嵐の前の暢気さ?
子供たちのガーディアンも僕の愛機もまだ船に積み込んでいなかった。
「モナさん、手が空いてたら手を貸してください」
「どうしました?」
「明日出航なのに、ガーディアンをまだ積み込んでなくて」
ヘモジとオリエッタに『ワルキューレ』を任せて、僕が子供たちの機体の内一機を、残りの一機をモナさんにお願いできないかと……
「それでしたら、後はもう『ワルキューレ』だけですけど」
「へ?」
聞けば、モナさんの『ニース』も既に積み込み済みだとか。
「え? モナさんも行くの」と思わず声が出そうになったが、子供たちと大盾がどうのと言っていたことを思い出した。
「休んじゃって大丈夫ですか?」と、咄嗟に言葉を換えると「もうすぐ片付きますので」とのことだった。
僕は『ワルキューレ』の固定台を引っ張り出して、一緒に収められている装備一式の点検作業に入った。
「オリヴィア、見てないで先行っていいぞ」
「動くの待ってるわよ。その方が早いでしょ」
確かに今から歩いて帰るより、ワルキューレに乗って入り江に入った方が早い。
元々整備済みだし、ぱっと見、異常がなければ点検は終わりだ。
よし、収納スペースのなかも完璧だ。
「動かすぞ」
ヘモジが搭乗するのを見計らって、台座の固定ボルトを解除する。
「ナ、ナーナ」
『ワルキューレ』が動き出した。
「ナーナ?」
「ああ、新しい方を持っていく」
改造したライフルとその備品が入った方のケースを持たせた。
これを試すのも予定の内だ。
オリヴィアは眉一つ動かさず、その様子を見ていた。そして一言。
「使えそう?」と聞いてきた。
「どうかな」
射程が長くなればそれでいいというわけではない。大事なのはやはり取り回しだったり、照準の付け易さだったりする。ただ新種を相手にするとき、それだけではままならないということだ。
「ナーナ」
「モナさんも一緒に帰ります?」
「いいえ、まだ少し残ってますから」
じゃあ、お先にと、僕たちは『ワルキューレ』の操縦席に乗り込んで工房の湖面側のハッチから飛び立った。
「ナーナナー」
ヘモジが湖面スレスレを、波飛沫を上げながら大きく旋回する。オリヴィアを思いやってのことか、操縦がいつになく丁寧だ。
入り江まで一直線となったところでやや高度を上げて飛沫を切った。
あっという間に深い谷間の影に入る。風が一気に冷たくなった。
「ナーナーナー。ナ?」
「取り敢えず甲板だな」
船の後部からのアプローチとなる。
手慣れたもので滑るように滑空するとエレベーター前でふわっと停止した。
「ヘモジじゃないみたい」
オリエッタが感嘆の声を上げた。
僕もまったく同感だった。
「何か心境の変化でも?」
「ナナナナ」
聞き捨てならないことを聞いた。
姉さんの飛行技術の洗練さに感銘を受けたのだそうだ。『ワルキューレ』を滑るように、踊るように扱っていたと。
「いつだ?」
「ナ?」
「いつ『ワルキューレ』に姉さんが乗ったんだ?」
ヘモジが両手で口元を塞いだ。
まさかヘモジが姉さんと結託するとは。
「かわいーわね。ヘモジちゃん」
オリヴィアが抱き抱えた。
「かわいくしても駄目だから!」
ヘモジはオリヴィアの腕のなかに隠れた。
「ナ、ナナーナ……」
鍬一本、買って貰ったって…… お前なぁ。
「しょうがない奴だ」
ひょっこり顔を出す。
「怒ってないよ」
「ナァ……」
「でも家の人間以外、操縦させては駄目だからな」
「ナーナ!」
「あんなピーキーな機体『スクルド』程じゃないにしても。子供たちも駄目だから」
「ナ!」
不安だ。
ゆっくりエレベーターに載せて、ガーディアン用の格納庫まで下ろした。
そこには子供たちの機体が二機とモナさんの『ニース』が並んでいた。
「三号機は積まなかったのか」
そして問題の大盾が……
「『ニース』の備品扱いになってる」
他の機体の固定台収納に収まらなかったのだ。『ニース』の固定台のラックでもはみ出していた。
今後運用する予定があるなら、壁に掛ける専用ラックが必要になるだろう。
「よし、さっさと終わらせるぞ」
僕たちは『ワルキューレ』を専用の固定台に乗せる作業に移った。
オリヴィアは先に補給作業の様子を見に向かった。
僕たちも固定を済ませると、後を追い掛けた。
そのとき、ふと思った。
「生活物資は載ってるんだよな?」
乗組員たちの食料その他の備品収納庫はどうなっているのか?
「ちゃんと終わってる」
オリエッタが答えた。
「お肉もいっぱい。にひっ」
心の声が聞こえたぞ。
長い階段を下りて格納庫に到着。山のように積まれた補給物資とご対面だ。
「なるほど……」
ほとんどが食料と日用雑貨だった。資源やパーツ部品は思ったより少なかった。そういう役目は他の船が担うのだろう。
この船はあくまで臨時便だ。ご利用は非計画的にだ。
残りの空いたスペースにも今夜中にまた物資が運ばれてくる。
「よく働くなぁ」
作業用のガーディアンがひたすら入り江に浮かんだ貨物運搬船との間を往復する。港で積んで、ここで積み替えてと二度手間だろうに、文句も言わない。
オリヴィアが担当者と真剣な顔で話をしている。
先に消えていいものか、考えあぐねた結果、会話が済むまで待つことにした。
「商会の工房では今頃、棍棒をスライスしてるんだろうな」
「ナーナ……」
「ご苦労なことだ」
「輸送費、ただだから」
オリエッタが欠伸した。
ふたりは僕の倉庫の商品棚から買い取った物の今後について話し合っているようだった。
目の前の案件じゃないんだと、思った。
そりゃ、そうだ。彼らには彼らの明日がある。
ようやく一段落付いたところで、僕は彼女に別れを告げた。
「明日は見送りに来られないけど、後で話を聞かせて頂戴ね」と、笑顔で見送られた。
さて、明日からしばらく風呂に入れそうにないので、船にも一応風呂はあるのだが、入浴していくことにした。
「あんまり汚れてないね」
「ナーナ」
今日は比較的大人しい一日だった。
「ナー」
ヘモジも湯に浸かる。
オリエッタも勾配の付いた湯船にだらーんと伸びながら呆けた。
暖まったところでオリエッタを洗った。
「泡、泡ー」
真っ白になったモコモコに湯を掛ける。
「泡落ちすっきり」
次はヘモジの番だ。
「こら、動くな」
自分でほとんど洗い終わっていた。
「ナ、ナーナ」
残された背中を洗ってやる。
くすぐったそうに身をくねらせるヘモジ。
無駄な作業だとわかっている。再召喚してしまえば元通りにすっきりすることもわかっているが、ヘモジはこういうスキンシップが好きだ。そして僕もこういうときのヘモジの笑顔が好きなのだ。
ヘモジの笑い声が風呂場に響く。
「はい。終わり」
背中をザーッと流すと、今度は僕の背中を流してくれると言う。が、如何せん背が低い。肩に乗って洗ってくれると言うが、さすがに危ないので遠慮した。
そして三人、再び湯に浸かる。
「ほへー」
「師匠、早く出てこないと、夕飯抜きにするって言ってるよ!」
ヴィートの声が脱衣所の向こうから聞こえてきた。
ほっとする間もなく脱衣所を出ると、頭上が相変わらず賑やかだった。
「いい匂い」
香辛料の匂いだ。
「ナーナ」
楽しい団らん。一日の終わり。
僕たちはエレベーターで二階に上がった。
東の風、快晴。順風満帆。
船はゆっくり動き出す。
「係留、外していいよ」
係留ロープを外して、船首を出口に向ける。
その間、ガーディアンに乗った子供たちは係留ロープを巻き上げる。
魔石を使った全自動の巻上機が唸った。
二機のガーディアンが戻って来たときには、船は入り江を出て、甲板には朝日が降り注いでいた。
子供たちは全方位警戒中だ。
「微速、前進」
朝は港も賑やかだ。帆を張った船が次々入港してくる。
『楽園の天使』の湖岸には相変わらず背の高い船が泊まっていた。
「面かーじ」
船が首を振る。
現在、操舵を担当しているのはトーニオではなく、姉さんだ。
「舵中央。ヨーソロー」
胸壁の上にいる兵士に子供たちが手を振る。
「トーニオ」
難所を過ぎたところで、姉さんが操舵をトーニオと変わった。
姉さんが僕に目で合図した。
外にいる見張りも回収。ガーディアンも一旦収納だ。
姉さんはブリッジの下のソファーに側近たちと一緒に腰を下ろした。
「みんな戻ったよ」
展望室の見張りだけ残して子供たちが帰ってきた。
「モナさんは?」
「船内を散歩するって」
さぞや興味深い物が見られることだろう。
「あ、セキュリティーの鍵、渡してないや。ま、いっか」
先は長いし。鍵がないと恐らくモナさんが見たい物は見られないだろう。
「他に見る物いっぱいあるから平気」
オリエッタは心なしか、というより明らかに元気だ。久しぶりの外出に興奮している。
ヘモジも鼻歌を歌いながら船内の植物に水やりをしていた。
昨日のスキンシップが効いたかな?
「半そーく」
トーニオの声が響き渡る。
「船内異常なし」
ニコレッタとジョバンニが戻ってきた。見張りから帰ってくるついでに一回りしてきたらしい。
「積み荷も問題ないよ」
「ありがとう」
年長組はブリッジに、年少組は展望室に集まった。
僕はただ欠伸する。
困った、昼までやることがない。




