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半端な一日

 起きて早々「船を明日、出航させる」と姉さんから直々に発表があった。

 渓谷砦との間で建設が行なわれていた中継基地の一つが突然連絡を絶ったのだ。将来的には転移ポータルを置く中継所としても利用しようという場所だった。

「砂嵐に飲み込まれたかな?」

 子供たちが噂する。

「てことは、南下してから東進か?」

「もし敵勢力だったら渓谷砦が挟撃を受ける可能性がある」

「今すぐ行った方がいいんじゃないの?」

「先発隊はもう出てる。我々は彼らをピックアップするだけだ」

 急ぎたくても物資の搬入が残っていた。

「空荷で前線に戻っても意味がないからな」

「今日出発だったら、宿題やらなくてもよかったのにね」

 子供たちが囁いた。

「何言ってるの。船の上でも毎日勉強するのよ」

「宿題ちゃんと出してあげるから」

 フィオリーナとラーラが子供たちをたしなめた。

 そうは言っても、今回同乗するのは姉さんと側近数名と積み荷だけである。操船を代わってくれる大人たちはいないのだから、操船だけで手一杯になるかもしれない。

「さあ、学校行く準備しなさい」

「なんか、気乗りしないな」

「それでも行くの!」

 明日から航海に出ると思えば、そりゃ、気もそぞろになるだろう。僕だって中途半端に迷宮に潜りたくない。既に中途半端な状況でなければ。

「どうしようか?」

 四十層を攻略するか。四十一層に向かうか。四十層は子供たちと一緒に攻略をすればいいと思っていたが、四十一層はレイスの巣だ。片手間に戦う相手ではないし…… 得る物もない。

「ナ、ナーナ」

「同感」

 四十層攻略をヘモジとオリエッタは支持した。

「マップぐらい作っておいてやるか」

 先は長いしな。

「ゴーレムの溜まり場、早く見付けたいし」

 オリエッタが尻尾を振った。

 ヘモジはそれをひょいと跳び越えた。

「……」

「……」

 ふたりが無言で対峙した。

「ナッ!」

 同じ事を繰り返した。

 さらにもう一回!

「ナーナ!」

 ヘモジが身構える。

 オリエッタが勢いよく尻尾を振った。

 遊びになった。

「こら! 埃、立てない!」

「おーこらーれた」と、子供たちに揶揄された。


 ゴーレムの溜まり場はミスリルを採取するための重要拠点である。

 爺ちゃんたちは巨大倉庫、僕とラーラの場合は廃墟と化したコロシアムだった。数十体ものゴーレムが列を作って眠る工場のような場所だった。

 そこが爺ちゃんたちの、そして僕たちの蓄財の原資になっていた。

 当然、クーの迷宮にも期待してしまう。が、エルーダより上級に設定されている難易度がどう働くか、気掛かりだった。



 工房に向かい、準備しておいた荷車を取りに行こうと思ったが、朝の混雑具合を見て取りやめた。

 なので、光の魔石と『魔石モドキ』の持ち込みは昼にした。

「早めに切り上げればいいだろう」

 僕たちは糸玉を用意して転移ゲートを潜った。すると階層表示に色付きで『四十階層(一層西南)』と出た。

 進化してる!

 これなら行き先を間違えることはない。


 ゲートを出た先は先日終了した階段前の踊り場だった。

 既に復活した敵の反応に完全包囲されていた。

「見付かる前に階段を下りるとするか」

 緩やかな段差…… 白石の壁…… 子供たちが横一列に並べるくらい広い全幅。

 巨人サイズにしてもかなり広めだ。

「宝箱、発見!」

 階下に視線が通った瞬間、オリエッタが宝箱を見付けた。

「ナナーナ!」

 階段の先には階段幅のさらに倍程も広い直線通路。その中央には天井を支える角柱が並んでいた。その最も手前の根元に宝箱がこれ見よがしに置かれていた。

「こういうときは大抵――」

「死角に敵がいる」

「ナーナ」

『ジュエルゴーレム』!

「腹だ」

「ナーナ」

 急所は腹にあった。

 ヘモジは階段から飛び降りると、着地と同時に左に飛んで、勢いそのままミョルニルで薙いだ。


「ミミックじゃないよな」

 警戒しながら宝箱を開ける。

「金貨だ」

 大きな宝箱にコインが十枚だけ。ここまで辿り着いたご褒美といったところか。

「固定湧きかな?」

 次回、子供たちと来たらわかるだろう。

「前回、下を覗いてから撤収すべきだったな」

 次回の訪問は間が空くことになるので、マッピング用紙の片隅に覚え書きを添えた。

 中央に柱が並んだ広い廊下を進むと、壁沿いにゴーレムたちが控えていた。

 僕は銃を取り出し、起動とほぼ同時にとどめを刺していった。


 マッピングをしながら、ゴーレムがアイテムに変わるのを待った。

「広い廊下だな」

 実測したら道幅が思った以上に広かった。上の階の部屋の一辺に相当した。

「ナーナ」

 最初の一体がアイテムに変わった。

「おお!」

 ヘモジの一撃で沈んだ一体が金の塊と『虹色鉱石』に変わった。

「こりゃ幸先がいいな」

 そして二体目以降も順調に高額商品が手に入った。

 急所を見抜くスキルと一撃で撃破する手段を持っていれば成立する成果だったとしても、これは大盤振る舞いじゃなかろうかと思えた。

「ナ!」

 ヘモジが通路の奥を見返した。

 前言撤回……

 報酬には当然、それに見合うリスクが含まれていた。

 緊急事態だ。

「『クラウンゴーレム』……」

「道理で。通路の幅も天井も広過ぎると思ったんだ」

 柱を一本へし折り、投げてきた。それはあらぬ方向に飛び、僕たちが下りてきた階段手前の天井に突き刺さった。

 天井が一気に崩れた。そして階段も崩れ落ちた。

 退路は一瞬で塞がれ、閉じ込められた。

 ここは一旦撤収だ。セオリーをしっかり守るなら、急襲を受けた場合の鉄則は逃げの一手だ。

 が、嫌な予感がした。

 そうか! ここで脱出したら、糸玉の記録が書き換えられてしまうんだ。

 ここまで来た記録がお釈迦になる。

 他の場所の記録が残されていればいいが。『籠』に糸玉を入れておかなければ持ち込んだ糸玉の記録情報はすべて上書きされてしまう。

 焦って脱出したパーティーは悔やむことになる。欲を掻いた場合、入場と共に再戦が始まる。日を跨いでしまうと復活した『ジュエルゴーレム』ともやり合わなければならない。

「こういうのもトラップって言うのかね」

「ナーナ」

 ヘモジとオリエッタも理解したようで、僕のリュックを漁り、出したままにしていた糸玉を『籠』に戻し、まっさらな糸玉を代わりに取り出した。

「準備万端」

 クラウンゴーレムが柱を破壊しながら距離を詰めてくる。

「天井落ちない?」

「さっさと仕留めよう」

 僕は銃口を向けた。


「子供たち、泣くな」

 他のゴーレムからの回収品も含めて、回収したアイテムの量は昨日を遙かに凌駕した。出現数だけでも昨日を超えるのだから、然もありなん。

 その分、魔石は一つもないのだけれど。

「しかし……」

 振り返れば瓦礫の山である。

 こんな狭いスペースに『クラウンゴーレム』を三体も押し込むなよ。

「連鎖しまくり」

「『クラウンゴーレム』って、索敵範囲広かったんだな」

「ナーナ」

 よくよく考えれば、縮尺的に小さなゴーレムと差異のない動きをするということは、図体のでかさ分だけ初動が早いわけで、それはひとえに索敵範囲が広いということに他ならない。

「壊しも壊したり」

 柱を折ったり、物を投げたり、おかげで寝ている子を起こしまくってくれた。

「序盤でこれとは……」

「ナーナ」

 道幅が広かった分、地下の構造は単純だった。通路は北端まで行くと折り返し、さらに南端へと戻り、もう一度折り返して、その中間で終る。

 下り階段と同様、ゴーレムが余裕で通れる緩やかな上り階段があった。

 一階の地図と照らし合わせると、現在の立ち位置はちょうど建物の中央に位置する。

「さてと。ここからはミノタウロス戦かな」

「ナーナ」

 僕は銃をしまい、ヘモジの後に続いた。

「扉、発見」

「そ、そうだな」

 階段前のスペースの東西と北側に、見逃しようもない扉が並んでいた。

「いきなり分岐かよ」

「ナナ?」

 好きな所から行けと言ったら、中央から行きやがった。

 マップを作る身にもなれ。

「わざとだろ?」

「ナナーナ」

 いたずらっ子のように笑った。

 扉を開けるといきなりミノタウロスと目が合った。

「あッ」という間にミノタウロスが壁にめり込んだ。

「早っ!」

 ヘモジが早かった。

 一体だけか? 周囲を見渡す。

 奥に扉が続いていた。

 扉に隙間を空けたら、すぐに『魔力探知』

 反応なし。

「ナーナ」

 押し入ろうとしたら、魔力に微かな揺らぎ。

「避雷針だ」

 扉の隙間がゆっくり大きくなるにつれて反応が顕著になる。

「左手前、隅に避雷針。敵一体、正面」

 手で合図する。

 ヘモジは頷き、消えた。

 僕も突撃して、避雷針を切り裂いた。

 振り返るとヘモジがミノタウロスの角の間を足蹴にしていた。


「甘かった」

 進行速度が思った程上がらない。

 今日中に一層攻略できないかも。マッピングも回収も何もかもこの面子で行なっていては終るものも終らない。

「以前はこれが当たり前だったんだけどな」

 子供たちのありがたみを知る。


 こちらの気を察したのか、蔦の絡まるある扉を開けると、バルコニーのある小部屋に出た。

 外に面していて、草木が植えられていた。

「ナーナ」

 ヘモジが花壇の縁に腰を下ろした。

「ここは安全地帯なのかな?」

 警戒しつつも、水筒を出して一休みすることにした。

「いい景色だ」

 先日見た海に面した傾斜を見下ろせた。

「風が気持ちいい」

 オリエッタも気持ちよさそうに風に身を預けた。

「ナーナ」

 ヘモジが背にした草木も風に揺れた。

「少し早いけど昼にするか? ギルドに寄らないといけないし」

 身体を休ませると、僕たちは迷宮を後にした。


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