お粗末な包囲網
「まあ、今となってはそんなことはもうどうでもいいことなんだけどね」
やっぱり怒ったか。
「これって王家に正面切って喧嘩売ってきてるってことだから」
「ヴィオネッティーも『銀花の紋章団』も敵に回したから、バッドエンド」
「ナーナ」
オリエッタとヘモジが揃って首を切り落とすゼスチャーをした。
「一応、旗を揚げておくか。『間違えました』じゃ済まないように」
数分後、マストに悠然と棚引く、三つの御旗。
どれか一つでも御利益がありますように。
オリエッタとヘモジと一緒に柏手を打つ。
「動いてこないわね」
既に射程内だが、砲撃してくる様子がない。
誘拐する気なら撃っては来ないだろうが、ガーディアンぐらいは出してくるだろうとは思ったのだが……
「舐めてるのかしらね。じゃあ、中央突破しちゃいましょう」
そう来ると思った。
「ナーナ」
「ん? タロスが出てこないかって?」
「オリエッタがいないって言ったでしょう?」
「どうやって操るのか知りたいところだけどな」
「ナー……」
ヘモジは肩を落とした。
「あいつら夜の闇に紛れて逃げるつもりなら、じっくり構えてる余裕はないんじゃない?」
イザベルが言った。
「逃げる気なんてないわよ、こんな小さな船相手に。目撃者が残らないように全滅させてから悠々と帰還するつもりよ」
モナさんが望遠鏡を覗き込む。
「取り敢えず包囲網を狭めることに専念してる感じね」
「妙な緊張感があるわね」
「お互い抜け駆けしないように牽制し合ってるんじゃないの?」
「団体行動苦手そうだったもんな」
「だからガーディアンも出してこないのかしら?」
「付け入る隙はありそうね」
「停戦命令出してこない段階で駄目よ。これ以上距離が詰まったら隊列組んでる意味ないもの」
「『船頭多くして船山に上る』ってやつね」
「何、その例え?」
「古代語の表現よ。面白い例えでしょう?」
「言い得て妙ですね」
とはいえ、立ち往生していてはなんの解決にもならないのでここは加速である。風向きは味方している。
こちらの動きに合せて、船団は覆い被さるように進行方向にある船の間隔を狭めてきた。
「あの、ぶつかってしまいますけど」
ソルダーノさんが不安そうに警告する。
「気にせず全速前進!」
「ナーナ」
ヘモジが嬉しそうに屈伸運動を始めた。さすが出番がわかってらっしゃる。
「前の一隻だけでいいからな」
「ナナーナ」
「魔法来るわよ」
「風魔法か」
距離がまだあるせいか、直撃は狙っていないようだ。
「折角の追い風を」
帆が暴れ出した。が、マスト自体に影響はない。結界は問題なく機能している。
「一応、警告しておくか」
光信号用の投光器に光の魔石をセットした。
「『貴船らは現在こちらの航路を塞ぎ、あまつさえ航行を妨害している。これ以上の妨害は看過できない。速やかに道を空けられたし』」
「高笑いが聞えてきそうだわ」
ラーラが脱力した笑みを僕に向けてくる。
「あの、ほんとに大丈夫なんですか?」
ソルダーノさんは意外に心配性だなと一瞬思ったが、考えてみれば僕たちが新タロスと戦っていたとき町の外にいたのだ。
「返信! 『こちらは艦隊行動を取っている。避けたければ避けろ』だって」
「艦隊ね…… 愚連隊が偉そうに」
避けろと言いつつ、船団は明確に包囲網を狭めてきている。
こちらはお墨付きが出たと解釈して、一気に加速することにした。
敵陣が自分たちの過ちに気付いたときには、もう手遅れだった。
ようやく砲撃を始めたが、味方が邪魔になってすぐ撃てなくなった。そして軸線を開けるために右往左往し始めた。
さぞや罵詈雑言が飛び交っていることだろう。
僕たちは小回りを利かせて正面のでか物二隻の隙間に入り込んだ。
連携が満足に取れていないのは一目瞭然だった。僕やラーラは飛空艇で隊列行動を取ることすらあったのだ。この手の難しさは肌に染みている。
大きな船同士の連携は日頃の努力が物を言う。帆船ならなおさらで、相手が捉えている風をときに横切ることもあるのだ。この船を挟み込むには双方の息がいかに合うかに掛かっている。どちらかが舵を切り過ぎたり、タイミングを間違うと相手の腹に突っ込むことになる。
ましてや外野がうるさくせかしているだろう状況下で、これ以上幅寄せできる技量が彼らにあるとは思えなかった。
「空から飛来!」
「あ?」
絶壁のような両舷に挟まれた状況下で、ロープを振り子にした人影が落石のように頭上に振ってきた。
強烈な稲光が頭上を覆った。
「対ドラゴン用の防御結界に突っ込むなんて……」
人影は黒焦げになって、夕焼けに染まりつつある砂漠に次々穴を穿った。
「ガーディアンを使いなさいよ!」
ラーラが渋い顔をした。
「魔石より人命が軽いってことはないでしょうに……」
素人ばかり襲ってきた代償を払わされたのだと思えば納得しようもあるが…… 気分はよくない。魔法使いだって乗っているのだからまず結界の有無を確かめろと言いたい!
「盗賊気分が抜けてないのよ」
「ここまで来る間に魔石を使い切ったのかも」
「自分たちのスポンサーがまだばれていないと思っているのかしらね」
『ルカーノ』を見せたくないのかも知れないが『ルカーノ』を知っている人間なんてこっちの世界にいるとは思えない。照会してやっとわかるレベルの代物だ。
敵船の間に挟まれている間は他の船から狙われることもないし、砲台甲板が高過ぎて両隣から撃たれることもない。結界があると知って降ってくる連中もなくなったし、今のところ警戒すべきは正面から迫る一隻のみである。
気の利いた指揮官なら今後の展開を想定して、既に舵を切っているはずだ。両隣の壁がなくなったそのときが敵にとっての攻め時だ。
タイミングを合わせて頭を押さえにきている。
「ヘモジ、遠慮なくぶっつぶせ!」
「ナーナ!」
船首に向かって駆けだしたヘモジは可愛い雄叫びを上げた!
「ナーナーナーッ!」
が、それは大地を振るわす程の遠吠えと化した。
突然、目の前に現われた巨大なトロールは正面を塞ぎに来た船の船首目掛けて腰のハンマーを振り下ろした。
船首がぐにゃりと食べかすのスイカの皮のように折れ曲がった。そして二振り目にはミョルニルの本領を発揮して船の左舷を陥没させ、ペラペラになったところを振り抜いて横転させた。そしてもう一振り振り下ろして巨大なスクラップを完成させた。
敵味方双方ヘモジの姿を見て静まり返った。
両舷の船が僕たちの船の壁役から抜け出そうとしていた。
「そっちは任せたわよ」
「遠慮は?」
「いらないに決まってるでしょう。確信犯よ、確信犯!」
「じゃ、久しぶりに本気を出すか」
「こないだ出したばかりじゃないの!」
僕は『万能薬』の小瓶を胸ポケットから取り出した。
「何隻射抜けるかな」
「やれ、やれ! やっつけろーっ!」
オリエッタがくるくる回っている。
両舷を塞いでいた船の砲身が回転し、ヘモジに向けられようとしていた。
「喧嘩を売ったことを後悔させてやる。『魔弾』! エテルノ式発動術式! 全力全開モード! 『一撃必殺』ッ!」
「『リオナ流無双連撃七式』! 『五月雨』!」
敵の魔法使いも船の結界も一瞬頑張りを見せた。が、僕たちの前では無意味だった。
目の前の船倉にでかい風穴が開いた。
そこから向こう側に見えるホバーシップの脇腹にも同様の風穴が。そしてその風穴の向こう側にも……
「ずれたか」
四隻目は船尾を引き千切っただけだった。既に回り込むべく舵を切っていた五隻目は流れ弾の爆風を受けただけだった。
「やっぱり派手さが足りないわね」
ラーラの『無双』の方はどの船も船体が真っ二つになっていた。否、物によっては何分割にもなっていた。嫌な金属音を立てながら切り口に沿ってずり落ちて、砂漠に落ちていく。
向こう側は目視できなかったが、当人の顔は手答えありって顔をしていた。
「ナーナーッ!」
空にでかい影が浮かんだ。
ヘモジが僕が討ち漏らした、逃げ出した一隻目掛けて、自分がスクラップにした船の残骸を投げ付けた。敵船はスクラップを受け止めるかのように内側にひしゃげて沈黙した。
一瞬で終わってしまった戦闘結果に身内は押し黙った。
「ナーナーナー」
そこへ空から巨大なヘモジがダイブしてきた。
皆、背筋が凍る程驚いたことだろう。
宙でポンッと弾けるように小さくなって僕の腕のなかにすっぽりと収まった。
「よくやった」
「ナナナナナ」
ポージング忘れた?
なるほど、何か物足りなかったのはそのせいか。
ヘモジはスルスルと甲板に下り立った。そして……
「ナーナ、ナーナ」
忘れた代わりか、オリエッタと一緒に嬉しそうに腰振りダンスを始めた。
最初に金縛りから解けたのはマリーだった。
「凄い、凄いね、ヘモジちゃん!」
「ナナーナ」
「手柄を全部持っていかれたわね」
お互い『万能薬』で魔力とスタミナ補給である。
「ガーディアン、来る!」
オリエッタが叫んだ。
決着が付いた後で出して来てどうする気だ。
もはや腹いせとしか言いようがない。
飛行能力を制限し、ホバーリング機能を重視したガーディアン『ルカーノ』がワラワラと瓦礫のなかから姿を現わした。




