ただいま遠出の準備中
「ナ、ナーナ!」
ヘモジが持っていた糸玉の色が淡紅色に染まった。
僕はすぐさま白亜のゲートの柱に肘を当て、転送時に貼り付けるタグに『バルコニー・小部屋』と書いてヘモジに渡した。
ヘモジはそれを糊を剥がして貼るでなく、紐でくくり付けるでもなく、糸玉の糸と糸の隙間に突き刺した。
それをオリエッタに手渡すと、オリエッタは僕のリュックのなかに潜り込んで糸玉を『籠』に収納、落下防止用の網を掛けた。
工房から荷車を引っ張り出すと、冒険者ギルドの買い取り窓口に向かった。
その間、ヘモジとオリエッタは楽しそうに荷台で揺れていた。
「楽しー」
「ナーナー」
お前ら乗り物ならなんでもいいんだろう。
「坂道もらっく楽ー」
坂の多い砦にある荷車の類いには大抵『浮遊魔法陣』が付いてくる。
我が家の備品も同じ。荷車といえど一桁違う高級品なのであった。
「これ、お願いします」
店員の側にいた者たちが僕を奇異な目で見た。お貴族様が何やってんだって感じだった。
周囲から「ヴィオネッティーだ」と囁かれて、彼らは納得した。
ああ『銀団』じゃないんだなと、すぐわかった。
となれば『愉快な仲間たち』に所属するパーティーだ。
「拝見致します」
僕は荷車を検品用のカウンターに通した。
「ああ……」
店員は袋の中身を見て事務からの引き継ぎを思い出したようだ。
応援をひとり呼んで、袋を秤に掛けていった。
『魔石モドキ』を約一つ分、袋にして二十袋。
「それと…… これです」
よっこらしょっと。こちらが重要だ。光の魔石、基準サイズで三十個。
決して大きなサイズではないが、こちらには店員も目を輝かせた。
パチパチとそろばんを弾いて金額が提示される。
依頼書通りの金額が提示されたので、僕は頷いた。
サイズは小さいが一つ、金貨三枚。合計九十枚。そこに『魔石モドキ』分が十枚で締めて百枚だ。
側にいた冒険者たちは目を丸くする。
確かに何ヶ月も遊んで暮らせるレベルだろうが、僕はそのお金の全額を投じて船の燃料を追加するため、魔石(大)を二つ購入した。
今更、魔石(大)が二つ増えたところで、特大が一つ造れるわけもないが。反応炉に投じることは可能だ。
備えあれば憂いなし。
ヘモジたちもこっそり集めた屑石を売りに出して、鞄を空にした。
そして銀貨にして十枚を手にした。
「ナナ、ナーナ」
は?
「運ぶって、何を?」
堆肥の袋がカウンターにドンと置かれた。
ヘモジが嬉しそうに貰ったばかりの銀貨をカウンターに置いた。
「毎度あり」
「ナーナ」
お持ち帰りかよ。
空荷になったと思ったのに。堆肥袋を荷台に載せた。
人気が少ない場所で堆肥を我が家の倉庫の方に転送すると、荷車を倉庫に返し、僕たちもようやく帰路に就く。なんだかんだで一時間だ。
見晴台からの坂道を食事を済ませた人足や冒険者たちがガヤガヤと下りてくる。
「あ、そっか」
子供たちは給食だ。
ラーラもイザベルも今日は弁当を持っていったらしく、帰ってくる予定はない。姉さんと大伯母はリーチャさんも交えて、詰め所で今後の方針を決める会議に出席していた。
「どこか具合でも?」
夫人が言葉を掛けてくれた。
「いえ、静か過ぎて、ちょっと」
すると夫人は砂が吹き込むと言っていつも食事中は締めている窓を開けた。
食後の休憩時間だろう、窓の外から子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「デザートもっと食べたーい!」
「闇属性に愛の手をーッ!」
「『一撃必殺』だ。こらぁああッ!」
はあぁあ?
何をしているのかと思えば、単なるボール投げだ。遠投するのに思い思いの掛け声で気合いを入れているのだった。
「今の声……」
掛け声の一つは間違いなくマリーのものだった。
夫人が赤くなった。
「あの子ったら……」
家族万歳!
午後はオリヴィアの依頼で急遽十七層に向かうことになった。格納庫にまだ空きがあるというのでアースジャイアントの棍棒を狙うことにしたのである。
「ドラゴンの骸を複数回収することを意図して造ったのが、よくなかったのかなぁ」
「ナーナ」
僕の船は戦闘用の船にしては格納庫が大き過ぎた。
そのせいでいらぬ苦労しているように思える。
「いくら運送費が浮くからって、オリヴィアもオリヴィアだ。空荷のままでもいいだろうに」
「今から行っても残ってるかな?」
「ナナーナ」
アースジャイアントのフロアは人気フロアだ。小麦も採れるし、香木も採れる。
香木以外は転送されずに捨てられることが普通だから、それを集めるだけで充分に思えた。
建材に加工する時間も必要だから、余り時間は掛けられない。すべては今夜中だ。
十七層、フロアの入口近辺に冒険者の姿はなかった。
アースジャイアントの影もなく、戦闘跡だけが残っていた。
村の奥が若干賑やかだった。穀物倉の辺りに人の反応がある。
鬼の居ぬ間に小麦の回収を行なっている連中だ。外でも小麦の栽培は始まっているが、まだまだ需要を満たせるレベルではない。
「棍棒あった」
「ナナナ」
「三つも転がってるぞ」
余り時間が過ぎてしまうと日付のリセットを前に、アイテムも消失してしまう。
まあ、残っていたら儲けものだ。戦わずに済むのだから楽なもんだ。
転送するにも魔力がいった。当然、費用対効果を考えると、ただの棍棒の回収は後回しにされる。
木材不足は恒常的であるが、だからといって自らどうにかしようという者はいない。
エルーダではこれで生計を立てる者もいたが、ここはまだその限りではない。すべての物資はギルドの管理下に置かれていた。
迷宮を奥へ奥へと進んでいく。大掛かりなトラップによる障害も転移して軽々乗り越え、道端に放置されている棍棒を転送していく。
「宝箱ーッ!」
最高難易度の箱は今日も放置されていた。当たりは最深部にある『開かずの扉』の鍵である。が、僕たちははずれを所望する。
『迷宮の鍵』であっさり解除すると、中から大量の金貨と銀貨が現れた。
本日、ギルドで取引した総額を優に超えた。
「無情だ……」
「ナーナ」
ここまで来ると戦闘もひっきりなしだ。
香木目的の獣人パーティーが戦闘を繰り広げていた。
「ここから先は黙って拝借とは行かなさそうだな」
僕たちは棍棒を放置しているパーティーに声を掛けて、回収させて貰うことにした。
中には捨ててもいいんだが現金になるならと持ち歩いていたガラクタを、これ幸いにと売り付ける者もいた。
宝箱から得た現金のおかげで懐の温かい僕たちは寛容の精神を以てバーターに応じた。
「午前中より儲かったかも」
「まったくだ」
「ナーナ」
僕たちは一時間程パーティー間を彷徨い、自らも何体か『王党派』等、派閥に関係なく狩りをした。
これ以上は時間の無駄だと判断して、日が傾く前に脱出した。
地下通路側の倉庫出口に『ビアンコ商会』の馬車が既に横付けされていた。
倉庫の販売スペースにオリヴィアがいて、商品棚を覗き込んでいる。
「店主自らとは痛み入る」
「たまには見ておかないとね」
そう言いながら棍棒そっちのけで販売棚を見て回った。
荷運び用のガーディアンを持ち出すのも面倒なので、転送魔法を重ねて荷台に積み上げていった。
「これとこれ、それと、そっちのインゴットも。その魔石のガラクタ箱も貰っていくわ」
「支払いは?」
「後でまとめて」
商品棚から指定された品を運び出す。
馬車を引く馬が嘶いた。
別の馬車が坂道を擦れ違う。狩りを終えた冒険者が荷台に乗って地上を目指した。倉庫持ちの別のパーティーがガヤガヤと自分たちの店に今日の収穫を運び込む。
普段、あまり見ることのない景色だった。
子供たちと一緒に掘った大きな螺旋の通路にきらびやかな明かりが灯る。馬車も人も増えてくる。
「そろそろ混んでくるわね」
混み出すと馬車が地上に出られなくなる。長い列ができる前に退散だ。部下に馬車を任せて、オリヴィアは居残った。部外者、立ち入り禁止ではあるが、帰る先は我が家の入り江だ。別々に帰る必要もない。
「あ、忘れてた。ガーディアン積み込まないと!」




