クーの迷宮(地下40階 殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス戦)みんな一緒2
投稿まで時間があると思ったら寝落ちしてしまった。
宙に浮いた一瞬の間に姉さんは迷宮の三階の壁を舐めるように見渡した。
「あそこだ!」
僕は姉さんが指差す先に跳んだ。
そこは三階のバルコニーだった。絶景を望める最高のビューポイントであった。
姉さんは天井がやたら高い部屋のなかを覗いた。
頷いたので、僕は迎えの転移ゲートを開く。
最初に顔を出したのはミョルニルを握り締めたヘモジだった。
「ナーナ?」
「大丈夫だ。敵はいない」
続いてラーラと子供たちが出てきた。
バルコニーは巨人用とは言え、手狭なので天井がやたらと高い煉瓦造りの部屋の奥に姉さんが誘導する。
「いい景色だね」
「悪者の基地じゃないみたい」
「糸玉が手に入ったら一個はここに置かない?」
「それだったら屋根の上がいいんじゃないの?」
「あんなのがいるけど」
空の上に何やら影が……
「ドラゴン?」
「ワイバーンよ」
「なんだ、つまんない」
子供たちの反応にお姉さんズが顔をしかめる。
「この先を少し行った所に恐らく四階層への扉がある。基本、戦闘は回避する。罠があるという情報は上がっていないが『避雷針』があるかもしれないから、注意しなさい」
そう言うと姉さんはヘモジと連れ立って先を行った。
『避雷針』とは先の丸い蝋燭立てのようなポールで、魔力を吸収して攻撃を阻害する魔道具である。作動スイッチが通路の境や部屋の出入口などに仕掛けられていることがあるので、魔法主体の子供たちは要注意だ。
部屋を出るといきなり鎧を着込んだミノタウロスが二体立っていた。奥に宝箱が見える。そしてそばには避雷針だ。
「通行の邪魔ね」
姉さんとラーラが前に出た。
付き添いでラーラの戦い方は子供たちも見ているが、姉さんの肉弾戦を見るのは初めてか? と、言っても目を見張るようなものではないが。
ふたりは持ち込んだ弓を構えると、ほぼ同時に二体の眉間を貫いた。
子供たちは呆気にとられた。
きっと大立ち回りが見られると思っていたのだろう。
「目的を忘れるな」
宝箱を開けようと踏み出したヘモジを大伯母が諫めた。
宝箱を開ける時間ぐらいと、思いつつも僕たちは先に進んだ。
「糸玉が手に入ったら、どうせ攻略するんでしょう?」
ラーラに背中を叩かれた。
「ミスリルの供給源は貴重だからな」
さすがの大所帯、隊列が間延びする。殿は大伯母だ。
僕は姉さんとヘモジの後方、子供たちの前に立ち、後ろにはお姉さんズが、左右側面にはラーラとイザベルが並んだ。
廊下の先に反応あり。
ジュエルゴーレムだ。僕が前に出て銃を構える。
コアを撃ち抜き一撃で倒した。
「ミスリル……」
「クリアすれば、いつでも取り放題だ」
そんなにポコポコ取れないけどな。
大伯母に急かされ、子供たちは躓くように歩を進めた。
もうすぐ突き当たりというところで集団に遭遇した。
「ちょっと多いな」
こちらの方が数では圧倒しているが、立ち回るには場所が狭い。
「敵はミノタウロス五体だ」
「一体は格上だな」
「魔法使いかな」
「反応が大きいね」
「避雷針は?」
「ないね」
姉さんはヘモジを突っ込ませた。
するとヘモジは嬉々として跳ねていった。
隙ができたところを襲撃する気でいた姉さんは待った。
が、ヘモジは完食するいい子だった。
「ナナナーナ、ナーナンナ!」
満面の笑みを浮かべて、こちらに手を振った。
後ろからでは姉さんの顔は拝めなかったが、きっとだらしない顔をしていたことだろう。見ている者がいなかったら今頃ヘモジに頬ずりしていたに違いない。
察したヘモジは姉さんを警戒しながら、僕の背に隠れた。
「さすが、ヘモジ」
「やったね」
「ピューイ」
「キュルルルル」
五体の骸が転がっている広めのフロアの先に両開きの鉄の扉が控えていた。
僕とヘモジが扉を開ける。
扉の隙間から日が差し込んできて、薄暗い廊下に光の筋を付けた。
ギイイイイイと錆びた音が周囲に響いた。
僕は消音結界を咄嗟に張り音を消し、さらに後方に攻撃が及ばないように配慮したが、扉の向こう側に敵はいなかった。
「エルーダ準拠か……」
どうやら姉さんが知るフロア構成に近いものだったらしい。
そこは山をくり抜いてできた採石所のようだった。迷宮の壁を構成する石材に似た岩が、切り出されてできた同質の平らな床の上にノミと一緒に置かれていた。
垂直に切り立った岩壁の奥に山道が伸びていた。
「なるほどね」
爺ちゃんたちはここを水攻めにして一網打尽にしたのか。
残念ながら今回は近くに川は流れていないし、流す相手も見当たらない。
しばらく進むと石工のようなミノタウロスのなかにピッケルではなく大斧を片手に闊歩している兵隊風のミノタウロスがいた。
「あれは巡回だ」
山道を往復するだけの奴らだが、この切り立った山道を攻略するには邪魔な存在だ。山道はそれ程に狭い、ミノタウロスの図体にとっては。
「出口を見付けたら呼んで頂戴。さっきの入口で待ってるから」
僕は姉さんに肩を叩かれた。
「さあ、みんなは休憩しましょう」
「ちょっと、まだ入場して一時間も」
「ほら、早く行って!」
「行ってらっしゃーい」
薄情者!
「ナーナー」
「お前も行くんだよ」
ヘモジを摘まみ上げようとかがんだら、オリエッタが先に乗ってきた。
僕は転移先を探した。
先日から転移先の状況が手に取るようで、それ自体が一種の探索機能を果たしていた。
なかなか跳ばない僕を姉さんたちは怪訝そうに見詰めた。
オリエッタも爪を立てるのに疲れたようで手を緩めた。
「ナナ?」
ヘモジも首を傾げる。
「よし、一度あそこまで跳ぶか」
僕は跳んだ。
「やっぱり飛距離も伸びてる」
探索が及ぶということは届くということではないかと勘ぐったら正解だった。
「ナーナ」
「敵、いない」
「上に跳ぶぞ」
僕たちは宙を舞った。
道の先をひたすら追い掛け、その先を見定めた。
そして元の足場に戻ると、見定めた方角に再び跳んだ。
「見付かった!」
ゴーレム! それもクラウンゴーレムだ!
着地ポイントに定めた丘の陰に潜んでいた。
僕が剣を振るうより先にヘモジが跳んだ。
「『一撃必殺』!」
「ナーナッ!」
急所を探した。
「右肩ッ!」
ヘモジはミョルニルを振り回して器用に姿勢を変えた。
そしてその姿勢を固定したまま柄の長さだけを調整して肩口に強力な一撃を叩き込んだ。
硬いはずのゴーレムの右肩は粉々に砕け散り、重い腕が地面に転がった。
僕たちは無事着地したが、同時に周囲にいる敵にも気付かれた。
「ナナ?」
「無視する!」
ヘモジを抱えて高く跳んだ。
「あった」
六度目の転移でそれらしき場所を見付けた。
山の頂き。火口のなか。平らな場所に大扉があった。
「全員を転移させられるだけの広さはあるけど……」
扉には表も裏もない。ただ一つ黒い火山灰の上にどっしり鎮座していた。
「間違いなさそうだけど」
確かめるには扉を開けなければならない。が、開けた場合、アトラクションはどうなるのか? 僕だけ始まってしまうのか? ひとり先行するだけで済むのか? 未だかつてパーティーと離れ、単身で突入した例は聞かない。
「呼び寄せるとするか」
「うおっ!」
細かい砂と尖った石が混じり合った黒い地面に足元を掬われながら子供たちが次々現れる。
「平らだ」
「真っ平らー」
「でも真っ黒だね」
扉が目に入った所で目が点になる。
殿の大伯母が出てきた。
「これはなんとも」
殺風景な美しさよ。そこにぽつんと建っている大きな扉。
全員が扉の前に集まった。
いよいよアトラクションだ。どんなアトラクションが待っていることやら。恐らくそこに想定されているのはゲートキーパーが過去に見た世界。僕たちが辿るであろう未来。
僕とヘモジが扉を開ける。
重そうな扉が今度は音もなく開いた。
裏表どちらから入場しても同じ場所に出た。
四十階層、ミノタウロスの迷宮第五層。
このフロアにボスがいる。
「『タロスの塔』だ」
大伯母が言った。
僕もラーラも五十年前の遺跡を見たことがある。確かにここはその内部のようだった。
大伯母の指示で幼児一人につき、大人が一人ずつ付いた。マリーにラーラが、カテリーナにお姉さんズが、ニコロにイザベルが、ミケーレには僕だ。ヴィートには…… お前、大師匠好きだな。
爺ちゃんたちの体験談ではこの塔は倒壊するのだが、それは大戦より遙か以前にあったタロス侵攻時の出来事をモチーフにしたものだったらしい。ただ、それがアールヴヘイムの過去にあった実際の話だったのか、ゲートキーパーが知る別の世界の話だったのか。爺ちゃんたちはそこで『タロスの塔』を事前に知ることができた。そして人に似た強力なゴーレムも。
「何も見えないよ」
「螺旋階段があるだろう」
「階段だけだよ?」
「フロアもちゃんとある」
竹の節のように一定間隔ごとにフロアが用意されているという。
「真っ白な壁ね」
卵の殻のようだった。階段は上にも下にも延々伸びていた。
「下だ」
躊躇ない大伯母の指示で、ヘモジと姉さんを先頭に螺旋階段を下りていく。
「何があっても慌てるな」
どうやら大伯母にとっても覚えのある光景のようだ。
何も起らない閉鎖空間に閉じ込められているとストレスが溜まる。ミケーレの手のひらが汗をにじませる。
ドーンと塔を揺さぶる衝撃が来た。
爆発だ。どこで起こった? 全員が身構えた。
「止まるな、行け!」
大伯母が最後尾から急かした。
僕たちは足元に見えてきたフロアに急いだ。
そしてフロアに下りた途端、さらに大きな揺れが。
「きゃーっ」
子供たちもお姉さんズも叫んだ。
床が大きく揺れて、壁に亀裂が入った。
「嫌な予感……」
ミケーレ、意外に冷静だな。
「来るぞ!」
大伯母の声に皆個別に結界を張った。
衝撃が襲った。塔の壁に何かが突っ込んできた。
光が上から一瞬、差し込んできたかと思ったら、大量の瓦礫が降ってくる。
「敵か!」
瓦礫に混じってさっき歩いてきたばかりの螺旋階段が落ちてきた。
そしてその空いた大きな亀裂に何か無機的な物が挟まっていた。
「飛空艇だ……」
姉さんが呟いた。




