るときに目視できたかもしれない場所だった。
その断崖には攻防の跡が無数にあって、狩り場として機能していることがわかった。
「問題は……」
攻撃が一方向からしかできないことだ。ガーディアンを使っての空中戦ならいざ知らず、この船から光弾を撃ち込むには入り組んだ地形が邪魔をした。
「距離が取れないな」
渓谷の幅が現在取り得る射程の限界になっていた。
「船を台地の上に移動させないといけないか」
地図を睨んで狙撃ポイントを見付ける。光弾は弾速が速いせいで弓のような放物線は描けない。そのせいで障害を乗り越えることができないのだ。
「盲点だったな」
敵の光弾がなぜ地上に配備されないのか、塔の上からなのかよくわかった。
「宝の持ち腐れだ」
高台と谷間の落差がら計算すると遙か空の上から狙わねばならないが、そもそも砲台の迎角が対応していない。
子供たちも唸った。
砲台の射程をコンパスで描く。そして実際に狙える距離を測る。
「新型の重力魔法の影響範囲は?」
マーラ女史が無言で、コンパスで描いた。
このままでは射程圏内だ。試射どころではない。
なるほど投下式特殊弾頭が唯一というのは、そういう意味でもあったのか。
「あの高台壊しちゃえばいいんじゃないの?」
ニコロが言った。
「そんなことできるわけないだろう」と、マーラ女史が突っ込んだ。
アンドレア様がいれば可能だったかも……
「いけるんじゃね?」
「これくらいならいけるよ。師匠なら」
「!」
「あの湖に比べたら」
「あれは杖とか仕掛けを施してだな」
「ナナーナ」
ヘモジがゴーサインを出した。おい、こら。
「ナナーナ!」
ヘモジは負けられないという真剣な顔を僕に向けた。
召喚主が馬鹿にされたことを根に持っていた。
「チマチマやればいいか」
『万能薬』もそれなりに持ち込んでるし。
造形を気にせず済むのだから楽勝と言えば楽勝だ。
破壊王になる!
「『ワルキューレ』を出すぞ」
「ナナーナ」
嬉しそうに飛び跳ねた。
「最近、本気で魔法を使ってないからな」
子供たちの成長ばかりに目が行っていたが、我が身の成長は如何に。
船を気付かれぬようにゆっくりと障害となる高台の後方、目標となる距離と方角に移動させた。
僕は飛び立った。そして障害となる高台から目標ポイントを見下ろす。
「確かにこれでは近過ぎる」
ヘモジに操縦を代わって貰って、最初の一撃を放つ。
『鉱物精製』による分解と『転移』の合わせ技。繊細さと豪胆さを合わせた職人芸だ。
無音のままに壁一枚を残して真下に大穴を開けた。転移させた残土は適当に散らした。
「…… 浅い?」
オリエッタが気にして覗き込んだ。深さは距離が測りづらいんだよな。
力を押えながらの地味な作業だ。穴に下りたら土魔法も使って船のある方角に穴を伸ばしていく。
「大地が割れてく」
オリエッタが術士の額に肉球を押し当て、ペシペシと叩く。
「ナナーナ」
ふたりは地味な作業を興奮しながら見詰めた。
「まだまだいける!」
段階を踏んで魔力を解放しつつ、大穴を貫通させていく。
「おっしゃぁあ! 最後の一撃ッ!」
全力、全開!
「あ、開いた」
「……」
「ナナーナ」
壁の向こうから光が差し込んできた。
「……」
「ナーナ」
ヘモジが操る『ワルキューレ』に乗り込んだ。
「岩盤と呼ぶには柔過ぎる!」
ヘモジとオリエッタを笑わせながら僕は帰路に就いた。
子供たちが笑顔で出迎えた。
「お帰りー」
「凄かったよ。見てる間にガシガシ削れていくんだもん」
「あーいうの見てるからわたしたちもやり過ぎちゃうのよね」
「価値観ぶっ壊れるよな」
「でも一番奥の壁壊さなくていいの?」
「壊したら相手にばれるだろう」
「でも見えないじゃん」
「撃ち込む前に誰かに壊して貰おうかね」
「俺やる!」
「僕もやりたい!」
「じゃあ、じゃんけんね」
「フィオリーナ姉ちゃんも参戦するの?」
「当たり前でしょう。マリーは新しいライフル撃ちたくないの?」
「マリーは的に当てられないと思う」と、ヴィートが言った。
「がーん」
擬音を自分で入れながらマリーは膝を突いた。
「ほんとのことじゃん。命中率悪過ぎだからな」
「ぶー。魔法なら百発百中なのに!」
「ほんと、なんでなんだろうね?」
「カテリーナちゃんまで、ひどい!」
「壁を壊すだけなら、別になんでもいいんじゃね?」
「折角、持ってきたんだから使おうよ」
「船の運転もあるんだからな」
「わかってるって。トーニオはお留守番だってことはな」
「ジョバンニ!」
「よし、じゃあ。始めるわよ」
「ナーナ」
「参加する」
「ふたりも参加するの?」
ヘモジとオリエッタは深く頷いた。
「ヘモジはもう撃ったから駄目だろ」
「ナ、ナーナ!」
「駄目なもんは駄目」
「オリエッタちゃんの代わりにじゃんけんする!」
結局、今回壁に風穴を開ける役を射止めたのは珍しく押しの強かったフィオリーナだった。
「意外な人選……」
僕たち全員が不安に包まれた。
皆、口々に言う。
「お姉ちゃんの射撃の腕前って、どんなだったっけ?」
世話を焼く姿は散々目にしてきたが、当人がライフルを撃つ姿は疎か、ガーディアンに乗るところすら見た覚えがなかった。
「大丈夫かな?」
「……」
「まかせなさーい」
マーラ女史がどんな顔をして僕たちを見ていたかは推して知るべしである。




