クーの迷宮(地下40階 殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス戦)一時中断。課題消化の日々
そして何十戦かして、ゴーレムに遭遇した。
「やっとか」
「いて欲しいときには見付からないもんだね」
「術式は覚えてるか?」
年長組は頷いたが、そもそも使う機会がないと諦めていた年少組は首を横に振った。
現れたゴーレムのコアは露出していた。
「何回か、やってみせるから、おさらいな。まずは成功例から。コアがまだ見付かっていないと仮定する」
僕は接近してくるゴーレムに向かって、適度な距離を取り、プロセスを噛み砕いて撃ち込んだ。
ゴーレムは拳を振り下ろすことなく膝を屈して倒れ込んだ。
「ちょうどいい加減で使えば見ての通り、わずかな力でコアを破壊できる」
子供たちが砕けたコアに群がった。
「全然わずかじゃないし」
そして次からは失敗例を。まず力任せの『衝撃波』。子供たちにはまだ無理だが、完全破壊バージョンだ。城壁をも粉砕する上級魔法、本来の使い方だ。
子供たちはその破壊力に目を丸くした。
普段、回収を考えて加減して使っていたから、これ程威力があるとは思っていなかったようだ。
ゴーレムはコア諸共、跡形なく四散した。
次に弱過ぎてコアまで衝撃が伝わらないケース。衝撃の波が均一ではなく、想定外の破壊を生んだケース等々。
どちらも二発目を正しく当てて、コアを破壊した。
「魔力が少ないうちは応用が難しいだろうけど、硬い相手には使い勝手がいい魔法だから、覚えておいて損はないぞ。上級魔法のなかでも使いどころのある魔法だからな」
「上級魔法……」
「大丈夫。みんなが使うのは易しくした奴だ。正真正銘の『衝撃波』はこんなもんじゃないのは知ってるだろう?」
見せたことあったかな?
「師匠が湖を造ったやつ?」
「そう、あれだ」
年少組は自信なさげだ。
「『なんちゃってゲイ・ボルグ』より楽勝だと思うぞ」
「ほんと?」
「カテリーナたちならもうできると思ったから、話してるんだけどな」
キラッと瞳の奥が光った。
「魔力をドカ食いすることに違いはないから、連携は必須だぞ。でも、ひとりで一体を丸ごと面倒を見なくてもいいんだから、右腕だけ担当するとか、気楽なもんだろう? 今日はもう余り時間がないけど」
「やる!」
「わたしも!」
カテリーナとマリーが即答した。
「お前らはまず術式を覚えないと駄目だろう」
ジョバンニに突っ込まれた。
「そうだった」
笑いが起こった。
「俺から試させて貰うぞ」
「ずるいよ。俺だって覚えてるのに」
ヴィートが参戦した。
「歳の順だ」
「だったらわたしからね」
フィオリーナが先頭に立った。
「わたしだって負けないからね」
「じゃあ、そういうことで」
トーニオが引導を渡したところで手を動かして鉱石回収。
「あーっ! ミスリル出たーッ!」
僕たちは積み木を積み上げるように地図を埋めていった。そしてすべての行き止まりを極めたとき、地下への階段だけが残った。
フロアのすべてを攻略したわけでないことは明らかだった。エルーダでもそうであったように、下に降りたらまた上って続きの攻略ということになるはずだ。
「今日はここまでね」
フィオリーナが言った。
『衝撃波』の練習も年上から三人までしか試せなかった。が、結果は良好。
「そうだな。倉庫整理もしなくちゃな」
「えーっ」
「えーじゃないだろ。回収したアイテムの管理も冒険者の仕事の内だ」
「糸玉どうすればいいの?」
「一つ『籠』から出して、持っているだけでいい」
「敵が湧かない場所がいいよね」
「じゃあ、あの辺で」
僕はゲートを開き、子供たちを外へといざなった。
子供たちは『身体強化』を全開にして、鉱石を整理整頓する。
「これ鉄?」
「混ざってるのはこの辺でいいわよ」
僕は鉱石から不純物を分離、精製する作業に勤しみ、子供たちはそれらを丸める作業に就いた。高価な物はインゴットに変えるが、安い材料は丸めるだけにした。
「鉛、終ったよ」
「こっち、お願い」
「うおっ、銀、少な!」
ヴィートがフィオリーナの仕事の速さに感嘆した。
「インゴットの型取って」
「肉球マーク、ほい」
すべてのインゴットの型にはオリエッタ印が入っている。『認識』スキル持ちの鑑定証明印だ。責任と信用の証だ。
「こっちも終ったよ」
人数を割いただけあって鉄の加工も終ったようだ。満杯になったバケットは販売用の棚に。残りは倉庫の定位置に。
「あ、誰か、モナさんにストックしておく素材があるか聞いてきてくれる?」
「聞いてくる」
手慣れたもので、整頓はあっという間だった。
そして残ったのは金とミスリル。それといつ混じったのか『虹色鉱石』が宝石類のなかに一欠片。
宝石類はオリエッタに任せて、子供たちは素材を注視した。
「ミスリル、あるだけ欲しいって」
モナさんに聞きに行ったヴィートがエレベーターから頭を覗かせた。
「じゃあ、半分残しで」
僕はミスリル鉱を半分、別のテーブルに移した。
そして残りと金塊全部の不純物を分離していく。
そして運命の瞬間。
子供たちは少しでも多く素材が残るようにと願いながら、インゴットの型に収まるように成形を試みた。
いやー、実に無残で笑える。
「大分よくなったけどな」と言っても、損耗率は現在、金で三割、ミスリルで八割強といったところだった。
年齢を考えると奇跡的な成果なのだが、当然、当人たちは納得しない。
「駄目だーッ」
「落ち込むーッ」
「せめて五割、消えないでー」
いつの間にか、真剣なまなざし。張り詰めた空気、額に汗しながら、息を飲む。
精製が終った最後の塊を人数分、等分に分けて一人一人の前に並べる。
「今日の締めくくりだ」
全員万能薬を舐めて、最後の成形に取り掛かった。
「大惨敗」
オリエッタが必死に笑いをこらえる。
「ナーナ」
抱えるほどあったミスリルからインゴットにできたのはたったの三本だけだった。
「見事に溶かしたな」
「まだチャレンジするの早かったんだよ!」
「でも金の成功率は一割ぐらいよくなったんじゃないか?」
「ほんと!」
「どうせならこれも溶かしちゃう?」
「馬鹿言わないの」
できたインゴットをもう一度溶かして練習素材にしようかというミケーレの言葉にニコレッタが反対した。
『虹色鉱石』が出たから、今日の報酬としてはもう充分なのだが。
オリエッタが鑑定して頷いた物から順に棚に収めていく。
「宝石の箱、もういっぱいだよ」
売れ線を除いた後の出涸らしばかりだ。
「箱売りしちゃう?」
「そうだな。販売コーナーに移動するか」
「これどうすんのー?」
ニコロとミケーレが『魔石モドキ』を指した。
「ギルドにお伺いだな」
「じゃあ、隅に寄せとく」
帰宅すると、風呂上がりの姉さんがうまそうにエールを飲み干していた。
大伯母も焼き魚を肴にグビグビと喉を鳴らしていた。
「なんだ?」
「帰ったか、チビども」
出来上がってるし。
「何かあったの?」
「退屈しのぎに飲み始めたら止まらなくなっちゃったんですよ」
「リーチャさん?」
台所から顔を出したのは『愉快な仲間たち』のリーチャさんだった。
大伯母に呼び出されたのか?
「北に帰ったんじゃ」
「戻ってきて早々、捕まりました」
「それは……」
ご愁傷様です。
「さあ、さあ、食事にしましょう」
夫人が出てきて、子供たちをいざなった。
子供たちは台所に次々突撃して、ワゴンに載せた食器や、できた料理を運び出した。
「これまた変わった料理を……」
パスタの大皿の後に出てきたのはピザのようでピザではない、異世界料理、お好み焼きというやつだ。カヴォーロをふんだんに使った粉物料理だが…… 出来合いがコンテナに収まっていたらしい。
「あ、ステーキ……」
オリエッタが囁いた。
「食べ過ぎ腹痛コースだな」
子供たちはお好み焼きを不思議そうに眺める。
大伯母と姉さんの前にはお好み焼きの皿だけが並べられた。
「あんたらが食いたかったんかい!」
「いただきまーす」
「ナーナー」
「ピューイ」
「キュルルル」
「姉さんはいつまでいられるの?」
「補給が済んだら戻る」
「そっか」
やっぱり大変だな。
「リーチャさんは?」
「わたしは情報を届けに来ただけなので、用が済めば戻ります」
こちらも大変だ。
伝令を使わないで副団長がわざわざというのは気になるところではあるが。
新種の情報とか、色々あるからな。
「帰りはあんたの船で帰るわよ」
「はぁあ?」
「わたしが乗ってきた船はこれからメンテナンスに入るのよ」
僕たちがいろいろ課題を抱えていることを知っていた。
光弾の試射。大楯の運用。子供たちによる改修後の船と改良後のガーディアンの操作実習。
「荷物はもう積み始めてるから、拒否権はなしよ」
「僕たちも行くの?」
子供たちが目を輝かせる。
「嫌なら別にいいのよ。人雇うから」
「嫌なんて言ってないし!」
「学校は?」
「学習進度はアドバンテージがあるから、ちょうどいいんじゃない? 戻ってきた頃には他の子たちと帳尻が合うでしょう」
「当然、船の上でも勉強して貰いますけどね」
ラーラとイザベルが帰ってきた。
「お帰り、おねーちゃん」
「あら、リーチャさん、お久しぶり。お元気でしたか? 聞きましたよ。ワズワ村の件」
「あら、お耳が早い」
どうやらリーチャさんがわざわざ出張ってきたのは、そのワズワという名の村の件であったらしい。




