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クーの迷宮(地下40階 殺人蜂・ジュエルゴーレム・ミノタウロス戦)みんな一緒

 四十階層を思い出すために、過去作を読み返すだけで一日を要しました。いろんなことを忘れてた。

 些末な出来事に右往左往しながらも、大伯母たちの迷宮探索はそれから数日後、無事予定を消化した。

 その間、僕は船に光弾の砲台を取り付け、魔石集めに邁進し、愛機をいじり倒すだけ倒して、子供たちの機体にも手を出した。

 新しい大盾が入荷したついでに魔改造を施したら「これ、もう転売できないね……」と、子供たちに呆れられた。

 そんな折り、姉さんが前線から帰ってきて『四十階層みんな一緒に突入計画』を知り、仲間はずれは嫌だとごねた結果、タイムテーブルが振り出しに戻されることになった。が、一度行った場所は大概どうにでもなる大伯母が『万能薬』を舐めながら転移を繰り返して、わずか二日で走破した。


 ここで四十階層完全攻略のための鍵になるであろう、結晶キーと対になる『赤い糸玉』について説明しなければならない。実は攻略が滞っていた先頭集団から立て続けに新情報が寄せられたのである。


「糸玉とは何か?」

 出立前夜、参加者全員でブリーフィングを兼ねた夜会を行なった。

「はい。師匠」

「フィオリーナ」

「脱出したときの情報を記録してくれる便利アイテムです」

「はい! はい!」

「マリー」

「四十層の五階にいるボスが落とします」

「ふたりとも正解。えー、エルーダを初めとする中上級者向け迷宮の四十階では、ほぼ例外なく結晶キーと対になる重要アイテム『赤い糸玉』がフロアボスからドロップします。重要と言っても四十階層をくまなく探索するつもりがない者や、通り過ぎるだけの者には無用な物ですが、誰にも邪魔されず、いつでも狩りが行えるプライベートエリアを便利に使うためにはあったらいいな的なアイテムです。特にこのフロアのジュエルゴーレムからは希少なミスリル鉱石が、ミノタウロスの魔法職からは『魔石モドキ』もでますから、入場ポイントをコントロールできるということはとてもうまみのあることなのです」

「おーっ」

 羊の毛並みを金色に変える『羊頭の戦鎚』なんて物も出るけど、あれはいらん。

「『魔石モドキ』ってなんですか?」

 さすがの子供たちもノーマークだったか。

「『魔石モドキ』とは――」

 食事中なのだが……

「う、うん。魔力の高い魔物の排泄物だ」

「排泄物?」

「…… うん○だ」

「えーっ!」

「汚くないの?」

「砂漠の遊牧民だってカンメッロの糞を燃料にするだろう」

「排泄物と言ったって化石みたいな物だ。大きさに比べて魔力の含有量が魔石ほどではないけど、魔石の取れない地方では重宝される代物なんだぞ。因みにエルーダでは金貨十枚で取引されていた」

 子供たちは目を丸くした。

 それもそのはず金貨十枚といえば、魔石でいえば中サイズ十個分だ。ミノタウロス本人が魔石(中)にしかならないのだから、本末転倒もいい所だ。ただ抽出専用の魔道具が必要になるので、僕たちが使える代物ではない。

「話を戻すぞ。それでだ。このタイミングでなんだが、先発隊から糸玉に関する新しい情報が入ったので伝える」

 それは『同時に持ち込んだ結晶キーの数だけ、ボスから糸玉がドロップする』という、耳を疑いたくなるような情報だった。

「ほえー」

「それっていくつでもいいの?」

「今のところ先発組からの情報だけだから」

「検証は必要だろうな」

「今、幾つあるの?」

「一応十個確保してある」

 紛失等によって攻略のすべてを失う懸念を払拭する狙いがあるんだろうなと聞いたときは思ったが、今回の仕様変更は単なるコピーにとどまらなかった。

 それはエルーダ迷宮四十七層など深層エリアで登場する『籠』の存在であった。『籠』は糸玉の効力を封じ込めるアイテムで、効力を発揮して欲しくないときに収める器であった。なんとこれが登場するのである。

 これによって、複数の糸玉を同時に使った場合どれが作用することになるのか? 糸玉を所有する者が時間をおいて、それぞれ別の糸玉で入場した場合どうなるのか? 使用されていない糸玉も含めて一度の転送で、すべての情報が上書きされてしまわないか? 等々の複雑な問題を一言で解決してきた。

『複数の同時作用は一切不可』

 同時使用でコピーは取れたんだったか……

「『籠』は簡単に見付かるのか?」

 大伯母から質問が出た。

「四十階層に於いてはむしろレアアイテムのようですね。さらに言うと『赤い糸玉』も四十七階層に準じて、色がカラフルに変化するらしいですね。『籠』を手にするまでのお楽しみだそうです」

「『籠』が手に入らない限り、糸玉は複数あっても単なる合い鍵でしかないということだな」

「そのようです」

「『籠』か…… 懐かしいわね」

「エルーダの物は使えないのか?」

 ラーラと大伯母が顔を見合わせる。

「あるんですか?」

「あんな物あるわけなかろう」

 四十七階層以外では無用の長物だからな。

 現物を見たことがない子供たちは余りよくわかっていなさそうだった。

「わたしもあの仕組み、よくわかってないんですよね」

 イザベルも自信なさげだ。

 それは恐らく別の要因によるものだろう。

「つまりどういうことですか?」

 お姉さんズのひとり、イルマが挙手した。

「つまり『籠』を入手するまでは単なる合い鍵。手に入れてからが本領発揮、それぞれを別のセーブポイントとして登録できるということだ。さすがに十箇所も登録する必要があるとは思えんがな」

「通常のフロアの五層分以上の広さがあるフロアだからね」

「アトラクションもあるしな」

「それは一部の人だけでしょう? 僕もラーラもエルーダではなかったですよ」

「なんだはずれ組か?」

「アトラクションってなーに?」

 子供たちが大伯母に迫った。

 僕はその隙にラーラと目配せをした。

 そう、僕たちにもアトラクションはあった。爺ちゃんたちが経験したような雲よりも高い塔からのダイブなんてものじゃなかったが。爺ちゃん曰く、それは『タロス大戦』の予習のようなものだったという。

 でも大戦後に生まれた僕とラーラが見た景色は……

 ここミズガルズの景色に似ていた。そしてあの火山の麓で見たタロスの前線基地にも。

 今回も見ることになるのだろうか。同じような景色を。



 そして本日。待ちに待ったその日が来た。

「攻略再開だーっ!」

「おーっ!」

「恥ずかしいからやめなさいよ」

 白亜のゲート前に大伯母、姉さん、ラーラとイザベル、お姉さんズに子供たち、そしてヘモジとオリエッタ、ピューイとキュルルが列を作った。

 周囲の冒険者は羨望と畏怖の念を浮かべて大所帯を見詰めた。そして一番話し掛け易い子供たちに何事かと問い掛けた。

 隠す必要もないので子供たちはぺらぺらと説明する。

 そうこうしている間に列はどんどん短くなっていき、いよいよ順番が巡ってきた。

「四十階層だぞ。はぐれるなよ」

 大伯母はそう言うとポータルを開いた。

「時間がないぞ。キビキビ動け!」

 姉さんが子供たちの尻を叩く。

 子供たちと小物たちがラーラたちを先頭に次々ゲートに突入していく。続いてお姉さんズが、その後ろを僕が、そして姉さん、大伯母が続いた。


「間に合ったか……」

 姉さんと大伯母が大きく息を吐いた。

 前を見れば子供たちを初め全員が絶景に圧倒され立ち尽くしていた。

「これが四十階層……」

 子供たちは圧倒され、足に根が生えたようにその場に釘付けになった。

 これまで迷宮内でいろいろな景色を見てきた彼らも、この大パノラマには目を奪われたようだ。

 そこにあるのは巨人のための巨人による巨大迷宮とそれを取り巻く広大な景色だ。

 ただ似た景色を見たことのある僕たちは別の感想を抱いていた。

「違う……」

 漂う雰囲気が既にバージョンアップされていた。

 敵の強さは各フロアのバランス的にそう変えられはしないだろうが、ヤマダさん、頑張り過ぎてやいないだろうな?

「では、これからボス戦に臨むため、最短ルートを行くことにする」

 できるのだろうか? そもそも五層ある迷宮を突破した先にあるボス戦をわずか一日で。

「わたしたちクリアするのに一月掛かったわよね」

 幼かったこともあるが、アトラクションのある最後のフロアで僕たちは一ヶ月のほとんどを浪費したのであった。

「あの五階層は鬼畜だったわ」

「はずれくじ引きたいよ」

「多分無理」

 ラーラと過去を振り返っている間に姉さんが風魔法で迷宮全体を探り始めた。

 風を送り込んでその風の流れのかすかな滞りで迷宮内を歩かずして探索するのである。

 ハイエルフ様々だ。

「一階層終了」

「早っ!」

「うるさいわよ」

 姉さんに怒られた。

 姉さんは二層、三層と一歩も歩かずに調査を終了させた。

 先に進むに従い、さすがに眉をしかめるケースが増えてくる。

「四層は入る場所がないわね。でも三階にそれらしい突き当たりがあるわ」

 恐らく扉で閉じられているのだろう。

「リオネッロ、下見に行くわよ」

 そう言うと姉さんは僕に建物の向こう側に跳べと指示した。

 僕は建物の向こう側を望める場所にポイントを定めた。


 そこは迷宮の向こう側を斜めに見る絶壁。

 足元の傾斜は建物の裏手に向かって下って行く。

「どうする?」

 建物の裏手は下り勾配の傾斜に建てられた無数の煉瓦屋根。それが麓にある海まで続いていた。

「似て非なるものね」

 それは姉さんが攻略した四十階層の景色と比べての話。それは僕が見た景色とは違うもの。

「あの辺りだ」

 姉さんが指差した場所は足場も何もない水色の空だ。

「行くよ」

 僕は姉さんの手を取った。



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