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足止め

 疾走する馬上の騎士の如くシートにしがみつく操縦者の姿は異様であった。二腕二脚の人型の体は一応なしていたが、猛獣の如く低く身構える姿は既存のガーディアンのスタイルとはまったく違っていた。

 格納庫に置かれていたときは座席がもっと立ち上がるものだと思っていた。今はむしろ沈み込んでいる。

 手綱を常に握り締めているようなあの姿勢では銃撃は兎も角、剣撃はままならないだろうから、両腕の武装はあえて固定されているのだろう。肘関節を廃した腕に大口径の銃身がカスタマイズされている。

 そもそも海上戦用の機体なので重心は低く、水の抵抗を考慮してか外装は流線形で無駄がない。陸戦用にフロートの代わりに脚部に『浮遊魔方陣』が刻まれた、全長より長いスキー板のようなソリが付いている。

「アレにやられるわけにはいかないな」

 コアユニットはうちで造った物だ。『枯れた技術で』と以前言ったが、要は古い技術で組み上げた量産品だ。いずれ工房のフラッグシップになる『ワルキューレ』が負けるわけにはいかない。

 やられたらお笑い種だ。

「僕が出る。みんなは離脱しろ」

「そんな! 一人じゃ無理よ!」

「みんなのガーディアンはまだ調整中だろ。実戦に投入するわけにはいかないよ。今回は船の警護だ」

「撃ってきた!」

 結界が攻撃を跳ね返した。

「早く、いっぱい来る!」

「オリエッタはここで連絡要員だ」

 僕はデッキを下りて格納庫に向かった。

「ナーナ!」

 自分の魔法の盾を持ってヘモジが付いてきた。

「なんだ暴れたりないのか?」

「ナナーナ」

 圧倒的な彼我兵力差を心配して残業してくれるようだ。

「敵は速いぞ」

「ナーナ」

 ヘモジは僕の膝の上に飛び乗った。

「よし、出るぞ」

 魔力過多で行ってみよう。

 僕たちが格納甲板から飛び出すと、一番近い瓦礫から五機の『ルカーノ』が飛び出してきて、船の結界を削りに来た。

 が、すぐさまラーラやイザベルの反撃を食らってコースをそれた。

「『必中』付きか」

 微調整が難しいあの手の固定腕には目標を追尾するために『必中』の付与効果が付いていることが多い。銃弾の方に付与するのはコストが掛かるので、銃身の方に魔方陣が刻まれているはずだ。

 少々厄介だ。

 弾道コースを外れても命中する可能性がある。回避は大袈裟に、だ。高級品だったら諦めて被弾を覚悟しなければ。

 第一波は大きく旋回して戻ってくる。そして次の一波も反対側の瓦礫から砂塵を巻き上げ押し寄せてくる。さらにその奥には三波、四波と続いていた。

 合流される前に各個撃破していかないと。『必中』付きの銃弾の雨を浴びるわけにはいかない。

「今更やる気にならなくてもいいのに」

 こちらの船を奪わないと、砂漠に置き去りになるからか? 一隻ぐらい残しておくべきだったか。

 とは言え、こちらの魔力は潤沢。恐るるに足らずだ。

 いくら『必中』付与だと言っても、物理法則を大いにねじ曲げて動き回ることはできないし、追尾できる時間は込められた魔力相応、一瞬である。その一瞬が怖いのだが。

 単機のガーディアンだと侮ると痛い目見るぞ。

 というわけで、まずはまとめて『衝撃波(ショックウェーブ)』!

 切り返してきた第一波と合流した第二波をまとめて吹き飛ばすと同時に視界を完全に塞いだ。目標を認識できなければ『必中』は利かない。

 砂塵に紛れて、隠密行動だ。ヘモジも降ろしてコソコソ作戦である。敵より先に捕捉、各個撃破だ。

『衝撃波』を受けてなお数体がかろうじて起き上がった。

 が、終わりだ。操縦者が魔法使いか、予備がなければ動力源の魔石は今の一撃で空っぽになったはずだ。当然、魔石を取り替える隙を見逃す気はない。

 砂塵に紛れてヘモジがぶっ叩いている音がする。

「撃ってきた!」

 第三波の奴らはさすがに近付いてこなかった。

 同じ手は食わないとばかりに『衝撃波』を警戒しつつ、視界が晴れるのを待つつもりのようだ。

 村でエテルノ様と合流する前ならかなり焦ったことだろうが…… 命運を分けるというのはこういうことなのだろう。

 再び砂塵を巻き上げ、僕は姿を消した。

 敵の練度にはばらつきがあるようで味方が躊躇している間にこれ幸いにと突っ込んでくる輩もいる。

 おっと、風魔法で砂塵を散らしにきたか!

 魔力を帯びた風の塊だ。

『探知』スキル持ちと魔法使いには優先的に退場して貰わねば。

 強力な雷を続け様に落としてやった。案の定、攻撃は受けきられてしまったが、限界が来たようで、動けなくなった。

「寝てる分には死にゃしないって」

 砂嵐を起こし、隠れつつ『万能薬』を舐める。

 跳ねっ返りをチクチクやりつつ、第三波の連中が動くのを待つ。

 第四波はこちらとやり合わずに船に向かった。

 が、途中にはヘモジが手ぐすね引いて待っている。イザベルもガーディアンを持ち出して甲板の上から狙撃し始めた。

 ほんとに実戦で腕を磨くつもりらしい。五回に一回はかすっているようだ。素手で戦った方が成績がいいという状況は改善したいものである。

 数を減らしてるのはラーラのようだった。となると指導官はモナさんか。

 船はかつて艦隊だったスクラップから着実に距離を取りつつあった。

「そろそろ戻るか」

 殲滅が目的ではない。あくまで足止めだ。

 機会を窺っていた連中は僕が転進すると、ここぞとばかりに追い掛けてくる。そしてこちらの罠に掛かっていった。

「爺ちゃん譲りの巨大落とし穴だ」

 勢いよく穴に落ちていく機体が次々壁面に激突して大破していく。

 落下だけで済んだ機体も飛行能力がない以上、この落差は越えられまい。

 執拗に目くらましをしていたのはこのためだ。

 助かった後続連中ももはや追い掛けては来ない。仲間の救出が先だろう。

『万能薬』の勝利である。

 ヘモジが船を追い掛けていた一機を諸にぶっ叩いた。

 操縦者はシーソーの向かいに大岩を落とされたかのように宙を舞い砂丘に投げ出された。

 僕はヘモジを回収すると追撃を続けている連中を追い掛けた。

「王国を倒せ!」

「アールヴヘイムの手先どもをぶっ殺せ!」

 好きなことを言ってくれる。無教養こそが真の敵ということか。

「そのアールヴヘイムからの援助がなきゃ、世界そのものを支えられないというのに」

 あまつさえミズガルズ不要論があちらの世界でも燻りだしているというのに。暢気にも程がある!

 タロスの存在が世界を安易に閉じられない唯一の理由になりつつあるのだから本末転倒もいいところだ。

 ヘモジが飛んだ。

 操縦者をフライングボードの盾で蹴り出すと敵の機体を奪取した。

「ナーナーナー」

 でも残念、その機体には脳波コントロールはないんだよ。ヘモジの短い足ではどうにもならない。減速して止まってしまった。

「世話の掛かる奴だ」

 僕は追撃を一旦辞めて、大きなループを描きながらヘモジの下に向かった。

「交換だ」

 ヘモジと機体を交換した。

「ナーナナー!」

「ああ、こら!」

 僕をおいてサッサと空に消えてしまった。

「ったくもう……」

 ぶんどった『ルカーノ』の魔石を確認する。魔石は残り半分。なかなか省エネの機体だな。そろそろエンプティーだと思っていたのに。

 これなら船に戻れるな。

 眼前に煙が墓標のように棚引いている。

「ヘモジ、楽しそうだな」

 投げ出された操縦者たちはひたすらうなだれている。方角さえ間違わなければ村までは辿り着けるだろう。辿り着いたときには監獄行きが待ってるだろうけどな。

「いた!」

 しつこい奴だ。仲間のほとんどは諦めたというのに。

 僕は自前のライフルを構える。機体の搭載武器じゃ、操縦者に当たってしまいそうだからな。

 目の前で爆発した。

 空に天使の如く輝く翼…… ヘモジか。

「最後ぐらい譲れよ」

「んなぁ!」

 船からの発砲!

「ああ、こら! こっちは敵じゃないって!」

 命中した!

「ああ、魔石が!」

 替えの魔石はどこだ? ああ、鞄!

「『ワルキューレ』のなかだ」

 また撃ってきた!

「ちょっと! イザベル! やめろ! モナさん、気付いてよ!」

 クソ、またかすめた。ああ、もう結界ないのに!

 自分で結界を張った。

 ヘモジが間に入って攻撃をやめさせた。が、味方と知っても照準はまだこちらを狙っている。練習だとわかっていても余りいい気はしない。

 オリエッタ、仕事しろ!


 戦利品は『ルカーノ』一体のみである。今回の弾代ぐらいの価値はあるだろう。うまく改造できたらソルダーノさんたちの移動手段にでもして貰おう。重い武装は外して代わりに荷台を付ければ運搬にちょうどいい。重心が低いから転ぶこともないだろう。

「『ルカーノ』の形跡は消しておきたいところだねぇ」

 とりあえず、イザベルの狙撃の腕のなさに感謝だ。

 皆が大袈裟に僕たちを出迎えた。

 さすがにあの大艦隊を突破できたのだから、舞い上がるなと言うのが無理な話である。

 いくら魔石が潤沢にあるとはいえ、なんで人間相手に使わにゃならんのだ。

 砂を払って一服させて貰おうか。



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