余波と雑用
中海の向こう『愉快な仲間たち』もとい『楽園の天使』が中継ポイントとして利用していた人口二千人程度の小さな集落。この集落がつい最近、廃村になったらしい。
リーチャさん曰く、作為的な破綻だったようだ。
『楽園の天使』はここを失ったことで中継基地を失うことになり、補給路が伸びる結果となった。現在、補給線の再配備を余儀なくされているとか。
「せっかく快進撃を続けているのに」
『ペルトラ・デル・ソーレ』を保護し、敵の転移ポイントの湧き潰しを積極的に行ないながら、範囲を拡大し続けてきたナンバーツーギルド『楽園の天使』。今年の終わりには山岳エリアを抜け、要所の建設が可能になるのではないかと期待されていたのだが。その分、南部が疲弊しているのだが。
それもこれもこの砦あってのこと。メインガーデンまで補給や修理で戻らなくて済んでいる点が大きいらしい。実際『楽園の天使』の自治エリアは外周拡張に伴って大きくなり続けている。南部にももっと利用して欲しいのだけれど。あちらは現在前線を後退させている。
「でも、なんで突然」
「それがね」
子供たちも含めて口をあんぐりさせた。
「馬鹿貴族……」
ヴィートに斬りかかった例のあれを思い出さずにはいられなかった。どうにも状況が似ていた。船や生活物資を略奪されてにっちもさっちもいかなくなったことが根本的な原因になっているようだ。
リーチャさんたちが新しい船を用意すると言っても、こりごりだと頑なに反対され、どういう理屈か、この砦に収まる気でいるようなのだ。それもこれもあの馬鹿貴族の誤った喧伝のせいらしいのだ。本当に自分が勝手できると思っていたようなのだ。
二千人程度ならここの自治区でもなんとかなるだろうし、僕たちが口を挟むことではないが、前線に非戦闘員が溜まり過ぎるのは困りものだ。その分の補給を増やさなければならない。が、その中継が滞るとなると。
補給路の再配置が済むまでここから物資を流すことになるので、リーチャさんはそのための打ち合わせに来たのだ。そしてウワバミに捕まったわけだ。
「足並みを揃えて前進するはずだったのに」
「どの道、南部があれでは前には出られまいよ」
メインガーデンからのテコ入れが大分入っているというから、そろそろ前に出てくれるとは思うが。
第二形態を野放しにすればする程不利になる。
「やっぱり新種の存在が大きいのでしょうか」
「『楽園の天使』はうまくやってるよね」
「元々山岳戦が主体でしたから長距離での撃ち合いには一日の長があります。それに第二形態も山肌が邪魔しては目視での転移もかないませんから」
大伯母の弟子であるリーチャさんが開発した『とんでもバリスタ』が櫓のような大型船に配備されているが、新種に対応した物が既に配備済みだとか。
名前は確か『追撃型雷撃弾』
通常は散弾の雨を降らせて面制圧を行なう兵器なのだが、二撃目に大型の『雷撃』を撃ち込むと、一段目の散弾に伝播して、矢のような雷光の雨を降らせることができるのだそうだ。金属に雷がという単純なものではなく、一段目にそうなるための仕掛けが施されているらしい。仕組みは内緒だそうだ。しかも追加の『雷撃』はいくらでも撃ち込めるとか。
これが空間をざわつかせるようで、さすがの新型も異空間に長居はできないらしい。しかも重力で焦点を呼び寄せてしまうのだがら質が悪い。
さすが大伯母の秘蔵っ子だ。伊達に使いっ走りさせられているわけではない。
ただ当方の特殊弾頭程ではないにしても鏃の魔石は大きな物だ。ますます迷宮の価値は増すばかりである。
難しい話は一過性で終わり、子供たちは奇天烈な円盤に舌鼓を打った。
「美味しいね」
「このソース甘いよ」
「うちでも作れるかな?」
カテリーナが言った。
お姉ちゃんズに食べさせてやりたいらしい。
「ちょっと変わったお芋を使うから、こっちでは難しいわね」
ラーラがカテリーナの口元のソースを拭った。
「うにょうにょしてる……」
「かんな屑じゃないから!」
「まだ何も言ってない!」
「でも言おうとしたでしょ」
「これ、何?」
「かんな屑よ」
「師匠、ニコレッタがいじめる!」
「仲よくしろよ」
「ステーキ残しちゃいそう」
「俺、食ってやるよ」
「おい、ミケーレ。ピューイが凄いことになってるぞ」
「うぎゃああ」
お好み焼きの直径をまっすぐ横断しようと試みていた。
「ソース味だ……」
「ソース味のピューイだ」
「同じ無翼竜なのに」
キュルルはお上品に端から順に食べていた。
「飼い主の性格が出るんじゃないか」
思わずヘモジを見てしまった。
「ナーナ?」
野菜スティックを甘いソースに浸けていた。
そのソースは合わないんじゃないかな?
案の定、眉間に皺を寄せた。
オリエッタのステーキ皿のソースに二度浸けしようとしたらオリエッタにガードされた。
それをなんで僕の皿に置いていく。
「ナーナ」
なにが『美味しいから』だよ!
オリエッタが背を向けたまま含み笑い。
そこ。笑うところじゃないから!
案の定、子供軍団は撃沈した。
粉物は腹に溜まるからな。
それでもデザートは欠かさなかった。
「この満腹感を分けてあげたい」
神樹に何言ってるんだか。
子供たちは一階の居間でゴロゴロしながら、学校の宿題を始めた。
食堂の上では大人たちが地図を広げて世間話だ。
僕は家を出た。
家を出て冒険者ギルドに向かった。
『魔石モドキ』をどうするか聞くついでに、掲示板でも覗いてこようと思ったのだ。どういう依頼が持ち込まれているのか、じっくり市場調査だ。
「『魔石モドキ』はこの砦で消費させて貰っています」
「そうなの?」
「やはり嵩張りますからね。船に積み込むなら、場所を取らない魔石の方がいいわけです」
そのための抽出機を近々持ち込む手筈になっているらしい。
「できれば砕いてきて貰えると助かります。重さで買い上げますから」
相場通りの値段で買い取って貰えるようだ。
原型のサイズもバラバラだし、丸い以外の意味もないので運搬し易い大きさに袋詰めにしてくるのがよさそうだ。
高ランクの掲示板から漫然と覗いていく。
「光の魔石の調達依頼だ」
珍しい依頼があった。本来教会に依頼すべき案件だ。
街灯を増やす計画があるらしい。依頼主は『銀団』だ。
『外縁の環状路と砦の新しい路地に設置するため』とある。
船に積まれた余剰品狙いか。数量指定もない。
「ふむ」
貢献しておこうか。
魔力吸収用の紋章は刻まなくていいのだろうか…… 流通してる光の魔石のほとんどは教会謹製で加工が済んでいる。
素のままの魔石だと却って迷惑か? 掲示板のランクがランクだから、発掘品狙いだと思うんだけど。
宝箱から出るってことなのかな?
まだ宝物庫に辿り着いたパーティーの話は聞いていないが。
窓口に尋ねてみた。
「台座に術式を刻んだ物もありますので素の結晶でも問題ありません。勝手に光ってくれた方が便利ではありますが」との回答だった。
それなら協力できると僕は返した。
既得権益に触れることだから紋章まで刻むのは控えるが、作り出そうと思えばお布施なしでいくらでも。
依頼には報酬額も出ているのだが…… お布施とどっちが高い?
サイズと数を聞いて、後受けの形で依頼を受けることにした。
ほとんどは討伐依頼だ。移送費等が絡んでいるので、報酬は一割減といったところだが、魔石の値段だけは高騰していた。
『虹色鉱石』の買い取り依頼を探したら、ランク指定のないものが何枚かあった。依頼主は各商会だ。
そのうちの一枚は『ビアンコ商会』の物だった。『買い取り額は現物鑑定で』とあった。
オリヴィアに直接持ち込んだ方がいい値を付けて貰えそうだ。
客はもう僕しかいなかった。職員も一人だけで、事務机に片肘突いて欠伸していた。窓口も閉鎖し、僕の退出を待つばかり。
倉庫に寄って、光の魔石の在庫を確認した。以前、四属性の魔石を使って加工した物の余りだが、それを棚から持ち出した。
三十個ぐらい提供しようと思ったので、足りない分を加工することに。
「属性は足りてるな」
サンプルを借りてきたので、大体その大きさにということで、棚から似たサイズの石を五つずつ取り出して、合計二十個の光の魔石に造り替えた。
それと『魔石モドキ』を丸々一つ、砕いて持てる分量にまとめた。頭陀袋にして二十袋程になったが、袋の方が先になくなった。
ソルダーノさんに注文しておこう。
売り物をまとめて台車に載せ、工房の入口に置いた。明日、迷宮に潜る前に届けることにした。
空が澄んでる。星が空を埋め尽くす。
「寒ッ」
家に帰ると子供たちも大人たちも明日に備えていなくなっていた。
「注文は明日でいいか」
風呂に入ろうか一瞬迷ったが、面倒臭さが勝った。
台所に寄って喉を潤し、自室に戻ると、ヘモジとオリエッタが寝床からこぼれ落ちていた。
「風邪引くぞ」
僕の手の方が冷えていた。ふたりのぬくもりが伝わってきた。
僕は暖炉に火を付け、内着に着替えると寝床に身を投じた。




