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魔女の弟子は魔女の弟子

「生き返るーっ」

 男子が湯気を上げながらヒタヒタと風呂から上がってきた。

「おっさんかよ」

 モナさんが僕の呟きに笑う。

「大変だったみたいですね」

「はは……」

 僕は浄化魔法を掛けながら、納戸に装備を降ろした。


「で?」

「ん?」

「何層まで行ったんだ?」

 半乾きの子供たちを注意しながら調味料をテーブルに並べるラーラに話し掛けた。

「二十階」

「微妙だ……」

「レジーナ様、全然潜ってなかったから、これでも早い方よ」

 大伯母は自助努力で十層までは進んだらしいが、すぐ飽きたらしい。

 それで残りを数日でこなそうというのだから大概だ。

 それにしても十層とは。僕たちの一日の行程の十倍だ。最短距離を行くとはいえ、年長組の苦労が偲ばれた。

 夕飯のメインはムニエルだった。

 ピューイとキュルルは喜んだが、ガツンと肉を期待していた子供たちは肩を落とした。

 なんで魚かと思ったら、ヘモジが大量に釣り上げてきたかららしかった。

「農作業してたんじゃなかったのかよ」

「ナーナ」

 ヘモジは自慢げ、オリエッタは既に釣り人から貰った焼き魚のお裾分けでお腹をでっぷり膨らませて転がっていた。


 当番の子供たちによってデザートが配られ始めると、洗い物をしていた夫人が台所から姿を現して、大伯母に何やら囁いた。

 大伯母は夫人と奥に引っ込むと、すぐ僕とラーラを呼んだ。

「『今日のミズガルズ最前線日録』?」

「たった今、送られてきまして……」

 メインガーデンのいつもの通信相手からだった。

『双子の石版』に記された文章を僕とラーラは覗き込んだ。

『南部前線後退。橋頭堡、失う』

「これだけ?」

「はい」

「救援要請というわけではない…… のかな?」

 僕たちは首を捻った。

「ロマーノの所に行ってくる」

 大伯母は一緒に行こうとするラーラを制止して、ひとり裏口から出ていった。

「大丈夫かしら?」

「大変だッ!」

 上を見上げていた僕たちは突然の来訪者に驚き、玄関先を振り返った。

 しきりにノッカーが叩かれる。

「レジーナ様! ラーラ様! リオネッロ様!」

「はい、ただいま」

 夫人が大急ぎで、階段を下りていく。

 僕もラーラも後を追った。

 夫人が玄関を開けると知らない男が肩で息をしながら立っていた。

「何があったの?」

「斬られた! 港に訳のわからない船が強引にやってきて、勝手に接岸して…… 制止した奴らを無礼討ちにしやがった!」

 無礼討ち? 貴族か!

「死んだのか?」

「わかんねー。でもいれば今頃港は大変なことになってる」

「貴族相手じゃ、力ずくってわけにいかないからな」

「でも今日やってくる来賓はいないはずよ。わざわざ休みを入れるために、調節したんだから、間違いないわ」

 まして無礼討ちするような馬鹿を招待などしない。

「先に行く!」

「僕も行く!」

 足元に火照ったヴィートがいた。真剣なまなざしで僕を見上げる。

 僕は剣を、ヴィートには回復薬セットを持たせて家を出た。

 ラーラは既にくつろいだ普段着だったので、着替える時間が必要だった。

「大伯母にも知らせろ!」

「先に行け!」

 家の裏から声が聞こえた。

 男の叫びは大伯母にも届いていたようだ。

 僕たちは全身に『身体強化』を施し、坂を猛烈な勢いで駆け下りた。



 港には人だかりができ上がっていた。しかも相当険悪な雰囲気。戦闘に発展していなかったことは幸いだったが、それがこちら側の一方的な譲歩によるものであることは見てすぐわかった。忌々しい。

「誰だろうと、許可なき者は上陸させるわけにはいかない! 責任者が来るまで待って頂かなくては困る!」

「貴様らの都合など知るものか!」

「船ごと沈めちまえ!」

「ええいッ! 無礼者! 貴様たちこそ、こんなことをしてただで済むと思うな!」

「こっちの台詞だ!」

 怒号と罵声が溢れていた。

 が、その一角でうめく声が。

「タオッ!」

 タオだって?

 ヴィートがルートを脱線し、別の小さな人だかりのなかに身を投じた。

「確かチーちゃんたちの友達だったか?」

 いや、今じゃうちの子たちのクラスメイトだ。

「師匠ッ!」

 僕も群れに突入した。

「道を空けろ!」

 群衆が割れた先にヴィートと年の頃が変わらぬ少年が顔面を押えてうずくまっていた。

「リオ、目をやられちまったんだ」

 野次馬の一人が言った。

「なんで薬を使わない!」

「奴らが桟橋を塞いでるせいで、こいつの親父の船に取り付けないんだ。今、代わりの薬を用意してる」

「師匠!」

 ヴィートが懐から『完全回復薬』を取り出していた。

「身体を起こしてくれ」

 周りの男たちが痛がる子供をそっとなだめながら抱き起こす。

「タオ、俺だよ。ヴィートだ。師匠が来てくれたから、もう大丈夫だから。痛いだろうけど一時でいいからこらえて。この薬を飲み干して」

「それは我らが徴発する!」

 男はヴィートの手からサッと盗人の如き手際のよさで薬を剥ぎ取った。

「これは前線に赴き『タロス』を撃滅せんとする我らが所有すべき物だ」

 振り向けば大男たちが苦虫を噛みしめていた。

 貴族の我が儘を抑えきれなかったか。

 屈強な戦士たちも今後起こりうるとばっちりの数々を仲間のために被るわけにはいかなかったようだ。

 ヴィートの目も一瞬、男をにらみ返したが、その視線はすぐにクラスメイトの方に戻された。

「これは我ら高貴な者のみに使用が許されるべき物だ。平民の卑しい子供が気安く使用していい物ではないわッ」

 ヴィートは何も言い返さず、懐から二本目を取り出すと、男を無視して、それをタオの口元に。

「やめろと言っておるのじゃ!」

 手袋をした男の手が再び『完全回復薬』に伸ばされた。

 が、ヴィートの結界が男の手を弾いた。ささやかな抵抗。

「こ、この無礼者がッ!」

 幼い子供に無視され、抗われたことがよほど腹に据えかねたのか、男は腰の剣を引き抜くと、それを上段より高く振り上げた。

「終ったな」

 幼児よりこらえ性がないとは……

 ヴィートの顔が我が友、死んだルカの顔に一瞬、見えた。

 僕の頭は一瞬で沸騰し「もういい。斬れ」と、僕の腕と足を動かした。

 初めて見る容姿、王国の者ではあるまい。砂漠にも前線にも似合わぬ青白い顔。

 男の結界が、僕の一撃を受け止めて光った!

 さすが腐っても貴族、装備には金が掛かっていた。

 が、結界の強度には限界がある。

 僕はそのまま怒りを込め、天に伸ばした前腕を切り落とし、返えす刃で上腕をも切り落とした。

 さらに切っ先を返して、首を刎ねてやろうかと思ったが、ラーラの足音が聞こえた気がしたので首元に刃を当てたところで手を止めた。

 宵闇に男の叫び声が響き渡った。

 動き掛けた男の護衛たちの首元にも同様に港の者たちによって切っ先が突き付けられていた。

 さすが『銀団』 そつがない。

「『完全回復薬』が欲しいって? 取り敢えず二本いりようか? だが残念だ。この『完全回復薬』はすべて『銀花の紋章団』の団員のための物だ。例え貴族様でも無償でくれてやるわけにはいかない」

 僕は薬を男の前にちらつかせたが、男はそれどころではなかった。割れた瓶と切り離された自分の手首と肘を蹴飛ばしながら悶え苦しんでいた。


 あいつはこんな奴らのために世界を救いたかったんじゃない!


「早く止血しないと死ぬぞ」と言っても、誰も手を貸さなかった。

 貴族の護衛たちですら、とばっちりを恐れて拘束を解いても躊躇していた。

「一本、金貨千枚だ。ここは最前線だからな。値が張るぞ」

 勿論、市場価格でもここまで暴利ではない。

 男はまるで死神を見るような目で僕をにらみ返した。

 どうする? 出すのか? 出さないのか? 貴族なんだろう? 前腕と上腕、合わせて二千だ。

 返事どころではないか。

「なら、そのまま死ね」

 主役が来たので、交替だ。

「随分、騒がしいわね」

 ラーラが悠然と現れた。

「おやおや、この要塞に来客とは珍しい。ご予約か何か、ございましたかしら?」

 ラーラは今にも出血多量で死にそうな男に眉一つ動かさず、目を細め蔑むように見下ろした。

 護衛たちは大伯母張りの威圧感に圧倒され後退った。

 普段を知る者はああ、大伯母のまねしてるよってな具合で、薄ら笑いを浮かべる。

「その装束、遙か南の…… お名前をまだ伺っていませんでしたわね?」

 冷ややかな声でそう言うと、相手が地面に崩れ落ちるのも構わず名乗りを上げた。

「わたくしはアールハイト王国の第四王女にして、ここ『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』の守護者リリアーナ・ヴィオネッティーの名代を務めておりますラーラ・カヴァリーニと申します」

 本当の名代はロマーノ・ジュゼッペ氏だが、貴族が相手のときは位の一番高いラーラを前面に押し出すことになっていた。それで駄目なら魔女の出番であるが。最近悪名が効かなくなってきてるからな。

「…… 駄目みたいね。やり過ぎたんじゃない?」

 気を失ったか。

「金貨三千枚だ」

 金を取る気はさらさらなかったが、しでかしたことの重大さは理解して貰わなければならない。この手の馬鹿には死体の山では軽んじられる可能性があるので、金額を提示した。

「冗談の一つも言わなきゃ、やってられないよ」

「まったくです」

「怪我をした者には見舞金を出す。後を頼む」

 治療するようにと顔見知りに『万能薬』も合わせて薬を渡した。



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