魔石集め・その2
帰宅途中の坂道から見下ろす校舎は静かだった。が、校舎の方から美味しそうな匂いが漂ってきた。
「給食の時間か」
窓が開いて誰かがこちらを見上げた。
ニコロとミケーレだった。
ふたりはこちらに大きく手を振った。
「能力、持て余してるな」
マリーとカテリーナの顔も現れたので、僕は手を振り返した。
文句を言っていた割にみんないい笑顔をしていた。
よかった。
「ヴィートの顔だけ見えないけど」
帰宅すると家には誰もいなかった。大伯母たちは兎も角、夫人もまだ出掛けたまま留守だった。
「早かったか?」
時計はしっかり昼時を指している。
僕は荷物を納戸に置いて二階に上がると、バルコニーに出た。
ヘモジが坂をちょうど上ってくるのが見えた。路傍に咲く雑草に気を移しながら、あっちにフラフラこっちにフラフラ。なかなか近付いてこない。
「お茶でも入れるか」
「帰ってきた」
オリエッタが細い首をもたげた。
夫人がイソイソと坂を上ってくるのが見えた。
ヘモジは振り返ると夫人を出迎えて合流した。
「やれやれ」
すると夫人の後からも続々と現れた。大伯母たち一行である。年長組の足は重そうだった。ダラダラと長い列を作っていた。
「楽したんじゃなかったのか?」
先頭のヘモジと夫人が帰宅した。
「ナナーナ」
「お帰りー」
久しぶりに満喫したようでヘモジはご機嫌だった。
「申し訳ありません。遅くなりました」
夫人は大急ぎで台所に消えた。
間髪入れず大伯母たちも帰ってきた。
「ただいまー」
「帰ったわよー」
「お帰りー」
ラーラたちは装備を剥がすとエレベーターで上がってきた。
「アルベルティーナさん、大変だったわね」
ラーラとイザベルが台所に消えた。
「何?」
席に着いた大伯母に尋ねた。
「馬鹿な客がいたんだ。鉄屑を買い取らせようとする奴がな」
「鉄鉱石?」
「いや、船の残骸だ」
「そりゃ、売る相手が違うんじゃ」
「その相手に断られたんで無理矢理な」
「ギルドの人間じゃないのか?」
「商業ギルドが雇ったフリーの護衛船の一隻だ。潰され損をなんとかしたかったんだろうが」
「それで?」
「倉庫に放り込んでおいた」
「何を?」
「船の残骸を」
「どこに?」
大伯母はモナさんの工房の方を指差した。
「買い叩いてやったわ。嫌なら持ち帰れとな。所定の窓口で相談してくれれば、温情もあったのにな。欲を掻くからだ」
契約内容によってはギルドに加入していない船でも任務中の損害について、手厚く保護されることもある。が、契約交渉で金をケチるとこういうことになる。
「普通はどの辺だっけ?」
「契約金一割負担で五割保証よ」
ラーラが戻ってきた。
「護衛船が何やってんだか」
「二割負担ならボロ船でも中古の良品ぐらい買えるようになるんだけどね。実績があれば温情で契約金後払いで融通してあげられたんだけど」
振る舞いからして新参者だ。大伯母に捕まったのは運がなかったな。
「再生させておいてくれるか。武装はいらん」
再生させるのかよ。
「例の初級迷宮往復用?」
「お前のでかい船を使うのは効率が悪いからな」
もっと早く気付いて欲しかったな。
「『補助推進装置』入れとく?」
「そこまででかい船じゃない」
「オリヴィアには?」
「頼んでおいてくれ」
僕も二隻目造ろうかな。魔石集めしなくて済むやつを。
年長組が帰ってきた。
「たはー」
「着いた……」
「たらいまー」
食堂の窓から敗残兵のような子供たちを見下ろした。
「どうすりゃ、ああなるわけ?」
「ただの荷運び用のガーディアンだ」
ラーラの顔を見たら苦笑いした。
「ガーディアンの動きじゃなかったわ」
ガーディアンの動力を無視して、魔法で叩きまくったんだろうな。
「一緒に行かなくてよかった」
子供たちは自分たちの選択を呪ったが、まだ後半がある。
慣れた頃終わるって、よくあるケースだな。
食事を済ませるとひとり倉庫に向かい、残骸の確認を行なった。
「あ、魔石が増えてる」
大伯母たちが行軍中に手に入れたものだろう。大きめの石が僕が転送した物の間に転がっていた。
「区別できん」
混ぜちゃっていいよな。
「で、残骸は?」
あれ、こっちじゃなかったか?
「『地下ドック』の方か」
転移用の指輪がない。一旦戻らないと。
工房に上がってモナさんを探したが、まだ昼休みのようだった。モナさんが戻ったら一旦戻ろうか。
それまで魔石を仕分けし、精錬する。
『火蟻クイーン』の特大サイズを精錬していたら、反応炉用には少し足りなくなってしまった。一緒に取ってきた火の魔石で補填してなんとか一個分を完成させた。『土蟹』も同様、土の魔石をやりくりしながら四つの特大サイズを完成させた。
「迷子になった甲斐があったな」
残りはどう合成しようと一個分にはならなかったので、精製するに留めた。
五個か。意外に多く手に入ったな。『土蟹』様々である。
モナさんが作業を始めた。
僕はモナさんに断りを入れてその場を離れた。
ヘモジを召喚して指輪を取ってこさせてもよかったのだが、恐らくどこにあるかわかるまい。
僕は自室に戻ると机のロールトップを開けて、熟成中の『万能薬』の大瓶の脇の棚に並べてある一冊の本を開いた。そして描かれている指輪のイラストに手をかざすと、絵が実体化して現れる。
僕はそれを指に嵌めると、地下の入り江にある簡易ポータルから『地下ドック』に跳んだ。
「あらぁー、見事に竜骨がくの字に折れてる」
横から突っ込まれたようだ。敵は『タロス』ではなく、不埒な賊の類だったらしい。
大きな船に当てられたかな。
残骸だと言っていたが、僕なら直せそうだ。
装備はほとんど流用できる。船体が歪んで使えなくなった物も少なくないが、船の構造とはほとんど関係ない。むしろ浮いた錆や砂に削られた外装の方が気掛かりだ。
「正当な代金払ったんだろうな?」
大伯母が冗談抜きで、ただ同然で巻き上げたのではないかと心配になった。勿論、ここまで歪んだ船を元に戻せる者はそうはいないから、スクラップ扱いは妥当な所だが。
「よくある特攻船だ」
大型船の横っ腹に突っ込んでいってバリスタをありったけぶち込んだら、任務完了の突撃艇だ。後は野となれ山となれの使い捨て覚悟の小型艇である。が、その分、船体は頑丈にできている。
「ガーディアンの登場と共に廃れた物だと思っていたけど……」
マストは根元から完全に折れていた。
「ガーディアンが買えない連中には未だ有効な手段なんだな」
マストは新調した方がよさそうだ。帆も年季が入っているので新調しようか。大量生産の船だ。パーツの在庫はすぐ手に入るだろう。
その日のうちに船の腰を伸ばし、錆を落とす代わりに『精製』を施し、ありったけのインゴットを使って船体を強化、一方で軽量化しつつ、見違える程スレンダーで美しい船に造り替えた。
この船なら『銀団』の旗を掲げても恥ずかしくない。むしろ僕が欲しい。
『浮遊魔法陣』は完全に壊れているので、こちらは大伯母に任せ、折れたマストと帆の取り付けはオリヴィアに任せて完了だ。
「普段使いならこのサイズぐらいが便利だよな」
さすがに一家総出で移動となると手狭だし、ガーディアンも積めて精々一機だけど。
『ビアンコ商会』の商館に向かい、言伝を頼んだついでに売りに出されている船を覗いた。
どれも一長一短。結局、持ち船が一番だと納得するが、やはり港の出入りが面倒極まりない。その点、飛空艇は楽だったな。
「こんな商品もございます」と、番頭さんにカタログを見せられた。
「これは?」
「ガーディアン用のキャラバンセットでございます」
それはガーディアンが装備するキャンプセットで、組み立て式のテントを含んだ滞在セットだった。見た目はロングライフルを収める保管箱のようだった。長期遠征や、偵察任務に便利で、購入者が増えているとのこと。壁の断熱材の性能がピカ一で、昼の熱波のなかでも汗一つかかずに済むとか。
残念ながら『補助推進装置』を積んだ僕の『ワルキューレ』では重量超過になる。収納ボックスのなかのランチボックスで我慢である。
「こういうのもございます」
「オプションユニット?」
「長距離移動用の飛行ユニットです。フライングボードを大型化した物で、制御は旧来通りガーディアン側で行ないます。戦闘用に使用する通常の盾を収めるスペースもございます。船を使わない小隊規模での遠征などに最適で、こちらは来月から売りに出される品になります」
通常の盾がすっぽり収まる大きなユニットで、先程のキャラバンセットなどが付随するらしい。弾薬や補給物資なども相当量運べるらしく、一匹狼のガーディアン乗りにうけそうな一品だ。
如何せん、背中に飛行ユニットを生やしているガーディアンには無用の長物だが、子供たちの機体やモナさんのでかい『ニース』にどうだろう?
「各社、色々考えてるんだなぁ」
「『ロメオ工房』もうかうかできませんな」
「まったくです。カタログ貰えますか?」
小脇に抱えていた物をすぐさま出された。最初からこっちを売り付ける気だったか。さすがオリヴィアの腹心。
カタログを見ながら、のんびり徒歩で帰宅し、再び迷宮に。と思ったら、年少組が帰宅していて、食堂で騒いでいた。




