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モナさんはへこたれない

 見張りと操船に携わらない子供たちは宿題に取り掛かっていた。その間、姉さんたちは船内散歩に向かった。

「鍵をよこせ」と言われていないから、重要施設まで見て回る気はないのだろうと判断した。


 姉さんたちが何をしていたのか。モナさんから後で聞いた話では、僕が改修した子供たちの機体と『ニース』を見ていたらしかった。

 前線ではここまでとことんカスタムした機体は珍しいらしい。それは整備のし易さも運用の重要なファクターであるからだ。こんな我が儘は本来、エース機にのみ与えられる称号のようなものだ。

 だからこういうチャンスは逃すまいと興味を持たれたのである。

 そして大盾。今回のもう一つの目的。

 新商品の情報は姉さんの耳にまだ入っていなかった。

 それで、これはなんだという話になったらしい。

 そして大盾を使った野営の参加者が増えることになったのである。

 とは言え、中継地の状況が分からない今、のんびり野営などしている場合ではない。夜もひたすら突き進むのみ、なのであるが。



 子供たちは甲板にいた。姉さんの付き添いたちも姉さんを残してそこにいた。

 甲板に大量の砂を敷き詰め、大盾を設置。船の上で野営の準備を進めていた。

「まずは床ね」

 大盾は内側を上にして設置する。既にその様に置かれている。

 そして幾重にも折り畳まれている床材を四方に展開する。

 盾の横幅を超える長方形の平面ができた。そして床材と一緒に折り込まれている壁材を指定通り順番に起こしていくと……

「狭い?」

「この人数で使うもんじゃないでしょ」

 想定人数で利用する分には充分なサイズだ。

 梁を渡して最後に天井に幌を掛ければ、大人五人どころか、十人寝転んでも充分な立派な小屋の完成である。組み立てわずか一分、宣伝文句は嘘をつかなかった。

 盾の防御結界が、そのまま建物にも作用する仕組みになっているのは便利だ。

 ランタン用の吊り下げフック、床中央の囲炉裏の設置場所まで確保されている。床の一部がそのまま収納になっていて、食料や日用品をここに入れておけば、わざわざ荷袋をほどいたり、外に出る必要はない。

「これはいい」

 大人たちは組み立て易さと、快適さを素直に評価した。単独任務をこなした経験がある者なら、設営の面倒臭さは身に染みている。

 一方、子供たちは評価に迷っていた。何せ自分たちの手で砂の城を造った方がより強固でアイデアに満ちた建造物をいくらでも自作できてしまうからだ。

「モナ姉ちゃんはどう思う?」

 そういうわけで評価をたらい回しにした。

「わたしは盾として欲しかっただけだから。でも防御結界を流用するアイデアはいいわね。ひとりでも組み立てられる点はポイント高いわ」

 おまけ機能はモナさんは不要ということのようだ。あくまでフライングボードとしての機能、でかい『ニース』をカバーしきれるサイズ感に焦点があるようだ。

 一通り見た大人たちは、僕を含めて撤収した。

 そして留守番していた姉さんと入れ替わることに。

 姉さんは子供たちと一緒に泊まり込むので、寝袋持参だ。

「僕も泊まり込めばよかった」

「誰が船の操縦するんです」

 モナさんに背中を押された。

「鍵、貸して頂けます?」

 このタイミングで来たか。


 姉さんの仲間たちも宛てがわれた客室に戻った。

 真っ暗闇の景色だけが残った。

 高度は上げ気味、速度は下げ気味、ライトは下向きに照らしながら静かに前進する。

 大きな船橋内部の光が外に漏れないように、目の前の展望ガラスに遮光のための結界を作動させた。子供たちのいる小屋を照らしていた明かりが消えた。

「お休み」

『ナナナ』

『タロス来ーい』

 見張りはかろうじて機能しているようだった……



 読書をしていたら地平線が白み始めた。

 気持ちのいい朝である。

 さて状況確認だ。地図情報では夜明け頃、左舷に台地の壁が見えるはずだ。

「まだ見えないな」

 僕は展望室を見上げた。

「おーい、起きてるか?」

『起きてなーい』

「左手に台地の壁が見えたら報告よろしく」

『ふあーい』

『ナーナ』

「ん?」

『なんか見えるよ』

船と地平線の中間にポツリと点が。

「この反応は…… タロスだ!」

 夜明け早々、これか。

 全員を起こすか迷ったが、ガーディアンを出撃させると、必然的に起こしてしまう。

 というより起きてきた。

 寝起きのままの姉さんだ。

「ヘモジ! 『ワルキューレ』だ」

「ナナナ?」

 主柱に絡み付く螺旋階段を駆け下りてくる。

「いいよ」

「ナナーナ!」

 まさか改良したライフルを最初に使うのが、ヘモジになるとは。

 小屋から子供たちが次々出てきた。

 そして小屋を大急ぎで片付け始めた。

 滑走路は一本じゃないからそのままでも大丈夫なのだが。

 着替えながら姉さんがブリッジに戻ってきた。

「状況は?」

「タロスを目視しただけ。数は三。はぐれだと思う。こちらはまだ発見されてないかな。高度を下げながら接近中」

「随分半端なところに」

「まだ転移ポイントが残されてるのかも」

「地図にチェックしておいて。『ペルトラ・デル・ソーレ』は連れてきてないから、後で確認させましょう。全員起こした?」

「いえ、まだ」

「起こしなさい」

「了解」

 起床の鐘を鳴らした。

 子供たちが寝袋抱えて戻ってきた。

「おはよー」

「おはよー」

「師匠、おはよー」

「タロスの反応だよね?」

「僕たち、出なくて平気?」

「それを調べに行くんだよ」

 エレベーターが動いた。

 ヘモジが『ワルキューレ』と共に上がってくる。

「早っ!」

 エレベーターが止まると同時に加速、そしてあっという間に空に上がった。

 子供たちは呆気にとられた。

「全員、戦闘配備。主砲展開して待機」

「了解!」

 子供たちは散った。

「寝袋は置いてけ!」

「あ、そうだった」

 寝袋を放り投げて、自分の担当各所に散った。

 船は前進を続けた。

 ヘモジの乗った『ワルキューレ』は光の点にしか見えず、未だ状況は定かではない。

『反応、消えた!』

 見張りから同時に声が上がった。そして空には青い信号弾が。

「戻らせなさい」

 こちらからは光通信だ。

「戻るより行った方が早い。強そーく。ヨーソロー」



 全員甲板に並んで下を見下ろしていた。

 タロス兵の亡骸を見ながら歯を磨き、うがいする。

 ただの雑兵だ。

 ヘモジは三体をライフル弾三発で綺麗に仕留めた。

「ナナーナ」

 射程の延長は見事に成功したらしい。ブレもなくいい感じだったと。

「ナーナ。ガラガラガラガラ……」

 確かに。雑兵じゃ、威力判定は無理だけどな。

「ペッ」

 吐き捨てたうがいが、突風で足元に掛かった。

「……」

「黙ってこっち見るな」

 浄化魔法を施してやった。

「朝から人騒がせだよな」

 目標の台地の壁が見えてきた。

「全員戻って朝食だ」

「はーい」

 僕は操縦席に戻って、進路を変える。目標が見えたら舵を右に切る。しばらくすると台地の壁に光の亀裂が走る。朝日が渓谷を抜けてくるのだ。

「面かーじ」

 船首を亀裂に向けた。あの渓谷を通り、台地の向こう側に抜けるのだ。台地の上を飛び越えることも可能だが、今回はやめておく。


 食事を済ませた子供たちが甲板の砂を払い、小屋を解体し始めた。

 そして元に戻った大盾を回収するのは『ニース』

 このままフライト試験を始めるようだ。これまでのフライトシステムではこの甲板に登る出力が得られなかったので、釣り上げる必要があったが、この大盾の出力なら計算上はいけるらしい。

 でもだ。いきなりここから飛び立つか? 下手したら先祖伝来の機体がスクラップだぞ。

 子供たちも協力して、バインディングの調整に入った。

 元々あった足元の接合パーツはフライトシステムに改修したとき外しているので、モナさんが改めて造り直した物に換装されていた。外したいときにうまく外れないと、これまた危ないので、作業は慎重だ。

『準備完了』

「発進位置へ」

 滑走距離足りるんだろうか?


 船の操縦席にはトーニオとジョバンニが就き、展望室にはフィオリーナとニコレッタが就いた。

『ニース』のでかい機体が配置に就く。

 物珍しさも手伝って姉さんたち一行もガラスに張り付いた。

「発進!」

 大盾が浮かび上がった。そして、背中に背負ったフライトシステムのスラスターも点火。

 スロットル全開!

 普通のガーディアンでは絶対しない轟音を奏でて、巨体は飛んだ。

 子供たちが歓声を上げた。

「滑走路が!」

 途切れた途端、機体は視界から消えた。が、すぐへさきの影から現れた。

 成功だ!

 砂塵を巻き上げ、独特の滑りを見せながら『ニース』は砂原を駆け抜けた。

 そして『補助推進装置』!

「あ、それを使っちゃう?」

 大盾に乗った状態での調整はしたのだろうか? モナさんが怠るとは思えないが。

 問題は別にある。


「止まっちゃったね」

 そりゃ止まるだろう。魔力食い過ぎだよ。

 ただでさえ消費過多なのに。大盾による出力増強だけで満足するべきだろうに。

「『補助推進装置』と両方使っちゃ駄目でしょ」

 軽量機でもやらないことを。

 砂漠で手を振っている。

「予備の魔石は?」

「収納ハッチが歪んで開かなくなったって」

 あんな重い機体に乗られることは想定していなかったのは大盾も一緒のようだった。

 

 予備の魔石を届けて、戻ってきた機体はどうしようもなく砂まみれだった。

「まあ、魔法使いが掃いて捨てる程いるからいいけどさ」

 子供たちも愚痴を言いながら、風魔法と浄化魔法で機体を清めた。

「甲板に戻って来られただけでもよしとしましょう」

 モナさんはへこたれない。



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