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渓谷砦2

 岩盤のなかにこれまた巨大なドックが隠れていた。

 中には常駐部隊の船舶が整然と並んでいた。この地形では船舶の活躍は期待できないから武装は軽微な物がほとんどだった。

「どこに泊めればいいのかな、っと」

 ドック内の順路を直進する。

『ナナーナ』

『頭擦りそう』

 展望室から知らせが来た。

「高度下げ」

『オーライ、オーライ。五メルテぐらいなら下げられるよ』

「勝手に天井掘っちゃ駄目かな?」

「駄目でしょ」

 正面の岩壁の前に停泊スペースが用意されていた。

「少し右だ」

「面舵」

 船はゆっくり停泊位置に迫る。そこにはタグボートとガーディアンに乗り込んだ工夫たちが既に待ち構えていた。

「ロープを下ろして。後は任せちゃいなさい」

 姉さんがそう言うので、僕たちはその場で『浮遊魔法陣』以外の機関を停止させた。


「『浮遊魔法陣』停止。着底を確認」

 トーニオが席を立った。

「ト、トイレ!」

 呆気にとられた。

「我慢しなくていいのに」

「最後までやりたかったんですよ」とフィオリーナが笑った。


 格納庫のハッチを開け、積み荷の検品作業を行なう検査官を招き入れた。

 交渉ごとは姉さんに任せて、同乗してきた大人たちの下船の準備を手伝った。

「おお。肘のがたつきが治ってるぜ。サンキュー、姉さん」

「気にしないで。お代は貰ってるから」

 モナさんが言った。

「おー。俺の機体の傷も綺麗に直ってるぜ」

「内張りの結界魔法陣、傷付いてたよ。気付かなかったら危なかったね」

「坊主が直してくれたのかい?」

「魔法陣は師匠がやったんだよ。僕は傷を消しただけ」

「それでもありがてえ。ありがとな」

 ミケーレが嬉しそうにはにかんだ。

 甲板から次々ガーディアンが発進していく。

「またねー」

 子供たちが手を振る。


「ナー」

「あー疲れた」

 ヘモジとオリエッタが下りてきた。

「お茶入れるね」

 マリーが水筒からふたりのカップにトポトポとお茶を注いだ。

「ナーナ」

 ヘモジが絨毯の上に身を投げた。

「作業が済むまで上陸は無理そう」

 オリエッタは下界の混乱振りを見て言った。

 これからお約束の市が立つ。

 ギルドに納品する分以外は、フリーランスの船が直接売買交渉を行なう。そのための市だ。売買は売り上げをそのまま持っていくギルドの面子が行なう。今回、僕たちは運送費を貰うだけだ。

「見る所なさそうだよね」

 全面、岩壁だからな。

「これで人住めるの?」

「居住性はなさそうだよね」

「ドワーフじゃあるまいに」

「穴鼠になっちゃう」

 お前らが言うなという話だが、確かに居住性は期待できなさそうだった。



「と言うのは嘘でした」

 見上げるとそこには空があった。

 砦の最上階には洒落たペントハウスがあって、隣にはナツメヤシの畑が広がっていた。

「ようこそおいで下さいました。お噂はかねがね」

 僕たちに菓子が振る舞われた。

 彼女はここの司令官。マーラ・ベルティノッティ女史である。

 姉さんと同じ、人族とエルフのハーフであるが、人族の血が濃いようで一見すると人族のようであった。が、よく見ると一つ一つのパーツはエルフ特有の精悍さに溢れていた。

 その彼女が空のポットに茶葉を足すだけで延々とお茶を注いで、子供たちの前で悦に入った。

 気さくな相手に子供たちはあっという間に虜になった。

「下はこれからうるさくなりますので、こちらでゆっくりなさって下さい」

「悪いわね。マーラ」

「いいえ。臨時の配給はいつ来て頂いても有り難いですわ。特に虎の子が使えない現状では何よりです」

 投下型の特殊弾頭のことである。新種が来たとき、当方が唯一安全に対抗できる手段だ。

「ちゃんと持ってきたわよ」

「ただいま地図をお持ちします」

 うわ、笑顔で姉さんを牽制するのか、あの人は。

「積み下ろしが終ったら、出るわよ」

「もう行くの?」

「彼女なら、実験場を用意してくれているでしょうからね」

「ふーん」

 僕たちはふたりの信頼の深さに感じ入った。

 そして空のはずのポットから子供たちは自分たちのコップにお茶を注いだ。

「…… お茶っ葉どうやって変えていたのかしら?」

 さりげない行動が実は凄いことだったりする。お湯を魔法で足すことはここにいる誰もが想像できたことだし、できることでもあった。でも、茶葉をどうやって入れ替えたのか、足すだけでは渋味が残る。

 まねてみて初めて相手の凄さがわかる。

 わからなければ、それもよしという余裕のスタンス。

 子供たちは心を鷲掴みにされた。

 彼女はこんな些細な所作のなかに膨大な魔力を要する『転移』魔法をさりげなく織り込んだ。

「やり手だね」

 魔力の無駄遣い甚だしい。

「だから砦を丸投げできるんだ」

「ハイエルフか……」


 彼女が用意した地図には周辺の状況が細かく記されていた。過去の襲撃記録がそのまま地図の上にあった。

「粗方の出現ポイントは潰しましたが」

 バッテンの付いた場所がいくつもあった。

 マーラ女史はそこに新たに一つ、印を書き加えた。それは僕たちがつい最近、遭遇した場所だった。

「我らが主に間引きに使っている箇所はここと、ここ、こちらの三箇所です」

「間引きって?」

「こちらも狩りをしないと、おまんま食い上げですからね。わざと狩り尽くさずに残してあるんですよ。皆さんが例の新種とやり合いたいと連絡を受けてからも、いろいろ捜索の手を伸ばしてみたんですけどね」

 彼女は一箇所を指差した。そこは砦の真北にある湧きポイントであった。

「今ここに、最大勢力が駐屯しています。ここを叩けば誘われて出てくるやも知れません」

 姉さんが眉をしかめた。

「いくつだ?」

「十体程です。第二形態が一体。後は雑兵です。そろそろ第二形態の魔力が戻る頃合いでしょうから、うまくいけば」

「今からじゃ、到着は夜になるわね。明日の朝、出掛けましょうか」

「折角入港させたのに」

「そう言わないの」

「はーい」

「じゃあ、そう言うことで。わたしも買い物がありますので、一旦失礼します」

 司令官もバザーに参加するんだと、皆、彼女の背中を見送った。


 そして退屈しのぎにナツメヤシを摘まみながら周囲の景色を見て回る。

「障害物は事前に撤去されてるみたいだな」

 対岸の崖の上も、そのまた向こうも。そして高所のあちこちに対タロス用のバリスタが隠されている。

「ここを襲撃するタロスに同情したくなるな」

 外を粗方見回すと、忽ち退屈になってしまって地中の探索に向かうことになった。

「迷宮みたい」

 子供たちは地下空間を楽しんだ。

 そして大きな吹き抜けを囲うように扉が並んでいる場所に出た。標識には『居住区画』とあった。

「部屋がいっぱいだ」

「あ。扉、開いてるよ」

「こら、勝手に開けるんじゃない」

「人住んでないよ」

 子供たちは空き家と見ると中を覗き込んだ。

『居住区画』とあるのに、周囲に人の反応はない。

「船室の方が快適なのかな?」

「なんか息苦しいよね」

「どことなく放棄された感があるわね」

「リリアーナ様、何か聞いてます?」

「そう言えば、人気がなくて余所に作り直したとか、前に聞いたような……」

「確かにこれは設計ミスですね」

 モナさんが吹き抜けを見上げて言った。

 大伯母が造った地下施設のように、吹き抜けの天井からは光が差し込んできていたが、その光は部屋の中までは届かなかった。

「窓側をこちらにすべきでしたね。そうすれば閉塞感を多少は緩和できたでしょうに」

「いざという時、大人数を収容できるから、潰さず残したと言っていたような気も……」

 ほんとに丸投げしてたんだな。要領を得ない。

「じゃあさ、ここ、いじくっても平気だよね」

「え?」

「誰もいないし」

「暇だから」

「いいんじゃない。どうせ使ってないんだし」

「姉さん!」

「ようし。やるぞ」

「何造る?」

「公園の見える住宅街とか」

「倉庫は?」

「却下」

「折角、光る天井があるんだからさ」

「部屋の天井は高くした方が開放感があっていいわよね」

「光が充分入ってくるように天窓とか?」

「吹き抜けの周りには花壇が欲しいわね」

「吹き抜けも四角じゃなく、円がいいわ」

 硬い石の床を魔法で削りながら簡単な図案をスケッチする。

「なんかいつか見た景色」

 地下の螺旋通路だ。

「よし。改造するぞ。まずは大雑把に。細かいことは後回しだ」

「おーッ」

「時間あんまりないわよ」

「他の施設に影響でないように、範囲は絞ってね。居住区画以外は削らないように」

 六階層だった区画を半分の三階層に。各フロアの部屋数も半分にした。

 吹き抜けは逆さ円錐型。光をより多く取り入れる造りを採用。三階と二階の周囲には花壇を、一階部分には中庭風の公園を確保。

 部屋数が半減し、一棟の床面積は大きくなったが、棟のなかでシェアできるように小部屋の大きさは揃えた。ガラスを張るための開放的な窓は空洞のままだが、さすがに魔法使い集団。すべてをあっという間に成し遂げた。

 そして残り時間を小細工につぎ込んだ。

 おかげで船に戻る頃には立派な施設が誕生した。

「これなら入居者アップ間違いなしだね」

「ガラス板があったら完璧だったのに」

「それを言うなら花壇に植える植物もだよ」

「取り敢えず、悪戯完了だ」

 ペントハウスに戻ると夕飯ができていた。

『居住区画』の件は事後承諾を得て事なきを得たが、翌日、子供たちは『穴熊の弟子』という呼称を得ることとなった。



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