クーの迷宮(地下40階 殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス戦)みんな一緒4
子供たちは上級兵の前に対峙した。にもかかわらず上級兵はまだ子供たちを見付けられないでいた。
隠密に長けたお姉さんズもこの状況には目を見張った。そして、そこから始まる子供たちの猛攻に絶句するのである。
数による暴力。反撃を許さない魔法攻撃の連鎖であっという間に討伐完了。
「やっぱ雑魚だな」
「結界一枚しかなかったね」
「ボスは何枚あるかな」
「何もしてない!」
「しょうがないだろ。弱かったんだから」
防御担当を任された子供たちは出番がなかった。
そして点在する雑魚キャラとの戦闘は数度繰り返された。
「……」
「あれ?」
「師匠」
子供たちが指差した。
指差した先には見慣れた物が……
「出口か?」
見慣れた階段があった。
「あれ? ボスは?」
「ここのボスって影が薄かったんじゃなかったかしら?」
姉さんがラーラに囁いた。
そういえば爺ちゃんも、リオナ婆ちゃんも、ロメオさんも、アイシャさんもここのボスの記憶は曖昧だった。ナガレが倒したそうだが、当人もどんな相手だったかまったく覚えていなかった。
「大師匠?」
「……」
「リリアーナ様?」
「おかしいわね」
「……」
「もしかして倒しちゃった?」
「のかな?」
「最後の奴ちょっと強かったかも」
「ちょっと見てくる!」
「ついでに魔石回収しようぜ」
子供たちはヘモジを連れて逆走していった。
「あーッ! 糸玉ッ!」
僕たちは慌てて子供たちの後を追い掛けた。
魔石はまだ消えずに残っていた。
そして大量の糸玉がその傍らに転がっていた。
「あった」
「『赤い糸玉』だ」
糸玉だが編み物には使えない。糸はほぐれないし、どんなに乱暴に扱っても玉のままだ。
「師匠、これ見て」
マリーとカテリーナが手提げ籠をどこからか回収してきた。
「あ。『籠』だ」
子供たちが集まってきた。
「これ、レアアイテム?」
「らしいけど」
「普通の籠だ」
こんなに簡単に見付かっちゃって。どうなんだろう?
「やったね」
「攻略完了! いえーい!」
「ここにいた奴、どんな奴だったっけ?」
「えーと……」
「普通」
「……」
「……」
「師匠も見てたでしょう? 覚えてないの!」
「雑魚だと思って真剣に見てなかった」
「ひどいな。こっちは一生懸命戦ってたのに」
「どの口が言うか」
子供たちはすっかり浮かれていた。あの閉鎖空間から脱した開放感が浮かれ気分に輪を掛けた。
が、突然空の色が変わり、世界が動いた。
「なんだ?」
「あれ!」
オリエッタの声に全員が空を見上げた。
空から巨大な影が落ちてきた。それは雲を抜け、大量の瓦礫を落としながら姿を現した。
柱が支えていた物、否、柱を垂らしていた物。それは浮遊する大陸だった。
大陸は空の端から端まであって、頭上の空で真っ二つに折れていた。そして割れた端から傾いて、僕たちが立っている大地に落ちてくるのだった。
そして落ちてきた大陸は僕たちの見下ろす大地をもさらに大きく陥没させた。
それは双方の大軍勢をも飲み込みながら更に深く沈み込んでいく。
「地面が割れる……」
「いや、これは……」
そこにあった物は巨大な地下空間だった。
見下ろす先に、大き過ぎる落下物に慌てる『ドラゴンタイプ』の群れがいた。コウモリの如く空を埋め尽くしている。
奈落とはまさに。
大地は想像の限界のその先までどんどん沈んでいく。
巨大な空の大陸を飲み込んで余りある大穴。
足元を見下ろせば垂直に切り立った断崖の先に鍾乳洞の石筍にも似た巨大な巣があった。その巣から断崖絶壁に向かって放射状に梁が無数に伸びていて、あのタロスの侵攻拠点で見たドラゴンの巣が何十倍もの規模で密集していた。
梁は絶壁とは反対側の方角にも伸びていて、落下した大地に押し潰された先で、別の巣に繋がっていた。陥没したエリアの果てまでこの景色は続いているのだろうか?
直感が、これが僕の目指すゴールなのだと教えてくれた。
霞の向こうではまだ大地が無数の柱をへし折り続けていた。
そして二つの大地の邂逅が済んだ所から順に、大量のタロスと『ドラゴンタイプ』が地下から吹き上がってくる真っ赤な溶岩に飲み込まれていく。
阿鼻叫喚とはこのことか。
落ちてくる大地の上にもタロスの軍勢が驚くほどいて、それらがまた傾いた大地を滑り、燃えさかる熱波のなかに放り込まれていく。紙が燃えるかのようにタロスが燃えていく。
真っ赤に煮えたぎる炎のなかに巣が飲み込まれて溶けていく。唯一災厄を逃れた翼ある者も、天から降ってきた大地に押し潰されて、大概が巨大な窯のなかに押し戻されていった。
そして気付いたときには高低、乱雑を極めた想像を絶する無残な大地だけが残った。
子供たちはこの景色の理由を知らない。知っているのは僕とラーラと数人だけだ。
ラーラが囁いた。
「わたしが参加するのは決まりみたいね」
涙が込み上げてきた。見られまいと僕は空を見上げた。
ああ、そうだ。タロスという表現は当たらない。
僕たちが見た光景のなかにいたのはタロスではなくミノタウロスで『ドラゴンタイプ』はただの下級ドラゴンだった。
ここは四十層、ミノタウロスの支配する迷宮フロア。
「さあ、帰るぞ」
大伯母が僕の背中を叩いて、声を張り上げた。
「四十一層に進んでもよし。四十層を堪能するもよしだ」
大伯母にも見えていただろう。それでもおどけて見せた。
「ほら、帰るわよ。夫人が待ってるわよ」
姉さんも立ち尽くす子供たちの尻を叩いた。
僕の運命がヒタヒタと近付いてくる……
ラーラは何も言わず、僕に寄り添いながら共に見慣れた階段のステップを踏んだ。
「はぁー。今日はもうお腹いっぱいだよ」
白亜のゲートに着いた子供たちは大きく息を吐いた。
「何、お昼いらないの?」
「そういう意味じゃねーよ」
「それがお姉さんに言う言葉なの」
「イダ、イダ、イダッ」
ジュディッタがヴィートのこめかみをグリグリ締め上げた。
皆、頬を上気させ興奮を露わにしていたが、さすがに疲れているようだった。
「情報量が多過ぎたな」
姉さんも枯れた笑みを僕に向けた。が、どこか吹っ切れたようにも見えた。
目標が定まった感じだ。
「今日はもう終わりにするか?」
僕が子供たちに進言すると、子供たちは急に振り返った。
「午後は別腹だから!」
「別腹って……」
「食べて少し落ち着きましょう」
ジュディッタが笑った。
僕たちは迷宮内より遙かに長い列を組みながら帰宅することとなった。
「もうやるしかないって感じよね」
ラーラは口角を上げた。
「まだまだ足りないってことね」
姉さんもそう言った。
爺ちゃんたちでもけりを付けられなかった理由。その答えの一端を僕たちは幻影のなかに見た。
子供たちは山盛りのパスタをがっついた。
「どうしたの、この量?」
「皆さん、いらっしゃると思っていたので」
お姉さんズはパーティー仲間に捕まりカテリーナを残して途中退場し、姉さんと大伯母は密談のため指令所に消えた。
「師匠、糸玉全部持っていくの?」
マリーが聞いてきた。
「ん?」
『籠』に入りきらない数の糸玉が子供たちが作ったガラス容器のなかに収まっていた。
「二、三個でいいんじゃないか?」
「これ、いっぱいあり過ぎだよね」
ミケーレが頬を膨らませて言った。
「こんがらがらないようにしなきゃね」
なぜかヘモジとオリエッタの分まであって、合計で二十個も手に入れた。
「使い切れないよね」
まったくだ。
「最初から攻略するの?」
「四十一階層に行きたいか?」
「んー」
子供たちは考えた。
「全然見てないんもんね」
「ミスリルも手に入れてないし」
「ミスリルで剣、作りたい」
「作るなら盾でしょう」
「そうだ! いつ野営に行くの?」
「なんか面倒臭くなっちゃったよね」
「今度『光弾』の試射実験をするから、その時試してみるか?」
「いいの?」
「お前たちがいなきゃ船が動かないだろう」
「わたしも参加させて貰って構わないかしら?」
モナさんが口を挟んだ。
「構いませんよ」
「いいよー」
「お姉ちゃんの『ニース』にあの盾、似合いそうだもんね」
モナさんが書類をさりげなく提示した。
暇な時間、ガーディアンをいじり倒していたので、そのとき使った部品の請求書と改修後の測定結果等であった。
見る限り、子供たちの機体性能はもはや通常の『グリフォーネ』ではなかった。子供たちの魔力も上がってきたのでリミッターを引き上げ、機動性、パワー共に一割増強しておいた。
「腕があったら『スクルド』に買い換えてもよかったんだけどな」
既に『ワルキューレ』の投入が始まっていたが『スクルド』もまだエース機としての需要があった。元々生産数が少なかったし、オプションパックも発売されたから、中古市場に流れてくるのはまだ先のことだ。
「スクルドを買うくらいなら『ワルキューレ』の方がいいんじゃないかしら?」
「買ってくれるの?」
子供たちが目の色を変えた。
「買うわけないだろ。お前たちじゃ、振り回されて壊すのがオチだ」
「えーっ」
あれをおもちゃにさせたら、世界中のガーディアン乗りにこっちが恨まれる。
「みんなの『グリフォーネ』も思いっきり改造したから、あれを乗りこなせるようになったら考えて貰えるんじゃない?」
「あれはあれでかわいいから好き」
「でもあの大楯は似合わないよな」
元々長距離移動を想定した物だから、ごついし、見た目のバランスもよくない。けど、思った以上に性能はしっかりしていた。
「『ニース』にも買おうかしら」
「モナさんこそ、機体を新しくした方がいいんじゃない?」
「わたしはあれがいいのよ。あの重厚な感じが最高なのよ」
「確かに『ニース』が一番格好いいよな。ひょろっこくなくて」
「でしょう」
「でもミスリル装甲に換装したから、少し痩せたよね」
「だから大楯が欲しいのよ。軽くなり過ぎちゃって。振り回される感がなくなったっていうか……」
好みは人それぞれだ。
「ハンバーグ取りに来てー」
台所から夫人の声がした。
「えーっ!」
子供たちはパスタで既に腹を満たしていた。
「このタイミングで来るかな」
「じゃあ、あんたはいらないのね」
「食べるよ!」




