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孫弟子も魔女の弟子

 僕はタオ君の容態を見るため踵を返し、ヴィートの横にかがんだ。

「どうだ?」

「今、飲ませたとこ」

 傷口が治まっていく。気になる眼球だが…… なんとかなりそうか……

「どう?」

 タオ君はゆっくり瞼を開ける。

「……」

「俺の顔、見える?」

 見た目は完治しているが…… 

 タオ君が頷いたのでヴィートは安堵して尻を着いた。

「よかったぁ」

 歓声が上がった。

 ようやく到着したタオ君の両親が青ざめながらやってきて息子を抱きしめた。

 ヴィートはそれをどこかうらやましそうに見詰めた。

「ヴィート。『万能薬』」

「あ、そうだ。これもちょっと舐めておいて、化膿止めだよ」

「ありがとう坊や」

「気、気にしないで。師匠に言われた通りしただけだから」

 両親は僕に深く頭を下げた。

 何も教えちゃいないよ。みんなヴィートがしたことだ。

「ありがとう、ヴィート」

 お互いどこか恥ずかしそうに友情を確かめ合った。

「さあ、散った、散った。事後処理を手伝う気がないならさっさと散りな」

 野次馬は散らされ、こちら側の守備隊と気絶して戻ってこない馬鹿貴族とそれに逆らえなかった従者たちが残された。

「なんだもう終ったのか?」

 ロマーノ氏を引き連れて大伯母が現れた。

 ラーラがこれ見よがしに大伯母の名を呼ぶものだがら、気付いた従者の一部は青ざめ、目に涙を浮かべた。


 彼らの実に協力的な自供によると、気絶しているあの愚か者はラーラの推察通りアールヴヘイムの砂漠の小国の出で、そこの王家の次男坊らしかった。次期当主争いの真っ只中で『タロス』討伐で名を上げ、家中での株を上げようと目論んだまではよかったが、何をどうとち狂ったのか『銀団』をただの冒険者の寄り合い所帯程度に考えていたようだ。それでいいように物資提供させる気で遠路遙々出向いてきたわけだ。

「誰か気付いて止める者はいなかったのか?」

『銀団』のトップを代々アールハイト王国の姫君が務めていることは有名な話だと思っていたのだが。世界の認知度はそれ程高くなかったのだろうか。

 兎に角、先客がいたことに本気で驚いていた。

「ぽっと出のギルドじゃないんだけどな」

 次男を王位に就けたくない勢力が偽情報でも流して、体よく家から追い出したのではないかと勘ぐってしまう。

「今更帰ったところで帰る家はなし」ってところかな。

 だからと言ってかくまう気はない。薬代を払って貰ったら出て行って貰おう。余所の国の住人を斬ったんだ。戦争になってもおかしく……

 もしかして家を追い出された意趣返しだったり……

「まさかね」

 もしそうならその底意地の悪さに敬意を払ってやるよ。


「あー、知ってるわよ。取引あるもの」

 オリヴィアの所の流通網も絡んでいたようで、様子を見に来た彼女にこれ以上ふざけたまねをするなら商業組合こぞって流通を止めると断行予告を言い渡されていた。

 従者頭は青ざめるばかりだ。

 未だに起きない張本人の目が覚めたとき、どういう反応を示すことか。

 お気の毒としか言いようがない。


 静まり返っていた酒場にいつもの活気が戻ってきた。

「師匠ーっ」

 展望台から子供たちが覗き込む。

「たまにはいいか」と、テーブルを囲むことになった。

「デザートないのー?」

「基本、酒場だからな」

「ジュースで我慢しな」

「ピザ食おう。ピザ」

「食べたばかりじゃないの」

「フィオリーナはいらないってさ」

「いらないなんて言ってないでしょう」

 デザート代わりにマルガリータを二枚注文した。

「それ食べたら帰るぞ」

 大伯母は溜め息をついた。

「まさかお前が手を出すとはな」

「舐められたら終わりでしょう?」

 話してわからない奴がたまにいる。

「王族はまずいわよ」

 ラーラが戻ってきてレースの手袋をテーブルに投げた。

「王族だからだ。こちらの権威をないがしろにされた挙げ句、占領宣言なんか出されてみろ」

「いくらなんでも」

「そういう類いの馬鹿だったんだ」

 ヴィートも大きく頷いた。

「そうなったら徹底抗戦しかないだろうが。下手したらそれこそ本国同士でドンパチだ」

「皆殺しよりは馬鹿一人を吊し上げた方がマシだったと?」

「むかついただけだ」

「こういうことは一生付いて回るんだ」

 大伯母は重い口調で呟いた。

 言われなくてもわかってる。

「そっちこそ後悔してるわけ?」

「全然、まったくだ。だが、誇らしくもない」

「どう出てくるかしらね」

「自分たちの権威を当てにし過ぎたな。あの手の手合いに無防備過ぎた」

「今回の不手際は執行部の責任ね」

「基本平民の集まりだからな。みんなよく自制してくれたよ」

「お前が言うな」

 笑いが湧き上がった。周囲のテーブルからも。

「あいつの性根が一日で変わるとは思えないけど」

「それは大丈夫よ。きつーく言っておいたから」

「なんて?」

「『そちらの主君が斬りかかった少年はあの歳で既にドラゴンスレイヤーだ。この砦の連中もほとんどがドラゴンスレイヤーだ。薬で治る程度の傷で済んでよかったわね』てね」

「違いねー」

 周囲の飲兵衛たちが一斉に立ち上がり、ラーラに喝采を送った。

「耳がいいにも程がある」

 子供たちも笑った。

 この時の子供たちの目の輝きを忘れまい。自戒を込めて。



 翌日、話は急展開した。なんと彼の後方には二十隻の船団が控えていて、砦を素通りして前線に赴いてしまったのだった。

「あれだけの船団、どこで手に入れたんだ?」

 一朝一夕で集まるものではないから、考えられる線があるとしたら傭兵ということになる。

「訳がわからん」

 攻め入ってくるかと一時、緊迫したが、どうやらあちらも本国同士の戦争はお望みではなかったらしく、素通りしていった。

 その代わりと言ってはなんだが、冒険者を代表とする一団がやってきて、冒険者ギルドでの売買を一時的に許可してくれるよう求めてきた。

 司令部は船の入港を輸送船に限り例外的に認め、魔石と食料を大量に買い込んでいった彼らは東の砂漠に消えた。



 後日、巷によからぬ噂が舞い込んできた。

 それはメインガーデンからやってきた商船の乗組員たちから聞かされた話で……

「なあ、君たち。『ヴァンデルフの魔女の弟子』の話はもう聞いたかい? なんでもこの砦を艦隊率いて占領しに来た大貴族の片腕を切り落として追い払ったって言うじゃないか。メインガーデンじゃ今、その噂で持ち切りなんだよ。切り刻んだ腕を一瞬で再生させるなんてやることが魔女と一緒だってんで話題になってんだ」

 たまたま大伯母が昔使った手口と重なっただけだ。

 一緒にいた子供たちはニヤつきながら僕を見上げた。

「しかも傍らにもう一人弟子がいてよ。これが『ヴァンデルフの魔女』に瓜二つの女丈夫で、助けに入ろうとしたその貴族の護衛たちを睨み付けただけで凍らせたってよ」

 確かに凍ったように震えてはいたが…… 『氷結』魔法は使ってないぞ。大伯母の昔話と混同したか?

 子供たちはこらえきれずに噴き出した。

「それだけじゃねーって」

「孫弟子ってのもいてよ。そいつは艦隊の攻撃をものともせず弾き返して、傷付いた子供たちを兄弟子が来るまで守り切ったって話だ。いやー、最近の詩のなかじゃ、ダントツだったぜ。で、実際どうなんだい? かかあに確かめてこいって、言われてよ。孫弟子ってのは眉唾っぽいけど、女丈夫ってのはいたんだろう? 魔女は以前、アールヴヘイムで見掛けたことがあんだよ。瓜二つって言うんなら相当なもんだ」

「すげーな」

「孫弟子こぇーな」

 子供たちは男にわからないようにヴィートをからかった。

「そうだろ、そうだろ。すげーだろ? で、いるのかい? いないのかい?」

「凄いのはお前たちのネジの抜けたその発想力だ」


 その後、噂話がどうなったかは知らない。ただヴィートだけはしばらく学校でからかわれ続けた。



 で、あの一行はどうなったかというと。

「金の切れ目が縁の切れ目で散り散りになったみたいよ。どうなるのかしらね?」

「最前線に迷惑掛けなきゃいいけど」

「あれだけの船団を食わせていける程、近隣には『タロス』はいないからな。姉さんたちより更に前に出るか、南に行くしかないんじゃないか? それより警告したのか? 例の新種のこと」

「言ったけど、どうかしらね。指揮官があれだものね。百聞は一見にしかずって感じかしら。リリアーナ様も一応気を付けておくとは言ってたけど」

「今は南に行った方が儲かるんじゃないか?」

「その南の話だけど」

「後退した原因がわかったのか?」

「初戦でかなり被害が出たみたいね。それで一旦撤退したみたい。向こうは向こうで対抗策を考えたから大勢には影響ないって。戦力が戻ったら前に出るそうよ」

「どんな対抗策なんだろうね?」

「教えてくれなかったわ」

 その夜、例の一行が撤退し始めたと、偵察隊から知らせが入った。来訪から約三週間、やはり狩り場の選定ミスが大きかったようだ。

「奴らを入港させるべきか、否か。それが問題だ」

 だが、彼らは途中、突如転移してきた『タロス』に接近遭遇。航行不能の大事故に見舞われることになる。

「なんであんな奴に」

 港の全員が眉間に皺を寄せながら、ボロ船の手配をするのであった。



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