開校と砲塔
子連れの家族が広場から続く坂道を上ってくる。子供たちは楽しそうに親の手を引き、親たちは慣れない行事に襟や胸元をしきりに触っていた。
「あん?」
別ルートから埃っぽい大群が押し寄せてくる。
「何やってんだ?」
明らかに参加者でない連中が、ゾロゾロ校庭の向こう、教会の建設予定地の方に集まりだした。保護者の関係者かと思いきや、明らかにそうとは思えない数の襲来であった。
「野次馬か」
暇人共が。さすがに鎧を脱いでくるだけのマナーはあったようだが。
「子供たちをビビらせんなよ」
式が始まった。始まって早々、いきなり理事長の挨拶で緊張感は頂点に達した。大伯母の噂を知るほぼすべての住人たちが息を呑んだ。野次馬たちも借りてきた猫のようであった。
大伯母からはまず、若い保護者たちへのねぎらいの言葉と、新たな試みに参加してくれたことへの謝意が送られた。
一方、長話など聞いちゃいないだろうと、子供たちには笑顔で一言。
「楽しい学校生活が送れることを期待しています」
見た目に騙され、それだけで子供たちは魅了された。
理事長が壇上を下りる段になって、一部の童が「大師匠、格好いい!」などという暴言を吐いたので、文字通り雷が落とされた。
瞬殺の勢いに、周囲は愕然。
だが子供たちは結界で見事に防ぎ切っていた。
野次馬たちからは溜め息にも似た感嘆の声が沸き上がった。
「あの歳であの雷を防ぐかよ」
「レジーナの奴、相変わらず容赦ねー」
「でもあのガキ共、ケロッとしてやがるぜ」
「将来有望ね」
「むしろ末恐ろしいわ!」
「リオの弟子だろ?」
「あいつ、幼児に何教えてんだ」
「てことは、お嬢の孫弟子になるのか!」
「ひ孫じゃねーか?」
「ほんとかよ」
「あいつらもう迷宮に潜ってるぜ。保護者同伴だけどな」
「ヒドラは?」
「とっくに突破してるよ」
「まじか……」
「うちの馬鹿息子、入学させられねーかな」
「あんたの息子はもう成人してるだろ!」
続いてラーラとロマーノさんが理事代表の挨拶を行なった。
お姫様っぽい胸元の開いた格好が嫌いなラーラはドラゴンの鱗を加工したブリガンダインに王家のマントを羽織って登場した。
こちらも王家に連なる容姿で子供たちを、特に男子を虜にした。
ロマーノさんはさすがの貫禄で周囲を黙らせ、場を引き締めた。
続いて来賓挨拶。『冒険者ギルド』や『ビアンコ商会』『楽園の天使』など、代表者が祝辞を述べた。
お偉いさんはそこで退場。
ここから先は実行部隊が指揮を取る。
校長に担任教師、各教科の講師が紹介されていく。同僚だった冒険者たちが外野から仲間の再出発の門出を祝った。
校長に就いたのは昨年現役を引退し、息子に譲った船で隠居していた上級冒険者デ・ルカ・オスカル氏。専攻は盾と片手武器全般。大伯母の知り合いらしい。
そして我が召喚獣にして農業従事者ヘモジと、その通訳、猫又のオリエッタが壇上に上った。
「……」
背が低過ぎて見えない……
「ナナナナナーナ、ナーナンナ!」
「『校庭を立派な畑にしてみせます』…… て、馬鹿なの?」
「ナーナンナ!」
「以上です」
「ナナナナナナナ!」
何しに出てきた。
「ヘモジちゃんかわいい」
「オリエッタちゃんもかわいい」
子供たちに大人気だった。
「ナーナーナ」
デレるな!
子供たちと保護者たちが校舎に入って、校庭が無人になったところで野次馬たちも散り始めた。
僕も退散だ。食器を下げ、地下倉庫に行く準備だ。
大伯母から与えられた光弾関係の資料をリュックに収めて、裏口から出た。普通に出ると野次馬の撤収とかち合うからだ。
裏口からメインストリートへ。『銀団』のギルド事務所前の階段を下り、島を周回して工房へ。住人たちしか使わない脇道だ。
対岸を見下ろす景色は最高だった。
工房に着くと地下に下りて、封印したまま保管してある砲塔の元に向かった。
僕は資料と実物を見比べながら、実戦に活かすため模索し始めた。
資料を基に新種撲滅に必要な飛距離を算出。射程から諸々を逆算した。
「この砲身をこのまま流用してもいいけど……」
資料には爺ちゃんたちの苦労の跡が見て取れた。各種素材による出力判定。弾丸の形状、それに使う鉱石の含有量まで。
要は『加速術式』を何枚重ねられるかということに尽きるのだが、別の魔法陣と干渉しないようにするには出力を小さく、重ねる間隔も狭くしていかなければならない。が、威力と射程を上げるためには出力を上げなければならない。でもそれでは魔法陣の間隔を広く取らなければならず、並べる枚数が減る。結果的に出力が下がるわけだ。
それでも通常の鉛や鉄の弾頭では空気の摩擦に耐えきれずに燃え尽きる。そのための素材が必要になるのだが…… ミスリルか…… 冗談抜きでミスリル弾が構想されていた。でも、魔力との親和性が高いことが仇となったようだ。先に掛けられた魔法の効力が持続してしまって、次の魔法に干渉してしまうらしい。
「どうすりゃいいのさ」
思わず即興で歌いたくなる。
半メルテのなかに二十五枚揃えた実験が今のところ最も効率がいい数字を叩き出していた。
弾が摩擦で燃えるから輝いてるだけじゃなかった。光は稲妻だった。稲妻の速さを利用して、大量の魔法陣を一括制御していたのである。
「これって通常の魔力伝達を一旦雷に変換して、再度、魔力に戻してるってことじゃないのか?」
それはそれでロスになるんじゃないかと、資料をぱっと見そう思ったのだが。
最初のトリガーで二十五枚分の魔法陣を一気に作動させ、魔法陣のパラメーターの設定で微妙なタイミングを調節しているのか? それとも最初に放つ雷の伝達速度の到達誤差を利用してズレを生み出しているとか?
後者だとしたら、すべては一瞬。そりゃ光を放つわ。
「あった!」
実験資料が出てきた。
「……」
爺ちゃんたちに脱帽だ。
すべての魔法陣を一筆書きのように一つに統合した物に、魔力を一発点火、発動させる実験データが出てきた。
この実験では目的の速度も威力も得ることができなかったとある。倍々とは行かないまでも連続的に加速していくと、あるところで魔法陣の発動タイミングが弾丸の速さに追い付かなくなるのである。それを資料のなかでは『魔素の速度限界』と呼称していた。
その結果、魔法陣の間隔は後になるほど長くとられる結果となり、同時に出力限界にも至ってしまったらしい。
「長過ぎる砲身はこのせいだったのか」
そうなると二十五枚も重ねたという手法は……
その後『タロス』製の実物による検証作業が行われ、結果から稲妻が使われていることがわかり、アイデアが登用された。
最終的に『タロス』が実際に使っていた砲身をそのまま流用することに成功。秘密は解き明かされ『光弾速射砲』が完成。資料はそのまま封印されたようだ。
「これ、やばっ」
この資料は危険過ぎる。爺ちゃんの数ある発明のなかでもこれは異質だ。なんというか、錬金術の極みのような……
「でも作らにゃならない。どうやってブラックボックス化するか」
使われている魔法陣はありふれた『加速術式』であるし、できあがった物から仕組みがばれてしまえばそれまでだ。
「この砲身だよな」
ずらりと並んだドーナツ状の珍しい形をした魔法陣の列。まるでコイルのようだ。
実物は既に世界に拡散しているし、いずれ珍しい形をした砲身が意味する理由を知る者も出てくるだろう。
キーワードは『魔素の速度限界』 これを超えることに尽きる。
あの大伯母が僕にこれだけの資料を丸投げしたということは…… 僕にしかできないアプローチがあると言うことか?
爺ちゃんより秀でていることなんて『転移』魔法とゴーレム造りぐらいなもんだ。
「『転移』ね……」
プラズマによる連続着火。速度限界を埋めるには……
空間を歪める……
爺ちゃんたちも考えたはず……
残りの資料から欲しかった情報は出てこなかった。
そうか。自主的に封印したんだった。
俄然、面白くなってきた!
「魔法陣をどれだけ詰め込めるか……」
モナさんに突然、肩を叩かれた。
「わっ!」
「もうお昼ですよ」
「え? 昼?」
僕は急いで資料と砲塔を隠して外に出た。
真っ青な空に僕の新しい新型砲塔のイメージがありありと見えた。




