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クーの迷宮(地下39階 土蟹・殺人蜂・ジュエルゴーレム戦) 苺と開校日

「のどかだねぇ」

「いたよ。ゴーレム」

 ジュエルゴーレムが森のなかを、道に沿って僕たちと同じ方角に歩いている。

「コアが見えなかったら、師匠お願い」

「はい、はい」

 午後は時間の無駄を省くため、コアが見付からなかったらヒントを提供することになっている。

 これも『クラウンゴーレム』を自分たちだけで倒せたという余裕の表れだろうか。

「あった。首の下、あそこなんて言うの?」

「襟元?」

「うなじ」

「それだ!」

「一気に接近。拘束は不要だぞ」

 トーニオの合図で全員走り出した。

 そして切り込み隊長のジョバンニがひとり、擦れ違い様、一撃を加え、ゴーレムの向こう側に擦り抜けた。

 ゴーレムは戦闘モードに、ジョバンニを追って反転、後続の子供たちに背を向けた。

「正面に立つなよ。突進されるから」

「わかってるって!」

 言葉通り実践しながらジョバンニが叫ぶ。

 ゴーレムがジョバンニとの距離を詰める前に、子供たちが一斉に攻撃!

『ジュエルゴーレム』は策に嵌まって簡単に首をもがれた。


「うぇーい!」

 子供たちがハイタッチを交わす。

「慣れって怖い」

 オリエッタも舌を巻く。

「でも結界はもう一枚あった方がいいな」

 歳を考えれば、二枚重ね掛けできるだけでも充分立派なのだが。

「無理だよ。『身体強化』もしてるんだよ」

「土の壁でもいいんじゃないか?」

「あ、そういうこと」

「周囲に敵影な――」

 マリーが言葉を止めた。

「あっちに何かある!」

 マリーが指差した。

 全員が指先のその先を見詰めた。

 坂道を下った先に、何かが転がっていた。

 ニコレッタとヴィートとヘモジが調べに向かった。


「馬車だ。壊れてる!」

「宝箱ある?」

「今、探してる!」

「ナーナ!」

「あ!」

「どうしたの!」

「ヘモジが開けちゃった!」

「ナナーナ!」

『迷宮の鍵』を持ったまま、たまたま宝箱の近くを通り過ぎてしまったらしい。

「もー。しょうがないな。ヘモジちゃんは」

 僕とオリエッタを残して、子供たちは坂を下りていった。

「おーッ」

「すげー。鎧一式だ」


「変わった」

 ようやく残骸が石に変わった。

 オリエッタが転がっている場所をすぐ特定した。

「普通だな」

 淡い青色の石を三つ拾い上げた。

「師匠、まーだー?」

 坂の下から催促だ。

「今、行くよ」


 お、鎧だ。

「なかなかの上物ですな」とは言え、子供たちのサイズでは当然ない。

「お安くしておきますぜ。お客さん」

「誰だよ」

「知らない」

「他には?」

「薬瓶がいっぱい」

 仕切りの付いた木箱に黄色い液体が入った中瓶が一ダース。

 僕はオリエッタを見た。

「ただの回復薬。中級の」

 我が家の住人でなかったら、さぞ喜んでいたことだろう。中級なら所持しても、売ってもよしだ。迷宮産は安く叩かれがちだが、中級ともなるとそれなりにいい収入になる。

「どうする?」

「転売で」

「味見していい?」

「絶対まずいから」

 安い理由はそこに尽きる。

 一瓶開けて、子供たちは回し飲みを始めた。

 そして順番に首を傾げていった。

「おいしい……」

「なんで?」

「これおいしいよ?」

「甘い」

「でも酸っぱい」

「?」

「これなんの味?」

 僕も味見させて貰った。

「これは……」

「ミックス味」

「ナーナ?」

 オリエッタが『認識』スキルで回答を覗き見た。

「売るのやめる!」

 全会一致で決定した。

「帰ったら自作してみる?」

「オリエッタちゃん。何が入ってるかわかる?」

(フラーゴラ)とバナナ」

「苺かー」

「苺は高いよ」

「ヘモジちゃんの畑は?」

「ナナーナ」

 ヘモジの温室にも苺は植えられている。だが、残念ながら収穫はまだ先らしい。今、我が家で保管している苺はショートケーキの上に載っている物だけだ。

「この前、お店に売ってたよ」

「でもすごく高かった気が……」

 うちの姉の『箱船』のように船上で作物を育てている船も少なくない。規模の大小はあれど、収穫のタイミングが合えば港に荷揚げされることもしばしば。嗜好品ともなれば、その値段は……

「一人一個、銀貨一枚ぐらいだった気がする……」

「牧場産は? 牧場産は安かったよ。買ったことないけど」

「ああ、あれはおっきかったよね。一口じゃ食べられなかった」

「え?」

「え?」

「は?」

「ミケーレ食べたの?」

「あ」

「ずるい!」

「呆れた。抜け駆けしたのね」

「ニコロも一緒だよ! レースで勝ったときの魔石が残ってたから。一個だけだよ」

「あれなら高くても惜しくない」

 ニコロは言い切った。

「でも全員分でも銀貨一枚ぐらいだった」

「籠に十個ずつ入ってた」

「みんなもチェックしてるじゃん」

「ミケーレ、うるさい」

「でもめったに売ってないんだよね」

「やっぱ売れるからだろう」

「よし。帰りに寄ってみよう!」

「なんか、苺のショートケーキ食べたくなった」

 ミケーレが言った。

「あんたねぇ……」

「……」

 全員、食べたくなったらしい。


 子供たちの移動は速やかだった。強引さが仇になって、何度かスルーに失敗したが、それでも予定通りこなしてゴールに辿り着いた。

「苺、食べるぞ!」

「オーッ!」

 目的が変わってるって。



「やっぱり、売り切れだってさ」

「この時間じゃな……」

 牧場の空も夕日で赤く染まっていた。

 僕も子供たちと行商人たちが居並ぶ軒先を見て回った。店仕舞の頃合いだったこともあって子供たちは先を急いだ。

「あ!」

 僕は思わず声を発した。

 それはある食料品屋に並んでいた一品だった。白いまな板のような硬い板状のあれであった。

「これ、お餅ですか?」

「そうだよ。よく知ってるね。売れ残りだから安くしとくよ。どうだい?」

「全部、買います!」

 二つ返事で購入した。まさかこんな所で手に入るとは。家のコンテナのなかにも在庫はわずか。大所帯だから、すぐなくなっちゃうんだよね。

 生産者の身内でもこれ程の量を一度に確保することは難しい。この状態にするまでが手間なのだ。まな板サイズのカチカチの物を十二枚、購入した。黴びる前に保管庫に入れておかないと。

 これで気兼ねなく食べられる!

 子供たちはいつの間にか肉の串焼きを食べながら、本日の最終レースに魔石を投じていた。


「飼い葉代、寄付してきてやったぜ」

 全員が負けて戻ってきた。

 ヘモジは植物の苗を、オリエッタは寝床に敷くクッションを購入してきて僕に持てと言った。

 当初の目的はまるで果たせなかったが、皆それなりに満足したようだった。


 そして、他の住人たちが追い付いてくるまで、僕たちは更なる深度への迷宮探索を一時中断する決断を改めて下した。

 明日は学校の開校日。保護者としてソルダーノさん夫婦とカテリーナのお姉さんズが出席することになっている。大伯母やラーラは学校側で参加だ。

「僕はどうしようかね」

 我が家のバルコニーから見学かな。

「そうだ、忘れてた!」

 クレヨン作りがまだ終っていなかった。

 夕飯を済ませると、僕は地下倉庫に戻って引き出物作りに勤しむことにした。新入生が今後増えることを見越して、予備を含め切りよく四十箱、贈呈することにしていた。


 家に戻ると皆、明日に備えて眠りに就いていた。大伯母たちも今夜は酒を控えたようだ。

 自室ではオリエッタが新しいクッションと古いクッションの隙間に埋まるようにして眠っていた。ヘモジも定位置で寝息を立てている。

「開校式が終ったら、光弾の砲塔をバラすか。船の修繕具合も見たいしな」



 翌朝、ヘモジとオリエッタに踏まれて目が覚めた。

 階下に下りると子供たちは一張羅を着飾って、といってもいつものローブ姿なのだが、髪もしっかりとかして上品にしていた。

 何もかも真新しく見えるな。

 ソルダーノ夫人を初め出席者全員もめかし込んでいて、気ままな服装をしているのは僕とモナさんぐらいだった。

「イザベルも参加するのか?」

「お姫様に護衛の一人も付かないのは形式的に問題だって」

「大叔母がいれば問題ないだろうに」

 王家の姫が軽んじられていると対外的にみられるのがまずいらしい。そもそも身内の集まりだし、砦の司令官たちも出席するのだから、本当に形だけだ。

「まあ、わたしにとっても弟妹の門出のようなものですからね。今更感はありますけど」

「それより引き出物は?」

 大伯母が一張羅で姿を現した。『魔法の塔』の筆頭時代に着ていた服だ。位の徽章は外しているが、恐らく世界最強装備である。

「納戸に置いてある」

 オリエッタの『認識』スキルをもってしても解析不可能な最高難度の『認識阻害』付与もしっかり施されている一品だ。

 みんなは夫人の手を煩わせまいと早めに朝食を既に済ませていたらしい。

「肩身が狭いわね」

 モナさんと僕だけが平常運転。パンの入ったバスケットにサラダと各種ジャムとお茶をセルフサービスだ。

 ヘモジは野菜スティックをかじるも、なぜか一張羅。おニューのシャツと吊り下げベルトが付いた膝までズボンとソックス姿。ソックスには大きな人参マークが施されていた。

「ナーナーナ」

 農業の講師として参加だって!

「まじか?」

「ナーナ」

「言葉は大丈夫なのか?」

「通訳はここにいるから」

 すっかりブラッシングを済ませた黒猫がテーブルの天板と高さを揃えた専用の椅子からこちらを見上げ、ニヤリと笑った。

「だからその顔、やめろ」

 イザベルとモナさんが笑った。

 空に『開校式、実行ス』の空砲が上がった。


「みんな行くわよ。今日は大人しくしてんのよ」

 定時になった。

「はーい」

 ゾロゾロと家人たちが玄関に消えていく。

「やれやれ」

「急にいなくなっちゃいましたね」

「その分外が騒がしくなりますよ」

 式が始まるまで僕たちは世間話をしながらのんびり食事を楽しんだ。

 式が始まるとモナさんは仕事に出掛け、僕は席をバルコニーに移して、新しい紅茶をカップに注いだ。



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